7

「ありがとうツウ、助かったよ」


引っ越し作業を終えた二人は最寄りの地下鉄の駅に歩いていた。


「お安いご用意にゃ。荷解きは頑張れよ、手伝えるのは今日だけだからにゃ」


「ああ。頑張る!」


「その日記は車に載せなくて良かったのか?」


テオが待つネコが入ったカゴとは反対の手に持ったノートを見ながらツウが言った。


「そうなんだよ。今度こそ返さなきゃって思ってて、箱に仕舞ったらどの箱かわからなくなるだろ? 来週も僕が代講だからさ」


「今度こそ? 一度返しそびれたのか?」


「うん、少し気になる事があってね、校外の喫茶店で彼女と内容を確認したんだ、その時に返すつもりだったんだけど」


「気になる事……?」


「ああ、たまに出てきただろう? 国王陛下が元気そうだったーとか、勇気をもらえたーとか、そんな記述」


「あったにゃあ。だが、それのなにが気になるんだ?」


「うーん、例えばだけど5月24日にも国王陛下への言及があったんだが、この日先王陛下は一日中執務室に篭っていたんだ」


「んにゃ。なぜ、そんな事を知っているにゃ」


「王弟殿下からの依頼の一環でね、たまたま資料が手元にあった」


「にゃるほど」


「まあ。今となっては誰でも…… 王立図書館で閲覧できるような資料だからさ、彼女にも見てもらった」


「ふむ」


「他にもチラホラと辻褄が合わない事があって」


「先王陛下についての記述でか?」


「うん、当時の王太子殿下についても書かれていたけど、辻褄の合わない記述のほとんどが先王陛下についてだった。内容としてはご健勝のご様子で安心したとか、当たり障りのない内容だったけど、少し気になってね」


「ふむ、例えばだがこうは考えられないか? 新聞記事を読んだ感想を日記にしたとか」


「そう、そう考える事の可能な記述もあった。でも、さっき言った5月24日の記載は"今日は珍しく紺色のシャツをお召しだった"て書いてあるんだ」


「にゃあ、新聞の写真は白黒だからにゃ」


「だろう。じゃあ準男爵はどこから陛下を見たのか、警察官僚なら謁見の機会も多少あるだろうが、準男爵はその前年末に職を辞している」


「貴族の集まりに陛下がお忍びで顔をだした?」


「当時の準男爵は辞職の理由となった前年の醜聞のせいか、そういった会合に参加したような記述は無かった」


「ふむ。そうだにゃあ、仮にもしお呼ばれがあったとして、笑いの種にされるだけってのは目に見えているからにゃあ、行かなかったか…… 行けなかったか…… 」


「うん、その点は彼女もこう証言している。当時、準男爵は昼間こそ家を空ける事は多かったそうだが、夜には帰宅していたと。前年までは会うこともままならなかった父と毎夜のように食事を共にして嬉しかった事を覚えていると。貴族さまの会合ってのは大概が夜なんだろ?」


「だにゃあ。たいていの貴族は昼間は仕事がある事に一応はなっているからにゃ」


「だろう? 他にも同様に気になる記述を何個か教えた」


「あーあ」


「どうした?」


「それを聞いて彼女はどうした?」


「ありがとうございました、もう十分ですと。急に立ち上がって喫茶店を出ていった」


「だろうな」


「だろうなってなんだよ」


「まぁいいから。コンダッシェ嬢とはそれきりにゃのか?」


「ああ、それ以来会っていない。ただ、その喫茶店で話した3日後くらいかな? 研究室の僕のデスクに紅茶の缶とお礼状が」


「お礼状? 他言はせぬようにって言う嘆願ではなく?」


「ああ、お礼と共に”どうぞ日記に関してはご内密に”とも書いてあったよ」


「だろうにゃぁ」


「ツウは何を知ってんだ? あ、ツウも準男爵の日記の事は黙っててくれよ」


「もちろん他言などはしにゃいが…… 何を知っているかと問われれば、コンダッシェ家は準男爵の辞職後、爵位を王家に返上したにゃ」


「ああ、それは知っている」


「大戦後初の爵位の返上…… 当時、界隈では話題だった、父上がよく話していたにゃ」


「大戦後初だったか?」


「返上はな。降爵はお前さんもよく知るところにゃ」


「そうか、言われてみれば返上というのは珍しいか」


「にゃ。お貴族さまは何かとメンツが大事だからにゃ。家長が職を辞する、そのうえ跡を継ぐ子が未成年で国家への献身はまだできない。そうなれば一度爵位を返上するのが筋だにゃ。戦後はそういう事が無かったからにゃあ」


「そういうもんか」


「そういうもんにゃ。そして暫くして、コンダッシェ家の長兄が正式に家督を継いで軍に入った、警察には居場所が無かっただろうからにゃ」


「そうか、軍人だとは言ってたな」


「ああ、私もあまり面識はないがにゃ。問題は長兄が入隊すれば、即ち国家への貢献が始まればコンダッシェ家は再び叙勲されるはずだったにゃ。ところがコンダッシェ家の不幸な所は…… そのタイミングで行方不明の準男爵への魔王復権派の疑惑が出た」


「なんと」


「知らなかったか?」


「ああ」


「そこそこニュースになったのだがにゃあ…… 」


「そうだったか? 覚えていないなあ」


「まあ、お前さんはもう少し新聞を読め」


「新聞の3面以降を読む時間があれば他の本を読むよ。大事なことはツウが教えてくれるだろ?」


「はあ、お前ってやつは」


「よろしく頼むよ。で、準男爵の魔王復権派の疑惑が出てどうなったんだ?」


「んにゃ。長兄の準男爵への叙爵の話は延期となった」


「疑惑なのにか」


「ああ、叙爵だからにゃあ。疑惑の段階で十分にゃ、もし疑惑を晴らさぬまま叙爵となれば他の貴族どころか世間が黙っていにゃいだろ」


「まあ、そうだがなあ」


「とはいえ確かな証拠も無く疑惑は疑惑のまま。他の誰かが準男爵位を叙爵する訳でもなく、話は宙ぶらりんにゃ。突如、ポカリと空いた準男爵位。黒幕は分家を叙爵させたい大物貴族の思惑か、はたまた…… 」


「あー、聞きたく無いね。庶民には縁のない話だ」


「にゃあ。我々庶民には縁無い話だにゃ」


「ツウが庶民を自称するのは抵抗があるぞ?」


「にゃあ。私も大商会の娘って自覚はあるがにゃ、上には上が居るにゃ」


「そういうもんか?」


「そういうもんにゃ。お金持ちには誰でもなれるにゃ、だが貴族ってのは別にゃね」


「いわれてみれば確かにな」


「そしてテオは先日、魔王復権派の疑のあるコンダッシェ家のご令嬢にこう言った”いつどこで先王陛下を見ることができたんだ、そんな不思議な記述があるよ”とにゃ」


「ああー。これは…… まさか」


「そのまさかにゃ、準男爵が魔王復権派の一員だった可能性を肯定する資料になりえるかもしれにゃい」

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