ロッカー
ドアを潜った瞬間、すぐ後ろで響いていた咆哮がピタリと止んだ。
背後を振り返ると、それまで扉があったはずの場所には、コンクリートの壁しか存在しなかった。
「助——かった——」
僕はその場にゴロンと仰向けになった。
心臓がバクバクと脈打ち、汗が滝の様に流れる。
やはり、普段からもう少し運動しておくべきだったかもしれない。
荒く息を吐きながら、そんなことを考えていた僕だったが、
「しかし、また面倒くさそうな部屋だな」
そんな蒼梧の声に、重い体に鞭を打ちって上体を起こした。
正方形の広々とした空間だ。
一辺はおおよそ三十メートル程。
バットを振り上げたら先端が届きそうな高さの天井に取り付けられた無数の蛍光灯が、室内をぼんやりと照らしている。
光量は心許なく、中にはカチカチと点滅しているものもあったが、先ほどまで比べれば随分と明るく思えた。
床には瓦礫やら、ビニール袋やら、
中でも目を引くのは、部屋のあちこちに置かれた灰色のロッカーだった。
教室の後ろや更衣室にある、縦長のあれだ。
ざっと見たところ、二十個以上はあるだろうか。
扉の向きはバラバラで、特に規則性は感じられない。
「……如何にも、『どれか一つが正解です』って感じだね」
立ち上がり、懐中電灯の灯りを消す。
とりあえず、暫くは暗闇に悩む心配はなさそうだ。
僕は懐中電灯を、呪符を入れているのとは反対側——左の尻ポケットへとしまった。
「ロッカーのどれかに、私の体が入ってるのかな……?」
誰に言うでもない由宇の問いかけに、蒼梧は、
「どうだろうな」
と言って、部屋の奥を見つめた。
「全部フェイクで、タイムロスを狙った罠——って可能性もあるんじゃないか?」
視線の先——対面の壁にはドアが設置されており、その上には『EXIT』と表示された誘導灯が緑色に輝いている。
ドアには赤のスプレーで、何か文短い章らしきものが書きなぐってあった。
僕らはとりあえずドアに近づき、文章の内容を確認した。
それは、何語だかもわからない奇妙な文字だった。
しかし。
気がつけば僕は、書かれた内容を脳内であっさりと翻訳できてしまっていた。
「……『鍵を探せ』」
「やっぱり、修も読めるのか?」
そう尋ねてくる蒼梧の隣で、
「何これ……知らない文字なのに、意味がわかる……」
と、由宇も戸惑った声をあげる。
確かに気味は悪いが、ぐずぐずしてはいられない。
僕はポケットから携帯を取り出し、時間を確認した。
二十三時三十二分——タイムリミットまで、三十分を切った。
「ま、手当たり次第に開けてくしかないか」
「だね」
蒼梧の言葉に頷きつつ、僕は点在するロッカーをあらためて眺めた。
観たところ何の変哲もないもの、
扉がベコベコに凹んでいるもの、
赤い手形で埋め尽くされているもの、
扉の下部から黒い液体が漏れ出て周囲に広がっているもの——
とにかく、様々なものが揃っている。
「とりあえず、嫌な気配がするやつはなるべく避けつつ——」
と、そこまで言った時だった。
ロッカーの内の一つ——僕らから見て、部屋の中央右寄りにあるそれが、ガタン、と小さく揺れた。
全体が赤く錆びた、古びたロッカーだった。
「……一応訊くけど、あのロッカーは?」
小声で尋ねる由宇に、僕もなるべく小声で返す。
「絶対に、開けちゃ駄目なやつ」
蒼梧も尋常ではない気配を感じ取ったのだろう。
口元に人差し指をあて、シッと僕らを窘めた。
ロッカーはガタン、ガタンと何度か揺れ——キイイイイ、という耳障りな音と共に、扉がゆっくりと開いた。
僕らはロッカーの背面側に居るため、扉の中の様子はわからない。
だが——何が入っていたかはすぐにわかった。
僕らが息を殺して見守る中、ロッカーの陰からそれが現れたからだ。
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