第7話 出発

「それじゃ、自己紹介からしようか」

 外に出て、ボクたちがベンチに座りかけた時、ローラは明るい声でそう言い、そして素性を語り始めた。

「名前はローラ、年齢は二十三。気軽にローラでいいよ」

 そう言って、あなたは?と問いかけて来る。自己紹介というものだからてっきり職業や趣味なども言うものと思っていたが、どうやらそれだけの情報でいいらしい。まだそこまで信用していないということかな。

「ボクはカズヤです。十九歳。呼び方は…好きにどうぞ」

 名前は互いにさっきの会話から知っていたが、ローラに合わせてボクももう一度名乗った。

「堅苦しいね。普通にタメ語でいいよ」

「わかり…わかった」

 年上にはつい敬語が出てしまう。社会人としてはそれで合っているのだろうが、こういう場面では不便だな。

「うんうん、それでいいよ。ところで、いくつか聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

 上目遣いに訊ねてきた。質問したいのはむしろボクの方なのだが、それはまぁローラが終わってからにしよう。

「答えられる範囲なら」

 ローラは頷き、そして質問を始めた。

「さっきは旅をしてたって言ってたけど、本当?十九なのに一人旅って珍しいからさ。それに、危ないし」

 ボクは悩んだ。正直に言っても虚言か異常者と思われるだけだし、旅をしてたということにしても、危険な動物がいるような場所に一人旅というのならそれなりの理由が必要だし、手ぶらでいたのにも理由が必要になる。

 面倒くさいし、答えられないということでいいかな…そう思い口を開こうとしたが、すんでのところで思いとどまった。それだと信用が得られなくなると思ったからだ。

 ……?なんで信用を得ようとしているんだ?べつにこの人の信用を得ても良いことはないだろう。

「…どうしたの?」

 黙りこくっているボクを見かねて、ローラが話しかけてきた。早く言い訳を考えないと。

「ああいや、なんでも…ええと、旅をしてたのかってことでした…だったよね。しているよ。旅というほどじゃないかもだけどね」

「へぇ。詳しく聞いても?」

「そんなに話せることはないよ。この村に友人がいるから、はるばる遠くからやってきた。それだけだよ」

「でも…荷物はどうしたの?」

「途中で動物に襲われて、その時に投げ捨てた」

「ふーん…そっか。それじゃあ、君の友人も失踪したってわけか。だったら、こっちの事件も解明しないとだね」

 それきりローラはそれについて追及しなかった。なんとか自然な言い訳ができたというだろうか?

「じゃあ、この村に食糧ってあるかな。二人で行くとなると、私が持って来たやつだけじゃ心許ないからさ」

 そう聞かれて真っ先に思いついたのは、あの燻製だった。しかし、さすがにそれを言うわけにはいかない。

「全部の家を見たわけじゃないけど、多分ほとんどないと思うな。ボクが見た家には、痩せた野菜が少しだけある程度だった」

「そっか…残念。まぁ、途中に動物も植物もあるだろうし大丈夫かな」

 残念と言うわりにはローラの顔は暗くなかった。明るい性格なんだろう。

「ボクからも、質問いいかな」

 ローラの話はひと段落したようなので、次はボクが質問することにした。

「いいよ。私も答えられるものしか答えないけどね」

「それじゃあまず、なんで一般人なのに失踪について調べているの?」

 そう訊ねると、ローラの顔は少し曇った。地雷を踏んでしまったのだろうかと、質問を取り消そうとしたが、その前にローラが話し始めた。

「弟が、その事件の被害者なんだ。もちろん私も騎士団に頼ろうとしたけど、今王都はべつの国と戦争中だから、全然取り合ってもらえなかった。だから私自らその事件を調べてるんだ」

 その説明で、ボクは一応納得した。と言ってもまだ疑問は残る。が、それも考えればそれらしいことは思いつくし、なによりこれ以上この話題を続けるのはあまり好ましくないように思えた。

「ええと…それじゃ、ローラは剣を持ってるけど、そういう技術があるの?」

「あるよ。父さんが騎士だったから。私の背が高いってこともあって、小さい時から教わってたんだ。村では一番強かったかな。まぁ、百人もいないような村だけど」

 ローラはそう言ったが、ボクにはそれがこの世界でそのくらい通用するのかわからなかった。例えば、ローラと、あの黒いタイガー。戦ったらどっちが勝つだろう?これから行く場所にある危険は、獰猛な動物、あとは超能力者。いくら人間に勝てても、そいつらに対抗できなければ意味がない。ボクの能力も、不安定な以上頼りにはできない。

