今日は彼女の手伝いをさせられました

 とある日曜日の朝、私は天気予報を見ようと思ってテレビをつけてみた。たまたまCMの時間だった。

「安心の一括明瞭会計! 悔いのないお別れをお約束。あなたの街のセレモニーハウスゆかり。事前相談見積もり大歓迎! 詳しくは『セレモニーゆかり』で検索」

「うちの宣伝ダサすぎてあきまへんわ~ もうちょっとひとひねりないかなぁ~ 金の無駄使いだって社長に言いたいわ~」

昨晩突然うちに上がり込んで泊まりに来たゆみが突然関西弁で叫んだ。


 そう言えば今日はゆみの職場で大体年一回開催される宣伝目的の模擬葬イベントの日。名付けて「ゆかりちゃんを見送る会」。定番の納棺体験から、焼香、献花の実演ができるというのが売りだって。でも年配の方向けの終活イベントは別にどこの葬儀屋でもやっているから、そうじゃなくて葬式なんて来たことがない若い人に参列の仕方を教えたいというのがあそこの社長さんの思いみたいだけどね。もちろん事前相談もOK。それで人手が足りないというので彼女に無理やり引っ張り出されたんです。


 私は彼女と一緒に家を出て、同じ電車に乗って「セレモニーゆかり」に着きました。私の担当は受付で香典袋に入った参加費を回収する係。ちなみに中に入れる金額はお気持ちで特に決めていないそうです。


 開場してからパラパラやってくるお客さんの香典袋を回収して箱詰めを繰り返していて、二時間くらいたってシフトの時間が終わる頃、ゆみが代わりのスタッフを連れてきて、

「お疲れさん。もう時間になったから会場回ってみて」

と言ったので抜けて見て回ることにしました。


 私がいた受付カウンターの後ろにある大ホール。そこのメイン祭壇にはここのイメージキャラの「ゆかりちゃん」の画像が額に入れられて遺影の代わりに掲げられていて、たまに撮影している人もいましたね。小ホールに入って献花や焼香などのレクチャーをしていたスタッフさんに挨拶して、ついでに私も焼香の練習をしてみた。別の部屋はショールームになっていて、祭壇の模型、棺桶、遺影用の額、骨つぼなどが展示されているのですが、さすがに若い人たちには実感がなさすぎてあまり見に来てはいませんでした。


 私が会場を歩いて進んでいくと、やっぱりありましたよ、「キャビネット葬」じゃなかった、「手元供養キャビネット」の再現コーナー。パッと見おしゃれなテレビ台。その戸棚を開けるとアクリル板で塞がれた中にマネキンが寝かせられているんです。ほとんどのお客さんが「ふーん」といった感じの顔で通り過ぎていったんだけど、一人だけ立ち止まってみていた高校生くらいの女の子がいて、なんとなく年齢の割にはしっかりしているようだねと思っていたら、スタッフ腕章をしていた私に何かを聞いてきたんです。

「こんなのがあるんですね…… わたし、ちょっと前に脳腫瘍があると聞かされてね、もうすぐ手術ななんです。でもいつか無理やり家族から切り離されるかもしれないでしょ。でもこれでパパやママと別れなくてすむのかなと思って見に来たんです。でもわたしがそのキャビネットの中で寝ている間に腐り落ちてボロボロのみっともない姿にならない?」

私は彼女の話を聞いて心のなかで涙を流した。

「あなたがんばりやさんだからきっと大丈夫。きっと手術も成功するよ。私も祈っているから。万が一のことがあっても、そこは安心して。うちにゆみというスタッフがいるんだけど、彼女、魔術師レベルの職人だからお人形さんみたいな感じでずっときれいな姿でいられるんだよ。それは私が『体を張って』保証する」

それを聞いた彼女は少しホッとしたような表情をした。そして、彼女は私にわからなかったことを聞いた。

「それで、『体を張って』ってどういう意味なのでしょうか?」

私はそれに答えた。

「実はね、私は生まれつき体が弱くて就職してから何年もたたないうちに一回死んだんだよ。それで病院からここまで運ばれてね、そのゆみにきれいにしてもらってね、私のママが持ってきた服を着せてもらってね、棺桶に横になって入れられて葬式の日を待っていたの。そしたら生き返って中からふたを押し上げて外に出たんだよ。それからはまたOLさんに戻ったんだよ。で、どうしてこうなるのかはまだ誰にもわかってないんだよ。運がよかったら私みたいになれるのかもしれないんだけどね。きっと嘘だと思うだろうけど本当のことなんだよ。よかったら私を抱きしめてみて」

彼女は私を抱きしめると驚いた顔をしてこんな事を言った。

「本当にひんやりとしていて心臓の音もしない…… でも動いて普通にわたしと話してる……」

「『セレモニーゆかり』や『手元供養キャビネット』のことについてはパパやママとじっくり話し合ってほしいんだけど、私のことについては誰にも言っちゃダメだよ。もう一度言うけど『生き返る』ってそんな興味本位で簡単に軽々しく言いふらしていいもんじゃないからね。これはあなたと私だけのヒ・ミ・ツ。お姉さんとの約束だよ」

私はその少女と指切りをした。

「さよなら、お姉さん」

彼女はパンフレットを手提げ袋に入れて消えていった。


 一旦外の駐車場に出るとキッチンカーが並んでいて、たい焼きとかクレープみたいなゆみが好きそうな甘いものが並んでいたんだけど私は残念ながらそれを見るだけで通り過ぎました。


