第28話 諜報員は布教する
◆ ノクトレーン国から派遣された諜報員視点
今日は標的アリシアを始末する決戦の日。
王都外の集合場所に俺とツヴァイは先に移動して1時間前から待機していた。他の戦闘員は遠くから監視。隙があれば俺たちごと吹き飛ばす計画だ。
時間通りアリシアと、この前接触した時にもいた魔導士服のフードをかぶった侍女、第三王子、ロイド・カーベルトの四人が転移して来た。
それにしても第三王子がいるのか。王子を殺害すると戦争まっしぐらだ。そこまで行動する権限はゆだねられていない。この場では手を出せないな。それ以外の護衛は姿を現さない。少なくとも王子がいるのに護衛がいないなど考えられない。いまもどこかで監視しているのだろう。
第三王子がついてくる可能性は考慮済みだ。行先は不明だが向かった先で先回りしてバリケードを張り、馬車を立ち往生させる。休憩中に引き離す手筈だ。
アリシアと第三王子とだけ当たり障りのない挨拶をして馬車に乗り込んだ。信じられん。第三王子とロイド・カーベルトは馬車の天井に乗り込んだ。いったいどういう扱いなんだ?
普通はアリシアと第三王子が座席に座るのではないのか。
アリシアは俺とツヴァイに上座を勧めてくる。窓から後方が見えるように下座に座りたかったが、「本日は先生ですから。」と言われれば断ることもできない。
馬車が南方ノクトレーン国方面へ走り出した。魔法が封じられているようで、外部との通信ができない。だが、馬車は並足で進んでいるため、戦闘員も容易に追尾できるだろう。
「護衛の方はいらっしゃらないのですか?」
「ええ、わたくしの醜態は見られたくないのです。ほほほ。」
「
ふん。平気な顔で嘘をつきやがって。
「それよりも
「ええもちろんですとも。」
魔法発表会で説明した内容を復唱する。開発者じゃないからそれ以上のことは知らんからだ。アリシアは納得していない顔だ。話題をそらすか。
「現地で行使する前に、魔力量を確認させていただいてもよろしいでしょうか?場合によっては、こちらの助手のように倒れてしまいかねません。」
鑑定に同意した。馬鹿め
何だこれは?最初に表示される一般情報があっという間に押し流されていき、あとは倒したキラーホーネットの情報がずらずらと際限なく流れていく。魔法は大したことが無くとも、体術や剣術は体格から想像もつかないような強さがあるのかもしれない。少なくともキラーホーネットを大量に屠れる技能があるようだ。まずい。もう魔力が…
「うっぐっ」
アリシアが足をパカッと開いて座席の下の乗り物酔い用バケツを股越しに取り出して渡してきた。淑女教育を受けてないのかコイツ。
「おっげぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「だ、大丈夫ですか?」
「はあ、はあ、失礼しました。申し訳ございません。どうやら乗り物酔いのようです。」
魔力枯渇なんてひさしぶりだ。しかも
「
コイツ…!!この状況で自分の知らぬ魔法を見て楽しそうにしやがって。
「
「魔力量だけなら
「では、私が鑑定いたします。
「魔力量は十分だと存じますが、いかがでしょうか。」
「じゅ、十分です。」
「そうですか。安心いたしました。」
この女は無邪気に笑っている。
ツヴァイが鑑定して青くなり、手信号で15を示した。1,500?そして震える手で0を何回か示した。15,000!いったいどれだけの魔物を殺して喰ったんだ。あまりの過酷さに自殺者すら出るほどの苦行を乗り越えて1,000オーバーの魔力を獲得するのに!俺のようなリーダー職はさらなる苦行を乗り越えて2,000オーバーにたどり着いたのに!
