第26話 諜報員は決戦の準備をする
ルークにノクトレーン国の諜報員と接触したことを報告し、討伐もしくは拘束の件で第一王子のイニエスタ殿下に面会依頼を出した。多忙で、面会には再来週との回答が来たので伝言だけ伝えることにした。
わたしの暗殺計画があるからノクトレーン国の諜報員を釣って討伐しまーす。ご一緒にいかがですか?という趣旨をあっけらかんと説明したもんだから担当の文官の顔が引きつっていたな。
仕方ない。イニエスタ殿下に功績と後の雑事を丸投げしようと思っていたが、こちらで処理しよう。本当に仕方ないな。ウフフフ。
マリアンヌ様は王宮で研究を続けるそうだ。決戦には間に合わないな。危険な目に合わせたくないのでこのまま研究に集中してもらおう。
新しく入って来た施療院のスタッフに魔力増加法を教えながら王都の外周を走る。
一応アメス教の教義を伝えるためマリアンヌ様がまとめた略式聖典を使わせてもらう。それでもだめなら
スタッフは総魔力量が3000になれば合格だ。一時間で十分の一回復するから、一時間に12回の施術が可能になる。魔力に余裕があれば魔力枯渇で倒れることも嘔吐することもない。施療院の清潔感は必須だからね。
ロイドと一部のスタッフは合格後も毎日鍛錬している。
休憩の合間に
ただ、便利な使いどころを見出した。
ちょっと気になるのが、属性強化の魔法陣が一枚目より二枚目の方が大きいことだ。デモンストレーションでは12枚全部同じ大きさだったような気がする。何か間違っているのだろうか。まあ、行使できるからいいか。アリシアは考えるのをやめた。
ロイドが声をかけてきた。
「アリシア姫殿下、例の不審者がこちらを覗いていますが。」
「どこかの諜報員でしょう。今度ノクトレーン国の諜報員を討伐する計画が…」
「ぜひ参加させてください!」
ロイドが食い気味で詰め寄って来た。目がギラギラしている。
「ロイド様は施療院の仕事があるのでは?」
「スタッフを増員しましたので余裕が出来ました。」
「各領地に派遣すると伺いましたが?」
「派遣するにしても現地に仕事場が整うまでは王都で勤務させますので。」
「では来週火の日に、王都外での鍛錬が終わったころに。」
「はい。先日のあれより面白いものをお見せしましょう。」
「あれよりひどいのがあるのですか。」
「ひどいとは手厳しい。私は敵であっても生きていて欲しいのですよ。戦えなくなりますから。くくくく。」
「その気持ちは支持します。わたしも迷惑行為をしない人はなるべく殺さずに済ませたいと思います。練習台になってほしいですから。ウフフフ。」
◆
第一王子に伝言を頼んだら国王陛下から呼び出された。文官の人が気を利かせてくれたのかな。この前と同じ執務室に向かう。執務室には国王陛下と宰相のアルブレヒト翁がいた。
「アリシアでございます。お召しに従い参上しました。」
「よく来た。まずは、王都の防衛大儀であった。それから妃教育の修了おめでとう。」
王都の防衛?何のことだろう?アリシアはスルーした。
「ありがとう存じます。陛下が派遣してくださった先生方のおかげです。」
「して、少し聞きたいのだが、ルークとマリアンヌ嬢はいかなる関係か知っているか?」
「いかなる関係…、先日ルーク殿下からマリアンヌ様へ求婚なさり、マリアンヌ様は時期が悪いと辞退なさいました。時期が良くなれば改めて求婚するはずです。」
「それで其方は納得できるのかね?」
「マリアンヌ様の輿入れはわたくしが望んだことですので。」
「そうだったのか。ならばよい。ルークが其方を痛く気に入っていたのに、マリアンヌ嬢との縁談の噂がたったのでな。てっきりマリアンヌ嬢が無理やり割り込んできたのかと思い、引き離す必要があるか検討していたのだ。」
「マリアンヌ様はわたくしのために必要なのです。引き離されるとわたくしが困ります。」
「わかった。」
あれ?そっちの話なのか。
「それからノクトレーン国の諜報員を討伐するそうだな。」
「はい。諜報員と接触した際に鑑定する機会がありまして、王都の結界が相当邪魔なようで困っていらっしゃいました。それでわたくしを殺害する計画を立てておりましたので、せっかくだから掃討あるいは拘束しようかと。なるべく生かして捕らえるつもりではありますが、殺して問題のある者はいますでしょうか?」
「魔法発表会に出席した者たちは、わが国が招待したことになっている。原則殺害は禁止だ。」
「畏まりました。それと、今回の功績をイニエスタ殿下にお譲りしたく存じますがいかがでしょうか?」
「その意図は?」
「ノクトレーン国の諜報員を討伐したとなると、二国間の関係は悪化するでしょう。すぐではありませんが戦争に発展するかもしれません。国境を守らねばなりませんし、戦争を回避するにしても、帝国を目指すにしても、王太子としての将来の構想は反映させるべきかと愚考いたします。」
「失敗した場合は?」
「わたくしが死に、王都の結界は無くなります。ただし、タルタ人の手引きが無い以上、以前よりも間者の侵入は難しいでしょう。ご希望でしたら結界の引継ぎも可能です。施療院のスタッフは半数以上が結界を運用できますので。」
「施療院は神官も養成しているのか!?」
