第4話 おかしな村

 どうして?なんで?そんな疑問がよぎる前に、死という単語が頭を駆け巡った。

 首を絞められている。強く強く。

 気道が塞がれて、血管も塞がれて、脳に何も行かなくなる。

 このままだと死ぬ。そう思ったら、首にかかっていた圧力が消えた。

 せき込みながら起き上がってみると、アンディが壁まで吹き飛ばされていた。

 ボクの能力が発動されたようだった。死の危険を感じて死にたくないと願い、願いが叶えられた結果その元凶が遠ざけられる。今のはそういうことだ。

 アンディは壁に手をついて立ち上がろうとしていた。

「どうして?」

 ようやくその疑問が湧いてきたボクはその疑問を投げかけた。

「なんでボクに優しくしたんだ?」

 そうは言ってみたけど、いくつか理由は思いつく。どれもいいものとは言えないけど。

 アンディは無言のまま立ち上がった。そして、腰に差していたナイフを抜いた。そして、ボクに向かって襲い掛かってくる。

 殺すつもりだったのに、何でボクと会話をしたんだ。

 何で、ボクに親切のようなことをしたんだ。

 せっかく少しは信じられそうな人だと思ったのに。

 ボクを裏切りやがって。

 死ねばいいのに。

 死ね。死ね。死ね。

 突然、アンディは糸が切れたように動かなくなった。全身から力が抜け、受け身も取らずに、いや取れずに倒れ込んだ。

 近づいて、首に手を当ててみる。そこに脈拍はなかった。体温はまだあるが、それも時間が経つとなくなるだろう。

 遠目に見たらまだ生きていると思う程に死体は生前と同じ様相だった。ボクは死を脳が停止することだと認識しているから、あの願いが叶った瞬間にそうなったのだろう。

 ボクはナイフを手に取り、立ち上がった。

 また、裏切られた。

 せっかく信じてみようと思い始めたのに、裏切られた。

 ボクの気分は沈んでいた。底の底まで。

 ボクはナイフで手首を切ろうとした。気分が沈んでいる時に発作的にそうすることがある。

 だけど、片腕しかなかったためにそれはできなかった。

 仕方なくそれは諦め、ナイフを手から落とした。代わりに、なぜ襲い掛かられたかを考えようとした。

 いや、その前に逃げた方がいいだろうか?あの襲撃が村の総意で行われていたら、村人は全員ボクを殺そうとしているかもしれない。いやしかし、それだったらなぜアンディだけが襲い掛かってきた?

 …わからない。儀式的な意味合いがあるのか、それとも殺すことは許容したけど協力はしなかったのか。

 可能性は浮かぶけど、答えはわからない。アンディにはもう聞けないし、他の村人に聞くのも危ない橋を渡ることになる。

 だけど、一つわかっていることがある。ボクは、殺されるためにこの村に連れてこられたんだ。それがアンディ個人の意思だったとしても、村の総意だったとしても。

 どんなに親切ぶっても、結局悪意がある。だったら、一人にしてほしい。人が近くにいても疑心暗鬼になる。最初から一人の方が楽なんだ。

 思考が進んで行くうちに、何で襲い掛かられたのかはどうでもよくなった。代わりに、ある願いが湧いてくる。

 誰もボクに関わるな。誰もボクに干渉するな。

 何回も何回も願ったことがある、心からの願いだった。きっと叶えられただろう。

 ボクは再びベットに寝転がった。何も考えずに眠りたかった。

 だけど、ベットに入っても、目をつぶっても、一向に眠気が訪れることも、思考が止まることもなかった。

 さっき首を絞めていたアンディの顔。立ち上がってナイフを抜いたアンディの顔。その表情が忘れられない。

 ボクのことを何とも思っていない顔だった。同情も憐憫も憎しみも、その顔にはなかった。例えるならそう、家畜を殺す時のような。実際にその顔を見たことはないけど、頭の中に浮かんだのがそれだった。

