第36話 帝国軍人は魔物と戦う

前回の続き


幼な妻と引き離された傷心のドミニク中佐、新兵を率いてスタンピードに対応する。

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 ◆ ジルタニア帝国軍西部方面軍 中佐ドミニク視点



 先に今回の敵の情報を共有する。村人にも念のため共有しておく。


『歩き鮫』は魚型の魔獣。水属性呪法を駆使して疑似的に何本も足を生やし、文字通り地上を歩く。移動速度は水中よりも速く≪筋力強化≫パワーを使わないとまず逃げ切れない。だが、地上を歩くときは魔力を消耗するため、基本的には逃げ回ってさえいればそのうち諦めて帰っていく。また、ジャンプ力は低いため、数メートルの低いバリケードさえあれば侵入できない。


弱点:砂漠地帯、今回は無い。鼻の頭を叩くと麻痺する。


対策:対策はいくらでもある。≪魔法解除≫ディスペルでまともに動けなくなる。≪飛翔≫フライで高所を維持すると攻撃は届かない。≪土壁≫アースウォールでバリケードを作れば入ってこれない。≪耕作≫カルティベイトで移動速度が大幅に低下する。


注意事項:槍による物理攻撃を推奨。

 火属性魔法は禁止。火属性魔法はダメージも大きいが魔物が興奮するため攻撃力も上がる。安全に対応するため今回は火属性を禁止とする。

 水属性魔法は効果が無いため禁止。


 万が一バリケードが突破された場合を想定して何の魔法を使うかあらかじめ決めておくことが重要だ。村人も≪耕作≫カルティベイトを使用できるものは少なくない。


 前線基地の緊張感が増してきたため、新兵にいったん休息させることにした。

 村人にも休息させる。


「スタンピードは日が落ちてから三日間続くと予想される。いまは休め。」


 本当はいつ来るかなど誰にもわからない。だが、いつ来るかわからない緊張状態で待機するのは消耗が激しい。すぐに来たとしてもあくまで予想を述べただけだ。軍事作戦に予定外は良くあることだ。軍事演習でも予定外の訓練を追加することは良くやる。


 最低限の見張りを置いて交代休息を取る。

 夕方ごろ、国境を守備していた部隊が物資を持って到着した。彼らはバリケードを簡単に飛び越えて入って来た。


「よお、生きてるか?ドミニク中佐。」

「地獄へようこそ。よく来たな。」

「スタンピードは?」

「これからだ。」


 タメ口のこの男はジョンソン軍曹。階級は小官のはるか下だが、魔獣討伐において誰よりも経験が長い歴戦の兵士だ。有能な人間は誰であってもどんな立場でも敬意を持って遇される。そこに地位は関係ない。


「何を追い払った?」

「『歩き鮫』だ。」

「ははっ、最悪だな。」

「全くだ。」


 ジョンソン軍曹がなぜ最悪だと言ったのかというと、この魔獣は魔石が取れない。水中にいる間に倒すととれるそうだが、地上で動き回るうちに魔力を消耗して魔石がなくなってしまうそうだ。死骸もまずくて食べられない。討伐のメリットが全くない魔獣なのだ。唯一、歯だけは矢じりとして使えるらしいが、現代では好事家のコレクションアイテム以上の価値は無い。


 ◇


 日が落ちた。休憩させた新兵を起こし食事をとらせるが、緊張して残す者が多い。何とか緊張を解かなければ。ジョンソン軍曹も同じことを考えたようだ。


「おい、お前、一発芸をやれ。」

「はっ、は?」

「一発芸をやれと言っている。」

「で、では、ドミニク中佐の奥様との≪通信≫テレボイスやり取りを、再現します。」

「いよっ!」


 ピー!ピー!パチパチパチパチ!

