第42話 使徒は魔族の少女を発見する

 ノクトレーン国のケルン国防大臣宛に≪大爆風≫モアブのお礼の手紙を書いた。四万の魔獣を率い、魔力を吸収する装備で全身を固めた魔族をケルン殿が提供した魔法によって一兵の損耗も無く一掃できた。礼の品として古代竜の魔石を付けた。今度貴族に叙爵するそうなので立派な屋敷が必要だ。多少でも資金の足しになればいいなと思う。


 アリシアが贈った古代竜の魔石は、屋敷どころか城が建つほどの価値があるのだが、本人にとっては朝の散歩ついでで簡単に入手できるためその価値を完全に見誤っていた。



 ◆



 小粒魔石600個を使った実験が一か月経過したため進捗を確認しに行った。王都の地下、キラーホーネットが生息する森、タルタの国の近隣の森、それぞれを確認する。


 王都の地下に到着した。魔力インクを充填した魔石は全く変化なし。なにも手を入れていない魔石はすべて瘴気に変わっており、底には聖灰が積もっていた。魔獣が発生するような事象は無さそうだ。聖灰を取り出し、瘴気を太陽光と浄化で比較する実験に使用する。物理と魔力を遮断する結界内で太陽光を当てて本当に消えるのか、それとも消えたら魔力になったりしないかなんて益体もないことを妄想しながら実験だ。

 瘴気を【浄化の奇跡】ティフールで浄化すると光の粒になった後、完全に消滅する。その後の魔力の残滓も残らない。

 比較として瘴気に太陽光を当てると本当に魔力が発生した。属性は魔石と同じだろうか?であれば、瘴気にも属性がある?うかつだった。魔石の数にこだわって属性を統一していなかった。


 瘴気を素早く取り出す手法はすでに確立しているので、我ながら雑な実験をしている気がする。本来なら、魔石の重量との比較など定量的な計測が必要ではないかと思う。なにせ魔石の重量と魔力の比重や、瘴気の濃度に関する定量的な単位が何一つないのだ。せっかくだから意味のある単位にしたい。1アリシア、2アリシアのようになるのだから。


 そのまま悪魔崇拝の祭壇を見に行ったのだが、すべて片づけられていて跡形も残っていなかった。【鑑定の奇跡】ハヴハナで調べると、地下下水道の構造を変えたときにすでに消滅していたようだ。当時の構造がわかるだけではどんな効果・意味があったかまったくわからなかった。無念。


 キラーホーネットが生息する森でも同様だった。こちらは結界の箱を地下から出し、地上に設置して継続して放置することにする。瘴気が詰まった箱は、木漏れ日によってそのうち魔力が詰まった箱に変わるだろう。魔力インクを充填した魔石の100個もおそらくは今後も変化はないはずだ。

 ついでにキラーホーネットが突っかかって来たので回収した。


 タルタの国の近隣の森では実験場に三角座りの子供を発見した。ゴブリンと違って肌の色は褐色、角も長めだ。魔族で間違いなさそうだが腑に落ちない。瘴気は漏れ出ていないはずなのに、なぜここにいるのだろう。

 さては可愛い見た目とボロボロの服装で同情を引いて、人を油断させて喰うつもりだな?

 一人で対応するのはまずいと考え、≪通信≫テレボイスでおじいちゃんにつなぐ。


『神殿長。森で魔族の子供を発見しました。』

『そうか。駆除するから場所を教えよ。』

『おまちください。親をおびき出して瘴気の操作方法について尋問したいと思います。接触を試みるので後方支援をお願いしたいのですが。』

『いまどこじゃ?』

『国の近隣の森上空です。神殿の木がこちらから見えます。』

『こちらからも見えた。≪転移扉≫テレポートドア


「魔族はどこじゃ?」

「そこです。」


 眼下を指さす。


「親はおらんようじゃのぅ。」

「遠隔から監視していて、転移してくるかもしれません。」

「なるほどのぅ。ならば」


 魔族の子供を中心に球状に魔族を遮断する結界を張った。魔族の転移もこれで遮断できるそうだ。結界を8層展開して空から音もなく降り、魔族の子供に声をかけた。おじいちゃんは上空から監視。