 一通り回った後事前相談用の部屋に行ったらゆみがいて、そこにちょうど別のふわりとしたセミロングで金髪の女の子がやってきたところだった。

「松原ゆみ先生お久しぶり~」

「まあささんよく来たねぇ。あたし、あんたとまた会えるの楽しみにしてたわ」

それを聞いた私は、ゆみに聞いた。

「まあささんって?」

「彼女も葬式中に生き返ったんですよ。飛行機の貨物室で運ばれて向こうのお墓に埋められるところだったんだけどね。海外搬送ということで濃いめの薬剤で処置したんですよ」

「へぇ」

と言ってたら、

「はじめまして。宮坂まあさと申します。どうぞよろしくお願いしますね」

私は彼女から名刺をもらったので私も名刺を出した。

「はじめまして。若林あやかと申します。ゆみに呼ばれて臨時でここのスタッフやっています。どうぞよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ!」

私達はあいさつの交換が終わった後丸テーブルに囲んで座った。ゆみはさきほどのキッチンカーでいろんな食べ物を買ってきて一人でもりもり食べていたけどまあささんと私は何も持ってきたり食べたりしていないので、関係ない人が見たら異様な光景に見えるでしょうね、ほぼ確実に。大食いのゆみに対して何も食べないし水も飲まない私たち。まあささんと私、お互いの「正体」を知り合った瞬間だった。実はこのイベント、「セレモニーハウスゆかり」でエンバーミング処置を施されてから運良く生き返ったゾンビたちの同窓会も兼ねていたんです。まあささんは外資系日用品メーカーで貿易事務をしているそうです。そんな彼女に聞いてみたんです。

「こんなことをいきなり聞くのは失礼かもしれないのですが、向こうのお墓に埋められるところだったってどういう事だったんでしょうか?」

「いえいえ、お構いなく。わたしの母の実家がカナダの中部にあって、その街にある墓地だったのです。この辺出身の父と結婚してわたしと妹が生まれました。その後はずっと幸せの日々だったのですが、わたしが大学在学中に酒酔い運転の車にはねられて、父はうろたえて仕事にならなかったそうです。それで『運良く』生き返ってからは私を優しく何回も抱きしめました。松原先生は『お墓に埋める』と言ったんですが、本当は公園墓地の一角にある『マゾリアム』という建物の中にある棚に棺桶を置くと言ったほうが正しいんだけどね」

私は、彼女の話を聞いて思わず目をこすってしまったんです。そして私は彼女に私の長い闘病生活のことを話した。彼女もまた私の話を聞いて目をこすり始めた。


 話が一通り済んだところでまあささん、ゆみ、私の三人で本イベント一番の目玉の入棺体験を見に行きました。棺桶は三基用意したのですがすでに長蛇の列。担当のスタッフさんが入り方を教えていたり、中に入って横になったお客さんの写真を撮ったりしていました。まあささんはそのうちの一つを指して、

「わ―懐かしいですねぇ。体験用として使ってる棺桶ってもしかしてわたしが入ってたやつ?」

それを聞いたゆみが口を挟んだ。

「そう、キリスト教式のだからゴスロリコスで来てこの棺桶で写真撮りたがる人が毎回結構いるんですよね」

「キリスト教用のでできる入棺体験ができるのってここだけみたいだからね」

まあささんは笑って話していたけどこれも彼女が「運良く」生還したからこそなんだよね。

「まあささん、また会いましょうね」

「あやかさん、わたしこそ」

私は彼女と握手して分かれた。彼女の手もまた少しひんやりしていた。


 そういえば、なんで私が「生き返った」時にやって来たここのスタッフさんは全然驚いた顔をしなかったのだろう?と思ってゆみに聞いてみた。

「たまにあるからね。こういうこと」

彼女はあっさりと答えた。ついでに、もう一つ気になったことを彼女に聞いてみた。

「もしかして、大事な家族がゾンビでもいいから『生き返って』ほしいと本音では思っていて『手元供養キャビネット』を頼んだ遺族もいたりするんでしょうか?」

「多分それなりにいると思うよ。大事なお子さんだったらなおさらだよ。ただ、『生き返る』かどうかなんて宝くじみたいなもんだからあたしからはご遺族にそれを売りにするようなことは言えないけどね」

私はそれを聞いて、まあ、そうだよねと思った。


 そうこうしているうちに夕方になってイベントは終わって私達は後片付けをした。それも一時間位で終わった。

「またね、ゆみ」

「あやかちゃん、次回も遊びに来てね」

私は会場で彼女と分かれた。


 このイベントを終わってみて、こんな感じで色々な人、しかも若い人の心に刺さったイベントもないんじゃないかと思ったから、今度ゆみに会ったら、テレビCMより百倍は生きてるお金の使い方だいうことをあんたのとこの社長に伝えて、と言うつもり。


 週明けの月曜、うちのプロジェクトマネージャーから、

「とある葬儀社から会葬者出席・香典管理システムを受注したからよろしくね。今のプロジェクト終わったらでいいから。詳しい仕様書は今日中に社内掲示板に上げておくから」

って言われた。ああ、今度ゆみに会ったら色々聞かないといけないのね。そして私が話したあの子、無事手術が終わると良いね。 

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