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翌日、コンダッシェ家の応接室に通されたテオは、執事風の男に紅茶を出されていた。


「アイン様、申し訳ありません。本来であればお茶請けの一つでもご用意するのですが、あいにくと切らしておりまして」


「いえいえ、お構いなく。急に押しかけた私に非がありますから」


「そのように仰っていただきますと幸いでございます。リシリーお嬢様は間もなく参りますので、もうしばらくお待ちください」


「ええ」といいながらカップに口を付ける、しばらくして執事風の男が退室した。その紅茶も冷めたころ部屋をノックする音が聞こえた。


「アイン先生、お待たせしました」


という声がドア越しに響いた。


「そうぞ」と言いテオは立ち上がる。


ガチャリと戸が開かれる、ドレスを纏った女性が入室する、後ろにはメイド服の女性が続いた。


「お待たせして申し訳ありません、先ほど学校から戻ったもので」ソファーに歩きながらリシリーが言う。


「いえいえ、私も申し合わせも無しに来てしまって。急に予定がなくなったものですから」


テオがそう言い終えたころ、リシリーがテオとテーブルを挟んみ対面の席に座った。つられたようにテオも腰かけた。


「ご予定というのは王族の方とのお約束で?」


「ええ。よく知ってますね」


「はい、今日…… すこし噂を耳にいたしました」


「噂になってますか」


「はい、噂に。ええっと、なんて言うのでしたっけ……? たしか、タンテイ?」


「探偵ですね、僕は違いますけど」


メイドがテオのカップに茶を注ぐ。


「そうそう、探偵さん。王族が先生に依頼をしているって噂になっておりましたわ」


「意見を求められればお答えする程度の事で依頼という程の物ではありませんよ」


「そうでしたか。わたくしったらそうと知らずに、ぶしつけにお願いをしてしまって。王族の方がご相談をされるような方と知っていたらわたくし…… 」


「いいんですよ。授業を聞いてくれた人の質問に答えるのも、教育者の務めと僕の師が言っています」


「ですが、あまりにも授業とは関係の無い事でもありますし…… 」


メイドがリシリーの前にもカップを置いた。


「まあ、今回はそういう事にしておきましょう。で、そうそう」鞄からノートを取り出す「お借りしていましたお父様の日記を今日はお返しにあがりました」


そしてテーブルの上にスッとノートを置いた。


「あと、お兄さんの居場所がわかりましたよ」


「本当ですか!」ガシャンと食器が鳴った「すみません…… また取り乱してしまって」


「いえいえ。今、お兄さんは軍事演習に出ておられます。なにかと特殊な演習らしく詳しい所在は家族にも伝えられないとかで、軍の友人から…… そいつは陸軍の人間ですが、確かな情報かと」


「そうだったのですか。私の方でも軍には問い合わせたのですが…… 」


「あまり、きちんとした回答を得られなかったですか?」


リシリーはコクとちいさく頷く。


「……アイン先生もご存じの事と思いますが。当家は以前、今もですが魔王復権派の疑いを掛けられています…… 」


「ええ、ぼくも昨日知りました…… なるほど、軍としても内部情報をあまり伝えたくはないと」


またコクとちいさく頷く。


「兄が、兄本人が軍に所属している以上、これ以上に漏れる情報というのも無いように思いますが…… 」


「確かに」言うとテオはカップをテーブルの上のソーサーに戻した「たまたま問い合わせた先の人物がイジワルだっただけかもしれませんね」


「はい」リシリーは目を細めニコリとほほ笑む「受話器から聞こえる声はそれはもうイジワルそうな声でした」


「ははは。そうなんだ」


「はい、先生とちがって」


「僕と?」


「ええ、先生のその優しいお声とは似ても似つかないくらい」


「ん? ああ、僕の」


「ええ、先生の。お声、私好きですよ」


「はは、ありがとう。声は初めて褒められましたよ」


「そうですか…… 先生の廻りの女性は見る目が無いのかもせれませんね」


「ははは。これはこれは。でも、この場合は見る目では無く聞く耳かもしれません」


「うふふ。先生の仰る通りですわ、聞く耳が無い。うふふ」


「ええ。聞く耳が無いし、聞く耳を持たない人物も多いかもしれない」


「あら。そうなんですか? あ……」


スススとリシリーがテーブルの上の日記に手を伸ばした。


「先生、前回はごめんなさい。その、途中で席を立ってしまって」


「え? ああ、あの日ですか。ぜんぜん」


「今日は私、最後まで聞きます」


「ええと、何をでしょう……?」


「あら? 前回の日記の不審に先生が思われる箇所、そのご説明に来られたのではないのですか? 聞く耳を持たない人物が多いってそう……」


「あ! ああ、特にそう言った意味で言った訳では…… 無いのですが」


「あら、ごめんなさい先生。私、早とちりを」


「いえいえ、すみません。僕も勘違いを招くような発言を」テオが鞄を見つめる「どうでしょう、今日はノートを返しに来ただけのつもりでしたが、たまたま前回と同じ資料を持ってます。もう一度、日記の不明瞭な箇所を考え直してみましょうか?」


「……はい、その。忌憚のない先生のご意見をもし頂けるのであれば」


そう言ったリシリーの両手がノートをテオの前に差し出す。

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