蜥蜴
持参した懐中電灯の灯りを頼りに、僕らは廃ビルの中を進んだ。
魔女から渡された呪符は、僕の尻ポケットの中に入れてある。
蒼梧はリュックを自転車のカゴに置いてきており、肩には例の金属バットを担いでいた。
通路の幅と高さは、大体学校の廊下と同じくらいだろうか。三人でも並んで歩けた。
異変にはすぐに気が付いた。
時にはジグザグに、そして時にはくねくねと曲線を描いて折れ曲がった道。
どう見ても、普通の建築様式ではない。
第一、外観から予想される広さよりも、明らかに内部が広大だ。
魔女がこの建物に〝何か〟をしたのは確実だった。
通路の壁には時折ドアが設置されていたが、大抵のドアは鍵が閉まっていたし、仮に開いたとしても、中はがらんとした小部屋だった。
部屋の隅に転がる消火器をライトで照らしながら、僕は小さく舌打ちした。
タイムリミットが一時間と聞いた時には、正直、建物の大きさに対してはやけに長めの時間設定だと思ったが——こういうことか。
「由宇、この壁ってすり抜けられる?」
僕に問われ、由宇は通路の壁に手を当てたあと、首を横に振った。
「駄目。たぶん、魔法か何かがかかってるんだと思う」
さっきまで建物への侵入を阻んでいたのと同じ力だろうか?
何にせよ、果たして魔女の小細工によって建物がどこまで拡張されているのか——全体像がわからないのが、僕の焦りに拍車をかけた。
「少し急ぐか」
同じ思いだったのであろう蒼梧が呟く。
頷きかけた僕だったが、その瞬間、前方から異様な気配を感じ、
「待って!」
と、慌てて叫んだ。
どうした、と訊き返す蒼梧には答えず、どこまでも続く廊下の先へと灯りを向ける。
数秒後——
タッタッタッ、という軽快な足音と共に、灯りの中に何かが勢いよく飛び込んできた。
それは、まるで競争するかのようにこちらに向かってくる、二匹の奇怪な獣だった。
見た目は二足歩行の
蜥蜴と言っても、身長は僕の背丈ほどはある。
ハリウッド映画などに出てくる、恐竜のラプトルをイメージしてもらえればいいかもしれない。
しかし、その皮膚は
目玉は大きなものが一つだけ。
それもまた爬虫類特有のカラフルなものとは異なり、白目と黒目がはっきりとした、人間によく似たそれだ。
まるで神様の悪ふざけで生まれたような、醜悪なデザインの生き物だった。
「——エエエッ!」
二匹の内、僅かにリードしている方が、口を大きく開けて、えずくような声を発した。
びっしりと並んだ、涎まみれの牙が迫ってくる。
「わっ——」
僕が思わず懐中電灯を取り落としそうになる中、蒼梧は前へと駆けだしていた。
飛び掛かってくる蜥蜴人間(人間蜥蜴か?)に向かって、素早く金属バットを振るう。
ブオン、ゴッ。
風を切る音と、間髪入れずに続く鈍い音。
それに重なる、ギエッという短い悲鳴。
続けざまに、それらが二回繰り返され——あっという間に、廊下には二体の異形が転がっていた。
二匹とも、バットで殴られた側頭部が大きく凹み、眼球が外へ飛び出してしまっていた。
ピクッ、ピクッと体が小さく
「まだ動いてんな。生きてるのか、単なる痙攣かわからねえけど、念のため——」
と、そこまで蒼梧が言った時だった。
二匹の内の一匹が、突然顔をあげ、口を大きく開いた。
飛び出した長い舌が、凄まじい速さで由宇に向かって伸びる。
唾液まみれの汚い舌は、本来ならば触れられないはずの由宇の足首に、しっかり絡みついた。
トカゲ人間は、そのまま素早く体を起こ——
ぐしゃっ。
——す前に、蒼梧のバットで頭を砕かれた。
ピンクの脳症が、周囲に散らばる。
「——っと、生きてたな。死んだけど」
呟きながら、転がるもう一体にも冷静にトドメを刺す。
僕と由宇は、思わず揃って顔を背けた。
自然と顔を見合わせる形になる。
「……ホントに強いんだね、中村君」
呟く由宇に、僕は言う。
「さっき、噂はデマだって言ったよね」
「うん」
「まず、蒼梧は喧嘩を売ったんじゃなくて、売られた側。それから相手の数も八人じゃなくて——」
「——十人だ」
僕の言葉を引き継ぎ、蒼梧が言う。
「まあ、途中で何人か逃げてったけどな」
誇るでも謙遜するでもない、事実を淡々と伝える口調だった。
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