第41話 王宮魔法士は訓練する

 魔力枯渇したので王都の結界がなくなっていた。王都全体、離宮とルークの研究室も結界を再展開する。慌てて再展開したけど本格的に王宮に引継ぎを依頼したほうがいいかも。だけど簡単に≪魔法解除≫ディスペルで消されるようではたまらない。


「というわけで再度やって参りました。施療院院長ロイド・フォン・オリエンス子爵です。今日は婚約者のフローリア様もいらっしゃいます。フローリア様は普段オリエンス子爵領で辣腕を振るっておいでですが、本日は施療院の研修生として参加していらっしゃいます。」

「本日はアリシア姫殿下も施療院の講師ですよ。」


 撮影する魔道具は改良を施した。録画する魔道具と再生する魔道具を作ったのだ。従来は魔石に録画する魔法陣を書き込んでいたが、製作コストが高い。録画する魔道具の箱の中に無属性の魔石を固定し、軽く魔力を流しながらボタンを押すと撮影する方式に変更した。再生する魔道具も同様に撮影済みの魔石を箱に固定しては魔力を流し続けると再生する。一時停止も可能にした。

 今回は映像を撮影しながら回復系魔法を教えたり、細かいコツを説明したりしている。撮影が終わったらプレゼントする予定だ。拳大の未使用状態の魔石の市場価格は大銀貨5枚(※50万円)。まだまだ高すぎるがこれでも安くなった方だ。これ以上安くすると魔石市場が崩壊するからと止められた。

 ちなみにわたしの場合は無属性の魔石を自身で調達できるから録画し放題だ。


「本日は報告と依頼がございます。」

「伺いましょう。」

「まず報告ですが、ケルディア王国西部国境にて魔族と交戦しました。」

「ほほう。どうなりました?」

「戦力はいかほどでしょう。」

「魔族はケルディア王国北西、ゴルゴラルダで牧場を営んでいたそうです。ゴブリンもどきの鎧を装備しており、四万の魔獣を従えていました。」

「ゴブリンもどき?」


 ゴブリンもどきの情報をロイドが補足した。


「まあ!第一種討伐対象。魔力を吸い込んで成長するなんて魔法士にとって最悪の敵ではございませんか。」

「魔族はロイド様の≪全解除≫フルディスペルと同様の呪法を放ってきました。マリアンヌ様の結界をあっという間に剥がし、それから魔力の刃でわたしの結界をすべて切り裂きました。」

「エクシティウム公爵軍がなすすべなく大敗した結界を破壊したのですか…」

「アリシア姫殿下の結界を切るとは侮れませんね。さぞや激戦だったでしょう。相当な被害だったのでは?」

「ここから先は映像でご覧いただいた方が良いですね。他の人には秘密ですよ?」


 魔族のアランと交戦した映像を表示する。


「この無数の黒い魔力はすべて≪魔法解除≫ディスペルの効果があるのですね?」

「はい。わたしの結界なら抑え込めましたが。そして最後が≪大爆風≫モアブ≪大海嘯≫タイダルの合体魔法です。」

「なるほど。魔法攻撃が吸収されるので周辺の木々をぶつけて発火させたのですね?なぜ≪大海嘯≫タイダルを?中心の温度を下げたのでしょうか。」

「いや、高熱で水を一気に沸騰させたのだ。」


 火山の噴火を思わせる巨大な爆発のあと、最後に落下するわたしとマリアンヌ様。そして爆心地には街一つを飲み込むようなマグマの湖。地響きだけで大きく倒壊した城壁が映って映像終了。


「ノクトレーン国の≪大爆風≫モアブのおかげで一兵の犠牲も無く討伐できました。お礼申し上げます。今度ケルン大臣にもお礼を届けるつもりです。それで依頼なのですが…」


 古代竜の魔石を出す。今朝散歩でとってきた、とれたてほやほやだ。


「これは?」

「古代竜の魔石です。これを対価に≪全解除≫フルディスペルをご教授頂きたいのです。王宮魔法士が魔族に対抗できる技術を習得できるように。今魔族の生き残りが攻めてきたら多大な犠牲を出してしまいます。」

「あの魔族が特別強いわけではないということでしょうか?」

「そう考えています。魔族の一般兵以下、戦闘経験は少ないようでした。あのような魔族が数百、数千と現れれば人類は滅びます。」

「王都に巣くっていた魔族はそのような脅威に見えませんでしたが?」

「あれは祖父が強すぎるだけです。魔王軍の猛攻をしのいだ一人ですから。祖父が亡くなれば対抗できる者がおりません。」

「「…」」


 フローリア様の顔色が悪い。ロイドがふらついたフローリア様の肩を支えた。


「承知しました。≪全解除≫フルディスペルをお教えしましょう。」

「お願いします!」


 ≪全解除≫フルディスペルの術式の解説は、≪魔法解除≫ディスペルとの仕組みの違いを主に説明された。

 ≪魔法解除≫ディスペルは標的に向かって一直線に飛び、そして衝突した部分は点になる。そのため飛翔中など高速に移動している場合は命中しないことが多い。それをロイドは結界の知見を生かして、遠ざかるほど拡大する立方体に変化させた。さらにそれを魔力増加に任せて10×10×10の立体術式に組み変えたのだそうだ。

