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テオが取り出したのは学生が持ち歩く辞書よりはるかに厚みのある本だった。


「前回、喫茶店で見た物より、より詳しく書かれたものを用意しました」


「まあ」というリシリーの感嘆はドシというテーブルと本が出す音にかき消された。


「先生、重かったでしょう?」


「はい、ここだけの話し。腰が砕けるかと思いました」


「あら、これはまた大変なご苦労をおかけいたしましたのですね」


「いえいえ、ついでというと語弊があるかもしれませんが、とある王族の方からの相談を受け取り寄せた物です。今回はリシリーさん。いえ、コンダッシェ家の為にもなればとお持ちしました」


「私が見ても良い、この場に居ても良い物なのでしょうか?」


「ええ、こちらも王立図書館に行けば閲覧できる物ではありますので、本来は持ち出しできない者なのですが」フンとテオが鼻から力んだ声を漏らすと表紙をめくった「今回は特別にと」ヨイショと言いページを一掴み捲った。


「やはり特別な物ではありませんこと」


「ええ、ですから汚れるといけませんので、ご覧になる際はお茶はテーブルの上でお願いします」


「もちろんですわ。いえ、むしろお茶は下げましょう」言葉を受けたメイドが動き始める「そちらの方が集中出来ませんか? 先生もお下げしてよろしくて?」


「ええ。お願いします」メイドがリシリーのカップを下げるとテオの物も下げた、下げるのを見計らってかテオが再びページを捲る。


「お、ちょうど5月24日だ」テオはページを指でなぞって簡単に確認する「やはりこの本でも一日中執務室に籠っていたとなっていますね」言いながらページをさらになぞった「どの書類にサインをしたとか、誰それが執務室を訪ねたとかばっかりだ。あ、昼食も執務室で摂ってますね。もしかして食事は外でとってそこでお父様と会ったのではとも思ったのですが」


「やはり一日中王宮を出ることは無かったのでしょうか」


「ええ、この資料だとその様ですね。もし、お忍びで外出をされても、それとなく記載するような徹底した資料なのですが。この日はお忍びで外出された様子もありません」


「では、父はどのようにして先王陛下、当時の国王陛下の様子を知ったのでしょう」


「うーん、さっぱりですね。休憩がてらバルコニーに出た陛下をご覧になったか」


「執務室に近いバルコニーは全て城内だと先日、先生は仰いました」


「ええ、そうなんです。前回もお話しましたっけ」


リシリーはコクと頷く。


「お父様が場内で陛下を見た、もしそうだとすれば王宮に抜け道があり、それをお父上は利用したか。もしくは、城内の内通者に招きいれられたか」


「どちらにしても父は謀反の疑いアリとみられる可能性が高くなりませんか?」


「そうですね、その通りだ。で、この記述だけもってしてもお父様を糾弾する貴族が現れることが容易に予想できます」


「やはり先生もそのようにお考えになりますか」


「僕自身はそういう貴族さまの考え方には疎いのですがね、貴族さまという人たちはそういうものだと友人に教わりました」


「私も貴族社会とは疎遠ですが、そのように心得ております。それに先生は心強いご友人をお持ちでいらっしゃるようですね」


「ええ、そういった面では助けられてばかりですよ」


「うふふ、よき相棒といった所でしょうか」


「相棒…… そうかもしれませんね。まあ、この話はおいておいて」


「はい」


「例えばですが。この日、先王陛下と会話をされた方に当時のご様子をお父様、すなわちコンダッシェ準男爵にお話をされたかどうか、確認を取ることも出来るかもしれませんが…… たとえば午前中に執務室で会話したと記録のある当時の外務卿、たしか、まだご存命のはずです」


「それは…… 」


「あまり気が進まないといったご様子ですね」


「はい。私の一存では決めかねます」


「そうでしょう。お兄様やお姉様にご確認されぬままでは動けませんでしょう」


またコクと頷く、今度は少し伏し目がちのようにテオには映った。


「続けましょう。5月24日以降はまた短文の日記が続きますね。6月と7月もほぼ似たり寄ったりの記述で」


パラリとページを進めた。


「8月12日ですか。ええっと”国王陛下に大いなる勇気を頂いた。しかし、今年もまた参加者が減ったように思う。嘆かわしく思う反面、平和だからこそ参加者が減るのだと思うと安堵も覚えるのだ……” そして、またしばらく短文の日記」


「8月12日といえば」


「ええ、終戦1ヶ月を前にして工業都市ナッキで大爆発が起こった日ですね」

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