第47話 元軍人は魔石工場で勤務する

 ◆ ジルタニア帝国 元中佐ドミニク視点



 辞令が下った。


“魔石工場への出向を命ず。”


 こうして小官、いや、もう軍人ではないな、自分は帝国唯一の魔石工場へ出向となった。魔石工場で功績を挙げれば、出世の道は残されている。帝国は人生の落伍者にも優しい国だな。いや、落伍することを許さぬ一貫性を俺は支持している。


 魔石工場は中央指令本部管轄の工場で、国内のエネルギー産業の根幹を担っている。帝国産の魔石は品質が安定しており、一部輸出も行われているそうだ。魔石の製造法に関しては秘密が徹底されていて、労働環境は過酷だという噂しか聞かない。


 護送車のごとき直通の魔動バスに揺られて5時間、窓は外が見えぬよう厳重に打ち付けられており、乗り物酔いをする者多数。慣れているとはいえさすがに気分が悪くなる。方向感覚どころか平衡感覚も失った頃に現地に到着した。


 バスを降りた後は狭い部屋に押し込まれ待機。食事も水も出ない。

 待機時間が1時間を超えたころ、我慢できずに騒ぎだした者を担当官たちが警棒で袋叩きにしておとなしくさせた。

 2時間、3時間、と経過したころに担当官が入って来た。


「ただ今より服を支給する。そこのお前、立って右手を挙げろ。」

「?はい。」

「五列縦隊!」

「「応!」」


 担当官が手近なものに立たせて手を挙げさせる。そして勝手知ったる整列だ。ダダダッと走って素早く並ぶ。訓練経験が無い者は反応が鈍い。支給されたのは灰色の中央指令本部の軍服。中央指令本部の軍服はなかなか袖を通せる機会が無い。なにやら出世した気分だ。それに自分のサイズがあってよかった。並ぶのが遅いとサイズが合わない軍服を無理やり着ることになる。訓練隊に所属していた頃は、服が乱れているだけで特別訓練が追加されたものだ。


「ここから後ろは別室に移動する。」


 訓練経験のある者とない者で役割が違うようだな。魔石工場の仕事が読めて来た。魔獣を倒す仕事と素材を取る仕事に分かれるのかもしれない。


 後ろの列が部屋を出た後、キビキビと担当官がドアを閉め鍵をかけた。


「業務概要を説明する前に、この機密保持契約書にサインしてもらう。この書類には魔術的な強制力が施されており、第三者へ漏洩できないようになるものだ。それ以外の実害は無いので安心してほしい。」


 サインはしたが契約書の文章を読む時間は与えられなかった。敵前逃亡は禁止のような当たり前の文言が並んでいた気がする。ただ、非常にかされていたので最後の一文字が書けなかった。果たして魔術契約は成立するだろうか?まあ、契約書に反するような行為を積極的にする気はないのだが。


「業務概要を説明する。」


 業務内容は単純明快だった。

 ・スタンピードを意図的に発生させて狙いの魔獣を誘引し倒し続ける。

 ・魔獣の誘引は専門の班が実施する。

 ・バリケードの補修作業は終業後に割り当てられた担当の班が実施する。

 ・病気/怪我は程度によって最大7日の連続休暇が認められる。

 ・8-17バリケード当番以外は原則残業なし。無光祝日休み。


 素晴らしい!夜勤なし週休二日!天国か?何か機密にしなければならないことがあるのだろうか。意図的にスタンピードを起こしている程度だろうか?


「次に一日の行動を説明する」


 内容はこうだ。

 ・4人部屋の同室で1つの班として常に行動する。

 ・0600 起床/点呼

 ・0615 掃除

 ・0630 朝食

 ・0800 始業準備/点呼

 ・0900 始業

 ・1200 昼食

 ・1700 終業/点呼

 ・1800 入浴/夕食

 ・2100 就寝/点呼

 ・2100-0600は静粛時間


 なんと!自分で洗濯しなくてよいのか。なるほど、戦場ではないし行軍するわけでもないから洗濯婦がいるのだな?あるいは別室に行った者たちがやるのだろうか。ありがたい。武器の手入れに時間を割けるな。


