「うぐっ!?」


 長い髪が、生き物の様にしゅるしゅると首へと巻き付く。

 首を絞められ、僕は思わず鍵を落としてしまった。

 

「——イヒィッ!」


 由宇を追いかけるのに夢中だった怪物も、流石にこちらの騒ぎに気が付いたようだった。


「守谷君っ!」

「修!」

「ヒャッハハハハハハハハハ!」


 三者の声が綺麗に重なる。

 目の端に、怪物がこちらに走ってくるのが見えた。


 終わった。

 生首だけでも厄介なのに、この状況で奴から逃げ切るのは不可能だ。


 内心、覚悟を決めた僕だったが——最後の瞬間は、なかなか訪れなかった。

 必死に髪の毛と格闘しながら、もう一度怪物の方を見る。


 怪物は、僕まであと数歩というところまで迫っていた。

 しかし——その体は今、地面から五十センチほど浮かんでいた。


「ギ——ギイイイッ!?」


 この状況は怪物にとっても不本意らしく、慌てた様子で手足をばたつかせている。

 そんな怪物の背後——数メートル離れた位置に、由宇は居た。

 怪物に向けて両の掌を突き出し、何事かをぶつぶつと呟いている。


「〝絶対にできる〟——〝絶対にできる〟——〝絶対にできる〟——」


 信じ難いことだが、何らかの方法で怪物を拘束しているらしい。

 おそらくだが、街で出会った三つの影が言っていた、「ビニール袋を浮かせる力」の応用なのだろう。


 相当なエネルギーを使うらしく、由宇の両手は小刻みに震え、顔には苦悶の表情が浮かんでいた。

 徐々に怪物の体が降下し、地面へ近づき始める。

 

 怪物が自由の身となるのは、もはや時間の問題かと思われたが——蒼梧は既に動いていた。


「——っらあ!」


 駆け寄った勢いそのまま、怪物の顔をバットでフルスイングする。


 勢いよく吹き飛んだ怪物は、そのままゴロゴロと地面を転がった後、置かれたロッカーの一つにぶち当たった。

 ロッカーがそのまま派手な音を立てて倒れた。


「ギギギィ……」


 苦し気な声をあげつつ怪物が起き上がるが、足元がふらついている。

 二人がこんなに頑張っているのだ。

 僕も諦めている場合ではない。


 僕は首に絡みついた髪の毛を掴み、生首を力いっぱい振り回した。

 生首が、弧を描いて僕のすぐ後ろ——鍵の入っていたロッカーの側面に衝突する。


 生首は小さく悲鳴をあげると、ようやく引力の存在を思い出したかのように床へと落下した。

 首を絞めていた髪も、途端に力を失う。


 僕は咳き込みながらも、鬱陶しい髪の毛を必死に払いのけた。

 床に落ちた鍵を拾い、頭上に掲げる。


「——見つけた!」

「走れ!」


 出口のドアを指差し、蒼梧が叫ぶ。

 僕は脇目もふらず、一目散にドアへと駆けだした。

 おそらく僕の背後は、蒼梧と由宇が守ってくれているはずだ。


「——返せ!返せえっ!」


 意識を取り戻したのか、生首が再び喚きだす。

 しかし。


「返——ぎゃああああああああああ!」


 その怒声が、断末魔の叫びへと変わった。

 何が起こっているのかわからないが、振り返って確認する余裕はない。


 僕は焦りつつもなんとか鍵を回し、ドアを開けた。

 鍵を引き抜き、僕、由宇、そして蒼梧の順番で中に駆け込む。

 振り返ると、先ほどまでいた部屋の様子が見えた。


 青い怪物が、生首を蹂躙じゅうりんしていた。

 

「ヒャアアアッ!」


 雄たけびをあげながら、何度も何度も、片手で持った生首を地面に打ち付けている。


 単に、声をあげている者を攻撃するよう魔女から命令されているのか。

 はたまた、叫び声が邪魔で僕らが探せないので、黙らせようとしているのか。

 ——どちらにせよ、この『仲間割れ』は好都合だった。


 ぐちゃぐちゃの肉塊となった生首を放り捨て、怪物がこちらに顔を向けた。

 そのまま後ろにのけ反り、大きく息を吸い込む。

 酸の唾を吐くつもりだ。


 しかし、唾が射出されようとする正にその瞬間——蒼梧が勢いよくドアを閉め、内側から鍵をかけた。

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