第40話 王宮魔法士は魔族と戦う

 ケルディア王国の西側国境にて。

 魔獣が近隣の森に集まってきているが攻撃してくる様子は無い。だが、様子を見ている間にさらに続々と集まって来た。現在は四万匹に膨れ上がったと報告された。


「これは魔族が魔獣を指揮しているのではないか?」

「そもそも竜種から魔獣たちが逃亡しているという話だったが、竜種が見えぬ。」


 他の国からも斥候として転移してきた兵も困惑している。

 ちなみにタルタの国はケルディア王国と国交を結んでいるわけでも条約を結んでいるわけでもないから特に動きは無い。

 上空から実況しているわたしをマリアンヌ様が呼び止めて聞いてきた。


「アリシア、何をしているの?」

「映像を記録する魔道具が完成しましたので、撮影の実証実験です。マリアンヌ様の雄姿を撮影しています。」

「使っているのはそこそこ大きい魔石ね。どこで手に入れたの?」

「廃棄前の魔石を引き取って、私の魔力を入れました。たくさん作りましたのでおひとつどうぞ。」

「ありがとう。いいの?高価でしょう?」

「魔物を狩って作った分もたくさんありますので無料タダですよ。」


 使い方を簡単に説明する。


「ところで、あの魔物たち、何か心当たりない?」にっこり

「先日あの地点よりはるか北西で間引きしましたが、こんなに近くではありませんよ。」

「ちなみにどんなのを間引きしたの?」

「えーと、主に竜、あとはいろんな魔獣ですね。」

「アリシア、ちょっとこっちに来なさい。」にっこり

「ア、ハイ。」


 マリアンヌ様が笑顔で手招きしてきた。他の兵士から見えないところに移動した。


「(どのくらい間引きしたの?)」

「(魔石が欲しかったので大きいのは手当たり次第に…)」

「(どのくらいの数?)」

「(五千匹くらい?)」

「それは間引きとは言わないわ。」

「で、でも泣いて命乞いするようなおとなしい子は見逃しましたよ?」

「(アリシア!この騒動はあなたから逃げ出したのよ!)」

「(え?えぇ?)」

「(一番強かったのは何?)」

「(火竜です。第三種討伐対象ですよね?態度が悪かったので倒しました。)」


 第一種は魔王(の素養がある)種、第二種は魔王の側近、第三種は魔王あるいは側近の取り巻きだ。


「(火竜を倒すような怪物がいたら魔獣は逃げ出すでしょ!)」

「(い、いやー、竜種から逃げ出したそうですし…)」

「(竜種が逃げ出してきたのよ!ちなみに竜は何匹倒したの?)」

「(千匹くらい?)」

「千…、アリシア。素材は残ってる?」

「はい。魔石以外は大量に。」

「1匹ずつ各国に提出して謝るわよ。一緒に謝りに行ってあげるから。」

「10匹くらい提出したほうがいいでしょうか?」

「国がひっくり返るわ。1匹で十分よ。それからあれも片づけなさい。ケルディア王国の兵が休んでいるうちに終わらせるのよ。」

「ハイィ!」


 マリアンヌ様が部隊に斥候を買って出て、わたしが護衛としてついて行く。≪対千里眼≫アンチクレアボヤンスを使って各国の部隊にも見られないようにした。

 マリアンヌ様に撮影をお願いして、わたしが魔獣の群れに飛んでいくと潮を引くように離れていく。

 そこへ無数の≪魔法解除≫ディスペルによく似た魔力が飛んできた。結界がほどけそうになったので魔力を注いで結界を維持する。マリアンヌ様の結界が壊されて落下しかけたので、マリアンヌ様を含めた結界を4層展開した。さらにその外側に≪転移扉≫テレポートドアを設置し、わたしを映しながら魔力が来た方へ飛ぶように細工した。

 飛んできた魔力が本人に転移され、姿が露見した。ほほう。鎧装備の魔族みっけ。


≪武装解除≫ネイキッド、あら効かない。こんにちは。わたしは使徒アリシア。あなたは?いまのは呪法ですか?瘴気を操る方法について研究しているのですが、ご教示いただけますか?」