「最後に班分けを通知する。自分の班を確認しだい宿舎の自室にて待機せよ、以降は各班長の指示に従うこと。」


 名前と班番号が書かれた表が張り出された。担当官の仕事が早くて好印象だ。案の定、契約書に書き損じた名前のまま張り出されていた。担当官は契約書をきちんとチェックしたようだが、身元を確認しないのは要修正だな。そういえばバスに乗ってここに来るまで本人確認が一切なかった。辞令を無視して逃亡したり、あるいは間諜に潜入される恐れがある。自分が出世したら改めさせよう。入ったばかりの新人が何を言っても流されるだけだ。しかるべき人物に報告しないと意味がない。


 自分の欄は51と記されていた。現在時刻は間もなく1700。終業して戻ってくる時刻だ。部屋を掃除して待っていよう。第一印象は大切だ。

 宿舎棟をしばらく歩き、48、49、50、51。この部屋だ。誰もいないはずだがノックして返事をしばらく待ち、返事がないのを確認してから入る。部屋の中は無人。掃除道具は見つけたが新品。部屋自体も非常にきれいだ。塵一つない。部屋を間違えたかといったん部屋から出て51の表札を確認し、また入る。


 状況を考慮すると、まさかの改装か?部屋の中以外は、壁がところどころはがれた経年した建物だ。相当立場の強い人物が部屋を使用しているのかもしれない。気に入られて損は無いだろう。


 しばらくしてドカドカと騒がしく歩く音が近づいてきた。51の扉も開いた。


「お疲れ様です!本日付けて51班に配属となりましたドミニクであります!よろしくお願いいたします!」


 ビッと敬礼。条件反射で相手も敬礼した。彼らも元軍人のようだ。


「おや?中佐じゃないか。」

「ラムダ大佐もこちらでしたか。奇遇でありますね。自分は中佐を解任されまして現在は一般人であります。」

「私も大佐を解任されてここだよ。ただのラムダでいい。」


 青年が腰を直角に曲げて頭を下げてきた。ああ、スタンピードを起こしてここに送られたんだったな。


「申し訳ありませんでした!」

「ラカン二等兵だったか。元気だったか?貴様も51班か。」

「はい。自分のせいでドミニク中佐も解任されたのでしょう?大変申し訳ございません。」

「いや、例の作戦で敵の領主がいつ気づくか賭けをしていただろう?あれがバレた。わはは。」


「ラムダ殿も敵の策略で口惜しゅうございます。」

「あれは私の慢心だ。正面からぶつかれば負けは無いと思い込んでいた。敵が上手うわてだったのだ。あと殿もいらん。ここでは敬語も敬称もすべて無しだ。」


「そしてこちらが班長のマルクだ。」

『マルクだ。よろしく頼む。』

≪通信≫テレボイスでありますか?」

『俺は生まれつき言葉が話せない。だからいつもこうしている。』

「声を出さずに会話できるとは、諜報部が知ったら泣いて欲しがる技能でありますね。」

『そろそろ夕食の時間だ。行こう。』


 食堂に異動しながらラムダに小声で話しかける。


「(班長はこの宿舎の首領ドンでありますか?部屋が非常にきれいなのでありますが。)」

「(敬語はいらんというに。宿舎では最古参のようだが、部屋がきれいなのは彼の魔法だ。)」

「(掃除の魔法があるのでありますか!自分も是非習得したいであります。)」

「(敬語はいらん。何度も言わせるな。)」

「わ、分かった。」


 食事は軍で出されるものと同じだった。昼抜きだったからうまい。雑談の間に班長からも敬語を止めるように言われた。

 入浴後に班長に聞いてみた。


「班長。この部屋を魔法で綺麗にしたと聞いたんだが。どんな魔法だ?」

『浄化という神官の奇跡だ。』

「ほう。班長は神官だったのか。」

『正確には育ての親がな。』

「班長の過去を詮索するつもりはない。その浄化とやらはどうやればできるんだ?」

『これが見えるか?』


 班長は何かを掌に置くように自分に向けた。


「質問の意図がわからん。手以外何も見えないが。」

『結界という奇跡だ。これが見えることがすべての基礎だ。この辺りにある。』


 掌の上の中空を指し示す。


『ついでからお前たちもやってみたらどうだ?』

「私にも教えてくれ。」

「僕にもお願いします。」


 この日から51班は課業の終了後、少しずつ神官の手ほどきを受けることになった。


 ◇


 魔石工場の目的は、狙いの魔獣のスタンピードを起こしてその魔獣を処理することで安定的に魔石を調達することだ。戦闘担当の班はバリケードをメンテナンスして必殺の陣形で延々狩り続ける。


