第48話 魔石工場の戦闘担当は奇跡を習得する

 続きです。


 魔石工場に出向になったドミニク。神官の奇跡を学び始める。

 あと、カスどもに天誅を下すと心に誓う。

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 ◆ ジルタニア帝国 魔石工場 戦闘担当51班 ドミニク視点



 班長が起こした奇跡をこの目で見て体験した。そしてその有用性を強く認識した。結界はまだまだ見える気がしないが、触れることで存在に気が付くことができるようになった。

 タルタの姫に剣を突き付けたときのことを思い出す。


「班長、・・・・・・・・・ということがあって、何か心当たりはないか?」


 班長は俺の方を真剣に見て話を聞いてくれた。ラムダとラカンも興味深く聞いている。他の部下はただのハッタリだろうと聞き流した話を。


『だいたい分かった。おそらくこれだろう。』


 鉛筆を1本取り出して見せる。


『ここの部分に鉛筆を通過するように結界の板がある。』

「手で触れたらそこにあるのはわかるな。」

『この結界の性質を物理遮断に変える。』


 唐突に鉛筆の先端が落ちた。床をコロコロと転がる。


『これがドミニクたち全員の首に展開されていた。』

「手を出せば全員その場で首を刎ねられていたということか。それに気づかず警告する様は奴らにはさぞ滑稽に映ったことだろう。」


 この方法は結界が見えない相手には無敵だ。タルタの姫が指摘していたな。貴軍の魔法士は訓練不足と。結界が見えなくても魔力の存在に気が付けば回避できたかもしれない。


『面白い戦い方を学んだ。こちらも勉強になった。』


 ◇


 自分が魔石工場に来てから一カ月がたった頃、結界が初めて見えた。ラカンはすでに見えていて結界と治癒と浄化の奇跡を習得済みだ。今は聖句の省略に苦心している段階。ラムダは自分と同じでいまだに結界が見えない。だが、ついにその日が来た。


「うおおおおお!見えた!見えた!」

「むう。」

『奇跡は若いほど習得しやすいそうだ。ラムダも焦るな。』

「そうは言ってもドミニクと同世代だぞ。」

「【主をほめたたえよ。あなたの神を賛美せよ。主はあなたの城門のかんぬきを堅固にし、あなたの中に住む子らを祝福してくださる。結界よ現出せよ。結界の奇跡ゲデル】」


 夢にまで見た結界だ。早速鉛筆を切ってみる。

 先に進むラカンが聖句を暗唱しているのをみて、一緒に暗記したのだ。奇跡の使い方も知識としては一通りすでにある。


「切れた!」

『治癒はできるか?』

「【主は心の打ち砕かれた者をいやし彼らの傷を包む。天はとこしえに慈しみが備えられ、あなたのまことがそこに立てられますように。病も傷もことごとく治癒せよ。治癒の奇跡リプイ】」

「鉛筆が元に戻った!」

「ほう。武器の修復にも使えるのか。」

『それは知らなかった。ものを教えると、こちらも新しい発見があるな。』


 ラムダも奇跡を発動できるようになるのは、それから一週間後のことだった。


 ◇


 治療せずに治癒の奇跡を発動させると魔力を消費せずに疲れが取れる現象を教えてもらった。51班だけ4人そろって白く光る。

 ラムダが治癒の奇跡を習得した時は全盛期に戻ったようだとずっと使っていた。


 聖句の省略は自分がラカンを追い抜いて行使できるようになった。調子に乗って治癒の奇跡をずっと使い続けため、就寝中に眩しいとラムダから苦情がきた。ラムダだって一度やったじゃないか。フロアライトみたいでみんな便利だろう?