 魔族がいたら尋ねようと考えていたことが、思わずあふれ出してしまった。

 弾かれたようにマリアンヌ様が魔族発見の報を城壁の兵たちへ流す。


「鑑定が吸い込まれました。遮断ではありません。」

「第一種です。マリアンヌ様。引きましょう。対話できないのは残念ですが。」

「オラはアラン。オラの牧場を荒らした犯人を捜してる。」


 返答した!牧場…なにか嫌な予感がする。


「牧場…人を飼っているのですか?」

「人でねぇ!猪とか蛙とかだ!」

「火竜も飼っていましたか?」

「火竜はよーけおっがら飼っでねぇ。」

「場所はこのあたりですか?」


 ≪千里眼≫クレアボヤンスで火竜を追い回したあたりを表示させてみる。アリシアにとっては這う這うの体で逃げ回わった火竜の跡だが、マリアンヌには火竜が暴れまわって焦土が延々と続いているように見えた。


「その右上の…それだ。」

「すいませんでしたーーー!!!!まさか牧場があるとは思わず、巻き沿えで死んだ魔獣も回収しておりますのでお返しします。」

「魔石だけわだせ。千個だ。」

「あのー、すでに魔道具にしてしまったのでほとんど残っていないのですが…」

「なら魔道具みせろ。」

「はい。ここの魔法陣に魔力を注ぐと録画が開始されます。魔力を使い切ったら…」


 魔族のアランは魔法陣をきれいに剥がして魔石をボリボリ食べ始めた。魔力インクで書き込まれたものを剥がす技術は今のアリシアにはない。無造作に行われたことだが、高度な魔力操作技術であることが見て取れた。


「うめぇ。これ二千個で手ぇ打つべ。」

「おいしいんですか?どんな味ですか?」


 こんな状況で、味の評価を気にするアリシア。


「古代竜の味だ。」

「古代竜!おいしそうですね!」

「古代竜なら魔王城の北に巣がある。そっちなら好きにしろっちゃ。」

「ありがとうございます!ですが二千個はありません。後ほどお持ちします。」

「だめだぁ。ならおめらの魔石さよこせ。」


 魔力の刃を振るってきた。結界で弾きながら即座に退避したのだが、結界4層のうち3層が切り裂かれ、最後の1層も魔力により分解された。もう一度結界を作り直す。

 作った結界に乗って素早く上昇し、四万匹の魔獣がいた付近に大きく展開した。アランは結界が見えているようで、なおも≪魔法解除≫ディスペルに似た魔力を連射してくる。破壊されないよう結界を全力で維持する。


≪大爆風≫モアブ

「魔法なんぞ無駄だぁ!」

≪大海嘯≫タイダル


 マリアンヌ様が兵士に向けて爆発と衝撃に備えるよう通達。

 アランはしつこく結界の解除を何度も試みてきたが、すべて抑え込んだ。

 アリシアの魔力をほぼすべて使いきる魔力を込めた全力の魔法だ。爆風によりなぎ倒された森の木々と魔獣たちが中心に引き込まれつつ、アランを薙ぎ払った。風は魔力で動いているが、飛ばされた木々は物理攻撃だ。魔法を吸収する鎧でも防げない。さらに中心で圧縮され高熱化し、そこに大河を思わせる大水が注ぎ込まれた。アリシアの≪大爆風≫モアブはマリアンヌが全力で生み出した≪大海嘯≫タイダルの水をすべて吸い込み尽くした。

 今回は結界で規模を小さく抑え込んでいるため、大きさは街を一つ飲み込む程度で大したことは無いが、回転速度が前回とは桁違いに速い。地表も剥がして吸い込み、中心で白い点になった。


「マリアンヌ様!なんかヤバイです!」


 アリシアもマリアンヌも結界の強度に不安を感じ、王宮魔法士に頼んで結界でさらに包んでもらった。魔法効果が終了した瞬間!


 ドーーーーン!!!!


 包んでいた結界がすべて綻び崩壊する直前に、アリシアとマリアンヌが最後の魔力を振り絞って結界を追加した。元の結界はすべて崩壊し、今維持している結界も綻び始めている。


「抑え込めえええええ!!!!」


 結界がぐらぐら揺れ今にも崩壊しそうだ。足場の結界を維持できなくなり落下しながら、もうだめかと思われたその時、すべてが終わり静かになった。地面に落ちると二人はその場で吐いた。わたしはうまく着地できたが、マリアンヌ様は両腕を骨折していた。


「おろろろろろろろろ、久しぶりに魔力枯渇しました。」

「うっぷ、頭がぐるぐるします。腕が動きません。」


 目の前にはマグマの湖が出来上がっていた。

 国境の城壁も損傷が激しい。爆発の地響きだけでこれだけの損害だ。

 魔力の自然回復を待って、マリアンヌ様の腕を治療した。


「強敵でしたね。ゴブリンもどきの鎧を着ていたので魔法は吸収、戦闘経験は少ないようでしたが本人も相当の技量でした。結界も見えていましたよ。当初は害意が無かったから良かったものの、初めから本気なら厳しかったです。」