「それって、動物に例えるとどのくらい強い?」

「う~ん…そうだね。戦ったことがないから確かなことは言えないけど、パンサーくらいなら勝てると思うよ。父さんがそいつに勝ったことがあって、私は父さんに勝てるから」

 パンサー…たしか、ヒョウだっけか。だとしたら、頼りになる…かな?まだこの世界にどんな動物がいるかよくわかってないけど。

 そこで、あれ?と思った。ここは異世界なのに、なんで元の世界と動物の名前が同じなのだろう。それに、スライムみたいなファンタジーの動物がいるような世界だから生態系も違わないといけないはずだけど…まぁ、ここはしょせんゲームの世界だ。ご都合設定なんだろう。

「質問はもういい?」

 ボクが黙ってしまっていたため、ローラがそう聞いてきた。質問は道中でもできると考え、ボクは首肯した。

「それじゃ、だんだん晴れてきたし、そろそろ行こうか?」

 ローラにそう言われて、雲が少なくなっていることに気付いた。さっきまでは雲の隙間を縫って差していた光が、今では空の三割ほどを占めている。

 ボクの気持ちも、今の空と同じくらいだった。人と話すのは面倒くさいけど、話しているとなぜだか少しだけ安堵する。矛盾しているが、そんな気持ちが胸にあった。

「そうだね。この天気なら雨も降らないだろうし」

 その言葉も、前までのボクとは矛盾していた。前は外に出るどころか起き上がることすら大変なことだったのに、今は外を歩くことにそこまで抵抗を感じていない。

 それじゃあ、今は躁なのかとも思ったけど、そこまで気分が上がっているわけではない。むしろ、あまり芳しくはない。だというのに面倒そうなことをしようとしている。どうしてだろう。…考えても仕方ないか。

「ローラの荷物はどこに?」

 気持ちを切り替えたボクはローラにそう聞いた。

「あそこ」

 指を差された場所を見てみると、家を三軒ほど超えた先にあるベンチに鞄が置かれていた。肩に下げるようなやつだが、それなりに大きい。パンパンに詰まっているところを見るにかなり重そうだが、なぜだか軽々と持ち上げているローラの姿が目に浮かんだ。

「カズヤは何か荷物はある?」

 そう聞かれたが、ボクには荷物は何も…いや、

「荷物はないけど、持っていきたいものが一つだけ」

「わかった。それじゃ取ってきて」

 そう言うと、ローラは鞄の方へと向かった。こうして逃げられる状況を許しているのを見るに、やはりボクを連れて行く目的は監視じゃないのだなと思った。

 ボクは踵を返し、あの家へ向かった。

 中に入ると幾分か異臭がしたが、それもかなりマシになっていた。鼻で呼吸しても全然耐えられる。

 ボクは床に放り出されているものを見つけた。目的のものだ。

 それを手に取って眺めてみる。綺麗な銀色に、真っ黒の柄。その中間には金とも黄ともつかないものが横に伸びている。

 アンディのナイフだ。いや、ナイフというよりもダガーだろうか。倒れた時に手から落ち、そのままここに残っていた。

 刃を指の先端に当ててみると、それだけで皮が薄く切れた。鞘はないかとあたりを探すと、壁際に革製の鞘があった。ちょうどアンディが吹き飛ばされた先だった。

 それを拾い、ダガーを入れてみると、すっぽりと収まった。そうしてみると、なかなかに恰好がよかった。腰に着けるためのフックのようなものが鞘についていたので、腰の右側にかけた。

 こんなものがボクに扱えるかはわからないが、それでも持っていくことにした。持って行かなきゃならないとなぜか思ったのだ。

 外に出てみると、ボクを見つけたローラが走り寄ってきた。ボクの元まで百メートルはあったのに、まったく呼吸が乱れていない。

「持っていきたいものって、それ?」

 ローラはダガーを指さした。

「うん。友人が持っていたやつなんだ」

 その言葉が自然と出てきて、わずかに驚いた。ボクはアンディを友人だと思っていたのか?

 …いや、違う。さっき友人を訪ねるために来たと言ったのだから、その話を補強するためにとっさに言ったんだろう。きっとそうだ。

「それじゃあ、あとで返さないとだね」

「え?…ああ、うん。そうだね」

 きっと、失踪した友人を見つけようという意味なのだろうが、その友人は土の中だ。返せるわけがない。

 ローラは行こうかと言って、村の出口へと向かった。

 村の出口に着き、二メートルはあるであろう柵の扉を開けると、そこには草原が広がっていた。ただし、左右には百メートルか二百メートルほど先に森があり、そのせいで窮屈な印象があった。黄緑の背が低い草の中にはちらほらと木が見え、中には果実が実っているものもあった。

 遠くの方には山が見え、その先に例の森があるとローラは言った。山は薄い輪郭しか見えず、それはどれだけ遠くにあるかを物語っていた。

 空がだんだんと明るくなってきた。それにつれてボクの気分も上がって来る。

 冒険。その二文字が頭の中に浮かび、さらにテンションが上がった。

 随分と楽しそうだ。そう思いながら、ボクは一歩を踏み出した。

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