 マイナスな思考が頭の中に延々と渦巻く。止めようと思っても止められない。

 それでも、その思考をずっと頭の中に流していると、だんだんと意識がドロドロになってくる。

 そして、ボクはいつの間にか眠ってしまっていた。


 ボクは自分の部屋のベットに眠っていた。

 相変わらず気分は下がったままで、頭の中はぐちゃぐちゃで。

 ボクを呼ぶ母親の声が聞こえた。何を言っているかはわからないけど、それでも内容はわかる。この時間だと、あの人が来たんだ。

 ボクは憂鬱な気持ちになった。人に会いたくない。干渉されたくない。人に気を遣われたくない。理由は様々だ。だけど、どれも最上級に嫌なもの。

 ボクが何も言わないでいると、階段を上る音が聞こえた。来ないでほしい。一人にしてほしい。

 その願いに反して、ボクの部屋の扉は開かれた。ボクはそこにいる人に干渉されたくなくて、ボクも干渉したくなくて、壁の方を向いた。

「カズヤ?起きてる?」

 湊灯里が心配そうな声で話しかけてきた。幼馴染というだけでボクに関わってこないでほしい。どうせボクのことなんて何とも思っていないくせに。会う度にそう思う。

 ボクは寝てるふりをした。だけど、灯里はそれでも帰らなかった。

「私、カズヤ心配なの。ずっと布団にこもってて、かと思ったら夜中に歩き回るし」

 躁鬱病のことだ。鬱の時はほぼずっと寝てて、躁の時は自分でも意味不明な行動をすることがある。

 だけど、だからといってボクに関わるのはやめてほしい。誰かが一緒にいると、勝手に気分が沈んで行く。ボクが心配だと言うのなら、一人にしてほしい。

「だから、カズヤには病気を治してほしいの。お薬、飲んでないんでしょ?」

 何も聞きたくない。ボクは目をギュッと閉じた。

「…明日も来るね」

 来るな。


 小鳥の囀りの音に、ボクは起こされた。

 嫌な夢を見た。嫌な、だけど毎日起こっていたこと。なんで、別の世界に来てまであんな夢を見なきゃいけないんだ。

 そう思ったけど、今のボクはすごく気分が良い。そんなことはもう少ししたら忘れるはずだ。

 ボクはベットから起き上がり、家の外に出ようとした。その時、嫌な臭いが鼻を突いた。

 臭いの原因であろう場所に目を向ける。そこには、うつ伏せに倒れている死体が一つ。

 鼻を手で押さえながら近づいてみる。見た目は昨日よりも青白くなっているだけだが、それでもこの臭いから、腐り始めていることは明らかだ。

 もうこれ以上ここにいることは嫌だった。ボクはさっさとその家を後にした。

 外はとても晴れやかで、だけど誰の姿も見えなかった。多分、誰も関わるなというボクの願いがまだ継続中なのだろう。

 ボクは一番近くの家の扉を開けて中へ入った。なぜアンディがボクを襲ったのか。それを知るためだ。

 玄関、台所、リビング、物置、廊下、子供部屋。すべて調べたけど、その家には何もなさそうだった。

 だけど、この世界の文明レベルは垣間見ることができた。多分、中世ヨーロッパのあたりだろう。二十一世紀や紀元前の文明でないことはたしかだ。

 ボクは家の外に出て、村全体を見渡した。家は全部で十二軒ある。全部見て回るのは骨が折れそうだ。

 だったら、大きい家から回ろうかな。

 ボクは、村の一番奥にある一際大きな家へ向かった。村長の家だろうか。

 中に入ると、少し広めの玄関があって、扉や廊下が見える。そして、わずかな何かの臭いが鼻に突いた。

 ここに答えがある。そう直感した。

 とりあえず、目に付いた部屋を片っ端から調べることにした。

 そう思い、一番近くの扉を開けた。

 応接間のような場所だった。楕円形の机を二つのソファーが挟んでいる。

 部屋の角にある棚には酒のようなものがある。これを客にふるまっていたのだろうか。

 飲んでみようかと思ったが、前に飲んでみて、まずくて、頭が痛くなったのを思い出しやめた。

 その部屋は一通り見渡し、何もないことがわかった。隠し扉なんてあったらおもしろかったのにな。

 次に入ったその部屋は台所だった。保存用のかごや箱があったり、調理器具がある。

 かごや箱を開けてみても、中には果物や野菜が入っているだけだ。だけどそれはほとんど尽きかけていた。

 いくつか棚もあったので開けてみたが、中身は食器だった。当たり前のことなのにがっかりした。この村には何かがあると思ったのに、今のところ普通すぎるじゃないか。

 がっかりしながらその部屋を出ようとして、その時ボクはあることに気付いた。

 棚のそばの床に、跡がある。引きずったかのような跡が。

 その棚は部屋の角にある。そして、棚のわりにはには幅が大きく、正方形のようになっている。

 もしかして、この下に隠し通路が?

 そう思い、棚を動かした。見た目のわりには随分と軽く、やっぱりここは棚としての用途ではないのだろうと思った。

 そして、案の定そこには扉があった。床にある刻まれている正方形の線と取っ手の凹んだ部分がまさに秘密の扉といった感じで、とてもワクワクした。

 取っ手を握り、上へ持ち上げた。下に梯子が続いており、そしてわずかに異臭が漂ってきた。

 無邪気な冒険心が胸を占め、ボクは導かれるようにその梯子を降りて行った。

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