「ロイド様の≪全解除≫フルディスペル と同種の呪法でした。わたくしでは防ぎきれませんでした。」

「魔王がいた時代にはあんな魔族がたくさんいたそうです。おじいちゃんも戦う時は22層の結界を張っていましたよ。」

「わたくしもそれだけ展開して動けるように精進します。」


 ◇


 救援に来た魔法士に支えられて城壁に戻ってきたころには、各国の斥候部隊、それから爆発と地響きに飛び起きたケルディア王国兵が待っていた。

 マリアンヌ様が報告する。


「わたくしたちが斥候として上空から接近したところ、魔獣の群れを操っているとみられる魔族を発見しました。魔族に退去するよう交渉を試みたところ、古代竜の魔石二千個を要求してきたのです。すぐには用意できないと回答し時間を稼ごうといたしましたが、それに対し魔族が攻撃系の呪法を行使しました。抑え込むために≪大海嘯≫タイダルを発動しましたが御覧の通りです。爆発は結界により抑え込みましたが、魔族は結界内にいたため魔獣と共にマグマの中です。」


 説明しながらいまだに遠くからでも熱気が伝わってくるマグマに視線を移した。わたしの≪大爆風≫モアブについては説明しないことにしたようだ。風属性で火属性のような二次効果があるのを説明したらややこしくなるしね。


「マリアンヌ殿の≪大海嘯≫タイダルが無ければ被害はさらに大きかっただろう。感謝する。魔族含む四万の魔獣の魔獣討伐を称賛する。」

「古代竜の魔石一個でも小さい城が立つほどの価値なのに、魔族め欲をかきすぎだ。」

「さすがはマリアンヌ様!次期筆頭と言われるだけのことはある!」

「そんな!先輩方の結界のおかげで命拾いいたしました。こちらこそありがとう存じます。」


 マリアンヌ様の≪大海嘯≫タイダル≪大爆風≫モアブの二次効果を最大化するために仕掛けたものだが、今言うべきことではないと口をつぐんだ。あ、この雰囲気なら火竜を提出して謝罪する必要は無さそうだな。よしよし。



 ◆



 帰国後、エルネスタ王国の王族には正直に報告することにした。

 執務室にいるのは、このたび正式に外交担当となった第一王子イニエスタ殿下、援軍の総指揮官だった騎士団長のライアン、マリアンヌ様の上司の王宮魔法士団長のロベルト、マリアンヌ様、最後にわたしだ。


 マリアンヌ様が撮影した映像付きで説明する。すごく便利だ。王宮でもきっと売れるはず。


「と、いうわけで火竜を採取した結果、魔族の牧場を壊していたようでして。誠心誠意謝罪したのですが、わたしたちの魔石を要求してきたのでやむを得ず討伐いたしました。」

「魔法を吸収する装備の敵を魔法で討伐したのか。呆れるばかりだな。」

「ノクトレーン国には感謝しかありません。」


 イニエスタ殿下がソファーであおむけになりながら笑う。

 ロベルトがマリアンヌ様に顔を向けた。


「ところで、マリアンヌ。ケルディア王国から魔法の詳細を問われているが、開示しても良いか?」

「わたくしは構いません。ですがあちらの方々に信じていただけるか…」

「現場での説明通り、魔族が放った謎の爆裂呪法を≪大海嘯≫タイダルで抑え込んだことにする。アリシア姫殿下の功績を奪う形になってしまい申し訳ないのですが…」

「わたしはマリアンヌ様が褒め称えられるとうれしいですよ。」

「それとアリシア姫殿下、収集した火竜の素材はまだございますか?よろしければ買い取らせていただきたいのですが。」

「魔石を取り出した以外はまだ手を付けていません。王宮にもいくつか提出いたします。本当はご迷惑をおかけした各国に謝罪の品として贈呈する予定だったのです。」

「今回の大魔法を覗いていた面々が余計なことを言い出さぬよう、素材を渡して黙らせるつもりです。」

「そういうことでしたらお好きなだけお持ちください。火竜だけでなくたくさんありますよ。火竜が無駄に抵抗して巻き添えになったのです。」


 マリアンヌ様が苦笑いした。

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