失踪

 異界にオーマを埋めてから、二週間近くが経った。


 その日の朝、学校へ行くため自転車を漕いでいる時のことだ。

 横断歩道の手前に黒いスーツ姿の二人組——痩せた茶髪の男と、がっしりとした角刈りの男が立っているのが見えた。

 地図らしき紙を広げ、やいのやいのと言い争っている。


「だからー、やっぱり、さっきの角を曲がるんスよ」


 と、茶髪の男が言い、


「本当かあ?」


 と、角刈りの男が首を捻る。


 どうやら、道に迷っているらしい。

 二人揃って地図を見るのが苦手らしく、首を曲げたり、地図を逆さにしたりと四苦八苦している。


「あれ?——東って、お箸を持つ方でいいんスよね?」

「お前が普段、どの方角向いて飯食ってるかなんて知らねえよ」

「いや、そういうことじゃなくて——ほら、北を上とした場合は、東は右ですよね、っていう確認で——」

「大体お前、『右利きがスタンダード』っていう決めつけは、今時どうなんだ?」

「えっ?そういう話、今ここでします?」


 ——地図アプリを使えばいいのに。

 そんなことを思いながら


「あっ——ねえ君、ちょっといいかな?」


 角刈りの男が目ざとく僕をみつけ、軽く手を挙げた。


「どうかしましたか?」


 ブレーキをかけて尋ねる僕に、角刈りの男が言う。


「このあたりにお稲荷さんがないかな?」

「お稲荷さん?」

「そうそう、狐を祀ってるやつ。小さい社が、住宅街のどこかにあると思うんだけども」

「ああ——それならたしか、この道をしばらく進んで——」


 記憶を掘り起こしながら、大まかな場所を教える。


「いやあ、助かったよ、どうもありがとう。——よし、行くぞ」

「ほらあ、やっぱりさっきの角じゃないスかあ」

「うるせえなあ。黙って歩け」

「稲荷が済んだら、次は川っスか?」


 先輩の背を追いながら、茶髪の男が尋ねる。


「ああ。そっちにもキチンと挨拶しとかないとな」


 挨拶?一体誰にだろう?

 そもそも、お稲荷さんや川に何をしに行くのか。

 少し気にはなったが、僕は頭を切り替え、再び自転車を漕ぎ始めた。

 こんなところでグズグズしていては、遅刻してしまう。


 結果的に——この奇妙な二人組の存在は、すぐに記憶の彼方へと押し流されることとなる。

 それどころではない衝撃的な報せが、教室で僕を待ち受けていたからだ。






「昨日から、椎名しいなが行方不明になっている」


 ——朝のホームルームにて。

 担任の開口一番の言葉に、にぎやかだった教室がしん——と静まりかえった。


「部活が終わって、下校して以降の消息が途絶えている。何か心当たりがある者はいるか?」


 教室に、徐々にざわめきが広がり始める。

 僕は信じられない思いで、右手前方に位置する、主が不在の席を見つめた。


 椎名由宇ゆうは幼馴染だ。

 最近は殆ど話さなくなってしまったが、家が近所で、昔はよく一緒に遊んだものだ。

 所属している女子バスケットボール部では次期部長と噂されており、成績も優秀。

 悪い噂も全く聞かない。

 少なくとも、僕は知らない。


 ここ最近、心なしか元気がなさそうだとは思っていたが、まさかこんなことになるとは。

 家出か、あるいは——何か、事件に巻き込まれたか。






 授業と授業の間の休憩時間。

 ベランダに出てぼんやり校庭を眺めている僕に、蒼梧そうごが声をかけてきた。


「修、大丈夫か?」


 中村蒼梧は僕の親友だ。

 蒼梧の長身と精悍な顔つきには、かなりの威圧感がある。

 加えて、無口で表情に乏しいこともあってよく誤解されがちだが、決して怒っているわけではないらしい。


「大丈夫って、何が?」


 平静を装って尋ね返す僕に、蒼梧は周囲を軽く見回し、窓の近くに人がいないことを確認してから言った。


「お前、椎名のこと好きだろ?」


 ——人間、いきなり図星を指されると、とぼけることができないものらしい。

 数秒間押し黙った後で、僕は大人しく降参することにした。


「……なんでわかったの?」

「見てればわかる」


 蒼梧の勘が鋭いのか、僕がわかりやすいのか——もしくは、その両方かもしれない。

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