第6話 出会い

 声はだんだんと近づいてきた。それによってその声の内容もわかってくる。

「だれかいませんか」

 声はそう言っていた。この村にはボク以外は死体しかいないからボクが名乗り出なかったら誰もいないことになるが、それでもボクは名乗り出なかった。面倒だからだ。仮に声の主が何らかの危機にあっているとしても名乗り出ないだろう。むしろそっちの方が面倒そうだ。

 ボクの元には来るなよ。声に対する思いはそれだけだった。

 しかし、そんな思いは意味がなかったようだ。扉が開く音が聞こえ、その度に呼び掛ける声が聞こえる。一軒を回っても満足せず、次の家へと進んで行く。

 ボクはため息をついた。だんだんと音が近づいてくる。扉を開ける音もなくならない。ここにもじき来るだろう。

 再びため息をついた。面倒くさい。すべてが面倒だ。声の主がボクを見つけても面倒だし、声から逃げるのも面倒だ。一番良いのは声の主が諦めることだが、もう五軒も回っているのに諦めていないのを見るに、きっと全部の家を回るだろう。

 予想通り、この家の扉も開かれた。さっきからずっと同じような呼び掛けが耳にうるさく響き、頭が痛くなる。

 下の階から順番に扉が開かれていき、階段を上る音が聞こえた。

 足音が一歩ずつ近づいてくる。来ないでほしいという思いも虚しく、足音は止まらない。

 階段から一番近くにあったこの部屋は一番に開かれた。ボクは布団に潜って、なんとか気付かれないように祈った。

「誰かいるんですか?」

 声が聞こえたが無視した。気付かずにどこかに行ってくれ。

 しかし足音は大きくなる。その足音は慎重であったが、それでも確実に近づいてきている。

 やがて時は来た。外界とを隔てる唯一の壁がなくなってしまった。

「なんだ…いるんなら返事してよ」

 布団を剥がした女性は、ボクを見て呆れたように言った。


 ボクは寝転がりながらその女性を見た。百八十はあるであろう長身に、くすんだ金色の長髪が後ろで束ねられている。足首ほどまであるドレスは、白い袖以外はすべて深緑だ。そして何より目が行くところは、左側の腰に携えている剣だ。八十センチほどもある。今は鞘に収まっているが、そこから抜かれたら、斬っても突いてもかなりの威力があることは容易に想像できる。

「えっと…あなたはだれ?」

 沈黙に耐えかねてか、女性がボクを見下ろしながら話しかけてきた。警戒しているのか、左手を剣の鞘に置いている。もしボクが襲い掛かったらすぐさま斬られるだろう。

「ボクは…カズヤっていいます」

 前に吸い込んだ煙のせいか、しわがれた声しか出なかった。

「へぇ、カズヤ…異邦人なのかしら?…って違う、そうじゃなくて、あなたの身分とか、そういうのを聞きたいの。あ、ちなみに私はローラよ」

 ローラと名乗った女性は声のことは意に介さず話を続けた。そういえば、右腕がないことにも言及されていない。大雑把な性格なんだろう。

「ええと…旅してたんです。それでここを見つけました」

 とりあえず当たり障りのない回答をした。旅をしているというのは不自然な回答だということを今思い出したが、べつに訂正はしなかった。

 ローラは訝しそうにボクを見たが、探りを入れることはなかった。

「そう…それじゃあ、ここに村人がいないことについて、何か知ってる?」

 ボクが消しました。なんてことは言えるわけがなく、白を切ることにした。

「知らないです。ボクがここに来た時も誰もいませんでした」

「そう。それじゃ、この先にある森林で失踪が相次いでいるんだけど、それについて知ってることは?」

 そう問われて真っ先に思いついたのはこの村だ。人間を殺して食べている村だ。失踪した人の中にはこの村で食べられた人も含まれているかもしれない。

「さぁ…そんな話は初めて聞きましたし、思い当たることもないです」

 だけどボクはまたしても白を切った。ここでそれについて話せば、何でそれを知っているんだということになる。説明するのは面倒だし、正直に話したら人を殺したことがバレる。そのための嘘を考えるのも面倒だ。

「そっか…じゃあ、最後の質問ね。よく考えて答えること」

 そう言うと、ローラは収めていた剣を抜き、ボクの首元へと持って来た。両刃の剣は、外の薄暗い光を反射して鈍く光っている。 

 少し驚いてローラの顔を見ると、どうやら冗談ではないらしいことが素人ながらにわかった。

「失踪現場の近くで目撃情報があるの。目撃者は失踪した人と一緒にいた人ね。内容は、目撃者と一緒にいた人が、少年に何かをされていた。遠かったから何をしてたかは見えなかったけどね。そして、その直後に一緒にいた人も少年も消えた。少年の見た目は十七か八くらいで、このあたりじゃ見ない服を着てたらしいわ。顔は見えなかったらしいけど、あなたと随分似てるわね。それを踏まえて、何か話したいことはある?」

