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3人は橋の真ん中あたりで止まった。テオは鞄から新聞をスクラップしたノートを取り出す。


「先ほどもご覧頂いたこの絵ですが」


開いたページには導火線に火が付いた爆弾を持った男と逃げる市民らしき人物が一人、拳銃を抜いた兵士がそれぞれ誇張されて描かれている。


「当時の目撃証言を元に描かれたものです」


はいという返事の変わりにコクとリシリーはうなずく。


「また、記事には以下のように書かれています”男は導火線に火をつけるとすぐさま馬車に向かって爆弾を投げた。だが男の手から爆弾が離れる直前、近衛の隊員から銃撃を受け、バランスを崩した。男の手からこぼれた爆弾は馬車では無く輓馬の足元へと飛び爆発。幸い、車内の公国全権大使に怪我は無かった。また、爆発に巻き込まれ市民が一人死亡、けが人多数”です。という事はこの絵は男が導火線に火をつけてから、爆弾を投げようとする直前の絵だとわかりますね」


3人の傍をバスがエンジンを唸らせて走りさった。


「当時、馬車を護衛していた憲兵の証言がこちらにあります、この兵士は上長の命令を待たずに犯人に対し射撃を行ったという事案で後日取り調べを受けています」テオは鞄から手帳を取り出し読み上げる「”男は火が付く前から爆弾を目線の高さまで上げていた、火がつくやいなや、投げる動作に入ったので構えていた拳銃の引き金を引いた、班長の撃ての合図とほぼ同時だったように記憶している”です、結果としては彼は半年間の減給と処分され、直後に陛下が恩赦を与えています。まあ、そこは置いておいて。リシリーさんは、どこか変なところがあるように思いませんか?」


「変ですか……?」眉をしかめ、ほんの少し首を傾げた。


「話を少し変えましょう。事件後、すぐさま橋は閉鎖され橋上にいたすべての市民が取り調べられました、その数なんと300人を超えたのだそうです」


「300を……」


「翌日のパレードではこの橋だけで千人を超える人が集まったそうですから、少ない方ですけどね。それでも、それなりの人数が大使を歓迎するために集まっていました、300人です。道の両側に分かれたとして、こちら側に150人、50メートルほどの橋ですからね1メートルあたり3人の市民が道行く大使に手を振っていました。まあ、単純に橋を通行していただけの人もいますからね、1メートルあたり2,3人の人が居たわけです。では、この切り抜きの絵はどうでしょう」


テオは切り抜きを張ったノートをリシリーに差し出した。


「市民はお一人ですわ、少ない?」


「ええ、この絵も誇張されていますからね、実際はもう何人かいたのかもしれません、ただこの絵に描かれている橋もほんの1,2メートルという訳ではないですから、もう少し逃げ惑う市民が居てもおかしくは無い。さすがに1人というのは誇張されすぎでしょう」


「ですわ」と絵と実際の景色を見比べるリシリー「逃げ遅れた方がいた? この絵の方が亡くなった方でしょうか?」


「違うにゃ、亡くなった方は橋の東側、犯人がいたこちら側とは反対側に居た方にゃ」


「不幸な事に爆弾で吹き飛ばされた破片が頭部に直撃したそうです」


「可哀想に」


「ええ。可愛そうに…… そして、逆説的に言いますと橋のこちら側、西側ではけが人こそ出ましたが死人は出なかった、この絵のモデルになったであろう当時実際に逃げ遅れた方はケガで済みました」


「爆発の直前につまずいてこけたらしいにゃ、幸いこけた事で爆風からは逃れられた」


「もう一つ」そういってテオはリシリーの目を見た「大使の馬車を制御していた御者ですが、因みにこの絵はこの御者の証言をもとに描かれた物だそうです。この御者がこう証言しています”進行方向で異変があったようで馬車を止めた、人々が逃げ惑って、群衆が割れ男がでてきた、何かを投げたと同時、近くで発砲音がした、私は発砲音に怯んで屈んだ、そして爆発が起きた”」


「進行方向で異変……」


「わかりますか? 男に最初に銃弾を浴びせた近衛は”火がつくやいなや、投げる動作に入ったので構えていた拳銃の引き金を引いた”んです。その時には既にホルスターから拳銃を抜いて構えていた、何故か。1メートルに2,3人はいた市民が男が火をつけたタイミングには既に居なかった、男が爆弾を取り出しただけでは気が付かず逃げられませんね、だがすでに避難は始まっていた、これも何故か。大使が乗る馬車ですからね、御者も訓練を受けた方が馬車を制御していました、重要人物が乗る馬車です異変があれば駆け抜ける方が安全な事が多い。でも彼は馬車を止めた、何故か」


「人々が逃げ惑っていたから…… 」


「重要人物が乗った馬車です、市民の一人や二人が犠牲になっても構わないと教えられるのが王宮の御者です。でも馬車を止めた、何故か」


「一人や二人では無かった、多くの市民が車道に逃げ惑った…… ですか?」


「そう、そう考えると自然でしょう、ではその多くの市民が逃げ惑うような異変とはなんなのでしょう、残念ながら後日、王都警察によって提出された本事件の報告書では何があったのかを知るすべは有りませんでした。しかしながら僕は違和感のような物を覚えた」


「違和感ですか?」


「ええ、違和感。なにか意図的なものを感じました。意図的に証言が削除されているんじゃないかと、そう思えてならなかった」

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