 む。緊張を解すためだ仕方ない。


「『師匠、次の休暇なんだが、たまにはお前の手料理が食べたい。何か作ってくれ。』」


 師匠?師匠…?という部下の疑問符。


「『いやいや、毎回俺が作ってるだろ、掃除に洗濯も。パンツぐらい自分で洗ってくれ。』」


 奥様のパンツを洗ってるのか。あのゴツイ体と顔で。という部下の目。


「『いやいや、師匠の技術は超えてませんよ。あっちの方も。』」

「ちょっと待て。」


 ま、まあ、このような状況では面白いかどうかは重要ではない。恐怖心を一時的にでも忘れさせて緊張を解くことが重要なのだ。あっちはあっちだ。詮索を禁ずる。


「さあて、おいでなすったぞ。」


 小官が適当に言った予言通り、鮫が歩いてきた。こちらを見つけて一気に加速する。数は少なくとも千以上いてさらに続々と海から上がってくる。鮫はバリケードの周りをうろうろしているが、一匹だけ突進してバリケードの破壊を試みてきた。この魔獣…人間との戦闘経験があるのか?


≪全鑑定≫オールアプレイザル


『歩き鮫』で間違いない。総魔力量は3,200、すでに人を何十人も食い荒らしている。この個体はリーダー格のようだ。最優先目標だな。


≪魔法解除≫ディスペル


 バリケードに突進した鮫の足を奪い、槍で鼻の頭を叩きつけて麻痺させる。そして脳を突く。


≪掘削≫ディグ。このように対処は難しくない!三人一組でやれ!」

「通常個体の総魔力量は1,600前後だ。必ず鑑定し、特殊個体でないことを確認しろ!特殊個体はこちらで処理する。」

≪魔法解除≫ディスペルしたからと言って油断するな!鑑定して残存魔力量に注意しろ。魔力が残っていたら反撃されるぞ!」


 死んだ鮫は土魔法の≪掘削≫ディグで穴を掘って落とす必要がある。そうしないとあっという間にバリケードを鮫の死骸で乗り越えられてしまう。今回は救助目的の工兵が多いため、穴掘りは問題ないだろう。


 ◇


 一晩中鮫を倒し続けたが、終わる気配がない。だが兵たちはやたら元気だ。ジョンソン軍曹が事あるごとに下ネタを挟んできて笑いを取ってくる。そろそろ小官も交代か。徹夜明けの下ネタと親父ギャグはどんなくだらない内容でも笑えてくる。


 朝になり、巨大な黒鳥の魔獣『死体運び』が集まって来た。


「おーい。これもってっていいぞ!」

「ギャハハハハ!ギャハハハハ!」


『死体運び』が鮫の死骸をよろよろと飛んで持って行った。


「ジョンソン軍曹は魔獣と話せるのか?」

「『死体運び』は人の言葉がわかるんだ。誤って落としたらわざわざ謝りに来る。俺の家に大穴を開けた時も謝りに来た。」

「そ、そうなのか。ただの害鳥だと思っていた。」

「あの鳥に “害鳥” は禁句だ。わざと落としてくるから止めとけ。」

「わかった。小声で周知しておく。」


 鮫を倒すと、死骸は『死体運び』が回収する。昨日までは敵のような扱いだったが、言葉がわかるとわかって今日は味方のように思えてきた。

 もしかしたら昨日の村人もはじめから敵対的な行動をとらずに頼んでいたら見逃してもらえたのかもしれぬ。


 ◇


 今日ですでに三日目。休憩は交代でとりつつも皆疲労の色が濃い。元気なのはジョンソン軍曹くらいだ。階級を見て下に見ていた尉官たちも彼の実力を認めだした。彼の戦いぶりを見たらだれでもわかるだろうに。


 絶え間なく続いていた魔獣の群れに終わりが見えてきた。遠くの海が見えてきたのだ。不思議なもので終わりが見えていなかった間は元気がなかった新兵たちも、青い海が見えるようになって元気を取り戻した。ここからは倒すペースが初日並みかそれ以上に上がったように感じる。鮫の倒し方に慣れたのか、無駄な力がなくなったのだろう。そしてようやくスタンピードが終了した。


