第32話 使徒は毒を盛られる

 ノクトレーン国、国王陛下がおわす陣は王都近くの峠の頂上。

 国王陛下と謁見することになった。いちおう国王陛下が謝罪したいそうだ。フォーメーションは先頭わたし、次におじいちゃん、後方左右にマリアンヌ様、ロイドのトライアングル イペリアル ガード フォーム。暗殺の可能性を考慮して12層の結界を張り、4人で結界の魔力を共有して維持する。理論上は私の全力の≪大爆風≫モアブに耐えられるそうだ。いざとなれば自爆覚悟で打ち込む手筈。

 役割はわたしがタンク、おじいちゃんがヒーラー兼指揮、マリアンヌ様がアタッカー、ロイドがサポーター。

 わたしとおじいちゃんとロイドがアタッカー役をやると殺しすぎてしまうため、弱い魔法で手加減ができるマリアンヌ様が必然的にアタッカー役に納まった。


 陣に近づくと首塚があった。裏切者だろうか。スタンピードを前に敵前逃亡したのかもしれない。


「ノクトレーン国も意外と苛烈じゃのう。」

「こういう時だからこそ、かもしれません。」


 陣のバリケード前で出迎えたのは国王陛下とケルン国防大臣。


「お初にお目にかかります、わたくしはアリシア・タルタ、タルタの国の第一王女です。神より使徒の称号を授かっております。こちらはファルス。わたくしの祖父でございます。」


 二列縦隊、スクウェア フォームに移行。

 敵意と害意の2層をすり抜けて国王陛下自ら跪いてきた。ケルンも一緒に跪く。周囲にいた兵士も同様だ。


「使徒様。我が国をお救い頂き感謝いたします。民からも続々と感謝の声が届いております。タルタ王もよくぞおいでくださいました。」


 あれ?どういうこと?「かかったな?この悪魔め!」パターンは難しそうだけど。

 敵意と害意の2層を周囲にいた兵士まで広げると、二人を除いて全員すり抜けた。コツンと抵抗を感じたところで結界の拡大を止め縮小する。わたし以外も気が付いた。害意の女が一人、敵意の男が一人、バリケード越しに様子をうかがっている。敵が存在するかどうかが重要だ。それより深くは調べない。

 マリアンヌ様の緊張が結界の魔力を通して伝わってきた。ロイドからは興奮と喜びが伝わってくる。おじいちゃんは山のように揺るがない。おじいちゃんの揺るぎない魔力にわたし自身も緊張していたことに気づかされた。


「どうぞお立ちください。貴国の要請に応じただけですので。」

「はっ、恐れ入ります。本来ならば王城で謝意を示すところでございますが、それですと何年も後になってしまうゆえ、ご容赦願います。」


 腰が低いな、このおじさん。国名が “王国” ではなくて “国” とだけつくのと関係があるのかな。妃教育の先生によるとこの国は貴族の合議制によって王が選出されるそうだから、立場がそんなに高くないのかも。首塚を作るくらいだから厳しい人を想像してた。


 国王陛下に案内されて陣内を通るあいだ、鑑定の魔法を次々弾き落とした。魔法が飛んでいく先はマリアンヌ様だ。ああ、美人だからねぇ。名前とかいろいろ知りたいよねぇ。ふふん、いいことを思いついた。

 結界の周囲に≪転移扉≫テレポートドアを作成し、鑑定の魔法に対してマリアンヌ様を映したまま、別の兵士に飛ぶように設定した。鑑定した男が困惑している。ロイドが笑いをこらえきれず吹き出した。心の中で爆笑するロイドにつられてマリアンヌ様の緊張も解けた。おじいちゃんも笑った。


 あとになって聞いた話では、40代の男が美女に変身しているとの噂が広がっていたそうだ。


 陣の指揮所の隣の会議室に通され、テーブルにわたしとおじいちゃんだけが座る。人払いとして護衛の騎士が会議室から退室した。国王陛下が土下座する。ケルンとツヴァイも土下座する。


「「「暗殺を企てて申し訳ございませんでしたーーーー!!!!」」」

「陣の前にある首塚は暗殺の首謀者たちです。お怒りは重々承知しておりますが国を滅ぼすのだけは平に平にご容赦を!」


 おじいちゃんが眉を顰める。


「今も企てているようじゃが?」

「「「は?」」」

「誰の指図が知らんが、侍女の格好をした女と兵士の男じゃ。」


 おじいちゃんの鑑定で指図した人物がわからないはずはない。ここで明言しなかったということは、国王の身内の可能性が高い。それを攻めれば戦争になりかねない。わたしとマリアンヌ様は察して沈黙した。ロイドは察してなお、おじいちゃんの耳元でボゾボソとそそのかす。ロイドとマリアンヌ様はこの場では従者扱いだから発言権が無い。おじいちゃんかわたしを通す必要がある。