「わたくしが知っている魔力増加法が、神官にしかできないものですので致し方なく。施術スタッフの訓練完遂目標は総魔力量3000以上です。」
「王宮魔法士の大半は2,000前後だったはずだ。信じられん…」
「陛下、現在は10,000以上でございます。王宮魔法士としてマリアンヌが新しい魔力増加法を王宮で広めております。」
「では、王宮魔法士の皆様に結界の引継ぎを依頼することも可能ですね。」
国王陛下はご存じなかったようだ。
「訓練場が手狭になるほど、朝夕走る者が増えたとは思っていたのだ。そういうことか。」
神官の招集を始めたころから王宮全体で神官に対する忌避感が薄れていった。世代交代が進んで、過去の神官を知らない世代が多数派になったのも影響している。そこに来て効率のよい魔力増加法が広まったのだ。アリシアは知らないことだが、マリアンヌ派閥がすでに形成されつつある。
「話を戻そう。予定を中止した場合はどうなる?」
「いずれわたくしが殺されるでしょう。あるいは、タルタの国に逃げることになりますが…」
「逃げた先でも追撃される恐れがある以上、戦う以外に生き残るすべはないということだな。」
戦術の確認をする。
王都を出たらノクトレーン国に向けて南へ移動。まずは追走してくる奴らを片っ端から拘束する。
全部処理したら転移してノクトレーン国の領土を抜けてさらに南の諸島へ。諸島はだいたい無人か海賊しかいないから死人が出ても誰も気にしない。海賊も邪魔するなら拘束する。抵抗したら殺す。という我ながら完璧なプランだ。
「なにもかも雑すぎる。格上の敵が現れることを想定していない。拘束した諜報員はどこに持って行く?なぜ討伐対象が増える?海賊がいるということは商船もいるということだ。だれでも殺していいわけではない。」
「格上なら王都の結界を突破できるので、すでに死んでいます。その時は仕方ありません。拘束した諜報員は
「近衛を付けたいところだが、足手まといであろうな。」
「わたくしとロイドだけで行こうと考えております。」
「あの戦闘狂のロイド・カーベルトか。」
「本当はわたくし一人で対応するつもりだったのですが、ロイドが希望しまして。」
「もし其方が拘束されて人質にされた場合は?」
「捨ておきください。祖父も納得すると思います。むしろノクトレーン国の心配をなさってください。国家が崩壊するでしょうから、治安維持が必要です。」
「わかった。魔王が復讐に来るぞとでも脅しておこう。」
「ふふふ。魔王のように人間を家畜にしようとはしないはずなので、それよりはましかもしれません。ケルディア王国の国境での出来事のようになるだけです。」
あの時の惨状を想起し国王陛下の顔が引きつった。
◆ ノクトレーン国から派遣された諜報員視点
“エルネスタ王国王都の結界を維持するアリシアとの接触に成功した。魔法の指導の名目で来週火の日、王都外で一緒に行動する。目的地は不明。護衛多数と予想される。”
いままで王都の侵入に攻めあぐねていたのが、魔法発表会のおかげで王都侵入に成功。最優先ターゲットと接触できたのだ。さらに、暗殺の絶好の機会を得た。本国の上司は上機嫌だ。魔法発表会に参加する
王都近郊の森から監視を続けているが、翌日から王都外を周回する姿を見かけるようになった。ただし、あのロイド・カーベルトが帯同している。白い集団も一緒だ。下手に手を出すのは下策か。相手が人目につかぬ場所をわざわざご所望だ。その時でいい。一週間でできる限り戦闘員を招集する。
先日の魔法発表会で使用した空き地でアリシアが
接触した日には結界内で魔法を行使したら結界に排除される恐れがあるため鑑定しなかった。今も念のため確認したいところだが遠すぎて鑑定できない。当日何か理由を付けて鑑定しよう。
◇
各地から続々と戦闘員が集まって来た。今は40人ほどに膨れ上がっている。警戒してこちらに挨拶に来ないやつも多いだろう。功績を欲する馬鹿上司どものおかげで大変助かる。
「やあ、アインスさぁん。今からパーティですかぁ?娘ひとりヤるのにこんなに人数必要ですかねぇ?」
「招集に応じてもらい感謝する。相手は王族だ。護衛も多い。貴様らは護衛の排除役だ。」
「護衛なんて無視して転移してサクッとヤりゃいいんじゃないのぉ?」
「結界に阻まれているようで転移できないからだ。納得できないなら今から行ってみろ。」
「ふぅん。
ゼクスは王都に侵入した経験があり土地勘がある。彼女はその場から消え、しばらくして顔を腫らして戻ってきた。美しい顔を傷つけないのがモットーとか言ってんだけどなコイツ。
「…本当らしいねぇ。
「良く戻ってこれたな。今は結界の檻が無いらしい。」
「オレを殺そうとしたのか?」
「素に戻ってるぞ。仲間を信じなかった罰だ。いい情報を得た感謝する。」
結界の檻で仲間が少なくとも10人は殺られてる。下水道で拘束されれば、クソまみれで餓死するかクソを喰って生き延びるか究極の選択を迫られる。クソを喰って生きながらえてもいずれ病気で死ぬ。それを死ぬまで放置して高笑いするのがアリシアという自称聖女見習いの悪女だ。一生聖女になどなるものか。
決戦の日は近い。
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