 ああそうか。パーカーにジーンズという服装は、なるほどたしかにこの世界にはふさわしくないな…と、ボクはどうでもいいことを思った。

「ありませんよ。全部初めて聞いた話です」

 これも嘘だった。思い当たることはある。話さなかったのは、これまた説明が面倒だからだ。

 思い当たった可能性の一つ目は、ボクの能力によって生まれた何かだということ。何かしらを無意識下に願っていたのかもしれない。ただ、これは正直あまり本気で思ってはいない。

 二つ目は、ボク以外の能力者の存在。ラキアからそういう話はされなかったが、この世界には他にもボクと同じように転生してきた人がいるかもしれない。本命はこっちだ。

「本当に?」

 ローラが刃を肌に当ててきた。剣はかなりの切れ味で、当たっただけでかすかにだが血が流れた。

「本当です」

 ボクがそう言うと、ローラは剣を収めた。そして、フッと笑った。

「ごめん、本当はあんまり疑ってなかった。だって、目撃情報の中の少年は、ちゃんと右腕があったからね」

 そう言ってローラはボクの右腕のあたりに視線を向ける。そこには灰色の袖があるだけだ。

「それにしても…カズヤだっけ?カズヤはなんていうか、恐怖とかってないのかな?剣を当てられても全然反応しなかったけど」

 生にも死にも興味がないからだ。それでもボクの能力を思い返してみると無意識では死に恐怖を感じているらしいが、心では死を怖いと思ったことはない。

「べつに…そういう性格なだけです。…それで、いつまでここにいるんですか。もうボクに用はないですよね」

 だんだん話すのが煩わしくなって、暗にさっさとどこかに行けと言った。すると、ローラは顔を引き締めた。まだ何かあるらしい。

「いや、カズヤがあの少年でないことはわかったけど、それでもあなたを帰すわけにはいかない」

 どうして?一瞬そう思ったが、答えはすぐに思いついた。

「村人失踪に関わってるかもしれないから?」

 村人が全員失踪した村にいる外国人。怪しまれても文句は言えない。というか、実際消したのはボクなわけだが。

「そうだね。カズヤが村人失踪に関わっていたら野放しにしておくわけにはいかない。けど、ここからだと村も町も王都もかなり遠いから、牢屋に閉じ込めることもできない。だから、これからカズヤには私についてきてもらう。見張るためにね」

「ええと…ローラさんは騎士かなんかですか」

「いいや。ただの一般人」

 平然とそう言ったローラに、ボクは困惑した。まるで意味がわからない。一般人ならボクのことなんて放っておけばいいだろう。正義感が強くて犯罪者を見逃したくないという性格だったとしても、それだったら遠くても人がいるところまで連れて行けばいいし、何か急ぎの用事があってそんな時間はないというのならなおさらボクなんか放っておけばいい。

「…いや、ボクは行きませんよ。だって、ローラさんの目的って、森林での失踪について調べることですよね?」

 今までの会話から推察したことを話すと、ローラは首肯した。

「だったら、そんな危険な場所に行きたくないですよ。最悪死にますよね」

「いや、失踪した後に死体は上がってないから、もしかしたら生きてるかもよ?」

「いや、そういうことじゃなくて、そもそも危険な場所に行きたくないと言ってるんです」

「ふーん…そっか。わかった」

 ようやくわかってくれたか。そう思ったが、どうやらローラはそういう意味でわかったと言ったのではないらしい。

「それじゃあ、私が戻って来るまで逃げられないように両足を切っておくね」

 剣を足首に当てられた。逃げられないようにするだけだったらロープなんかで縛ればいい。それなのにこういう脅しをするということは、理由はわからないが是が非でもボクを連れていきたいのだろう。

「…わかりました。行きますよ」

 ボクはため息混じりに言った。そして、その一瞬後にそう言った自分に驚いた。

 行かないための言い訳ならまだ考えればいくらでもあったのに、行くと言ってしまった。前は相手が諦めるまで言い訳をしていたのに、どうしてだろう?

「やった。それじゃ、早速行こうか」

 ボクの思考はその声と、手を掴まれ無理やり起こされたことで中断され、そしてその時にはもう何を考えていたのかも忘れてしまっていた。

 ボクは再びため息を吐き、その家を出た。

 外の天気はまだ曇っていたが、雲の隙間から光が降り注いでいる場所もあり、神秘的に見えた。

 できるだけ、すぐに終わって欲しいな。その景色を見ながら、ボクはそう思った。

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