第46話 竜王は配下を勝手に増やす
【というわけで、エフシャルーネが呪王に後継者として指名されました。お父様方にはご理解いただきたく存じます。ただ、魔族の長を務めるにはまだまだ経験不足。どうか支えていただけないでしょうか。】
【我々を地下牢から助け出してくださったことには感謝しています。死んだ仲間の葬儀も執り行って頂いたとか。しかし、支えるどころかこれからどう暮らしていけばいいのか頭を抱える状態です。】
【ルーネに家を与えています。ひとまずはそちらに住んではいかがでしょうか。】
【その…娘の様子を見る限りかなりの厚遇を頂いているのはわかるのですが、よろしいのですか?】
【もちろんです。むしろルーネが魔族の常識を学ばないまま呪王として成長する方が危険でしょう。大人になって困るのは本人含め魔族全体なのですから。】
村長と父親は前向きだが、他の三人は警戒している。
【気に入らねぇ。】
【ムガビ?】
【そもそも俺たちが拷問されたのはお前のせいじゃねぇか!恩人のふりして何が目的だ?お前が魔王様を倒さなければ俺たちはずっと平和だった。里を返せ!家族を返せ!】
【ムガビ!止せ!】
【…】
魔王が倒された理由を呪王が正確に理解できなかったのが原因なんだけど、元をたどれば魔石狩りのために火竜を追い回して魔王の側近の牧場を荒らしたのがわたしだ。
【すまんのぅ。わしが悪いんじゃ。】
おじいちゃんが謝り出した。なんで?
【お主らを救出することになったのはエフシャルーネが望んだからじゃ。アリシアはそれを受け入れて手伝った。そしてエフシャルーネを助けることを望んだのはわしじゃ。アリシアは渋ったがわしの希望を汲んで助けた。エフシャルーネを助けなければ、わしらのあずかり知らぬところでお主らも獄中で死に、アリシアも文句を言われずに済んだ。お主らも人族に助けられるくらいなら死んだ方がましだったじゃろう?すまんかった。】
【…】
おじいちゃんが深々と頭を下げた。
ムガビと呼ばれた男も黙った。
ひどいすり替えを見た!
【…では、そこの三人は通常通り駆除するということで。】
【待ってくれ!こちらも言い過ぎた!悪かった!ムガビも謝れ!】
結局三人は旅に出ることになった。お互いの安全のため致し方なし。
【ご迷惑をおかけし申し訳ありません。お詫びの印にこちらを。】
古代竜の魔石を一個ずつ渡すと、目が飛び出るほど驚いていた。その後旅支度を終えて出て行った。その際に行く先々の魔族に会ったら言うよう一応伝言を頼んだ。 “今代の呪王は先代の呪王を六歳で屠るほどの猛者だ。呪王の名を欲するならばかかってこい。” と。
正直に “人族の魔王の陪臣になってください。” なんて言えない。呪王が脳筋ならば御しやすし、あるい御さないと危険と考えて政治力の高い人材が来てくれるといいなぁ。もちろん危険人物は魔石と情報だけいただくつもりだ。ルーネが大人になった時のために危険人物はできるだけ潰しておきたいからね。
三人はこの伝言に “…だそうだ。次代の魔王はその呪王をたった1ヵ月でそこまで鍛え上げた。魔王は呪王をさらに徹底的に鍛えるつもりだ。次代の魔王はすでに竜王を配下にし、朝の散歩感覚で古代竜を採集してる。この魔石が証拠だ。” が追加されることをアリシアは知る由もない。
◇
呪王宣下を行うにあたって一つ懸念がある。竜王宣下のときはラースが進化して一気に巨大化した。呪王宣下でルーネが一気に大人サイズになると、服が大変なことになったり怪我をしたりするかもしれない。
というわけでお風呂場で全裸で実施する。サイズの変化が予想できないので、今は大きめのバスローブしか用意していない。
「ルーネ、貴女は気持ちが付いてきてないかもしれないけど、呪王に指名されました。なるべくあなたを守るつもりだけど、あなた自身も強くなってね。」
「はい。アリシアおねえちゃん。」
ルーネの頭に手を置き、目一杯魔力を注ぎ込む。おじいちゃんの洗礼を受けて総魔力量は激増した。いまなら魔力過多の症状も出ないだろう。
