第34話 戦闘狂は婚約する
故人の
腐らないものはさっさとノクトレーン国に預けて精神的に楽になりたい。…のだが。
ノクトレーン国国王と謁見の依頼をしてはいるが、体調がすぐれないとのことだ。 そして宰相に相当する人は…エクシティウム当時公爵(故人)だったのね。
収納を誰に預けたらいいものか…横領し無さそうで、ちゃんと働いてくれる人物。 ちなみに王妃殿下は王太子廃嫡により実家に帰ったそうだ。旦那さんをサポートしてくれるようなご関係じゃないのね。
よし、次の王太子に任せよう。先のことを考えて行動してくれるはずだ。
ケルン国防大臣に聞いてみよう。
「王太子ブレインレイ殿下は3歳でとても公務をお任せできるとは思えません。」
「他に信頼できるお方はいらっしゃらないでしょうか?」
だめだ。各領地のダメージが大きすぎて、国全体のことを考えられる余裕のある人がいない。商人に任せるにしても後ろ盾がいないといろいろ横やりが入って奪われるかもしれない。
本当に信頼できる人材がいない…
「商人に預けて、使徒様が後ろ盾になってくだされば、だれも手出しできないと思われます。」
「わたしはこの国の人間ではないのですが、良いのですか?」
「国王陛下を二度も土下座させる方と敵対したいと考える貴族は我が国にはおりません。それに先日の決闘で圧倒的実力差を見せられましたので。あれのおかげで不穏な動きをしていた帝国兵もおとなしくなりました。」
「ということはケルン大臣は余裕がおありですか?」
「治安維持活動で忙殺されており余裕のある実働部隊がおりません。」
「エルネスタ王国に拘束している諜報員で大丈夫な人に任せられないでしょうか。」
「そうですね。…ゼクスならば任務に関しては信頼できます。普段の言動に目をつぶれば。」
ゼクス。君に決めた!
マリアンヌ様を通してケルン推薦のゼクス、さらに商人とつながりのあるノイン、ノインがツェーンの解放を嘆願したので三人を連れて来た。ゼクスは見た目は女性だし声も女性だが、立ち居振る舞いがなんだか女装している男みたいだ。
「ゼクスは元男です。10歳のころに全身の皮を剝がされて
「そのまま女性として生きていくことはできなかったんでしょうか。」
「本人が言うにはおかまっぽく振舞うことで、精神の崩壊を食い止めているそうです。任務のため男を誘うこともあったようですが、精神や指向は男のままだそうです。」
抵抗するそぶりはしないが、こちらを見て三人は警戒している。
「おまえらの上司は上から下まで全員死んだ。強いて言うなら国防大臣になった俺が上司だ。」
「あらぁ、大出世じゃない。クーデターか何かあったのぉ?」
「まあ、そんなところだ。標的に逆襲されて皆殺しになった。トップの公爵もやられて子爵になった。国王陛下も二度土下座した。王太子も廃嫡になった。だから
ケルンは標的と言いながらわたしを見た。
「え?わたし?」
「使徒様以外にどなたが?」
「牢獄から直接ここに転移したから状況がわからないのよぉ。」
「今日は自由行動でいいから近隣を見てくればいい。」
「あらぁ、逃げるとか思わないわけぇ?」
「帰ってきたら少なくとも食事は出るぞ?あと、お前らの状況は聞いてる。今後
「そー、じゃ見てくるわぁ。」
三人は出て行った。ケルンが言うには、こういう言い方をするときは帰ってくるそうだ。
決闘の舞台を倉庫に作り変える。ただし、神殿の構造しか知らないので私に作れるのは平屋の神殿風倉庫だけだ。土を結界で力いっぱい押し固めると、金属音がするようになる。レンガで作るよりもはるかに固くて丈夫な建物ができた。ただし、地震は想定しないものとする。一応簡単には倒れないように作ったつもりだ。
神から預かった
中身を倉庫に入れ終えて昼食に行くころに、ケルンの予言通り三人は戻って来た。
「まじで何があった?」
「素に戻ってるぞ。作戦の日に使徒様のお怒りに触れて大津波が起こった。そしてスタンピードも起こった。国中ガタガタだ。」
「濡れ衣ですよ?」にっこり。
「それは見てきたからわかるわぁ。」
「その国中で発生しいてたスタンピードを使徒様がほぼ全部制圧した。」
「軍に見捨てられた街や村が多かったですからね。あと、わたし一人ではやっていません。」にっこり。