「こんにちは。おひとりですか?」


 魔族の子供は驚いて固まっている。


「わたしは使徒のアリシア。ここにいると恐ろしい老人に追い回されて魔石をえぐり取られますよ。」


 にっこり。


「ッ、ハーッ、ハーッ」


 目を見開き、息が荒い。完全に動けなくなっている。

 おじいちゃんが子供の背後に降り立った。


「監視は無いようじゃ。」

「!!!!~~~…」


 声をかけると子供はビクンッとなったあと、パタリとその場で倒れた。【鑑定の奇跡】ハヴハナを行使して事情を調べる。


「仲間割れがあって、両親に逃がされたようですね。」

争いを望まぬ者たちショエフ・レシャロームか…そのような者も魔族におるんじゃな。そやつらが人を手引きして今代の魔王を倒させたそうじゃ。」

「争いを望まないのに魔王を陥れるとか物騒な集団ですね。」

「真実がどうであったかこの子供には知りえぬことじゃ。少なくとも魔王を殺させておいて何食わぬ顔で過ごせるのは相当な度胸じゃ。」

「ところで神殿長、魔族語がわかるのですか?」

「たわけ。聖典の言語そのものじゃ。」

「そうなのですか!?」

「聖典は魔族が編纂したと言われておる。」

「え!?では、魔族は聖典を翻訳なしでそのまま読めるのですか?」


 魔族が神に対抗するために神の物語を編纂したそうだ。敵に勝つために敵を分析した結果、聖典として人に伝わった。神にうまく利用されてしまったようだ。魔族にも結界が見える理由はそこにあるのかもしれない。

 もう一度鑑定してみる。言われてみれば聖典に記されている言語だ。発音を良く知らなかったからそれだと気付かなかった。勉強になる。


「この子どうしましょう。浄化したほうが良いでしょうか?」

「困ったのぅ。街に入れることはできんし。」

「そもそも争いを望まぬ者たちって両親だけですよね?この子は他と同じ普通の魔族では?」

「それはそうなんじゃが、親の遺志を受け継いどるとは限らんが…、じゃが哀れじゃのぅ。」


 わたしよりおじいちゃんの方が同情的なのは、より深く鑑定できるため。魔族たちが何を話しているのか正確に理解できたから、鑑定された本人の認識だけでなく周囲の事情まで深く理解したのだろう。逆にわたしにとっては、知りたい情報が得られないとわかった時点で用済みだ。害獣のゴブリンと同等の認識である。小粒魔石くらいはあるだろうか。

 まあ、見た目は良いんだけどね。追い払っても帰る場所は無さそうだし、これ以上苦しまぬよう止めを刺すのが慈悲ではないだろうか。


「アリシア、手当てしてこの娘から魔族語を教えてもらいなさい。わしは住む場所を用意する。」

「保護するのですか?国の信用が落ちますよ。」

「まだどことも国交を結んでおらんよ。それに、知らぬ間に巣くわれていたどこぞの国よりも安全じゃ。」

「しかたありませんね。子供服の用意もお願いします。靴も。」

「任せよ。」


 おじいちゃんは転移していった。

 良く見ると全身に擦り傷を負っている。裸足で歩いてきたのか足の裏もボロボロだ。奇跡で治癒できるのか不安だったが【治癒の奇跡】リプイを試してみると人と同じく回復できた。お?気が付いた。

 聖典の言語は難しいんだよね。通じるか不安だ。


【我、お前、助ける。我、アリシア、お前、名前?】

【…】

【言語、可能?魔族語、できない。】

【אפשר לשוחח (エフシャル レショヘアッハ)】


 エフシャル・レショヘアッハちゃんか。直訳すると “できる子” ちゃんだ。ファミリーネームがあるってことは相当強い家系のようだ。


【食事。】


 古代竜の魔石を差し出す。きっと喜んでくれるだろうと思ったのだが、受け取ろうとしない。言葉が通じなかったか?


【האבן הקסומה הזו חזקה מדי בכוח קסם מכדי לאכול אותה. ■■■■■■■■■■.】

【言語、早い。わかる、できない。】


 え?なんて?魔力が強いから食べられない。…かな?

 キラーホーネットの魔石を≪水瓶≫ウォーターで洗って渡してみると、恐る恐る受け取った。しばらく眺めた後、意を決したようにカリカリ食べ始めた。リスが食べているようで和む。意外と歯が強いらしい。

 半分ほど食べたところでエフシャルは胸を押さえて苦しみ始めた。


「え?なになに?」


【鑑定の奇跡】ハヴハナを行使して何が起こったのか確認すると、状態は魔力過多。この魔石でも魔力が強すぎたようだ。

 今までの食生活がどうであったか改めて鑑定する。

 実家ではゴブリンの魔石が主食だった。だがゴブリンを単独で討伐できるほど本人は強くない。さらに、ここ5日ほど食事なし不眠不休で歩いてきた。そこへ10トンの霜降りステーキが出てきた。3kgまで減らしてもらったがさすがに無理。そして今に至る。


 魔力を放出させれば魔力過多は解消するかもしれない。


【魔力、出す、治る?】


 エフシャルは頷いたが、呪法の類は使えないらしい。食べかけの魔石の魔力を追い出して、魔力を込めさせてみる。少女の掌に魔石を置きその下から彼女を通して魔力を流し込むと、コツを掴んだようで自分で流せるようになった。次第に落ち着いてきた。

 魔族は上下関係が厳しく、善意で差し出された魔石を二度も拒否することはできなかったようだ。


 近隣のゴブリンを捜索してみたが、すでに駆除されているようで見当たらない。人の食事は食べられないんだろうか?魔石の魔力が強すぎるなら、魔獣の肉ならいけるだろうか?