数字を知れば、この無邪気な笑顔も俺たちを嘲笑しているようにしか見えない。
全くの想定外だ。作戦中止だ。それよりも無事に離脱する方法を考えよう。作戦中止のハンドサインをツヴァイに見せると、あからさまにほっとした顔をした。
「す、すこし気分がよくなるまで外を眺めてよろしいでしょうか。」
「もちろん。」
馬車の揺れに合わせて窓に顔を近づけ、周囲を見渡しても、誰もいない。
まさか…
しばらくして、休息用の空き地で停止して全員降りた。
ここで魔法の練習をするのか?この場には行商人も多い。
侍女は
今度はアリシアが
おそるおそる
「アリシア姫殿下、ここは?」
暑い。太陽の高さから緯度はかなり低いらしい。祖国より南方のようだ。
「南の無人島です。ここならば好きなだけ試せそうですね。では早速、
コイツ土塁も防御手段もなしに打ちやがった!ああ、結界があるのか。
魔法の様子がおかしい。属性強化の魔法陣は本来同じ大きさの魔法陣が何層も現れるはずだ。この魔法は一層現れるたびに大きくなる。
「思ったより規模が大きいですね。少し離れましょう。」
「「うわあぁああぁぁあぁ!!!!」」
見えない床に持ち上げられて這いつくばった。コイツ魔力枯渇したら空中から落下するぞ。馬鹿なのか?
「ケルン様大丈夫ですよ。いま、結界に乗っております。」
「アリシア姫殿下、やっぱりおかしいわ。術式のメモをお見せください。ケルン様もお持ちですか?」
俺たち以外は落下の心配も魔法ダメージの心配もしていない。
二つの術式を見比べてなにか気づいたようだ。
「アリシア姫殿下、基礎となる魔法に対して属性強化を単純に重ねるのではなくて、属性強化後の魔法に対して属性強化する術式になっていますよ。」
何を言っているのか俺にはわからない。
数式で説明されてもさっぱりだ。だが、目の前の天変地異に恐れを抱いた。
侍女の解説が終わるころには魔法も終息していた。
ドーーーーーン!!!!!!!
爆風と耳鳴りで前後不覚になる。復活した時には、爆心地は跡形もなかった。
「木が吸い込まれて高圧と摩擦で発火し、海水も吸い込まれて高熱で一気に沸騰したようだな。ケルン殿、素晴らしい魔法だ。つまらない魔法と侮っていたことを謝罪する。」
この恐ろしい光景を見てなお、絶賛している。男どもも常識がおかしい。
「今度は限界までやってみますね。周囲に商船の姿なし。不審船発見。」
不審船に向かって飛んでいく。
「こんにちわー!皆さんは漁師の方ですか?」
「見てわからねぇのか!こちとら泣く子も黙るガイスト一家だ!」
ガイストクラッシャー一家。ようやく具体的な位置が分かった。祖国の南100kmほどだ。この地域は海賊がひしめいているため、近々討伐軍が派遣される予定だったはず。
アリシアは興味を失って、離れていく。
「
少し離れた無人島を標的にして発動。属性強化の魔法陣が17層までできた。世界の終わりのような巨大な竜巻が発生した。ありえないほどのスピードで遠く離れ、そのまま水平線の下に見えなくなった。
しばらくの静寂のあと、巨大なキノコ雲がむくむく成長してきた。
ドーーーーーーーーーン!!!!!!!!!
