第43話 魔族の少女は聖女見習いになる
魔族の子供、狩人ウルナーヤムと機織りアルナナの三番目の子の名前は、 “可能性” を意味する魔族語エフシャルートの女性形エフシャルーネに決まった。愛称はルーネ。
用意された家はタルタの国に接する湖の対岸に作られた。こちら側の森はまだ手が付けられていないが、監視できる距離に置きつつタルタ人との接触を減らそうとしたらこうなった。タルタ人と交流を図ろうとするならば、まず戦闘しなければならないからだ。
「おじいちゃん何これ。神殿?」
「わしはこれしか知らん。」
発想はわたしと同じだった。湖の湖畔に神殿が建設されている。小一時間で作ったからそれほど大きくは無いと注釈しつつ、8LDKプール(湖)付きの豪邸が建っていた。ただし内装は用意されていない。
【エフシャルーネよ、結界で家を守れ。】
【は、はい。】
【直方体は魔力消費量が多い。玉のようにせよ。】
ルーネははじめ直方体で神殿を囲おうとしたが、おじいちゃんが
【結界、継続、できる?】
【わからない。】
「アリシア、魔石は余っとるか?」
録画用に大量に持っている無属性の魔石を一つ出すと、おじいちゃんが袋に入れてルーネの首にかけた。
【魔力が足りなければ、今のお主なら嘗めれば十分回復する。肌身離さず持っていれば瘴気に変わることも無い。】
【ありがとう。】
お礼が言えて偉い!
おじいちゃんが持っていた袋では不格好だから、かわいらしい感じのやつをあとで用意しよう。
見習いたちがベッドや衣装、カーテン、掃除道具を抱えて湖を渡って来た。修行期間はまだ長くないはずなのに相当鍛えられたようだ。足元に展開した結界が力強い。わたしもうかうかしてられないな。
◇
わたしと見習いたちはルーネに魔族語を教えてもらい、ルーネに人族の言葉(主にエルネスタ語)を教えることになった。魔族語を理解することで、聖典をより深く理解できるようになるというのがおじいちゃんの
言語の勉強は、わたしの妃教育で受けた外国語の授業をベースに試行錯誤し、お互い聖典が読めるため、聖典を教科書に発音と翻訳を教えあう形に納まった。
また、ルーネが自活できるよう魔獣を倒す訓練が行われた。聖句を省略して結界の刃を扱うにはまだまだ時間を要するため、ナイフと体術を組み合わせた訓練である。体術は転んでもすぐに立ちがある訓練が主だ。さらに、体術を習得する前に結界を習得したため、高所からの落下訓練も徹底して行われた。高所から落下するときは魔力枯渇している前提のため、吐き気、頭痛、倦怠感に耐えながらの訓練となる。アリシアも幼少期に散々苦しんで習得したのだ。つい最近実戦で自身が経験したから、習得の必要性を熱く語った。
訓練を重ねるうち、ルーネは聖典に記されている強化の奇跡を見つけて使用し始めた。
【わたしをつよめるしゅにより、わたしにはすべてがかのうである。しゅのかごによりこのみにきょうかをたまわらん。
「はぁ!?何それ!?」
ルーネが
そんなこんなあって、魔石入れをプレゼントするイベントを挟みつつ、人類史上初の魔族の聖女見習いエフシャルーネが魔族側に知られることなく養育されていったのである。
◇
魔族の少女を保護するにあたって、国として優先してやるべきことがある。領土の安全保障だ。
エフシャルーネの足取りから推定して相当近い位置に魔族が住んでいることが明らかになった。早急に状況を確認し危険があれば排除しなければならない。別に、ルーネがおとうさんとおかあさんに会いたいと泣いていたからという感傷的な理由では決してない。別に、わたしのトラウマを抉られたとかそんなことは無い。たぶん。
ルーネに教えるべきか検討がなされた。結論として、放っておけば一人で勝手に行くと予想されるため、安否を心配して帰りを待つくらいなら真実を知らせたほうが良いということになった。
まずはルーネを転移させる前に、監視の目が無いことを確認したのだが、懸念通り監視していると思われる魔力があるのを発見した。
「里が監視されているようです。結界や強化を解除する呪法や結界ごと切り裂く呪法を撃ってくる可能性があります。似た魔法が使えるので事前に訓練しませんか?」
「ふむ。不意打ちで解除される前に知っておいた方が良かろう。今回は遺体だけ回収じゃ。」
遺体の下に
「エフシャルーネ、知っているものはおるか?」
「…わかりません。」
「
生者以外も普通に鑑定できるようになった。慣れたものだ。鑑定の技量が上がったおかげで周囲の風景だけでなく音も聞こえるようになった。
【おかあさん!】
頭部も上半身もボロボロな遺体で、長い黒髪であったとわかる程度。腕も足も無いが、髪と服の切れ端を見てルーネは気が付いたようだ。機織りのアルナナさん。
その後も次々鑑定していく。200人弱。結局父親は見つからなかった。