 ある日、51班だけ良い武器を使っていると苦情がきた。武器を回復系魔法で修復しているのだと説明したが納得してもらえないのでその場で直して見せたら苦情が収まった代わりに、51班4人まとめて補給担当に異動になった。


「くくく。もうすぐだ。もう少しであの野郎どもを潰せる。」


 今すぐ告発することもできるが、あんな無能が補給担当に入れたんだ。後ろ盾がいるはず。内部の力関係が不明なうちは公に手を出せない。いまは結界を首に差し込んだりして遊ぶだけだ。

 補給担当の上のキャリアは総務、人事、財務、監査だ。できれば人事か監査が望ましいが、他でもやりようはある。有能さをアピールしたいところだが、やりすぎると復讐する前に軍に戻されるかもしれないな。


 今日も折れた武器や破損した武器を直していく。魔力量が大幅に伸びた結果、一日中武器を修復できるようになった。自分たちが整備した武器は性能が良いと戦闘担当から、そして、素材担当から評価されるようになり、さらに、財務からも出費が減って評価された。それらの功績をラムダとラカンと示し合わせてすべて班長のマルクのものとして報告した。今まで班長を馬鹿にしていた奴らは戦々恐々としているだろう。


 ◇


 魔石工場で補給担当の仕事を続けるうち、スタンピードの状態を維持している仕組みが噂で聞こえて来た。どうやら戦闘担当や素材担当からもあぶれた無能がスタンピード担当に配属されるらしい。スタンピードを止めるには魔物が全滅する、あるいは、スタンピードを引き起こした者が死ぬ必要がある。スタンピードを制御する鉄壁のメンテナンスは定期的に必要だ。スタンピードを完全終結させてからメンテナンスを実施することになる。利益を最大化するには、スタンピード担当を殺すのが最も効率が良い。…という噂だ。


 この噂の主、鉄壁の修理をこちらの魔法でできないか相談が来た。

 いつもはどうやっているか聞くと、昼間に鉄壁を上げている間に修理済みの鉄壁と入れ替える。そして劣化した鉄壁を業者に出して修理するそうだ。確かに魔法で修理できるならコストが下がる。

 懸念されるのは、魔法で修理した場合は強度が従来通り維持されるのか、また、業者の収入が減ってしまうので体制を変えると二度と戻せなくなるのではないか。という点だ。我々元51班の4人がいなくなれば立ちいかなくなってしまう。他の補給担当に技術供与を持ちかけたところ、業務時間外の勉強を全力で拒否された。≪通信≫テレボイスすら習得できないやつらだ。さもありなん。


 仮に鉄壁のメンテナンスを今後補給担当が受け付けることになった場合、魔石工場の人事体制を変えることにつながりかねない。また、うまくいかなかったら死人が出る。慎重策を選択すべきだろう。

「魔力消費量が多すぎて受け付けられない、もしうまくいかなければ死人が出るため責任がとれない。」と返答するといったんは結論がでたのだが、天啓が降りた。


「マルク、やっぱりこの話を受けよう。」

『急にどうした?ドミニク。』

「奇跡の習得が出来なければ、今後この補給業務は続けられなくなる。奴らを潰すチャンスだ。」

「なるほど。ふっふっふ。そうなれば一部人事権も掌握できるな。」

「僕も賛成。あいつらには戦闘担当の苦労を知ってもらった方が良いと思う。」


 4人して悪い顔をして悪だくみする。こういう悪だくみが一番楽しい。

 まずは、実際に修理可能か調べることにする。鉄壁を管理している担当は≪通信≫テレボイスが使用可能だそうだ。事情を説明して班長のマルクが対応する。


「本日はよろしくお願いします。」

『保証はできかねるができる限りはしよう。』


 連れていかれた先は、破損した鉄壁を保管している倉庫。月に一度業者が引き取りに来るそうだが、最近急に増えたそうで大量におかれている。間近で見ると本当にぶ厚いしデカイ。運搬用のタイヤはついているが運ぶだけでも重労働だ。その中の1枚に深い亀裂があった。すでに業者に頼んだが修理不可能だったそうだ。

