第39話 王宮魔法士は盗撮される
ロイドへのインタビューは有意義だった。さすがは元講師。
魔石を維持するには魔力の循環が必要。それから
小粒魔石600個を使った実験は、瘴気を使って浄化と太陽光の比較、魔力インクの効果を確認するのに使おう。念のため瘴気を限界まで圧縮して魔石にならないのは確認しようかな。それから瘴気がある程度出てくるまでに操作方法を習得しておきたい。
瘴気についてはまだまだ謎がある。魔石を適当に放置してもすぐには瘴気が出てこない。すごくゆっくり染み出してくるのだ。ロイドの
最近周辺の魔獣が減って実験がやりにくい。魔石収集地点をタルタの国のさらに西へ移すべきか。
まずは小石のようないびつな形の魔石を4つ圧縮してなるべく球体にする。次に魔石にピッタリくっつく球体の結界を作成し閉じ込め、空気を通さないようにする。そのうえで一気に結界を広げ真空に近い状態を作った。瘴気がわずかに漏れ出るが通常と特に違いは見られなかった。真空は関係ないように見える。
もう一度小さな球体の結界に戻し、魔力を遮断してみると途端に結界をすり抜けて瘴気があふれてきた。慌ててもう一層物理を遮断する結界で外側を囲むとそこからは瘴気があふれなくなった。瘴気は魔力的な現象ではなく、木を燃やした時の煙と同じ物理的な現象のようだ。しばらく結界に瘴気が溜まっていくのを観察していると魔石が白い粉になり、魔力を遮断する結界をすり抜けて落ちた。
「実験の結界も物理と魔力を遮断しているから早々に瘴気に変わってるかも。」
独り言を言いながら白い粉を鑑定する。
“聖灰”
直感的に悪いものには見えなさそうな名称だ。とりあえず瘴気と分離してシャーレに入れて
“神官の茶”
え?飲み物?灰じゃないの?お湯に混ぜたらおいしく頂けるの?少量を水に溶かしてみると、以前王都の噴水から出ていたような瘴気入りの水になった。…だよねぇ。コップを浄化して今度はお湯に溶かしてみる。瘴気入りのお湯になった。…なんなの?なんで神官の茶なの?別のものに混ぜたらいいの?残りをシャーレに入れて
◇
タルタの国の神殿に転移した。ぎょっと驚く見習いたちをしり目におじいちゃんの場所を聞く。すぐにおじいちゃんが見つかった。いつも神殿にいて助かるけど政治とか領主の仕事とかどうしてるんろう。まあ、いいんだけど。
鑑定で “聖灰” と表示される白い粉をおじいちゃんに見せる。
「これ何かわかる?魔石から瘴気を出し切ったら出てきたんだけど。」
「聖灰ではないか。魔獣を浄化すると出てくるぞ。」
「え?魔獣を浄化すると光の粒になって消えるよね?」
「白い煙もでるじゃろ?すぐに風に溶けて消えてしまうがな。」
光の粒に気を取られて全く気が付かなかった。
「これって害はないの?」
「害どころか畑に撒くと土が肥えるし、鋼に練りこむと
「
「この程度じゃ全く足りん。鋼1の重さに対して聖灰1万じゃ。
「ちぇ、簡単にお金持ちになれると思ったのに。」
「魔石を合成するだけですでに儲けが出ておるぞ?」
続けて “神官の茶” を見せる。
「次にこれなんだけど…」
「まさか…」
おじいちゃんは指につけて嘗めた。すぐに浄化する。
「アリシア、これはどうやって手に入れたんじゃ?」
「瘴気を圧縮しただけだよ。鑑定したら茶って出てきたから、なにかおいしく飲める方法があるのかと。」
「これはもともとは “魔獣の素” と呼ばれていたものじゃ。野生動物にかけると魔獣になり、人にかけると発狂して死ぬ。」
「それがどうして “神官の茶” なの?」
「わしの師匠が原因じゃ。魔王の操る強力な瘴気に対抗するため、訓練のために神官に飲ませまくったんじゃ。結果的に多くの神官の技量があがった功績を神がお認めになり名前が変わったんじゃ。ほんに懐かしい、わしの青春の味じゃ。飲んでみるか?」
「断固お断りします。」
◇
同様の実験を魔力インクを詰めた魔石にもやってみた。魔力インクが消滅しない理由はわからないが、魔石も消滅しなくなった。ちなみに一度詰め込んだ魔力インクは魔力を押し込んでも出てこない。中で固まっているのかもしれない。
◆
わたしは今、かつてないほど研究に打ち込んでる気がする。過去の同様の研究情報が無いか図書館に通う日々。
目的は
実証実験の協力者はルーク。イメージは絵や色だけでなく、感情や身振り手振りを送るような感じだ。ルークのアイデアで手旗信号を送る。こうしたら正確に伝わっているか客観的に判別できるからだ。それと自分がどうしたいか投げかけてみる。ちゅっちゅっ。
