第5話 アンドロイドなメイド

 心臓型兵装統制器デネブ。


 第一世代アンドロイドに搭載されたコア。いま一般的なアンドロイドのコアとは構造が全くの別物でありながら、その雛形となった物。その中でも極めて特殊な点は三つ。


 一つ目は、周囲の兵器を統制する機能を備えていること。第一世代のアンドロイドは、現在運用されているアンドロイド全ての基になっている。そのためにデネブはアンドロイドを強制的に操れる可能性を秘めている。


 二つ目は、人間の心臓を模して作られたため理論上は人間に移植可能だということ。


 ザックリと説明を終えたエクスさんは、僕の胸を指差した。


「まさに君の心臓に移植されたものだよ。小さい頃に心臓を悪くした記憶はないかい?」

「あります……朧気ですけど……外国に行った記憶も」

「まさにそのとき、君の心臓はデネブに置き換わった。君の父親の計らいでね」


 胸に手を当てる。鼓動は平常時より若干速いけど、それが生身ではなくて、人工物による物とは思えないほどに自然だ。アンドロイドは呼吸を行う必要がないわけだから、その心臓が拍動する理由もない。


「そこがデネブの特殊な点だよ」


 エクスさんは言う。


「第一世代の生体的構造は極めて精巧な人間のコピーだ。脳とか一部の超複雑な臓器を除いてね。だから、第一世代のコアであったデネブは、その必要もないのに拍動の機能を備えていた。そこに目を付けたのが、君の父親のシキミだ。シキミは君を救うために、第一世代アンドロイド……当時では最強の存在を相手取ったってわけだ」


 そうして得られたデネブを移植されて、僕はいまこうして生きていということだろう。初めて父親に感謝するべきことが出来たかもしれない。


「でもそれなら、他の第一世代を狙えばいいじゃないですか。わざわざ僕を探し当ててまで狙う必要が……」

「あるんだよな、これが」


 エクスは指を三の形にした。


「三つ目の特徴。第一世代アンドロイドはこの世に一体しか存在しない。つまりデネブも一つだけ。ほら、デネブが欲しい連中は君を狙うだろ?」


 エクセさんは「ははっ」と笑う。


「それと、君は明日も変わらず学校に行くといい」

「学校や、他の場所で襲われたりはしないんですか?」

「連中もそこまで馬鹿じゃない。公で騒ぎを起こせば、この国全体を相手にすることになるだろうからね」

「確証は……」

「ない」とエクスさんは言い切る。

「ないから、君には見張りを付けているよ」


 エクスが指を鳴らすと暗闇の中で目が光った。単眼ではない、人間らしい目だ。五人分はあるだろう。


「彼等は第三世代アンドロイド。ちょっぴり改造して隠密仕様になってるけどね。彼等は街のいたるところで君を見守っているよ」

「……いつからですか?」

「ずーーっと。ずっとだよ、アキナシくん。はははっ、気付かなかったでしょう。いままでなんとか戦闘は避けたり、君の気付かない所で処理をしていたんだけどね、今夜はミスったね。ま、こんなときのために掃除屋兼雑用係の僕がいるんだけど」 

「ご主人様、周囲に敵の影は有りませんでした」


 残党の確認を行っていたイチさんが外から帰ってくると、入れ違うようにエクスは立ち上がる。


「屋敷は君が学校に行っている間に直しておこう。もともと廃墟同然のなりだったし、まあ、いい機会になったね。ああ、さっきの奴らの残骸も貰っていくよ」

「じゃあまたね」


 エクスは手の平をヒラヒラと振りながら去っていく。


 その背中に疑問を投げかけた。



「エクスさんは、人間……ですか?」



 エクスさんの足が止まり、こちらに背中を向けたまま答えた。


「どっちだと思う?」

「……アンドロイド」


 エクスさんが振り返る。二つの双眸を空色に輝かせながら。


「アタリだよ。僕は第四世代だから、人間と見分けがつかないはずだけど……どうしてわかったのかな?」


「勘です」

「そっ、今度こそじゃあね」


 エクスさんは山の中へ消えていった。


 残されたのは、メイドと破壊された屋敷。照明も所々が消えてしまい、見た目はまごうことなく幽霊屋敷だ。


「ご主人様」


 イチさんが口を開く。


「明日もお早いことですし、ご就寝なされたほうがいいかと」

「と言っても……」

「はい。ご自室は木っ端微塵になっております」


「ですので」と、イチさんは正座をした。


「私の膝をお使いいただければと」


 いつもなら断っていた。夜が後押ししたのか、銃撃戦の閃光が頭に離れなかったからか、それともイチさんの正体が人間ではなかったからか。



 僕の弱い心は、人肌を求めた。



「お願いしようかな」

「お気兼ねなく、なんなりと」 


 イチさんの太腿に後頭部を預ける。柔らかい。人間のように柔らかいけれど、熱はあまり感じない。戦闘中に感じた機械油の臭いは、花の香りに変わっていた。


「イチさんは、いつもいい匂いがするね」

「お恥ずかしながら……私は少し油が臭いますから……気を付けてはいるのですが」



「そっか……アンドロイドだもんね」

「はい。その通りでございます」



 イチさんは手袋を外すと、その手の平で僕の両目を覆った。


「いまはお休みください。詳しい話は後日いたしましょう」


 手の平から静かな鼓動が伝わってくる。


 人間ではない、アンドロイドのメイドの鼓動。


 兵器なメイドの冷たいはずの鼓動は、不思議と僕の中へ溶けていった。

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僕は兵器なメイドと手を繋ぐ 33 @Gyusuki

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