「いかがかな。指図したものたちと決闘というのは?あとくされの無いよう、首謀者本人を含む全戦力を出していただく。」

「決闘裁判ということでしょうか?」

「そうじゃ。ついでに貴殿の足を引っ張る政敵も滅ぼして差し上げよう。これから復興に向けて力を合わせて邁進せねばならぬ状況で、つまらぬ邪魔が入るのは貴殿も望むところではあるまい。」

「使徒様のお手を煩わせるのはさすがに…」

「こちらから出るのは後ろのロイドだけじゃ。ロイドが死んだならわしが出よう。わしも死んだならアリシアじゃ。」


 ロイドがにんまりしている。彼はやる気だ。マリアンヌ様は呆れて天を仰いだ。


「我が国は貴国と事を構えるつもりはございません。どうかお考え直しを。」

「タルタ人ははっきり言って蛮族じゃ。強いものに従う。わしとアリシアが負けるようなことがあれば、おとなしく従うじゃろう。」

「わたくしが先鋒を致します。」


 マリアンヌ様が手を挙げた。

 ロイドが反論する。


「おまちください。マリアンヌ様。それでは私の…」(楽しみが。)

「ロイド様やファルス陛下では虐殺してしまいます。わたくしが決闘いたします。結果に不服のある方だけロイド様にお譲りしましょう。わたくしに決闘のルールを決めさせてください。」


 ロイドも不承不承頷く。


 続けて、会食をすることになった。

 王太子のレオンマーク殿下がおいでになり、国王陛下とわたしとおじいちゃんが席を交えて食事をする。


「宮廷料理人が趣向を凝らして魔獣を調理致しました。ぜひご賞味ください。」


 ささっと無言で鑑定してわたしとおじいちゃんの分だけ毒が入っているのを看破した。王子殿下と国王陛下の分は毒なし。実の父親を殺す度胸は無いようだ。特に気にせず口にいれた。咀嚼しながら口の中で浄化する。さんざん毒草を食べる訓練をさせられていたので何も起きなかった。あ、コレおいし。

 にこにこしながら平らげていくので、徐々に毒の量が増えて行った。最終的に毒入りスープではなく、毒薬そのものが出てきた。


「料理人に堪能させていただきましたとお伝えください。」


 ◇


 王子退出後、国王陛下と再度内密の相談をする。首謀者は懸念通り国王陛下の実子、王太子のレオンマーク殿下だった。共犯は婚約者の実家、エクシティウム公爵。大津波を起こして国民を大量虐殺した使徒に全面降伏したうえ、使徒が望むなら王太子と婚姻させようと国王陛下が考えたそうだ。もしそうなれば、エクシティウム公爵令嬢との婚約は破棄される。不満に思った王太子とエクシティウム公爵が音頭を取って暗殺を企てた。


 これ、ろくに根回しもせずに先走った国王陛下に責任あるんじゃないの?わたしにノクトレーン国に嫁ぐ意思は全くないので、元からなにもなかったことにしていいと思う。ただ、国王陛下とエクシティウム公爵との間の信頼関係が崩れたのは間違いない。


