もう、遠い昔の思い出になっちゃったんだね

 私が「生き返って」からだいたい七十年ぐらいたちました。今でもあのときの姿そのままでITエンジニアやってます。私が所属している派遣元がスキルシートに見た目通り年齢を書いてくれるので日本人のプロジェクトマネージャーやプロジェクトリーダー、そして三十代のITベンチャー社長から年上の部下は嫌だと敬遠されることもなくて、仕事探しやプロジェクトへのアサインもすぐ決まるし、姿形が変わらないってこういう意味では便利。二十代後半のプロジェクトマネージャーの下で仕事することは珍しくもないけど、あなたの部下は本当はおばあちゃんくらいの歳なんだよ、なんてこっちから言わない限りまずわからないし。外国人のプロジェクトマネージャーやプロジェクトリーダーのほうが精神的にはもっと楽だったねぇ。年齢のことなんか完全に忘れて仕事ができたから。あの時出会って、自分も結構忙しかったのに英語の猛特訓に付き合ってくれたまあささん、本当にありがとう。もう絶対に足を向けて寝られません。今じゃ仕様書はもちろん本屋さんに並ぶ技術書も英語だけなんてことが多いからねぇ。そう言えば本は新品も中古もウェブ上で買うのが当たり前になって本屋さんももう都心のターミナル駅近くくらいにしかなくて「立ち読み」という言葉もめったに聞かなくなりました。


 私の頭の中を通り過ぎていったプログラミング言語の数は十を軽く超えて、特定言語の生き字引扱いもされるしね。古い言語のシステムがどうにもならなくなった、見つかった技術的負債をどうにかしてほしい、というときなんかは業界で真っ先に名前が上がるようになってしまったね。「◯◯なんとか(言語名)の魔女、若林あやか先生」って畏敬の念を持って呼ばれると照れますね。私なりにやりたいようにやってきただけなのに。で、仕事中にその時作業をしている古い言語の話につい夢中になって、真の年齢がバレそうになって、おおっと、と急に口をふさいで話をそらすこともあったり。あと、大ベテランの私でさえ目を背けたくなるような古い言語と古い技術で作られて秘伝のタレのようなつぎはぎだらけのスパゲティコードで書かれた基幹システム。もうゼロから作ったほうが早くて安いですよ、と言いたくても言えない状況。もうとぼけて逃げたくなるような代物。それを拝み倒されてどうにか動くようにする。その一回のプロジェクトで並のサラリーマンの一年分以上の収入をいただけるのもなんか複雑な気分。


 そして数年前に享年九十五歳でピンピンコロリしたはずのゆみが「生き返って」ここにいる。あの年まで普通に生きていられたのも三十歳くらいのときにお酒をピタッと止めたのが大きかったんでしょうね。その時に肝硬変や肝がんで亡くなった人達を見続けたからなのでしょうか。その後も甘いものには目がなかったけどね。だから今の何も食べないゆみを見ると、今でもまだものすごい違和感がある。見た目は私が「若かった」頃の黒柳徹子さんとかメリル・ストリープさんみたいな「現役で若く見える元気なおばあちゃん」みたいな感じ。神様からきっと、これだけの技が消えるのは惜しいからもっと頑張ってくれ、そして後継をもっと育ててくれ、て言われたんでしょう。「セレモニーハウスゆかり」自体も多死社会かと思いきや家族葬、地味葬、直葬が主流化した時代の中、よく続けてこれたと思う。そんな事を考えていたら目の前にいる彼女が口を開いた。

「弟子たちに遺言状で頼んだことがあるんよ。あたしのエンバーミング施術をその時の一番弟子だった絹田ひまりさんにやってくれって書いたんです。もし彼女が非番でダメだったら高津ゆうなさんに。そして式の後は『手元供養キャビネット』のサンプルマネキンの代わりにあたしを寝かせてくれってね。そしてそれを見たその時のスタッフたちに『このおばあさん、もしかして本物!?』『しーっ! 私達の大先輩の前でこんなこと言っちゃダメでしょ』なんて言い合ってくれてたらいいなって思ったの。それがあたしにとって幸せなのよ」と言った。結局あたしも「生き返って」ゾンビになっちゃったからサンプルマネキンになる話はなかったことになったね。で、後何年かたったら社長職をなすりつけられそう。今まで手先を動かすことに集中してポスト争いからは必死で逃げてたんだけど、とうとうめぼしい候補がいなくなってね、消去法的に名前が挙げられてねぇ。あたしがリーダーの器だなんて全然思っていないし、今更社長の座についたところでやりたいことも特にないけど、これだけ葬式の数が減って小規模化が進んでこのままだともうジリ貧だから、思い切って留学生を集めたエンバーマー養成所に移行するかもね。そうすれば弟子たちを路頭に迷わせなくてもすむし」


 ゆみがサンプル代わりに自分の体を使っていいよという話は前から聞いていて、もしかしたら彼女の「墓守」として「セレモニーハウスゆかり」に転職しなきゃいけないのかもねと覚悟は決めていたけど、結局それはしなくて良くなったんですよね。三十年くらい前に同性婚が解禁になってゆみと私の婚姻届出したときからなるべくずっと一緒にいようと思ってそうするつもりだったし。まさか大往生の後にしれっと「生き返る」なんてさすがに思ってなかった。そして私は、ゆみが愛弟子のひまりさんに施術されたときってどんな気持ちだったんだろうと思ったので聞いてみた。そしたら、

「あたしはひまりさんを信頼しきっているから完全に任せる気持ちでいたし、体の中に薬剤を入れたときも指先までちゃんと届いてしみわたったからね。十分合格点だよ」

というわけで、私と出会っただけでなくいいお弟子さんたちを持ったゆみは本当に幸せ者だと思った。


 この頃は女性だけじゃなくて荒木飛呂彦さんやチュアンド・タンさんみたいな「見た目と実年齢が合わない『男の子』」もそこかしこに見かけるようになって、世の中の人々もなんかおかしいと気づき始めて、それでゾンビ学というものができて研究が進んではいるみたいなんだけどね。少子高齢化が猛烈に進んだ世の中だから現状維持バイアスと合わさってゾンビ化現象が一般に気づかれると言うか広く知られるようになったのは相当後のことになったんです。「謎の生還後不老不死症候群」って騒がれ始めたのがほんの十数年前ですよ。それ以降急速に研究が進んだと言っても、肝心のどうやったら「生き返る」ことができるのかなんていまだによくわかってないし。もし究明できたら医学界の大革命でノーベル賞は確実だから研究している人たちはもう必死で実験とかをしているみたいだけど……


★★★


 今朝も日差しがまぶしい。隣で寝ていたゆみに

「ねえ、今朝はどんな夢見たの?」

と聞かれて、

「それはね、ふふふ」

と答えた。だって正直に答えたらタイムトラベルでやってきた未来人の予言そのものなんですもの。

「ねぇねぇ言ってよぉ~」

彼女はそれでもしつこく食い下がっていた。

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