 標的にぶつかると、ほぼ時間差なしの千回の≪魔法解除≫ディスペルを視界の届く全域に当てることができる。ちなみに≪全裸≫フルフロンタル≪武装解除≫ネイキッドをベースとした立体版だ。こちらは魔力消費量が多すぎるため3×3×3となっている。


 ≪武装解除≫ネイキッドは体内の魔石を瘴気に変える機能もあるから、それを27回分も受けて発狂しなかったレオンマーク元王子と近衛兵もかなりの精神力であったことが今更ながらわかった。



 ◆



 王宮の訓練場にて。

 結界を習得した王宮魔法士と一部の衛兵、および近衛兵に対して≪全解除≫フルディスペルに耐える訓練が開始された。マリアンヌ様とロベルト魔法士団長に直談判した結果、訓練にこぎつけることができたのだ。一回当たりの魔力消費量は3,000で、何度も連射訓練ができるのはわたしと、かろうじてマリアンヌ様のみだ。

 飛翔中に魔法を解除されると墜落死してしまう。魔族がこのような呪法を持っている以上、正面で戦う魔法士と、王族を保護する近衛兵は必ず対策する必要がある。


 とはいえ、初めから一人でしのぐのは不可能だ。


「まずはインペリアル ガード フォームで耐えるところからやりましょう。そこから徐々に人数を減らしていく方向で。」


 5人一組のフォーメーション、インペリアル ガード フォーム。中央に主砲あるいは指揮官、前後左右の魔力を共有して結界を維持する。この状態で中央が≪飛翔≫フライを使用して全員の足場を作る。


 訓練開始。まずは≪魔法解除≫ディスペルを乱射して維持できることを確認する。1分間に600発を水平射。早速落下するチームが出た。いまは人間の身長くらいの高さしか飛んでいないから落ちても大した怪我もない。


「まだ本番ではありません!あなた方が落ちれば現場で戦っている兵士は全滅です!いま国王陛下が死にましたよ!」


 ≪拡声≫ラウドネスで強化した大声で叱咤する。国王陛下が死んだと言われて嫌な顔をする近衛兵。≪魔法解除≫ディスペルを乱射しつつ維持できるまで何度も浮上させ、叩き落す。簡単に落下するチームを15人一組にしたところで、ようやく維持できるようになった。