 魔獣の肉と言えば、火竜を追い回した時に巻き添えで死んだミノタウロスがあったはず。全身の肉にも魔力がいきわたってるから、弱い魔石の代わりになる。その場でミノタウロスの腿を切り落とし、皮を剥ぐ。竈を設置、薪を準備、木の枝を一本結界の刃でささくれ立たせ、棒状にした結界を高速回転させて火を起こした。薪に燃え移ったらその上に鉄板をしき、十分熱が入ったところで火を調整し油をひく、ミノタウロスの肉塊を≪水瓶≫ウォーターで洗ってから、少量切って焼く。エフシャルちゃんが食べなかったらわたしが食べられる量だ。


 ジュワー、いい香りがしてきた。皿を出して一口大に切ってエフシャルの前にだした。塩と胡椒を少々振りかける。


【魔力、少ない、食事】


 わたしの分の皿も用意して先に食べてみせる。おいしいコレ。火竜と古代竜も期待大だ。エフシャルも口を付けた。少し食べてからすぐに全部食べた。いい反応だ。もっと焼こう。


「おいしい。」

「オイ…シイ…」


 肉が焼けた。スープもいけるか?野菜は大丈夫だろうか。野菜も普通に食べたな。


「オイシイ!」

「おいしいね。」


 魔力量で言ったらゴブリンの小粒魔石1個と≪水瓶≫ウォーターで作ったコップ1杯の水が同じくらい。ミノタウロスの肉一切れ(200g)が小粒魔石10個と同じくらいだ。

 エフシャルの総魔力量が現在100弱、注意しないとあっという間に魔力過多の症状が出る。安全な魔法で魔力を消費させる方法がないと竜種の肉は食べられないな。

 正方形の結界を掌にだし、見えるか聞いてみよう。


【結界、見える?】


 こくんと頷いた。


【ここ、弱い、魔物、いない。早い、魔力、豊富。魔力、つかう、教える。】


 この地域には弱い魔物がいなくなっていて、食べるとすぐ魔力過多になってしまうから、魔力の使い方を教えるよ。と言いたいのだが適切な語彙が出てこない。

 もう一度、こくんと頷いた。聖典を取り出し、結界の聖句を唱える。エフシャルにも聖句を紙に複製して渡した。


【主をほめたたえよ。あなたの神を賛美せよ。主はあなたの城門のかんぬきを堅固にし、あなたの中に住む子らを祝福してくださる。結界よ現出せよ。結界の奇跡ゲデル

【הללו את ה'הלל את אלוהיךברך ה' את בריחי שעריך וברך את בניך בקרבךמחסום, הופע! ゲデル】


 やっべ。流暢な聖句だ。最後のゲデルだけ聞こえた。わたしが出した結界と同じように正方形の結界を出した。


【結界、自分、守る。】


 結界で自分を守るように直方体に変えてみせる。悪意、物理を遮断するように設定した。エフシャルもちゃんとついてこれているようだ。

 そのまま浮上。エフシャルは結界だけついてきて本人は地面のままだ。


【床、無い、やり直す。】


 結界を降ろしてきて、床を作りながらぴょんと乗り込んだ。センスが良い。センスは良いが総魔力量が少なすぎる。しばらく空を好き勝手に飛び回っていたら突然結界が解け、落下していった。


「エフシャル!」


 弾力のある結界を飛ばして受け止め、地面に降ろす。


 魔力枯渇したので≪水瓶≫ウォーターで生み出した水を飲ませるとすぐに復活した。人の場合は魔力が自然回復するまで何も手段がないからうらやましい。


「ほう、結界を教えたのか。」

「はい。何か食べさせるとすぐ魔力過多で調子が悪くなるので。」


 おじいちゃんがやって来たのに驚いて、わたしの後ろにぴゃっと隠れた。警戒しているのか脂汗がすごい。


「どうやらこの娘は体内の魔力が視えるようじゃな。」

「あ、あー、それで警戒されているのですね。」

「それで、名は何という?」

「エフシャル・レショヘアッハちゃんです。」


 おじいちゃんが困惑している。


「変わった名じゃな。」

【娘よ、名は何という?】

【…狩人ウルナーヤムと機織りアルナナの三番目の子】

「え?なんて?」

【年はいくつだ?】

【6】


「エフシャル レショヘアッハは “会話できる” じゃ。そういえば魔族は7歳になるまで名が無いんじゃったな。」


 じゃあ、わたしは「できるできる絶対できる」って呼びかけてたってこと?

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