ここまで爆風が届いた。空から石の雨が雹のごとく降ってきたが、俺たち二人以外だれも気にしない。
爆心地に戻ってくると、ガイスト一家の姿は見えなかった。近場の島も巻き込まれたのか跡形も残っていない。
「これはなんでしょう?透明な石がところどころ埋まってますね。」
「形はいびつですが鑑定によるとダイヤモンドの原石が埋まっていますね。」
「この一帯にダイヤモンド鉱脈があるんでしょうか。」
ダイヤモンド原石が詰まった石柱を持ち帰るそうだ。ひと抱え分だけ俺たちもそれぞれもらった。
鉱脈の話をするだけで、今回の作戦失敗をいくらか取り戻せるかもしれない。
そのまま祖国の王都前に送り届けてもらう。
「本日は勉強になりました。新しい魔法は励みになります。今後もお互い切磋琢磨していきたいと存じます。ありがとうございました。」
「こ、こちらこそ。お役に立てて光栄に存じます。」
早くこの常識外れどもから離れたい。早歩きで王都に足を向ける。貴族の専属商人の身分証を見せながら、貴族門を抜けて深くため息をついた。上司にどう説明すべきか。
◇
上司の執務室。本来、俺のような人間は入っていけない場所だ。
「直接ここへ来たということは、よほどの上首尾だったようだな。拘束して連れてきたのか?」
「標的が
「あの音は
「
「
「あの女の総魔力量は15,000。我々の手に負えない怪物です。」
「アインス、違う。150万だ。」
「「何だその化け物は!」」
「使徒様ではないかと愚考します。」
「使徒とは何だ?」
「人類に天罰を下す神の使いです。」
ツヴァイの実の親は神官だったな。処刑されたが。
「神の使いなどバカバカしい…その使徒様とやらと敵対したとしてどうなる?」
「滅びます。」
「「…」」
「ふ、ふん。くだらん。そんな荒唐無稽な話を誰が信じるか。150万というのも見間違いだ。貴様らの処分は追って下す。それまで謹慎していろ。」
◇
執務室を追い出され、歩きながら話す。
「滅ぶというのは本当か?」
「本当に使徒様であればな。」
「そういえば、報告によると、あの女は故人の
「神からそれほどの信任を受けているとなると、やはり使徒様で間違いない。」
カンカンカン!カンカンカン!緊急事態を知らせる鐘が鳴り響いた。
大津波が到来したらしい。
「逃げるぞ!」
「異議なし!」
ツヴァイは
峠の上にツヴァイがいた。全裸の上司たちもいた。王都が海に飲まれるさまをなすすべもなく見守る。
「ああああああ、滅ぶ、滅んでしまううううう。」
上司の上司の上司、つまり国王が嘆く。
「だから申し上げたのです。敵対してはいけないと!やはりアリシア姫殿下は使徒様だったのです!」
ついさっきまで「そんな荒唐無稽な話を誰が信じるか」などと
「使徒様とは人類に天罰を下す神の使い。暗殺などというバカバカしい行為に天罰が下ったのです!」
ツヴァイの説明をそのまま流すクソ上司。調子に乗って来たな。最初に暗殺を発案したのはお前だろ。
功績を求めて配下を暗殺に参加させた他のクソどもも
「事ここに至っては、国王陛下の首級をもって誠心誠意謝罪するしかありませぬ。お覚悟を。」
「まて!そもそも其方の発案ではないか!」
上司の上司に目が向けられた。
「違います!私はあくまで提案しただけで、発案者はこの痴れ者です。」
上司が指さされた。まずい。この流れは…
「違います!私はあくまで実行部隊の依頼を受けて指示したこと。悪いのはこやつです!」
俺が指さされた。
「確かに!私が使徒様の暗殺を指揮しました。」
「やはりそうか。こやつを…」
「ご安心ください!我々は使徒様と友誼を結んで参りました。証拠は、我々が生きて戻ったこと、そして、これです!」
ドンとダイヤモンドの原石が詰まった石を
「このダイヤモンドの原石は先の爆発音の原因となった
「友誼を結んだのになぜ天罰が下る。」
クソ上司が偉そうに言ってきた。
「俺、いや、私が真に罰せられるべき人物ではないからです!いま、この場で裸になっている者たちこそが真の犯人です。」
クソの集まりが慌てだした。
「こやつは適当なことを言ってごまかしているだけです!」
当たりだ。届け!このごまかし!
「では、もう一つ証拠がございます。エルネスタ王国の魔法発表会を
静寂。
「裸の罪人を捕らえよ!」
国王の号令一下、家臣が一斉に動き出した。
その隙にクソが飛びかかてきた。
「貴様!いままで引き立ててきた恩を仇で返しよって!」
「
腰に巻いたぼろ布がはじけ飛び、棒立ちになって捕まった。この魔法便利だな。魔力消費は大きいが。今度会ったら礼を言うか。
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