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「この日記の最大の謎ですから」


そう言ったテオはパラリとノートを捲る。その仕草を見ながらリシリーが口を開く


「たしかに私も何故と思ったのを覚えています」


「リシリーさんもでしたか…… 最初、見たときは何度もページをいったり来たりしてしまいました」


「ええ、私も。9月が終わったかと思えば……」


「ええ、9月が終わったかと思えばまた9月」


「私、最初は父がページを飛ばしてしまって間違って書いたのかとも考えたのですが」


「はい、このページの先頭の日記は9月1日です。この3ページ前にも同様に9月1日が記載されています。なのでページを飛ばして記入してしまって、後日の日記はページを戻って記入したとは考えづらい」


「ですものね」


「さらに言えばですが、お父様は月末の日記を書き終えると余白が残っていても翌月の日記は次のページに記入してきました、一つページを戻って9月30日の日記の下は半分も余白があります、という事は」


「新しく9月1日の日記を書いた?」


「ええ、その様にとらえると自然なようです。9月30日の日記を書いた後、新しい月ときちんと認識をしたうえで9月1日の日記を書いています」


「10月1日と間違えたのでしょうか」


「もしそうだとしても、次の日か遅くとも数日で今月が10月であることに気が付くでしょう、このページはずっと9月と1日から30日までところどころ歯抜けは有りますが、日付の前に9月とはっきりそう記入しています。さらにはこの後に10月1日の日記もちゃんとありますからね」


「9月30日の後、きちんと月を跨いだことを認識しながら9月1日を記入した」


「簡単に言うとそういう事になります」


「何故なのでしょうか……」


「なぜか…… うーん、そうですね。例えばですが、この日記は2年に亘って書かれた」


「2年ですか?」


「ええ、この前のページの9月30日からお父様は日記を11か月の間、書くのを辞めてしまった。そして翌年の9月1日から再び書き始めた」


「それでは最初のページの記述と矛盾します」


「そうですね。忌々しい一件以来日記を半年ほど書かなかった、たしかそう書いてありました」


「ええ、そしてこの革の手帳の件とも条件が一致します」


「そうでした、革の手帳に書かれている前年の日記は汚職事件を疑われた6月で記入が終わっていました…… そうですね、例えばですがこう考えるのはどうでしょうか」


「例えばですか?」


「はい、例えばです。お父様は革の手帳以外にも日記を書かれていた、その日記は汚職事件を疑われる前年の6月にとある理由で記入を辞めてしまった。私たちが今見てきた日記は汚職事件があった年に書かれたものだった」


「そんな事が?」


「ええ、最初のページの忌々しい一件というのが汚職事件の事だと私たちは勝手に思い込んでいた」


「……」


「汚職事件を疑われたさらに1年前の、これも6月頃でしょうか、お父様を悩ませるなにか、お父様に忌々しいとまで書かせる何かがあった。その一件を受けて手帳とは違う何か別の物に記入していた日記を辞めてしまった。そして半年後、汚職事件のあった年の1月からこのノートに日記を記入し始めたのです」


「そして9月の終わりに日記を中断して」


「ええ、翌年の9月に再開した」


「もしそうであれば先生!」


「ええ、5月の24日は先王陛下にお会いしていた可能性が高まりますね」


リシリーは緊張の糸が解けたように深くソファーに沈み込んだ。


「ただ、その年の陛下の行動記録は今日は持っていないので確認できませんが…… 少し休憩にしましょうか?」


リシリーは伏し目がちにニコリとほほ笑み「ハイ」と小さく言った。

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