 自分が所属する51班は点呼を受けてから始業準備する。今日の魔獣はブラックボア、終業後はバリケード当番だそうだ。ブラックボアは魔石もおいしいが、その肉もおいしい。前職の西部方面軍の部隊で処理した際は、その場でバーベキューパーティが始まるほど隊員も夢中になるうまさだった。

 バリケードは魔獣をフォーク型の狭路に誘導して一頭ずつ左右のバリケードの上から攻撃する方式だ。バリケードの強度を殴って確認する。予想以上に固いバリケード。ラムダが誇らしげに説明する。


「これはうちの班の特別製だ。班長が結界を張ってるんだよ。」

「これは心強い。」


 間もなく始業というころに鉄の槍が配備されてきた。のだが、ろくに整備されていない。ブラックボア一突きで折れそうだ。他には支給された長剣のみ。ブラックボアの強靭な毛皮は矢を弾く。だからと言って剣で接近戦というのはリスクが高すぎる。


「待ってくれ。こんな槍ではすぐに折れてしまう。隣の班と同じくせめてあと10本ずつくれ。」

「お前は元軍人だろう?それくらい自力で何とかしろ。槍が折れたら剣で戦え。剣が折れたら拳がある。」


 補給担当官がニヤニヤと嘲笑している。新人いじめか?なおも食い下がろうとしたところを班長が制してきた。


『ドミニク!大丈夫だからここは押さえろ。』

「ぬう。」


 班長が全員の槍にそれぞれ右手を向けた。


『みんなの槍にバリケードと同じ結界を施した。穂先はミスリルより切れるから気を付けろ。』

「ありがとうございます。」

「助かる。」

「あざっす!」


 良くわからんが納得しておいた。ラムダとラカンという経験者が異を唱えないのだ。信じよう。


「いつもこんな感じなのか?」

『俺のせいだ。巻き込んですまない。奴らは言葉が話せない俺を下に見てるんだ。』

「彼らは≪通信≫テレボイスを使えないから班長とまともに意思疎通できない。反論しないから何をやってもいいと勘違いしているんだろう。」

「ぐぬぅぅ。≪通信≫テレボイスすら使えん無能が調子に乗りおって。出世したら奴らを潰す!」

『ははは。俺の部下が頼もしい。意思疎通できる部下が集まってくれて助かるよ。』

「他の部下はどうだったんだ?」

『筆談だったよ。連携がうまく取れなくてよく死んだ。だから最古参でも出世できずに万年班長さ。』


 進軍ラッパが吹き鳴らされた。業務開始。バリケードの先にある何枚も横並びになっている赤さびた分厚い鉄壁がギギキーと音を立てて一枚、また一枚と上に上がった。


『今日も仕事開始だ。』

「「応!」」


 バリケードまで突進してきたブラックボアの横っ腹を槍で突く。ほとんど抵抗なく絶命させた。とんでもない切れ味だ。


『ドミニク!頭を狙え!腹を傷つけると査定が下がる。』

「応!」


『ラムダ!ドミニクのフォロー!次が来るぞ!』

「応!」


『ラカン!倒したのを処理班に渡せ!』

「応!」


 ラカンが≪筋力強化≫パワーを使って1トンほどあるブラックボアを持ち上げ、後ろで待機していた処理班の目の前に投げる。処理班まで移動させる作業が一番負担が大きいな。


「ラカン。魔力が切れそうなら早めに言え。槍で突く方が楽だ。」

「応!」


 班長はブラックボアの頭を突いてそのまま後ろの処理班まで投げた。一見地味だが無駄な動きが一つも無い職人芸だ。しかもペースが速い。自分が2頭倒す間に5頭倒した。班長の全身が魔力で白く光っている。あれも奇跡だろうか。だが元軍人として負けられない。


『ドミニク。初日から張り切ったら続かないぞ。』

「早く慣れたいからな。」


 途中から数えるのを諦めて延々屠り続けて行った。


 ◇


 バリケードの結界が非常に有効だった。ブラックボアの強烈な突進を受けてもびくともしない。それに鉄の槍も全く欠けることが無い。ブラックボアの行動パターンが一緒だから雑談する余裕すらある。