「村長もおらんようじゃ。うまく脱出したか、捕まっておるか。」
「ルーネ、お母さんを送ってあげましょう。」
【わたしはちちにおねがいしよう。ちちはべつのべんごしゃをつかわして、とわにあなたがたといっしょにいるようにしてくださる。このかたは、しんりのれいである。よは、このれいを見ようとも知ろうともしないので、うけ入れることができない。しかし、あなたがたはこのれいをしっている。このれいがあなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。 わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。こじんのたましいが神の手にゆだねられんことを。のこされたいぞくや友人たちにたいして神のなぐさめがあらんことを。しゅがあなたをしゅくふくし、あなたを守られるように…】
エフシャルーネは完全な葬儀の聖句を唱え、魔力枯渇でそのまま倒れた。遺体はすべて光の粒となって空へ舞い上がってゆき溶けるように消えた。
「アルナナ、貴女の娘は必ず守ります。安らかにお眠りください。」
◇
「まだ動きは無いが、監視していた者たちも遺体が消えたことに気付いたじゃろう。アリシア、その結界を解除したり破壊したりするのを見せよ。」
「はい。ルーネも参加する?」
ルーネもこくんと頷いた。他の見習いたちも参加を表明した。思い思いに結界を張って湖の空に上昇する。
「ではいきます。
「む!」
おじいちゃん以外、全員湖にドボンドボンと落下した。高所からの落下訓練は経験済みなので怪我は無いが、このまま呪法を畳みかけられると即死だ。おじいちゃんも初見で結界を12層剥がされた。
「魔族も昔のままでは無いようじゃな。」
「彼らも魔王を倒されて対策を練ったようです。エルネスタの王宮魔法士もはじめは何度も落ちましたが、コツを掴んだら対応できるようになりましたよ。」
まあ、一人で対応できたのはマリアンヌ様とロベルト魔法士団長の二人だけだけど。
初見では失態を演じた見習いたちも、二度三度と繰り返すと対応できるようになった。おじいちゃんに至っては1層も剥げなくなった。意外なのはルーネ。何度も落ちてずぶ濡れになりながらも対応できるようになった。少ない魔力量で良くできたなと感心していると、口の中に飴玉大の魔石を咥えているのが見えた。
「では次は結界を切り裂きます。」
結界を刃状にして放つ。うまくいなさないと魔力の少ない方が砕ける。無数に投げつけて見習いたちの結界をバリバリ砕く。今は寸止めしているが、結界が弱かったり無かったりすると真っ二つだ。
「ふむ。大したことは無さそうじゃな。」
「ぐぬぬ。では、神殿長には特別メニューです。」
楔状の結界を作成し、ドリルのように回転させる。少し離れて超音速で突進する。衝突したが1層目で止まった。ギャリギャリと音を立てるが先には進まない。
「はっはっは。一度見た技は効かんぞ?」
「本番はここからですよ。
「なにぃー!」
「結界に魔力を込めすぎたのが仇になりましたね。ほらほら結界が破られていきますよ?」
高速回転する結界のドリルが1層また1層と破っていく。やったか?
「ふむ。魔力吸収か。時間をかけすぎじゃ。むん!」
ドリルの結界が素手で止められた。
「
「わしの奥の手じゃ。これで油断した魔王の首を引きちぎった。ほれ、詰みじゃ。」
わたしの結界が圧倒的物理の力ですべて粉砕されて首を掴まれた。
「おのれ大英雄ファルス、我が死んでも第二第三の魔王が、グヘェ!」
「茶番は終わりじゃ。」
「まいりました。」
「強くなったな。どれも初見では一瞬でやられていたかもしれん。助かった。奥の手を人相手に使ったのは初めてじゃ。」
「お役に立てて光栄です。」
「他の者も強い魔力を真正面から受け止めてはいかん。捌くだけならたいした魔力もいらん。このように。」
飛んでくる結界の刃を斜めの結界で弾いてみせる。
「それだと後ろからまた襲ってくるのでは?」
突っ込みを入れる。
「きりがないなら、…。アリシア、大量に投げてみよ。」
「はい。」
無数の結界の刃を四方八方から投げつける。おじいちゃんの結界にぶつかった瞬間に吸収された。
「はあぁぁぁ!?」
「さっきアリシアがやったじゃろ。これならば魔力を使った攻撃は永久に受けられる。ふむ。また強くなってしまったな。今日は得る物が多い日じゃ。」
「あっという間に応用された…」
最終的に魔力を吸収して強化する結界を全員が習得した。さらに、ルーネは魔族の特性により結界で吸収した魔力を体内に回収できるようになっていた。今のところは魔力を吸収する結界が自分の魔力の予備タンクとして活用できるようになったことをルーネは無邪気に喜んでいた。
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