【エフシャルーネ、貴女を呪王として任命する。】
【このみ、しんめいをとしておんみにささげます。】
ルーネの身体が眩しく光りはじめた。体内の魔力量が大幅に増え、だんだん体が大きく、大きく、大きく……?ならなかった。光が収まるとコロリ、コロリと角が落ち、角の生え際に跡は残っていない。ただの褐色肌の美幼女だ。鑑定結果は、
“種族:亜魔神”
そして総魔力量は一億超え。おじいちゃんにさんざん聞かされた80年前の魔王と同じだ。
「ルーネ!すごい!将来は魔王ね。」
「おねえちゃんをころすのはいやなんだけど…」
「それはわたしが寿命で死ぬまで待って。」
「おねえちゃん、死ぬの?」
「私がおばあちゃんになったらね。50年くらい先の話よ。」
「おねえちゃん、しんじゃやだーーー!!!うああああああああああ!」
「ああああ。ごめん!ごめんね!すぐには死なないから!」
変なことを言ってルーネのトラウマを掘り返してしまった。目から滝のような涙が零れるのを必死でなだめたのだった。
ルーネが落ち着いだので、ついでに自分の称号がどう変化したのか確認する。
“称号:魔王候補”
“竜王、呪王を配下に加えたゆえ、この称号を授ける。吸神王を配下に加えるべし。”
見習いが取れて候補になった。祈りが届いたんだろうか。そして神命は海王と冥王が消えて吸神王に変わってる。…吸神王?
◆ 竜王ラース視点
アリシア陛下から正式に竜王宣下を賜った。
竜族の前で正式に竜王就任を宣言する。父のような自称竜王でなく竜王宣下によって進化した正式な竜王だ。
「竜王様就任おめでとうございます!古代竜と見まごうばかりの威容に瞠目するばかりです。」
「ありがとう。アリシア陛下のご威光の賜物だ。皆もアリシア陛下の御為に働くがよい。」
「お言葉を挟む様で恐縮なのですが、これほどの魔力、竜王様が魔王に即位することも可能では?」
「アリシア陛下のお力を疑っているのか?つい先日、竜族総出で土下座して命乞いをしたのに?」
「い、いえ、決してそのような。ただ、その力が呪王に通じるのか疑問に感じるだけで、からめ手が得意な呪王に苦戦するのではないかと…」
「ふむ。ならば見に行こう。呪王城が今どうなっているか。」
一族総出で呪王城へ飛んで向かったのだが、いつも見える城が見当たらない。しばらく捜索すると眼下に呪王城だった廃墟らしきものを見つけた。呪王城は完膚なきまでに破壊されつくし、蜂の巣になった土台の形でかつて呪王城だったとわかるのみだ。
確か、呪王城には強力な障壁が張られ、最上階には空からは決して侵入できぬよう対策されていたはず。父の全力の
「「…」」
「…呪王はアリシア陛下の逆鱗に触れたようだな。」
「いたるところに血の跡はありますが、遺体は見当たりません。アンデッドにしたのでしょうか。」
「皆もわかったであろう、アリシア陛下は史上最強の魔王となられるであろう。」
そのまま一族を引き連れて北へ向かう。古代竜を配下に加えてアリシア陛下のお役に立つところを見せねばならぬ。古代竜はゴルゴラルダ大陸最大の縄張りを持つ。巣も巨大だ。一族は古代竜の長老の前に降り立った。
「なんだ?また助けを求めに来たのか?」
「次期魔王であらせられるアリシア陛下より竜王宣下を賜った。貴殿らを傘下に加えたい。」
長老が我を見て目を細める。竜はじっと見ただけで鑑定と同様なことができる。
「ふん。人族ごときに平伏して自称竜王から正式に竜王となったか。少しばかり背が伸びて調子に乗ったか?古代竜になりたての赤子が。」
長老の威圧の視線だけで一族が委縮して後ずさりした。今まで何度救援を求めても微動だにしなかった長老が立ち上がった。我より頭二つ大きい。立ち上がる時に自身に繁茂した苔がドサドサと落ちた。
「傘下に加えたくば、実力を示せ。」
「話が早くて助かる!」