 ラムダが亀裂を手でふれ魔力の残滓を調べる。


「これは魔力による切断のようだ。少なくとも金属疲労ではない。」

『こんな攻撃を繰り出してくる魔獣がいるのは脅威だな。≪土壁≫アースウォールでは防げない。』

「侵入されなかったのは幸運だった。」

「これはもしや、優先討伐対象ではないでしょうか。」


 ラカンがつい敬語に戻ってしまった。いつも無理して敬語を止めていたからな。


 優先討伐対象とは、バリケードでの防御が困難な魔獣に適用される。主に空を飛ぶ魔獣を想定したものだが、今回のように実力でバリケードを破壊するタイプの強力な魔獣も対象だ。ただし、討伐が確認されるまで操業停止しなければならない。


「うーん。上司に相談してみましょう。」

「操業停止となると我々の判断範囲を越えている。だが、このまま放置すると工場そのものが壊滅する恐れがある。と伝えてくれ。」

「わかりました。」


 とはいえ、当初の目的通り修理が可能か確認する。他の鉄壁の修理は問題なく完了したが、最後に残した深い亀裂のある鉄壁は四人がかりでも修理出来なかった。


『なにか修理を妨げるような妨害を感じる。これは…呪いか?浄化してみよう。』

「埃や瘴気以外も浄化できるのか?」

『掃除で毎日やってる埃の代わりに、この倉庫全体にまとわりついている邪悪な魔力を取り除くイメージだ。【浄化の奇跡】ティフール

「うわっ!」


 鉄壁の担当が驚きの声を上げるが、無視して浄化を継続する。まばゆい光の奔流が倉庫に充満した。


「『あっ。』「む。」「あぁ!?」「えっ?」」

「どうした急に、何か気付いたのか?」


 ラムダが神妙な顔で言ってきた。


「機密保持契約書の効力が切れた。」

「そうなのか?」

「そうなのかって、さてはお前細工したな?」

「急かされたからサインを書き損じたんだ。」

「その手があったか!まったく、お前の手癖の悪さは相変わらずだな。」


 ラムダは契約書のサインのやり方に違和感を覚えて内容を断片的に読み取ったが、無理やりサインさせられた時点で何にサインしたか思い出せなくなっていたそうだ。ラムダが憶えている契約内容は以下のようだったそうだ。


 ・魔石工場で知りえた情報を第三者に開示するな

 ・上司の命令に絶対服従しろ

 ・新しい物事に興味を持つな

 ・敵前逃亡を禁止する

 ・契約した事実を忘れろ


 鉄壁の担当者も武器の修理が魔法で行われるようになったことは知っていたが、個人的に興味は無かった。上層部からの命令で声をかけたそうだ。

 補給担当の噂が立つということは、自分以外にも契約から逃れたやつが少なからずいるのだろう。


 マルクが部屋の浄化を毎日やっていたから契約の魔力も薄れ、その影響でラムダとラカンも奇跡の習得に興味を持ったのかもしれない。


 つまり、書き損じの契約書は効力が発揮されなかったようだ。僥倖である。


『ああ、だからみんな死ぬまで魔獣から逃げなかったんだな…』


 マルク本人は独り言のつもりだったのだろうが、≪通信≫テレボイスだからはっきり聞こえた。みんなで黙って肩を組む。


 亀裂の修理も完了した。それでもかなりの魔力を消費したが。今後は鉄壁の修理も補給担当が請け負うことで話を進めた。ついでに、「新しい技能を習得する必要があるので、やる気のあるやつが必要だ。」と流しておいて、その場を後にした。上司の命令は逆らえないそうなので、本人に興味が無くても勉強させられる。


 帰りの通路でラムダが深刻そうな顔で言ってきた。


「機密保持契約書の件で、もう一つ重大な懸念が生まれた。」

「なんだ?」

「名前を正確に書かないと契約は発揮されない。つまり間諜が入り込んで偽名を使った場合は効果が無いということだ。」

「つまり、すでに組織上層部に入り込まれているということか?たしかに、ここに来るまで本人確認が一切なかったのは気になっていた。制度を変える立場になっている可能性が考えられる。」

「それもあるが、魔石工場から出てあっさり昇進したやつらも疑わしいと思っている。」

「「中央指令本部!」」


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 続きます。

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