第31話 帝国軍人は使徒と対峙する

 村を一つ片づけたので、いったんおじいちゃんと連絡する。


『神殿長。そちらはどうでしょうか。』

『だめじゃ、誰も生き残っておらん。死体は少ないから内陸まで疎開しておるやもしれぬ。』

『こちらは一つ片づきました。どうやら、この国では神官は奴隷のような扱いを受けているようです。神官ではなく、タルタの国の援軍を名乗ってください。』

『服装も変えたほうが良さそうじゃな。』

『わたし達もそうします。』


 いったん国に戻って、見習いたちは不ぞろいながら私服に皮鎧を装備、盾は持つが剣は不携帯。わたしは王女を名乗るため貴族服に着替えた。歩き回ると泥が着くので浄化の常時発動で対応する。疲労回復のための治癒と合わせて、全身ほのかに輝く。

 集合してそのまま次の村へ向かう。


「われらはタルタの国の援軍です!助太刀いたします!」

「助かった!お願いいたします!」


 コルセットを締めた貴族服で大声を出すのはしんどい。帰ったら≪拡声≫ラウドネスを習得しよう。

 結界を張り、魔物を浄化し、怪我人を回復する。埋葬の奇跡を発動すると泣いて感謝する村人たち。やってることは同じなのに、なんなのこの扱いの差。お金まで差し出してきたが復興に使ってほしいと辞退した。さらに感激する村人たち。


「村長様。名乗るのが遅くなりました。わたしはアリシア・タルタ、タルタの国の第一王女です。神より使徒の称号を授かっております。」

「使徒様!この御恩は決してわすれません。何代にも語り継ぎましょう。」


 号泣する村長。なんなのこの扱いの差!

 最後の止めに一言追加する。


「感謝は国王陛下にお願いいたします。外国の兵を自国に呼び込むのは大変勇気がいることです。侵略のリスクを飲みこんででも国民を守りたかったのですよ。」


 これで国王陛下に感謝の声が届けば完璧だ。自分の功績を他人に報告させるのだ。

 西から順に村や街を解放していく。おじいちゃんは海岸線の漁村を早々に終わらせて合流してきた。その間ノクトレーン国軍は見かけなかったそうだ。東側のスタンピードは帝国に任せるつもりだ。もしかして東で交戦しているのだろうか?


 西端から順に進んで王都までたどり着いた。マリアンヌ様に連絡する。


『マリアンヌ様。王都から西側はすべて完了しました。そちらはいかがですか?』

『いま東側でノクトレーン国軍と一緒にジルタニア帝国軍と睨みあっています。こんなことをしている状況じゃないのに…』

『承知しました。王都から東へ向かっていきます。』


 王都から東側では主要な街道だけは国軍が対応したようだ。それ以外の村々は捨ておかれている。順々に対応していくが、時間切れなのか全滅している村が増えてきた。タルタの本隊と一緒に悠長に向かっていたらまずい。わたしとおじいちゃんだけ先行して必要最低限の対応をして命をつなごう。途中帝国軍の駐屯地と思われる街を見かけたが、帝国軍側も主要な街道しか対応しておらず、周辺の村々は見捨てられていた。


「ご無事ですか!援軍はしばらく時間がかかりますが、こちらをどうぞ。」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」