 途中からは村人たちも一緒に戦っていた。全員が一つの仲間だったような気がする。『死体運び』たちにも感謝だ。鮫の死骸を運んでくれたおかげで魔力の温存ができた。

 そしてなにより、絶え間なく物資を送り続けた補給員にも感謝だ。武器の補給が追いつかなければ早々に詰んでいただろう。


 ◇


 この三日間、自分たちの目の前のことしか見えていなかった間に、帝国内、および、ノクトレーン国に動きがあったようだ。


 帝国内では津波被害に対して各地の方面軍が共同で対処に動いていた。外国のことより自国優先は当たり前のことだ。早急に対処できねば輸出入など重要な商取引に影響があるし、外国の不穏分子が入り込んで治安が低下する懸念がある。今のところ表面上は問題になっていないようだ。うまく問題を抑え込めている。


 次にノクトレーン国、わが軍がやってしまったような失敗を国内各地でやってしまったようだ。しかも自己解決不能と見るや内陸部まで逃亡してしまい、スタンピードを引き連れて各地を渡り歩くスタンピード パレードを行ってしまった。いくら人道支援といえど、そこまで面倒は見切れぬ。将来の侵攻を見据え、主要な街道上の街のみ対応することとなった。


 新兵たちは十分戦った。帰国させ、しばらくは完全休養とする。ちなみにスタンピードを引き起こした新兵は魔石工場に出向となった。今回の経験がきっと役立つはずだ。彼の今後の活躍を祈ることにする。


 新兵と入れ替えて熟練兵を伴って侵攻することになった。新兵と見比べたからか、明らかに自分の負担が軽い。三日三晩のスタンピード制圧のあとの侵攻だ。気を使ってもらっているのかもしれない。


 ◇


 新たな命令が来た。

 侵攻と同時に奴隷を周辺の村に住まわせて帝国領土とする。周辺の村を証拠を残さず殲滅せよ。

 奴隷は約二か月後に来るそうだ。ならば積極的に住民を殲滅せずとも魔獣をけしかければ十分間に合う。証拠隠滅の工作も必要なくなる。

 あとはノクトレーン国軍の救援を足止めすれば十分だ。

 周辺の村を救助しない理由について “周辺の村を救助するために輜重隊の来援を待っている” ことにすると中央司令本部から指示を受けた。


 ノクトレーン国の侵攻最前線都市にはラムダ大佐が入った。隣の街にはノクトレーン国軍がすでに入っており睨みあいとなっている。小官は遊撃隊として周辺の村に救援を行おうとする部隊を排除する役割を命ぜられた。救援妨害工作の遊撃隊は広く展開する必要があるため、小官も含め各地に展開することとなったのである。


 小官が監視していた街道にタルタの国の援軍が入って来た。彼らを制止する必要がある。


「その方ら止まれぃ!止まれぃ!」

「こちらはタルタの国の援軍、わたくしは第一王女アリシアと申します。周辺の村々の救援をしております。そちら様は?」


 ◇


『西部方面軍司令部よりドミニク中佐へ。直ちに撤退せよ。』


「撤退命令が来た。これにて失礼する。」


 わが軍が誇る熟練兵を新兵扱いするのは極めて不愉快だが、タルタ軍を通過させた。


『ドミニク中佐から西部方面軍司令部へ、どこまで撤退か?』

『ドミニク中佐率いる部隊は西部方面軍国境基地まで撤退せよ。ドミニク中佐は中央指令本部へ出頭せよ。』

『ドミニク中佐から西部方面軍司令部へ、ラムダ大佐の命令と矛盾するがどういう扱いか?』

『ラムダの命令はすべて無効である。』

『了解した。部隊は国境基地へ撤退する。中央指令本部へは転移の許可を申請する。』

『転移を許可する。』


 ラムダ大佐が解任されたのか?どういうことだ?

 部隊の撤退を部下に任せ、小官は中央指令本部前の転移場へ飛んだ。そこから中央指令本部の建物へ入る。

 受付で名前を告げるとすぐに独房へ案内された。


「査問会まで待機してください。」

「はっ。」


 独房のベッドは戦場のそれよりはるかに快適だった。


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続きます。

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