今日、久しぶりに実家に帰りました

 今日は会社を早退できたので思い立って実家に行くことにしました。といっても新幹線や特急に乗って、というわけではなく、私が住んでいるマンションから電車で二駅なんだけどね。表札には「◯◯◯区◯◯ ◯ー◯ー◯ 若林あきら・めぐみ・あやか」と、私の名前がちゃんと書いてあって嬉しかった。


「ただいま、ママ。お久しぶり」

「ずいぶん長い間帰ってこなかったじゃないの。いったいどうしたのよ?」

「毎日の仕事が終わったら疲れちゃってねぇ。それと、やっぱり私、ママに負い目があるから……」

「もうあやかったら何言ってるのよ」

それでも、ママは突然実家に帰ってきた私を暖かく迎えてくれた。

私は家に上ってしばらくの間、リビングのカウチに座ってぼーっと周りを見渡していた。掛け時計、液晶テレビ、カーテンの柄、本や茶器が入っている戸棚とか、昔とぜんぜん変わっていなかった。そして、しだいに張り詰めた感情が解けていった。やっぱり実家っていい。


「あやかってあんまり世間一般で知られているようなゾンビじゃないよねぇ。何も食べないし、ちゃんと疲れるし、ちゃんと寝るしねぇ。ほら、私らの頭の中にいる彼らってさ、悪食の体力おばけでしょ?それで伝染病みたいに周りの人をみんなゾンビにしていく、って感じの」

私はママが何気なく言ったそれを聞いて、

「はいはい、あんなのはデマですよーっ。それのせいで友達に『生き返りの儀式』というか亡くなった人をゾンビ化する儀式をさせられましたっ。そんな事できるわけもないのに。ああ、思い出したくもないっ。急に愛する人を交通事故で亡くしたっていうことだから気持ちは痛いほどわかるんだけど、不可能なもんは不可能ですっ。そもそも私がどうして、どうやって『生き返って』ゾンビ化したなんて全くわかってないし」

「確かにそうだったよね。あんたが突然棺桶から起き上がってスタッフに声をかけたと聞いたときにはあそこに急いで行って、涙を流しながら抱きしめたのは今でも忘れられないわ。」

「私もその時のママの顔はもうずっと頭の中に残っているんです」

「でもね、こんな事を言って水を差すのはあれかもしれないけど、ひんやりして心臓も動かなくて血管にはホルマリンとエタノールの混合液が詰まっているのに普通に動いて生活できているという現実に今でも私の頭ではついていけないのは確かだわ」

「そう、なんで生活できているのかは私のほうが聞きたいぐらい。エネルギー源はごくたまにエナジードリンクのようなものを飲む程度」

「こんな事、『元気になった』今だから言えるのかもしれないけど、あんたは小さい頃から入退院を繰り返していて、心の奥底ではずっといつかそうなることを覚悟していたけど、あんたが会社でちゃんと働けてる、と思った矢先にね、具合が相当悪くなって緊急入院した頃、葬儀屋さんに事前相談に行ったのよ。そう、うちからそう遠くないところにある『セレモニーハウスゆかり』ね。見に行ったときは気さくなスタッフさんに迎えられてね、それでね、確かホールを歩いていたら『あれ』の見本があったので、あんたと会いたいときにいつでも会えるというからそれにしようかな、と思ったのよ。毎日とびらを開けてあんたの寝顔を見て『おはよう』『おやすみ』と、いつも通りに声をかけるつもりだったのよ。あんたの旅立ちを直前で取り消してくれた神様、そして直前まで悲しみにくれていた私たちを優しくフォローしてくれたスタッフの皆さんには本当に感謝するわ」


 ママとそんな感じで身の上話をした後、二階にある私が使っていた部屋に行ってみた。今は置いてあるものはなくてベランダに干した洗濯物をたたむ作業スペースになっているんだけど、私、やっぱり本当はここに置かれたキャビネットの中でずっと横になって永遠の休息をとっているはずだったんですね。ママから見れば、それはもう二度と起きることはないかもしれないけど家で闘病生活から解放されてずっと寝続けているだけのことだから。だからここはママにとってもう二度と私と会えなくなる、顔も見ることができなくなるのはもう悲しくて苦しいことだった、そんな気持ちが本当に伝わってくる場所になっちゃったんです。はあぁ、「生き返る」ことができて本当に良かった……


 そんなこんなで時間が過ぎていってもう午後九時を回ってしまった。

「もう夜遅くなったから泊まっていったら?外は色々と物騒だし」

私は、そうママに言われて泊まって朝帰ることにした。そして寝ぼけた私は掛け布団を丸めて抱きしめた。もちろん、布団はずっと室温に近い温度のままだった。そして、私はゆみのぬくもりが恋しくなった。私の体は彼女のぬくもりを求めていた。知らない間に私はこんなに彼女と惹かれ合うようになっていたんだ…… 最初の頃はひまさえあれば私の部屋にやってきた彼女。うんざりしたときもあったけど今は…… もう二人一緒じゃないとさびしいという感情が無意識のうちに湧き上がってくる…… いつかここに彼女を連れてきてママに顔を見せる日が来るのかなぁ。もう子供は産めないから相手が女の子でも気にしないでいてくれたら嬉しいな。でも彼女、あの時ママと出会った「葬儀屋の気さくなスタッフさん」の可能性が高いんだよなぁ。もしそうだとして、ママが顔を見て思い出しちゃったらどうしよう…… 「これも一つの縁だったんだね」で笑ってすませてくれたら、ね。


 そして朝、六時くらいと早い時間なのに、ママはちゃんと起こしに来てくれた。

「おはよう、あやか。せっかくのきれいな栗毛がボサボサじゃないの。出かける前に洗面所言ってとかしてらっしゃい」

私は、ママの親切に甘えて鏡の前で手短に髪を整えた。そして、

「それじゃ、ママ。また来るからね」

と言って実家を後にした。そして私は自分のマンションに一旦戻ってから出勤した。玄関に置き手紙が差し込まれていたので電車の中で読んだ。

「あやかへ。 今日は留守みたいだから帰るね。 ゆみ」

私はそれを読んで思わず目をこすった。


 夕方、仕事が終わって帰宅途中、最寄り駅で待ち合わせていたゆみと一緒に帰った。彼女は私に会ってすぐ、

「昨日はどうしたの?あんたのところに行ったらいる気配はなかったし。突然行ったあたしも悪いんだけど」

と声をかけてきたので、

「ごめんね、ゆみ。それはお互い様。昨日はたまたま早く帰れたから実家に行って大事なママに会ってきたの」

と言った。彼女は「仕方がないか」と言いたそうな苦笑いをした。


 私達は駅から少し歩いてマンションに入った。そして改めて私の部屋で彼女と一緒にいてホッとする自分に気づいてしまった。そして、ベッドの上で彼女に抱きつかれた。私は全身で彼女の体温を感じていった。


 朝、目が覚めたとき、私は彼女に覆いかぶさっていた。彼女はまだ夢の中だった。少したってから目覚まし時計が鳴って彼女が起きてきた。

「おはよう~あやかちゃん。あんたのお陰でいい夢見れたよ~」

私は彼女の嬉しそうな表情を見て元気をもらいました。そして、彼女が先に家を出て、その後私が出てそれぞれの勤め先に行きました。

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