 急ぎ、結界を張り、魔物を浄化。重傷者だけ回復する。王都で預かった支援物資を渡して次の村へ。タルタの本隊は周辺の魔獣を片付けて進む。

 タルタの本隊がジルタニア帝国軍を無視して周辺の村に向かおうとした時に事態が動き出した。


「その方ら止まれぃ!止まれぃ!」


 帝国軍の将官だろうか。浅黒いゴツイおっさんが居丈高に止めてきた。


「こちらはタルタの国の援軍、わたくしは第一王女アリシアと申します。周辺の村々の救援をしております。そちら様は?」

「当方はジルタニア帝国軍西部方面軍中佐ドミニクである。村の救援は不要だ。立ち去られよ。」

「貴殿らは近隣の村をお見捨てのようじゃが、われらは見捨てる気はない。そちらの邪魔はせぬゆえ通してくださらぬか?」

「当方も見捨てておらぬ。優先度の問題だ。」

「ここ数日全く動いておらぬようじゃが?」

「輜重隊の来援を待っているのだ。」

「では、輜重隊の移動を支援しましょう。今どちらに?」

「機密ゆえ開示できぬ。」

「畏まりました。こちらで探します。」


 ≪千里眼≫クレアボヤンスを大画面で表示して帝国までの街道をさかのぼっていく。まだ帝国領から出ていないようだ。さらに進む。ドミニクが慌てだした。


「まて。なんだそれは?なぜ大勢で見れる≪千里眼≫クレアボヤンスのようなものが使える?」

「おっしゃる意味が分かりかねます。これは≪千里眼≫クレアボヤンスですが?」

「我が帝国では≪千里眼≫クレアボヤンスによる無断監視は禁止だ。」

「ここはノクトレーン国です。まるで貴国に占領されたかのような言いぐさですね。そもそも貴軍は救援要請をノクトレーン国から受けていないと伺っています。いかなる権限があって外国の道路を封鎖していらっしゃるのですか?」

「其方が知る必要はない。」

「おっと、輜重隊を発見しました。このペースなら二月ふたつき程かかりますね。遅すぎます。これでは村が助かりません。なぜ転移させないのですか?」

「其方が知る必要はない。」

「そもそも輜重隊が運んでいるのは食料以外に武具も多いようですが、魔獣の掃討を我々にお任せいただければ武具も兵士も損耗はありませんよ?」


 輜重隊が積んでいる荷物の中身を映し出す。

 視点を変えると、とても兵士の格好とは言えない貫頭衣の人々も随行させているようだ。


「奴隷を何に使うのですか?」


 ドミニクが剣を向けてきた。

 条件反射的に彼の頭を球体の結界で囲む。今は何の効果も発揮していないが、いつでも首を刎ねることができる状態だ。


「これ以上の詮索を禁ずる。」

「なにか都合の悪いものがございましたか?よほど知られたくないようですね。ノクトレーン国では≪千里眼≫クレアボヤンスが禁止されていないのは先ほど申し上げましたが?」

「死にたくなければ詮索を止めよ。」


 見習いたちが噴き出して笑いだした。


「まだわかっていらっしゃらないようなので、もう一度説明しますね。ノクトレーン国では≪千里眼≫クレアボヤンスが禁止されていません。つまりここも覗かれているのですよ。貴国の企みはすでに王まで伝わっているということです。われらを素通ししたらなにも起きなかったのに。貴方は職務に忠実すぎます。」

「いわゆる無能の働き者というやつじゃな。」


 ≪収納≫ボックスから白紙を二枚取り出す。ドミニクは訝しんだ。


「えーと、こう!」


 ≪千里眼≫クレアボヤンスで映し出した、輜重隊に随行している奴隷たちの姿を紙に写す。色も忠実に再現した。ドミニクの眉がピクリとだけ動く。


「そして、こう!」


 二枚目は剣を向けるドミニクとわたし。ようやく意味が分かったようだ。


「ほう。見事じゃ。」

「タイトルは、スタンピードの救援を妨害する帝国将官、丸腰の貴族令嬢を抜剣して威圧。」

「ああ、帝国軍の信頼は失墜するのう。大変残念じゃぁ。わははは!」

「では、わたくしが国王陛下までお渡しします。」


 マリアンヌ様が≪転移扉≫テレポートドアで来た。紙を渡すとすぐに消えた。


「これ以上の恥をかく前に逃げ帰ったほうが良いぞ?後ろで控えておる其方らもじゃ。」


 よく見るとわたしが作った結界と同じものが、後方の兵士全員につけられていた。


「貴軍の魔法士は質が宜しくないようです。訓練不足です。」

「アリシア姫殿下、ずるいですよ。帝国と戦争するなら是非私も。」


 ロイドまで転移して来た。暇なのかな?


「剣を向けてきているのはドミニク中佐だけです。まだ戦争にはなっていません。」

「こちらはドラゴンすら切り裂ける刃を兵士全員の首筋に当てておられるのに?くくくく。」

「しーっ。ドミニク中佐には内緒ですよ。」


 ドミニクの目に困惑と動揺が見て取れた。その間にも帝国軍から鑑定の魔法が次々飛んでくるのだが、すべて結界で阻んだ。


彼我ひがの実力差もわからぬ素人しろうとには困ったものよのう。」

「ああ、戦力の判断を鑑定に頼っていらっしゃるのですね。ドミニク中佐だめですよ、鑑定に頼ってばかりじゃ。魔獣の中には弱そうな見た目をして鑑定を妨害する、ものすごく強い種がいるんですから。」