「なるほど。この技術だけでも導入できれば戦争で有利になる。」

「おそらくだが、神官たちがことごとく投獄されたのは私たちと同じ手口だったんじゃないかと想像している。」

「彼らの罪状は?」

「収賄、強姦、麻薬、殺人、窃盗。すべてが冤罪とは言わないが、高位の神官から順に投獄されたところを見るとそう考えざるを得ない。」

「我が国から神官を排除するのが目的だったということか。どこの国が?」

「神官がいまだ残っている国がそうだろうな。エルネスタとか、確証は無いがな。後は…」

「皇帝の座を狙っている上級役人か。有能なライバルは少ない方が良い。」


 ラカンが獲物を投げながら口を開いた。


「エルネスタはいま国を挙げて神官を募っているそうだ。王宮が神官の有用性に気付いたからでは?」

「大英雄ファルスが国を出たころから動きが変わったな。追い出したかわりに、その孫娘が王族と婚姻を結ぶらしい。国内で動き回られては王家の権威が奪われかねないから友好関係を維持しつつ、都合のいいところで神官の力を借りようという魂胆だろう。」

「ラムダはそんなことまで良く知ってるな。」

「うちの諜報部が優秀でな。」

「敵ながらあっぱれだ。判断が早いし理にかなってる。我が国も見習いたいものだ。」


 昼食をはさんで延々処理が続く。同じことの繰り返しが毎日続くのはかなりの苦行だ。軍隊経験のなかったころなら投げ出していたかもしれない。

 そんな時に、ブラックボア以外の魔獣も時折現れる。ほとんどがアンデッドだ。ゾンビ、スケルトン、グール。人間型のアンデッドがやってくる。大抵はブラックボアに踏みつぶされてしまうのだが、気分転換にはちょうどいい。


 ◇


 終業ラッパが吹かれた。分厚い鉄壁が上から降りてくる。壁内の残存勢力を倒して終了。

 配備された槍を朝の補給担当官へ返却する。担当官は破損どころか血も付いていない槍を見て訝しんだ。


「槍を使わなかったのか?」

「使ったが、魔法付加か何かされていたようだな。非常に良く刺さったし血のりもすぐに消えた。きっと名のある伝説の職人の作に違いない。返すのが惜しいくらいだ。」

「装備の管理は我々の領分だ。」


 アホの補給担当官は他の槍と分けて大事そうに槍を持っていった。横領の疑いあり…か。

 終業後は続けてバリケード当番だ。だがトラブルか?


「本日は47から52班の予定だったが、48、49班がバリケードを突破されて負傷した。よって4班で作業分担する。」


 工兵の経験も積んでいたため割り当てられたバリケードを≪土壁≫アースウォールで難なく構築した。さらに班長が結界を張って踏み固めたようだ。見えない板で押さえつけられる。

 検査官が近づいてきてバリケードを歩きながら力任せにハンマーで叩く。さらに複数の場所に叩きつけた。50班と52班が補修したバリケードが破損した。


「47班合格!」

「「お疲れさまでした!」」


「50班やり直し!」

「「…応!」」


「51班合格!」

「「お疲れさまでした!」」


「52班やり直し!」

「「応!」」


『51班、50班を手伝うぞ。』

「「応!」」

「「?」」


 突然、51班が「応!」と声を上げたことで奇異の目で注目される。ラムダがフォローした。


「検査官殿。50班は二人しかいません。51班も手伝います。」

「わかった。」


 検査官は班長の方を見、班長が頷く。47班は解散していった。


「すまねぇ。」

「俺たちが不合格のときには手伝ってくれ。」

「わかった。恩に着る。」

『俺が治癒する。』


 班長が勝手に手を取ったのを困惑していたが、一度強く光った後、白く光りはじめた。


「うちの班長が回復してくださるそうだ。」

「あ、ああ。」


 驚いたことに傷跡一つ残さず完全に回復した。≪小癒≫ヒールでは傷跡が残るのに、班長の回復系魔法は次元が違う。

 後は俺たちが作ったバリケードを結界で踏み固める。神官の奇跡は原始的な魔法なので現代魔法に劣っているという固定概念は完全に消えた。


「50班合格!」

「「お疲れさまでした!」」


 52班はまたやり直しになった。あとでコツくらいは教えてやるか。と声をかけたのだが拒否された。自分が楽になるのになぜ拒否するんだ?


 -----------------

 続きます。

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