幸村さん曰く。


 防護服で作業をしている人達は『かこい』と呼ばれる組織の人間らしい。

 その目的は、異界の脅威から現世を守ること。


 狐面の二人もその一員で、幸村さんほどではないが〝特殊な力〟の持ち主だそうだ。

(「一応これでもコッカコームインだぜ」と口を挟んだ茶髪の男が、再び肘打ちされていた)


 先日の台風によって、この辺りの地域には、異界に通じる門が何箇所も開いてしまった。

 幸村さんは『囲』からの要請を受け、あちこちに点在する門を閉じている最中だったのだ。 

 

 とは言え。

 いくら界隈では名の知れた拝み屋である幸村さんでも、たった一人で異界の門を閉じることはできない。

 その地域に古くから住まう、土地神とちがみの力を借りる必要があった。

 

 そこで朝から狐面の二人組が、住宅街の中のお稲荷さんやら、川沿いに建てられた水神様の祠やら、隣町の山頂にある神社やらに挨拶に伺っていた——というわけだ。


 ちなみに。

 狐面はその際の『正装』として定められており、門を全て閉じるまでは外してはならないらしい。






「五ヶ所の門のうち、我々は既に三ヶ所を閉じました。残りは、この鳥居を含めて二ヶ所——」

「あの」


 僕は、苛立ちながら幸村さんの話を遮った。

 確かに興味深い話ではあるが、今はこんなところぐずぐずしている場合ではないのだ。


「そちらの事情はわかりました。それで——由宇の事は助けてもらえるんですか?」

「……魔女が嘘をつくことができない、というのは知っていますね?」

「え?ええ、まあ」

「彼らはそうした誓約を己に課すによって、強大な力を振るうことが可能となります。今の我々も同じ——この地域の門を全て閉じるまでは、嘘をつくことができません。ですので、正直にお答えします」


 幸村さんはそこで一旦言葉を切ると、沈痛な面持ちで僕に言った。


「由宇さんを助ける事はできません」






「……え?」


 ——幸村さんが一体何を言っているのかわからなかった。

 わかりたくなかった。

 聞きたかったのはそんな言葉では断じてない。

 しかし——幸村さんは続けた。

 

「私や『囲』の面々に許されているのは、境界を越えて現世に害をなす者を祓い、門を閉じることのみ。向こう側へ行くことは、古くからの戒律で禁じられています」

「だったら、俺や修が行く分には——」

「いけません」


 蒼梧の言葉を、幸村さんが鋭く遮る。


「あちら側は危険に満ちています。許可できません」


 フン、と鼻を鳴らし、蒼梧が鳥居の方へ視線を向ける。


「あそこを潜ればいいんだろ?別に、あんたらに許可してもらおうとは——」


 と、喧嘩腰な口調でそこまで言って。

 唐突に、蒼梧は黙り込んだ。


「……蒼梧?」


 見れば、蒼梧は口を半開きにして、惚けたようにじっと鳥居の方を見つめていた。


「どうかしましたか?」


 幸村さんが怪訝な表情で問いかけるが、それにも反応を返さない。

 その表情は、何かに魅入られているようにも見えた。


「——汐梨しおりさん」


 沈黙を破ったのは、茶髪の男だった。   


「本当にどうにもならないんスか?なんか、ホラ、裏道的な手段とか……」

「残念ですが、時間が少なすぎます。おそらく、由宇さんはあと数時間で〝夜〟へのにえとされるでしょう」

「夜……?」


 僕の呟きに、幸村さんが重々しく頷く。


「堺の世界では、空は常に血のような赤。しかしごく稀に、その空が漆黒に染まり、〝夜〟が世界を覆い隠します。魔女達は〝夜〟に生贄を捧げることで魔力を補充する。良心的な魔女は、儀式には獣を用い、なるべく苦しまぬよう命を断つのですが——どうやら〝宵闇〟の場合は、趣味と実益を兼ねているようですね」

「そんな……」


 あと数時間で、由宇が夢で見たような、おぞましい拷問が始まるということか。

 いや——〝夜〟の間に命を奪えばいいということなら、拷問自体はもう始まっている可能性だって——

 

「汐梨さん、彼らがゲームをやらされた廃ビルの方はどうします?もしも魔女が、堺の世界への門を開けていたら——」

「いえ。魔女が最後に利用したのは、魔法で一時的にこじ開けた通路に過ぎません。もはや危険性は——」


 角刈りの男と幸村さんの会話も、ちっとも頭に入ってこない。

 完全に、脳が考えることを拒否してしまっていた。


「——解析完了しました」


 小脇にノートPCを抱えた作業員が、幸村さんに声を掛ける。


「門の向こうの次元は、堺の世界で間違いありません。状態も非常に安定しています」


 わかりましたと呟き、幸村さんは鳥居へと視線を移した。


「——では、始めましょう」

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