「ああ、アリシアが泣いて逃げ帰って来た奴じゃな。」

「もしかして『ゴブリンもどき』ですか?あれは鑑定が利かない厄介な魔獣でした。」

「そうそれ。魔力を吸収して強くなるから一匹でも面倒なのに、スタンピードに紛れ込まれたら面倒すぎてやってられません。」

「仕方ないのう。アリシア。鑑定させてやりなさい。」

「もう、一瞬だけ、特別ですよ?」


 魔法遮断の結界を一時的に解く。


「どうぞ?」

≪全鑑定≫オールアプレイザル……おげぇぇ!おろろろろろろ。」


 後ろに控えていた帝国の魔法士が吐き出した。

 すぐに結界を戻す。


「わたしの鑑定をするのに≪全鑑定≫オールアプレイザルは無理ですよ。貴方の総魔力量が足りません。あらかじめ訓練不足と伝えたでしょう?」

「魔獣の討伐経験もろくにないひよっこを連れて来たのかの?ドミニク殿、彼らは死ぬには若すぎる。故郷に返して差し上げなさい。ここで意地を張ることに何の戦略的価値がある?引けば帝国が滅びるか?貴殿も将官じゃ、ここで無駄に時間稼ぎをする方が、よほど帝国が傾くとわかるじゃろう?ほれ、今も魔法で多方面から覗かれておるぞ?貴殿らの蛮行を望んでおる。貴殿のご同輩ものう。」

「蛮行大いに結構。一度に何人殺せるか試したいのです。是非お願いします。」

「ロイド様は口を挟まないでください。」


 ドミニクは剣を納めた。


「撤退命令が来た。これにて失礼する。」

「ドミニク殿、職務を忠実に貫くならば上司をよく吟味せよ。でなければ貴殿の名誉も尊厳も失われることになるぞ?貴殿の部下も、ご家族も同様じゃ。」

「こちらを見下す其方らの忠告など聞かぬ。」

「見下されるような行為を指示する、貴方の上司の命令こそ聞かないほうが良いですよ。」


 道を開けてくれたので村の救援を急ぐ。結界で命は助かっても外に出られなければいずれ干上がってしまう。周囲に残っている魔獣を狩りつくす。帝国兵とのやり取りで見習いたちも結界の刃の出し方を習得した。浄化以外の方法を習得したため、素材も魔石もたくさん採れる。ウハウハだ。


 この一件のあと、帝国軍は本当に撤退してしまった。おいおい。周辺の村は見捨てないんじゃなかったの?スタンピード制圧っていう名目も無視?


「帝国の人たちは奴隷を連れてきて何をするつもりだったんでしょう。」

「皆目見当もつかんわい。」

「無人になった村に住まわせて、国境線を書き換える作戦ではないかと。」

「村人が全滅するまで待っていたのですね。」


 おじいちゃんは納得していないようだ。


「それが露見しそうになったから大慌てで撤退したのかのぅ。いささか、あからさますぎるのではないか?スタンピードを無視して逃げ帰るには理由が足りんと思うんじゃが。」

「奴隷の持ち込みは何かのついでということでしょうか。帝国内で異変が起こった可能性もあるのでは?」

「ドミニク殿を煽りすぎたのは反省じゃ。面白い情報を握っていたかもしれん。」

「いまから追いかける?」

「不要じゃ。ノクトレーン国が考えるべきことじゃ。わしらが心配してもしょうがない。帝国が何をするのか見定めさせてもらおうかの。ここまであからさまじゃと東の国境に注目させた隙に他の国境を攻めることも考えられる。何をしたいのかさっぱりじゃ。」


 そういえば、ノクトレーン国軍は何をやっていたんだろう?マリアンヌ様に素朴な疑問を投げかける。


「ところでノクトレーン国軍は睨みあっている間何をやっていたのですか?」

「撤退交渉していました。実力では追い払うことができないからと。」

「ノクトレーン国が金を払った可能性も考えられるのぅ。」

「ほぼ全員新兵だったよね?」

「無能の処刑ははばかられるからここに捨てに来た可能性もありますね。そして勝つまで兵を投入し続けると。」

「国力差を考えれば今挙がったことを一度に全部実現することも可能じゃな。」


 うーん。よくわからない。


「それでは皇帝陛下を拉致して尋問しませんか?」

「はっはっは!考えてもわからんならばそれもありじゃな。」


 アリシアの提案に開いた口が塞がらないマリアンヌ。

 アリシアの斬新なアイデアはマリアンヌに全力で阻止された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る