『これは無声通信に応用できそうだな。軍隊で採用されるかもしれない。』
ルークはイメージと音声を器用に切り替えて返事してきた。言葉だけでは表現しにくい情報も送れそうだ。流れでルークと軽くキス。
目標はイメージと音声の同時送信だ。映像と音声を同時に送るのはコツがいる。コツの習得には絵描き歌を送るのを繰り返すのがよさそうだ。まーるかいてちょん。
今度は絵描き歌の送信先を使徒の魔石に向けてみた。しかし手ごたえがなくて、ちゃんと送れているか確信が持てない。魔石に入っている無属性の魔力も出てこない。ただ、瘴気も出てこないようだ。魔石に魔力が送られているのは間違いない。鑑定しても特に何も出てこなかった。送信中の魔力の流れをいろんな方向に指を当てながらルークが調べる。
「魔石の中に入らず表面を滑って霧散しているようだ。」
「送り方が悪いようですね。もっと押し込むように
魔石の魔力を取り出すには魔力を魔石の中に押し込む必要がある。
「うまく魔石に入っているようだな。」
「これで取り出せたらとりあえず成功ですね。」
「今度は魔石にどれくらい記録できるか確認しますね。」
小指大の魔石を使徒の魔石に変化させ、手に持って記録してみる。第一号は時計だ。時計盤を眺めながら歌を歌い、それを記録する。新聞を読む案もあったが正確な時間を測れるのでこちらにした。ついでに魔法名も決定した。
「
魔力インクがすごい勢いで漏れ出した。両手にあふれた緑のインクは服を汚して床まで広がった。魔石にはこれ以上は入らないらしい。赤インクだったら大惨事だった。
「ふむ。記録されてはいるようだが、魔石の容量を超えるとインクがあふれ出すのは改良の余地があるな。」
ルークがエメラルドグリーンに染まった魔石を鑑定しながら分析する。
「
あふれ出たインクを浄化しながら思案する。魔力インクを入れた代わりに出てくる魔力を利用して撮影に使うように術式を変更してみる。
「この仕組みなら無属性の魔石さえあれば、適性が無くても撮影できるようになる。さらに、魔石に
「再生の方も急いで実装します。」
記録した映像を表示する魔法は、すでに術式はできていて魔法名も
現状でできることはすべてやった。達成感がすごい。マリアンヌ様に成果を見せるため、使用済みの魔石を引き取って拳大の録画用魔石を量産した。さらに魔獣を大虐殺レベルに大量に狩ってきて、同様に量産した。ちなみに調達した魔石はタルタの国の北西の未開地のため、魔獣の死骸はすべてタルタに提供しようとしたのだが、そのあまりの多さに一括の引き取りを拒否された。今後は少しずつ提供するつもりである。
◆
映像を記録する魔法は、魔道具として作成した。魔法陣を描いた魔石に魔力を込めて起動させると、以降は自分の見聞きしたものが記録される。また見聞きしたもの以外でも記憶などを記録できるので、想像力によってはエフェクトを加えることも可能だ。そして魔石に込められた魔力を出し切ると撮影終了だ。拳大の魔石一個当たり丸一日撮影できる。
視聴は
「(というわけで王宮の訓練場へやって参りました。これよりマリアンヌ様の日常風景を撮影していきたいと思います。)」
「(現在は早朝の勤務時間前、マリアンヌ様は毎朝訓練場で魔力量増加の訓練をしていらっしゃいます。さすがの勤勉です。)」
「(他の魔法士の方も走っていらっしゃいますね。マリアンヌ様のご指導でかなり魔力量が上昇したとのことです。)」
「(白く光っている方は魔力量上昇の訓練、光っていない方は体力訓練ですね。後衛の足が遅いと突撃も撤退も難しくなりますからね。)」
「(近衛兵の方々も対抗して走っていらっしゃいます。あっ、第五王子のカリーニン殿下の護衛も兼ねているようですね。御年10歳、今から魔力量上昇の訓練を行いますと、ご成人の頃にはわたしと同じくらいになりそうです。)」
「おはようアリシア、何をやっているの?」
「(あ、見つかってしまいました。一旦停止します。)」
「おはようございます。シャルロッテ妃殿下に置かれましてはご機嫌麗しゅう存じます。現在映像を記録する魔道具の実証実験を行っております。」
「そう。」
そっけない返事をしながらも興味津々だ。魔道具を一個渡して記録と再生の仕方を説明する。さすがの才媛、使い方をすぐに理解した。記録は簡単でも再生は簡単にできないからね。再生用の魔道具も作ろうかな。
「面白いわ。アレンキルトを撮影してみるわね。」
