33

「すみません、お待たせをしたようで。呼び出しておきながら申し訳ない」


アカデミーの校門近くのティールームの個室で一人座り待っていたリシリーに向けてテオは言った。


「ちょうど注文したお茶が来たところですの、先生はお砂糖は?」


「ええ」とテオは椅子に手をかけ言うと「頂きますよ」と座った。


リシリー自らの手で茶がテオの前に置かれた空のカップに注がれる。湯気とともに立った香りがテオの鼻腔をくすぐった。

ふたりは茶を口に含む、店内に響くレコードの針の音に紛れて食器が触れる音がする。リシリーがふぅと息を吐き、カップをソーサーにもどした。


「あの、先生。もしかしてですが」という言葉がリシリーの口から溢れた。


すぐさま「違いますよ」とテオは言った。


「リシリーさんはお父様がテロリストの共犯者だったと、その様に僕が考えているとお思いでしょう?」


「違うのですか?」


「確かに、今日の授業でお話しした事件はお父様が失踪した翌日に起きたものです、さらには先日、僕たちはお父様は海外に出られたのではと推測した。この事件を起こしたお父様が海外へと逃亡したと、リシリーさんならそう考えるのも無理は有りません」


「父の日記にある友達というのが、例の事件の実行犯で、父は文字が読めましたし、職業がら爆発物に関しての知識もそれなりに有していたはずです」


「ええ、さらに言えば警察の人間に顔のきくお父様なら、当日の行動表を入手したり、橋を見渡せる位置の警備員に見ていないフリをさせて橋にいる実行犯に合図を送る事ができたかもしれないと、そう考えた」


「ですわ、だから先生」


「まあ、そう、焦らないで」


「私、私……」


「来月でご卒業なのでしょう? 卒業すれば間髪おかずに別荘の管理人になる」


「……はい」


「時間が無いのは存じ上げてます。でも、無実の人に謂れのない罪を着せる事は無いはずです。ましてや実の娘がというのは少し可哀想に僕は思います」


「無実ですか……?」


「ええ、この日の件に関しては。いろいろと証拠を見つけてきました、一つ一つ説明していきましょう」


「証拠」


「そう、証拠。まず橋を見渡せる所にいたお父様が何かしらの信号を送ったという説ですが、厳重な警備の元、不可能だったとやはりそう言いましょう。事件のあった橋は城の南側にありました。また王太子邸は城の南東に位置しています、一行は王太子邸を出て大通りを北に向かいます、川の手前を左折、暫く川沿いの道を進み城の真南の橋を右に曲がります。橋の長さは凡そ50メートル。普段は馬車や車が対面で走行していますが、この時は一般の車は通行止めでした。しかし、歩道は使者を歓迎する住民であふれていた、翌日の国王陛下とのパレード程ではないですがね」


「この日も人が」


「ええ、商店街の婦人会ですとか、愛国婦人会とかそういった団体が予行演習とかいう口実で動員していたみたいですね」


「なるほど」


「そして、あの日、全権大使と王弟夫妻が乗った馬車が橋に入って10メートルほど進んだ時、群衆から一人の男が現れます」


テオが鞄を探ると、比較的新しいノートを取り出す。ペンをを開くとスクラップされた古い新聞紙が出てくる。文字の横には絵が描かれ、その絵の中心には血走らせた目をわざとらしく誇張された男が導火線に火のついた爆弾を持っていた、男を中心に逃げる市民が一人と男の手前には銃を向けているらしい道路に立つ兵士の背中が描かれていた。


「この絵の王城はどちらに描かれていますか?」


「絵の右側ですね」


「正解です。絵の手前には馬車が通る道、真ん中には犯人が立つ歩道、絵の背景として右側に王城の城壁が描かれています」


「この絵がどうしたのでしょう」


「わかりませんか? 男は橋の進行方向右側に、つまりは西側にいたことになります」


「……ハイ」


「馬車は橋の東側から川沿いの道を通ってきます。もし、僕が共犯者なら川沿いの道でどの馬車に誰が載っているかを確認して、何かしらの合図を橋の東側に立たせた実行犯に送ったはずです」


「でも実際に犯人がいたのは橋の西側だった」


「ええ」


「なるほど。でもそれだけではなんと言いますか……」


「証拠にはならない」


「そうですわ」


「そうですね、積極的な証拠にはならないと言いましょうか。他には、例えば共犯者が複数いて馬車のルートを迂回するように信号を伝達する、そしてその複数の共犯者の内の一人がお父様だった。なんて風に考えることも可能かもしれません。ですが、これも当時の警備は厳重だったと言わなければならない。中継の回数が増えれば増えるほど発見のリスクが増える」


「では、やはり犯人は2番目の馬車、つまり王太子殿下を狙った犯行だったと?」


「くどいようですが、そう考えます。で、そう考えた時にお父様が共犯者であったと思われますか?」


「いえ…… 私も幼い頃の記憶でしかありませんが。父の王家への忠誠は確かなものだったと。それに私の記憶以外にも、魔王復権派の疑いがかかる前はですが、他の方からもよくその様なお話を頂きました。たとえ父が復権派だったとしても王家に剣を向けるような事はしなかったはずです」


「ええ、私もその様に…… 何人かのお父様を知る方から伺っております。忠誠が強すぎて魔王の庇護下に入るべきだとも言いかねない男だったなんて話もありましたよ」


「まあ、どなたが仰ったのか知りたいところですね」


「まあまあ、その方も準男爵にかぎってと前置きをした上で本当に復権派だったとしたらね、とは仰ってましたよ。まあ、皆さんに話を聞くに、やはりお父様が王太子を狙ったとは考えられないとそう今は言いましょう」


そう言ってテオはカップを取る。


「先生」


というリシリーの問いに対しテオは茶を一口飲み答える。


「なんでしょう」


「父は、事件の前日から失踪しております」


「ええ」


「やはり先生は父がこの事件に関係しているとお考えで?」


「まさしく」


「どのように関係しているのかお聞きできまして」


「もちろん、今日はその為にお呼びしました。ただ、どこからお話しすべきか、少し悩んでまして、ちょうど今、考えてました」


そうしてゆっくりと口元のカップを動かしたテオは茶を嚥下すると口を開く。


「やはり、先に…… 日記の謎を解きましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る