「では本番です!≪全解除≫フルディスペル


 魔法士団長もマリアンヌ様も含め全員落下した。


「来るタイミングはわかってるんだから耐られるはずです!実戦では不意打ちですよ!もう一度!」


 何度も≪全解除≫フルディスペルを打ち込み、魔力枯渇した兵が増えてきたため休憩となった。

 魔力枯渇して先に休憩中だった衛兵が聞いてくる。


「アリシア姫殿下。これほどの魔法を本当に魔族が使用するのでしょうか?」

「これと同様の呪法を放ってきたのは片田舎の農夫でした。彼は実戦経験が乏しいように見えました。軍として訓練された兵士の動きですらありません。」

「それほどなのですか。私が学んだ戦史ではこのようなことはありませんでしたが。」

「魔族との戦史は最新のものでも80年前。人の魔法は50年ほどの歴史しかありませんが大きく発展しました。魔族側も同様の技術革新があったと考えるのが自然です。」

「なるほど、失礼しました。過去の技術のまま発展していないと思い込んでいたようです。」


 マリアンヌ様が訓練場の端で30層の結界を練習している。一つ一つの結界のムラが多い。結界の維持すら難しそうだ。ちなみにわたしもここまで器用なことはできない。


「マリアンヌ様、このまま動き回れそうですか?」

「一歩、ずつ、歩く、ので、精、一杯、です。」

「えい、≪全解除≫フルディスペル

「くっ!」

「おお?2層残りましたよ。層を増やして訓練するのがよさそうですね。」

「もう。邪魔しないで。」


 隣で20層を展開しながら≪水瓶≫ウォーターを出して飲んだりする。

 常に一定の効果が保証されいる魔法に慣れきっていると、結界を強く維持する感覚をつかむのは難しいのかもしれない。


「マリアンヌ様の結界は一定の効果を連打して維持しているように感じます。もっとこう、弓を引きしぼるような感覚です。」

「弓…」


 さすがはマリアンヌ様、言われてすぐに対応できる。ムラが多くて今にも破れそうだった30層の結界か安定した。


≪全解除≫フルディスペル、おお!」

「掴みました!もう無様な真似は晒しません。」


 マリアンヌ様が兵たちに噛み砕いてコツを説明した。弓の話は曖昧過ぎてマリアンヌ様しか理解できなかったようだ。

 休憩を終了して訓練を再開する。


「いきます!≪全解除≫フルディスペル

「おお~~!」


 うん。みんなフォーメーションを組めば結界を維持できるようになった。

 あとは、徐々に人数を減らして維持する訓練をしたらいい。


「では本日の修了試験です!80年前の魔王の次元斬並みの攻撃を耐えて全員生還してください。」

「ちょっと待って!心の準備が!」

「全員で頑張れば耐えられます!落ちたら死ぬ高さまで上がりましょうか。」


 楔形の結界を作り、ドリルのように猛スピードで回転させる。加速するには短すぎるが少し離れた。


「総員、ラウンド ガード フォーム!」


 ロベルト魔法士団長が指揮を執った。全員で魔力を共有して25層の結界を構築する。


「行きます!」


 音速を超える速度で突進し、結界をバリバリと切り裂いた。魔力がぶつかり合う余波で周囲の空間が歪む。残り1層のところで回転を止めた。まあ、自信を持ってもらうために今日はここまでで良いかな。


「お疲れさまでした。ここまで出来れば魔王軍が攻めてきても生き残れるかもしれません。」

「ありがとうございました!」



 ◆ ???視点



「報告します。魔王様が人族と接触しました。」

「そうか。≪遠視≫」


 むう、妨害されているようで近くではもやで良く見えんな。少し引こう。女二人のようだ。片方は貴族の女、もう一人は魔法士。


 80年前、先代魔王様が崩御されてから、彼に操られていた知性ある魔獣たちが離反しそれぞれが王を名乗り始めた。

 魔族の王、呪王。

 竜種の王、竜王。

 スライム族の王、吸神王。

 アンデッドの王、冥王。

 海を支配する海王。

 その他、我関せずの古代竜と、争いを望まぬ者たち。

 これらの王が争い、現在は吸神王が魔王として君臨、その他を四天王として配下に従えた。


 先日、四天王の海王トリスタンに続き、竜王モルテンが倒された。戦場跡を見た限り広範囲が焦土と化しており、激戦であったことを想像させた。援軍に向かった時にはすべてが終わっていた。だが、戦った人族にもかなりの痛手であったに違いない。生き残りに尋ねても要領を得ない。竜種が何を恐れるというのか。


 魔王様はこれを受けて人族の領域に威力偵察に赴かれたが、場合によっては戦闘もありうると想定して兵を率いておいでだ。戦闘になれば一国か二国ほど蹂躙する予定である。

 当代の魔王様は≪念話≫しかできず直接の会話はできない。門番のアランを通じて会話させているようだ。映像を表示させて竜王モルテンの戦場について話し合っている。戦後賠償の交渉だろうか。


 む、貴族の女が謝っているようだが、まあ、そうだな。このまま戦えば蹂躙されるのは明らかだ。さらに魔石を献上した。≪遠視≫でもわかるほどの魔力量だ。完全にこちらに降るのだろう。こちらとしても楽できて結構なことだ。それにしてもうまそうな魔石だ。


 アランが何を血迷ったのか攻撃した。女たちはうまく躱したようだが上昇していく。愚かな。≪解呪≫ですぐに落ちるぞ。ほう?女たちもなかなかやるな。≪解呪≫と≪支配≫をうまくいなしている。


 女たちが反撃で魔法を行使した。かなりの魔力を魔王様に献上するようだな。さらに強化されるとも知らずに。ククク。


「なっ、まさか!」


 ガターン!座っていた椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がってしまった。


「呪王様、如何がなさいましたか?」

「魔王様が人族に倒された…」

「なんと!それほどの剣士でございましたか。」

「いいや、複数の魔法だ。信じられん。そもそも≪解呪≫が当たっても墜落しなかった。」


 ≪解呪≫はすべての奇跡を解除するよう開発した。実際、時々攻め込んでくる人族に対しては完封できていた。生き残りが情報を持ち帰ったのか?門番のアランも対神官戦をかなり経験していたはずだ。情報を与えて逃すような真似はすまい。


争いを望まぬ者たちショエフ・レシャロームが裏切った。奴らが情報提供したに違いない。」

「接触した者たちを洗い出します。」


 次代の魔王候補は我と冥王しかおらぬ。荒れるぞ。

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