伝言

「よう、姉ちゃん。さっきは危なかったなあ。あとちょっとで、あの幽霊に取り込まれちまってたとこだぜ」

「か、鴉が——喋った!?」


 由宇が隣で驚きの声を挙げる。

 無理もない。

 僕も最初は驚いた。


「あの霊はな、元々は一人の女だったのさ。それが長い長い孤独に耐えかねて、自分自身と会話する内、とうとう三つに分裂しちまったのよ。難儀なこった」


 ギャハハハ、と鴉が笑う。


「街で椎名を助けた鴉ってのは、お前か?」


 鴉に全く物怖じせずに、蒼梧が尋ねる。


「ああ。俺と、俺の仲間さ。あの幽霊、元が一人のせいか、味が薄くて不味かったなあ。全然腹が膨れやしねえ」

「で?お前は、俺達の味方か?」

「いんやあ。残念ながら、答えはノーだ。俺達は、魔女様の命令でその嬢ちゃんを見張ってたのよ」

「私を、見張ってた……?」


 ぎょっとする由宇に、鴉が答える。


「そうさあ。魔女様は今夜のゲームを楽しみにしてる。それまでは、嬢ちゃんには無事でいてもらわなきゃならねえのよ。それから——こいつは、魔女様からの伝言だ」


 そう言うと鴉は、何度か咳払いをした後——


「〝ひっひっひっ……おい、小娘……〟」


 ——それまでとは全く異なる、しゃがれた老婆の声で語りはじめた。


「〝その餓鬼ガキ二人はサービスだ……お前を守る可愛らしい騎士ナイト様として、今夜のゲームに参加を許してやるよ……ただ、その二人だけだ……他の奴を連れてきたら、その時点でゲームは取りやめだ……〟」


 鴉はそこで言葉を切ると、以上だ、と元の声に戻って言った。


「参加も不参加も、お前らの自由さ。しかし、自分の存在の不確かさにいつまでも耐えられるほど、人間ってのは強くねえ。浮遊霊の行き着く先は——嬢ちゃん、あんたも見ただろ?」


 そこまで言うと、鴉は翼を広げ、フェンスから飛び立った。


「ま、夜までようく考えなあ。あばよぉっ!」


 そう言うなりフェンスを飛び立ち、鴉が空へと消えていく。

 その姿を呆然と見送った後——由宇が、硬い表情で呟いた。


「廃ビルには、一人で行くね」

「な、何言って——」

「二人を巻き込むことはできない」


 慌てる僕の言葉を遮り、由宇が続ける。


「ありがとうね、親身になってくれて。私が帰ってこなかったら、お父さんとお母さんに、『今までありがとう』って伝えてくれない?二人とも、私が居なくなって、凄く悲しんでるから——」

「ふざけんなよっ!」


 今度は、僕が由宇の言葉を遮る番だった。

 声が変な感じに裏返ったが、気にせずに叫ぶ。


「お、お前が帰ってこなかったら、お父さんやお母さんだけじゃない——僕だって——僕だって、凄く悲しいんだぞ!」

「守谷君……」

「だから——だから、ついて来るななんて、僕に言うなよ」


 怒り慣れていないからだろうか——なぜか馴染んできた涙を手の甲で乱暴に拭いて、僕はそう言った。


「ったく、変なところが似てるよな、お前らは」


 呆れたように笑って、蒼梧が言う。


「そういうのは嫌いじゃないけど——困ってんなら、素直に助けを求めろよ」

「中村君……」


 由宇もまた涙を拭うと、僕らに向けて、力無いながらも嬉しそうに微笑み、呟いた。


「二人とも……ありがとう」

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