「それは聞いたわぁ。この御恩は
「ジルタニア帝国も軽くボコって泣かした。いまは大人しくなってる。」
「軽く煽って笑いものにしただけですよ?」にっこり。
「その新聞は見たわぁ。広まってるわねぇ。今頃は帝国にも伝わってるんじゃないかしらぁ。」
「決闘裁判があり新人の部下一人で公爵軍8,000を5分で壊滅させた。」
「あれは公爵軍の士気が低いだけですね。公爵様が空から落ちて死ぬのをみんな黙って見てたんですから。」にっこり。
「公爵閣下は
「近衛100相手に別の部下一人が魔法2発で全滅させた。王太子は婚約者を売って裸で逃げた。」
「婚約者のフローリア様も泣いていましたね。」
「噂は本当だったのねぇ…」
「噂?」
「隣国の男爵に婚約者を要求されて、魔法2発でビビッて差し出したって噂よぉ。」
「それは間違いないですね。攻撃系ですらなかったですね。」にっこり。
「それ、たぶん俺がやられたのと同じ精神操作系の魔法だ。手も足も出なかった。んもぅ、国が嘗められるからホントやめて欲しいんですけどぉ!」
「ところで首塚は見たか?」
「うちのアホ上司もいたわぁ。お別れにお鼻にお花を二輪挿してあげたわぁ。」
「本来なら俺もあそこの住人だったが、使徒様のおかげでいまも首がつながって大出世だ。」
「そう、良かったじゃなぁい。」
「わたしは何もしていません。」にっこり。
「それで?役立たずのアタシたちに何をさせたいわけぇ?荒事と工作は無理よぉ?」
「みなさんには、故人の
「神からもらったって噂は本当だったのか!?」
「本当です。一方的に押し付けられて拒否できませんが。」にっこり。
神殿風倉庫に連れて行った。結界で守っているから泥棒は入れないはず。あまりの量の多さに、さらに人員を増やすことになった。
生鮮食品は直接配るつもりだ。事前に各地を回っているからだいたい憶えている。食料が不足気味の地域は固まっていた。余ったらもう一周したらいいや。
◆
フローリア・エクシティウムを妻に。ロイドは素早かった。勝利してすぐに、彼女の兄に挨拶して、ノクトレーン国王陛下のサインを持って領地のエクシティウム家へ向かい、荷物を持って専属の侍女たちと共に王都へ飛びかえり、フローリアを連れてエルネスタ王国の王宮に向かい、婚約届を提出した。それから実家のカーベルト家へ飛び、婚約の報告。
この間わずか1時間。相思相愛の両家全面協力でもここまで早くはないだろう。
どうしてここまで急ぐ必要があったのかというと…
その日の夜、王宮の謁見室にて。
ロイド・カーベルトの陞爵式があるからだ。陞爵の機会は何度もあったが辞退を続けていた。あまり辞退を続けるとそれはそれで問題があるため、重い腰を上げて今回陞爵を受けることにしたのだ。陞爵の祝賀会に妻や婚約者がいないと本人の人間性に問題があるとめちゃくちゃにこき下ろされる。普段は魔法と戦闘にしか興味がない、いつも
ただ、こき下ろした貴族たちからしたら、成人したての小僧にマウントを取って良いように扱いたいとしか考えていなかったのだが。
結婚相手としては正直誰でも良かった。なんなら家柄が十分でさえあれば、年寄りか病気持ちの女を用意すればさっさと死んでくれる分ありがたいとまで考えていた。レオンマークの婚約者を要求したのは、嫁ぎ先が無くなる女がちょうどそこにいたからだ。
ロイドは当初、レオンマークに婚約者がいるとしか知らず、顔どころか、彼女のファーストネームすら知らなかった。報酬として要求してから、初めて顔と名前を知った。
彼は今回の陞爵式さえ乗り切れば婚約破棄したらいい。くらいに軽く考えている。
「ロイドよ、待っておったぞ。さんざん辞退しよって。」
「はっ、汗顔の至りです。」
「ロイド・カーベルトよ、其方の功績甚だしく、わが国の魔法技術の発展に大きく貢献した。よって子爵に叙する。」
「はっ、謹んでお受けいたします。ではこれにて。」
「ロイドよ、まだ帰るな。」
「は?」
「ロイド・カーベルトよ、ノクトレーン国において武威を示した。褒美としてオリエンス領を与える。以降は、ロイド・フォン・オリエンスと名乗るがよい。」
「はっ、…謹んでお受けいたします。」
「元とはいえ、王太子の婚約者を妻に迎えるのだ。領地くらいは無いと釣り合わんだろう?」
