合流

 あてもなく、ふらふらと彷徨さまよった後。

 由宇の足は、自然と学校に向いた。


 辿り着いた時には、既にお昼休みになっていた。

 校庭には大勢の生徒がいた。

 しかし、誰一人として由宇に気がつくことはなかった。


 覚悟はしていた。

 ここに来たのは、見納めになるかもしれない学舎まなびやの風景を、しっかりと目に焼き付けておくためだ。


 由宇はふと、屋上から校庭を見下ろしてみたくなった。

 屋上のドアの鍵が壊れているのは知っていたが、優等生の由宇は屋上に上ったことはなかった。

 こんな状況になってまで、律儀に校則を守ることはないだろう。


 由宇は、昇降口から校舎の中に入ろうとして——足を止めた。

 これまで由宇が読んだり、観たりしてきた創作物の中では、幽霊の多くは宙に浮かんでいた。

 もしかしたら、自分も飛べるのではないか?


 由宇は、ふわりと空に舞い上がる自分を想像しながら、その場で跳躍をしてみた。

 高さは生きている時とそう変わらなかったが、落下速度は明らかに遅かった。

 腰を落とし、勢いを増してみる。


 ——浮いた。


 速度こそ遅いものの、由宇の体は、風船のようにゆっくりと上昇していった。

 無事に屋上へ辿り着いた由宇は、一旦コンクリートの地面に降り立った後、今度は給水タンクの上へと跳んだ。


 タンクに腰掛け、賑わう校庭を見下ろす。

 由宇は再び溢れてきた涙を拭いて、空を見上げた。


 しっかりしないと。

 もはや、この世界に仲間は居ない。

 この現状に——あの魔女に、一人っきりで立ち向かわなければならないのだ。


 自分を元気づけるため、由宇は歌を口ずさんだ。

 少し前に、映画の主題歌にもなっていた曲——由宇の好きな、男性アイドルユニットの曲だ。


 歌っている内に、気持ちが少しだけ前向きになっていく。

 曲をラスサビまで歌い切った由宇は、気持ちも新たに給水タンクを飛び降り——






「——で、修と目が合った、って訳か」


 放課後の校舎の裏。

 話を聞き終わった蒼梧は、僕の傍らへと目を向けた。

 そこには由宇が立っているのだが、蒼梧には見えないらしい。


「言われてみれば、何となく気配は感じるけれど——姿は見えないな。声も聴こえない。どうやら俺は、が合わないみたいだ」


 屋上で由宇からこれまでの経緯を聞き終わった時、既に休み時間は終わりかけていた。

 滑り込みセーフで教室に戻った僕らだったが、やはり教室の誰にも由宇の姿は見えないようだった。


 僕に視えても、蒼梧には視えない——そういうことは、これまでにもあった。

 蒼梧の気が付かない、今にも消えそうな弱々しい存在でも、僕ははっきりと感知することができる。

 その手の感覚に関してだけは、僕の方が優れているらしい。


 おそらくだが、蒼梧にとって〝自分に危害を加えるかどうか〟が鍵になっているのではないかと僕は思っている。


 そのまま授業を受けたものの、相変わらず内容は頭に入ってこなかった。

 授業中、由宇は一旦教室を離れ、暫くした後に戻ってきた。

 他の教室を一通り回ってきたが、やはり、自分に気がつく人間は居なかったらしい。


 つまり。

 現状、由宇の身に何が起こったのかを知っているのは、僕と蒼梧の二人だけ——ということだ。


「修、これからどうする?」


 蒼梧の問いかけに、僕は少しの間逡巡しゅんじゅんした。

 危機に陥った由宇を、僕がこの手で颯爽と救う——それは、授業の最中や眠りにつく前、何度となく頭の中で思い描いた光景だった。


 しかし、今彼女が直面している事態は、僕がいつも読んでいるような絵空事とは違う。

 紛れもない、現実だ。

 だから。


「……とりあえず、僕らだけで何とかしようとするのは、正直無謀だと思う。時間もないし、一刻も早く、誰かに助けを求めるべきだ」


 結局、僕はそう口にした。

 これが正しい選択だ——自分にそう言い聞かせながら。

 だけど、と不安げな表情で由宇が言う。


「誰かに話しても、こんな話、信じてもらえるかな?」

「確かに難しいかもしれないけど、幸い僕には由宇が見えるし、話もできる。考えれば、きっと信じてもらえる方法はあるはずだよ。それに少なくとも、蒼梧の親なら信じてくれるだろ?」


 確かにな、と腕組みをしながら蒼梧が呟く。


「だろ?おじさんとおばさんの伝手つてで、誰か——例えば、これまでに頼った霊媒師の人を紹介してもらうとか——」


 と、そこまで言った時だった。


「おおっと、そいつはやめときなあ」


 声のした方を見ると、数メートル先のフェンスの上に、一羽の鴉がとまっていた。

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