10
テオは日記を受け取り開く。
「”ここ半年ほどだろうか。あの忌々しい一件以来、日記など書く気にもならなかったが。どうだろう、ここ暫くの穏やかな事といえば。この穏やかさが、まだ、父が健勝であったころに赴任した南東諸島を思い出させた。あの頃はこうであった、ああであったなどと思い出しながら通りを歩いていると懐かしい物を見つけた、このノートだ。当時の南東諸島はといえば、物も少なくノート一つとっても種類を選べない、そんな環境であった事を思い出した……” お父様は南東諸島におられたのですね」
テオは途中まで読み上げたノートを横目にティーカップを取った。
「はい。私や兄、姉が生まれる前の事と聞いております」
「お姉様もいらっしゃったんですか」
「はい、姉は兄と年子で。姉は今、王宮に勤めております」
「王宮に…… 」コトとカップをソーサーに戻す「続けましょう」
「はい」
テオは再び日記に視線を落とし、文章を読み上げる。
「気が付けば懐かしさを覚えたノートを手に会計をしていた、このノートを買ってどうしようかと考えながら家路についた。はて、私小説でもしたためてみようかなどとも考えはしたが、私にそのような才が無いのは己が一番知っている。ペンをインクに浸したところで思いとどまった。そうだ、日記を書こう、再開しよう。今までの日記とは違い頑張って数行は書いてみよう。それがいいじゃないか、南東諸島に居た頃のように、また。そう思いペンを取った…… リシリーさん」
「はい?」
「ここには”今までの日記”と書かれていますが、どういった内容なのでしょうか」
「おそらくですが、父が普段から持ち歩ていた手帳に書かれていたものの事かと。その日が終わりに、その日あった事などをほんの1,2行ですが書き記していました」
「手帳と言いますと、スケジュール帳のような……?」
「はい、ご覧になりますか?」
「ええ、可能であれば」
「かしこまりました」リシリーが部屋の入り口近くに控えていたメイドに目配せをする。メイドは外に控えているらしい使用人とドアを半分だけ開け話し始めた。
「”そう思いペンを取った”の記述の後でペンを変えていますね」
「そうなのですか?」リシリーが中腰になりテオが持つノートを覗き込む。
「ええ、インクを付け直したのかと最初は思っていたのですが、明るい所で見てわかりました、どうやらペンその物を交換したようですね」
「ええっと」座りなおしたリシリーが口元に手を当てた、考えをめぐらしているようだった「父は筆圧が強かったのかよくペンを買い替えていたようです、その為か家ではあまり万年筆を使わずに安い羽ペンで、たとえば身内への手紙などは羽ペンで記入していた事を覚えています」
「なるほど、ではこの日記も羽ペンかな」手をは文字の線一本々々を確認せんとノートを顔に近づけた「うーん。この”南東諸島では無くカーマに居た頃と混同していたようだ”の記述は後日書かれたものでしょうね。その証拠というと大げさかもしれませんが次ページに始まる1月1日からの日記は、それまでの文章と同じペンで書かれているみたいです」
「そうなんですね」
「カーマというと大森林の南側ですね、お父様がカーマにおられたのはいつ頃でしょうか」
「私が生まれる5年前から3年ほどと聞いてます、なので21年前からかと」
「お詳しい」
「……?」
「あ、いえ。すぐにお答えが出てくるのにビックリしまして」
「ああ。その…… そのですね、兄や姉が生まれてから父は単身で大森林方面に赴任しました、その後王都勤務に戻り母は私を妊娠しました。兄や姉と私が年の離れている理由と言いますか、そんな事をよく母に質問したりしまして、それで」
「なるほど、そういう事でしたか」
テオはペンが変わった事に間違いがないかと文字と文字を交互に見て確認する。
「あのう……?」
「なんでしょう?」
「ペンが変わった事が、その、父の疑惑と何か関係があるのでしょうか」
「ああ! いえ、なにも特別なことは無いのですが。気が付いてしまったら気になってしまって」
「そういう事ですか。うふふ」
「すみません脱線を。ただ、また何か発見があるかもしれません、一から目を通せればと思いますがお時間は大丈夫ですか?」
「ええ
「そうなんですよ、なので僕はこの夜は暇で…… あ、あの。リシリーさんを暇つぶしに使おうという訳ではなくですね」
「ええ。わかっております」うふふと笑うとリシリーはカップをソーサーに戻す「元はといえば私が先生にご依頼したものなのですから、私もお付き合いいたします」
そこまで言い終えたリシリーが手を上げメイドに合図を送った。メイドがリシリーに近づくと同時、上げた手が口元を隠す。メイドが腰を曲げリシリーの口元に耳をよせた。二言三言何かを伝えたリシリーに対しメイドは「確認してまいります」と言い去った。メイドが部屋を出る為にドアを開けると同時、執事服の男が手帳を持って入って来る。
男は「お待たせをいたしました」と言い、少々けば立った印象の革に包まれた手帳をリシリーに手渡した。
「先生? 先にこちらを確認をされますか?」
「そちらが先ほど言っていた手帳でしょうか」
「はい。父が王都警察に勤めた最後の年の物です、先ほどの前文というのでしょうか、文章に記されていた通り、汚職疑惑の出た6月までで日記は終わってますが」
「そうですか。うん、少し見てみましょうか」
「はい」とリシリーは両手で手帳をテオに差し出した。
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