「はっ、ありがたく。」
「ロイドよ、その地位にふさわしき活躍をせよ。オリエンス領はもともと侯爵領だったのだ、領地にふさわしき発展を期待しておる。」
「はっ、今後も魔法技術の発展に貢献いたします。」
◇
陞爵式の祝賀会では、15歳年下の婚約者フローリアをエスコートした。ノクトレーン国ではすでに子爵令嬢だが、血統を重視するエルネスタ王国においてはいまだ公爵令嬢として扱われる。しかも決闘にて王太子の婚約者を圧倒的実力差で奪い取り、それを国王陛下も自身の管理する領地を割譲して正当性をお認めになったのだ。祝賀会に出席した貴族たちは彼を
祝賀会は滞りなく終了し、王都のロイドの屋敷にて。フローリアはしばらくここに滞在する。
「陞爵おめでとうございます。ロイド様。」
「ありがとうございます。フローリア様。」
「婚約者ですし、ご身分はわたくしよりも上ですので“様”も敬語も不要です。」
「そうですね。では私にも“様”は不要です。あわただしくで済まない、フローリア。」
「全くです。……本当は、レオンマーク殿下と共に戦うつもりだったのです。敗北したら運命を共にするつもりで。ロイドに求婚いただいて命拾いいたしました。」
「ああ、レオンマーク殿下が舞台を降りたとき泣いていたな。」
「ご覧になっていらしたのですか。あれは国王陛下があまりにもおかわいそうで。父も同じ気持ちだったのかと、釣られて泣いてしまいました。」
自嘲するようにふふと笑う。
「フローリア、貴女には望まぬ婚姻を強いたことは申し訳なく思う。望むならこのまま破棄してもかまわない。」
「いいえ。破棄する気はございません。国に帰ってもわたくしの居場所はございませんし、いままでの重圧から解放されて気が楽になりました。」
フローリアは気丈に振舞うが、急に俯いて静かになった。
「……わたくしは未来の国母としてレオンマーク殿下をお支えするつもりで
フローリアは声を出すことなく涙だけ流す。しばらく耐えていたが嗚咽し始めた。
ロイドはこの場面は抱きしめて慰めるべきと思ったが、女性経験が少なく力の配分がわからなかったので、両手で彼女の肩をやさしく押さえるに留めた。
「レオンマーク殿下をあまり攻めないでくれ。あれは心を弱くする魔法だ。あの魔法でないと死ぬまで戦いそうだったからな。国王陛下の前で殺すのは忍びなかった。あの魔法に無策で耐えられるのはほんの一握りしかいない。」
フローリアが抱き着いてきたからロイドも同じくらいの力で抱きしめた。想像以上に細い体に折れてしまうんじゃないかと思った。フローリアが力を籠め出したので、ロイドも同じように力をいれて抱きしめ返すと、フローリアが笑い出した。
「もう。こういう時は力いっぱい抱きしめてくださいませ。わたくしは嫌ではありませんから。」
「こうか?」
「はい。ふふふ。殿下とはこんなこともしていなかったと今更ながら気づかされました。」
しばらく抱き合う。
「使徒様は耐えられるのですか?」
「全く効かなかった。たやすく防がれたよ。」
「まあ!使用したのですか?今後女性を裸にする魔法は禁止いたします。」
「魔法の効果で結果的に裸になるだけで、裸にするつもりはないのだ……善処する。」
「ところで、私は領地経営の経験がないのだ。急に領地を拝領して困っている。」
「お任せください。領地経営は実家で鍛えられましたので。」
「助かる。色々教えてくれ。」
「魔法に関しては到底勝てる気がいたしませんが、お役に立てる分野があってようございました。もともとは侯爵領だとか。つまり領地経営を堅実に行うだけで侯爵までは上がるはずです。一緒に頑張りましょうね。」
「フローリア、これからよろしく頼む。」
「わたくしからもよろしくお願いいたします、ロイド。」
二人はフローリアの父親の喪が明け次第、結婚することになった。
ロイドは施療院設立のときに10年働くと宣言したが、結局一生涯経営に携わることになる。のちに “癒しの聖人” の称号と共にその名が知られるようになり “戦闘狂” の悪名は忘れ去られるのだった。
そして、対軍最強の弱体系魔法
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