「お気に召しましたら、ぜひご愛顧のほどをお願い致します。」
アレンキルト様はイニエスタ殿下の第一子。国王陛下の孫だ。シャルロッテ妃は足早かつ優雅に去っていった。
「ふう、撮影再開。あれ?マリアンヌ様がいない。」
訓練場の一角で怪我をした兵を治療しているようだ。兵の鼻の下が伸びている。順番待ちの列も見えた。
「(もう。いつもこんなことをやっていらっしゃるんでしょうか。)」
とはいえ、治療はかなり早い。一回当たりは握手する時間より短い。行列は早々に捌けた。マリアンヌ様は治療を終えると王宮魔法士の研究室へ引っ込んでいった。
「(ここから先はついていけませんので、
「どんな研究をなさっているのかわかりませんが、そっとしておきましょう。…お?」
王宮を出ようとしたところで、王宮魔法士の研究室からバタバタと次々に人が出てきた。マリアンヌ様の姿も見える。お?招集か。危険な魔獣でも出たのかな?訓練場に魔法士だけでなく兵も集合している。
訓練場の壇上に騎士団長のライアンが立ち、状況を説明する。
「ケルディア王国より救援依頼が入った。西方ゴルゴラルダにて竜種と思われる強大な魔獣が現れた模様で、それを逃れて弱い魔獣たちが大挙して現れたそうだ。そのため条約に基づき救援を送ることになった。」
ケルディア王国は、ここエルネスタ王国の西部に位置する国家で、さらに西には魔獣が跋扈すると言われるゴルゴラルダ地方がある。タルタの国もゴルゴラルダの南部に位置する。おじいちゃんは何か知ってるかな?
『おじいちゃん。今大丈夫?』
『なんじゃ?』
『ゴルゴラルダで弱い魔獣が大挙してケルディア王国に向かってるそうだけど、そっちは何ともない?』
『こちらはいつも通りじゃ。』
『なんでも竜種が出たんだって。』
『ほう?…
『そうなんだ。うん。ありがとう。』
西方ゴルゴラルダからの魔族などによる攻撃と認められる場合は、条約により近隣諸国が援軍を送ることになっている。これには迅速な情報連絡の目的も含まれているためどの国も無下にできない。
しかしながら、スタンピードの場合は原則その国自身で解決すべき問題だ。援軍を要請した場合はそれに応じた対価を支払う必要がある。本当なら傭兵を雇う方が安価なのだが、彼らでは戦闘能力の担保がないうえ、スタンピード制圧後の治安が懸念されるため、多少高価でも外国に対価を支払って協力を頼むのが近年では一般的になっている。
王宮魔法士たちが手分けして、大きな
「これはマリアンヌ様の雄姿を記録するチャンス。わたしも現場で拝見したいと思います。
◇
ケルディア王国西側国境の城壁上空に転移し結界の足場を作って着地する。まだ魔獣たちは襲ってきていない。スタンピードとは様子が違い、遠くに集まっているだけのようだ。
「現在、ケルディア王国西側国境の城壁上空に転移しました。遠くに魔獣たちが多数見えますが普通のスタンピードとは違うようです。下手に
実況しながらマリアンヌ様の位置を探す。球体の結界が展開されたのを見て、その中心にいるマリアンヌ様を発見した。
「いま、マリアンヌ様が結界を発動しました。ムラの無い美しい結界です。才能だけでなく相当な努力が垣間見えますね。」
兵士たちはいったん国境の城壁に上がって様子を見るつもりのようだ。だが、ケルディア王国の兵士と口論になっている。
「今おとなしいうちに最大火力で殲滅するのだ!放っておけばさらに集まるぞ。」
「いやいや、それだと本当にスタンピードになるだろう。」
交戦を主張しているのがケルディア王国兵、様子見を主張するのがエルネスタ王国兵。双方の主張はそれぞれ一理ある。ケルディア王国兵は顔色が悪い。すでに何日も睨みあっていたのかもしれない。
「結界を張りましたのでケルディア王国兵の諸将方はご休憩を。しばらくは我が国が護ります。」
「そんな見えもしないものを信用できるか!」
「では、体験なされば理解できますか?
別の王宮魔法士が、騒いでいた兵を直方体の結界で囲い音と物理を遮断する。周囲からは唐突に兵が声を止めてパントマイムをしだしたように見えただろう。騒いでいた兵がおとなしくなった。音の遮断だけ解いて質問する。
「ご納得いただけましたでしょうか?」
「わ、分かった。この場はしばらく預ける。」
今度こそ結界を解かれた兵は他の兵を率いて休憩に向かった。平和的に解決できてよかった。
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