一族を下がらせ、長老の爪牙を受け止める。ただの小手調べだ。この程度で吹き飛ぶようなら戦いにすらならない。周囲には長老の爪牙でできた衝撃波が刻まれた。反撃にこちらの爪牙を叩きつける。互いに全力ではなく、鱗が傷つくことも無い。
ただのじゃれあい程度の応酬で周囲はすでに竜巻でも通ったかのような荒野だ。成り行きを見守る一族に、他の古代竜も集まって来た。
「お?新顔か?」
「長老に挑むとは無謀にもほどがある。」
「ははは!若人よ!もっと本気でやらねば長老の苔落としにもならぬぞ!」
「長老が立ち上がるのは千年ぶりだったか?」
周囲の野次に聞き逃せない言葉があった。千年ぶりか…偉そうにしているくせに、竜族の窮状に手を差し伸べることもしない。年長く生きただけで上位竜を気取るなど許せぬ。魔族から教わった≪強化≫を使用して爪牙を叩きつけた。たまらず長老がよろめく。
「「おおー!」」
「ふん。なかなかやるではないか。だがそのような小細工、正面から叩き潰す!」
「
「がっ!」
竜はその有り余る魔力で身体を支え空を飛ぶ。常に無意識に身体を強化しているのだ。そして魔力を失えば立ち上がることすらできなくなり、死を迎える。つまり動き回るだけでも死のリスクが付きまとうのだ。体が大きければなおさらだ。まして呪法や奇跡を使うことは命の前借りに等しい。ゆえに年を取るとめったに動き回らないし魔力を使うことも無い。長老にとって長く忘れていた戦い方。
我の場合は事情が異なる。竜王宣下によって魔力も大幅に増えたが、体に合わせて筋力も大幅に増えたのだ。動き回るのに魔力を消費しない。
「貴様!このような小細工に魔力を浪費するなど死にたいのか!」
「浪費?その結界をよく見てみろ。」
竜の一撃に耐えられるような強力な結界を維持するにはかなりの魔力が必要だ。だが、魔力を吸収して維持できるなら?
「浪費しているのは長老、貴様の魔力だ。」
「くうっ!この卑怯者め!」
「これはアリシア陛下のお力だ。我の力ではない。アリシア陛下のお力は理解したか?貴様ごときでは到底及びもしないことが。人族ごときと侮ったことを謝罪しろ。」
結界を解いた。ここからが本番だ。
「おのれ!」
いままで真正面から受けていた爪牙を躱すと、長老はその勢いのまま転んだ。
「ほらほらどうした?自重を支えることもできん贅肉で我に勝てると思うのか?ご無理なさるなご老体。」
「なめるなよ小僧。」
「ようやく本気でやれそうだな。」
長老がシュルシュルと小さくなった。我よりも頭二つ小さい。この魔力の様子だと変身ではなく元の姿に戻ったようだ。いままで魔力を浪費して大きくなっていたのか。
長老が消えたように見えた。我の鱗が切り裂かれ鮮血がプシャーっと飛び出す。長老の動きが風のように素早い。目で追うのも難しい。
「長老、さすがだ。」
「いまさら世辞を言っても無駄だ。」
長老がまた消えたが、動きが直線的すぎる。ドン!すれ違いざまに爪牙を叩きつけた。
「グゥ!」
「長老、ご自身より強い竜と戦ったことが無いだろう?あるいは昔すぎて忘れてしまったか?」
「クハハ。食らえ!」
長老のゼロ距離
「「竜王様ー!」」
「クハハ。わしが長老となるまでどれだけの強者を屠ったのか知らんらしいな。」
もうもうとした煙が晴れると無傷の我を見て驚愕する長老。
「すまぬ。とっさに結界を使ってしまった。結界を解くからもう一度頼む。」
「渾身の
長老が座り込んだ。
「鱗を鍛えてくるから再戦を申し込もう。頼む。」
「貴様のせいで千年貯めた魔力が無くなった。もうやらん。」
「長老ほどの素早い竜はいなかった。頼む。」
「イヤミか貴様。人族ごときと侮ったことを謝罪する。とんでもない結界だ。勝てる気がせん。」
「お主に負けたとは思っとらんが、魔王の軍門には降ってやろう。」
「負けず嫌いなご老体だな。」
こうして約五千年ぶりに古代竜が魔王の配下に納まった。
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