「さてさて、落としどころをどうするかのぅ。“王太子の心情をおもんばかった侍女が独断で暗殺を企てた” くらいかのぅ。」

「何もなかったことにしても良いんじゃない?」

「そうはいかん。犯罪は見過ごすとそれが当たり前になっていくんじゃ。微罪で済ませられるうちに対処するのが基本じゃ。」

「同じ毒を食べさせるとか?」

「それでは国王陛下も王子殿下も死んでしまう。今回は微罪で済ませられんから困っとるんじゃ。」

「では、決闘で雌雄を決するしかありませんね♪」


 ロイドは楽しげだ。隣では国王陛下がまたしても土下座している。


「国王陛下はレオンマーク殿下を切り捨てる覚悟はおありか?」

「…はい。致し方ないと存じます…」

「エクシティウム公爵を排除することに問題はありますかな?」

「公爵は我が国で一二を争うほどの広大な領地を持っております。領民の忠誠心が高いため廃領地にするには悪影響が大きく、分割するにしても男子が一人しかおりません。」

「帝国に倣って有能な人物を引き上げることは可能ですかな?」

「平民を貴族にすることは困難なので、貴族の子息から選択することになるでしょうが、有能な人物に心当たりが無く…」

「ケルン大臣は家名が無いから平民ですよね?」

「私は元貴族です。両親が死に、叔父に家を乗っ取られました。いまは首塚の住人ですが。」

「諜報員の方々に元貴族はいらっしゃいましたか?」

「私は存じません。こちらのツヴァイは平民です。」

「すこし、王宮に照会してまいります。」


 マリアンヌ様が席を立った。お茶を飲んでいる間にマリアンヌ様が戻って来た。


「実は、先日捕まえた貴国の諜報員の方が60人ほどおりまして、未遂の上、大した情報も持ち合わせていなかったので、条件付きで解放しようかと。」

「条件とは?」

「自殺しない、他者を攻撃しない、他者を陥れない、わが国の質問には正直に回答する、などの制約を魔術的に命令しております。詳しくは≪全鑑定≫オールアプレイザルでご確認ください。この条件でよろしければ元貴族も少なからずおりますし優秀な人材ですのでお勧めいたします。」

「採用可能か検討させていただきます。」


 さすがは慈悲の聖女。



 ◆



 王太子のレオンマーク殿下が拘束された。エクシティウム公爵も一緒だ。


「なぜですか父上!」

「今まで其方を甘やかしたツケが回ってきたのだ。すまぬ。エクシティウム公爵にも迷惑をかけた。余の不徳の致すところだ。」

「国を売るおつもりですか?」

「余にも根回しを怠った非はあるが、其方らが静観しておれば何も起きなかったのだ。国を傾けることもなかった。未曽有の災害も起きなかったかもしれぬ。」

「すべてご存じでしたか。」

「うむ。エルネスタ王国王都の結界を排除するために、公爵が使徒様を排除するよう命じた。それが巡り巡って今に至ったのだ。」

「私は祖国に幸あれかしと願ったまでです。」

「使徒様がたは恐らくそこまでご存じだ。一方的な処刑を望まず条件を出された。」

「伺いましょう。」

「其方らは一族郎党総動員して決闘を行え。相手はエルネスタ王国王宮魔法士マリアンヌ・リーゼヴェルトただ一人。結果に不服あるならばロイド・カーベルトがお相手するそうだ。勝利した場合はお咎めなし。マリアンヌ嬢も好きにしてよいとのことだ。敗北した場合はレオンマークは廃嫡、エクシティウム公爵は引退し子爵へ降爵する。郎党の貴族も二階級降爵、子爵以下は平民となる。領地は分割して他の者に与える。」

「我らの戦力はご存じでしょう。我らに有利な条件に聞こえますが?」

「決闘のルールはあちらが定める。よほどの自信があると見える。容易ならざるルールになるであろう。」

「では勝利してレオンマーク殿下の愛妾としてマリアンヌ嬢を献上しましょう。」



 ◆



 決闘用の舞台を整えることになった。マリアンヌ様の希望で、1km×1kmの正方形の平野を作成する。そこから1mほど盛り上げて石のように固めた舞台を設置した。遮蔽物は無い。


ルールは次の通り。

・開始の合図は国王陛下の指示のもと、大型ホルンの音色で開始する。


・開始の合図以降、舞台から降りるか死ねば脱落とする。


・飛翔中は舞台の外に出ても脱落にならない。


・舞台の外からの攻撃は禁止とする。違反した場合は脱落とみなす。


・舞台が破壊された場合は、その破壊された場所に立つと舞台から降りたとみなす。舞台の瓦礫も地面とみなす。破壊された舞台の上も舞台の外とみなす。


・脱落した者は≪次元室≫ディメンションルームに回収される。≪次元室≫ディメンションルームから国王陛下の許可なく脱出した者は死罪とする。


・マリアンヌが脱落、あるいは、レオンマークおよびエクシティウム当主の二人が脱落した時点で脱落していない方を勝利とする。その三人以外は勝利判定に考慮されない。


・時間は無制限とする。


・マリアンヌ、レオンマーク、エクシティウム当主が同時に脱落した場合は、治療をせず再度やり直す。


 ◇


 決闘当日。

 レオンマーク殿下は近衛兵100人を率いてきた。エクシティウム公爵は8,000人の領兵を率いてきた。魔法士も多数所属している。


「おじいちゃんならどうする?」

「開幕でわしの足元以外の舞台を破壊する。飛翔したとて攻撃した時点で脱落じゃ。あとは時間をかけて二人叩き落せば勝てる。兵が何人いようと関係ない。」

「ロイド様は?」

「彼らは結界が見えていませんね。そして開始の合図前に攻撃してはならないという条件は無い。初期位置の条件も規定されていない。開始の合図前に殲滅するのが良いかと。」

「お主はやはり面白いことを考えるのぅ。」

「はっはっはっ。」「くくくく。」

「だったら、いまからわたしたちが攻撃しても問題無いですね。」

「わたくし以外は舞台に上がらないでくださいませ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る