第25話 聖女見習いは浴室で実験する

「ねねねいーでしょマリアンヌ様すごく気持ちいいですよわたしの侍女たちにも評判でなんならルークにも同席頂いて一緒に」

「わかりましたから行きましょう。」


 必死の説得のかいありマリアンヌ様を離宮に連れ込むことに成功した。

 馬車でもうすぐ帰りつくといったところで、結界に阻まれている人影を発見したようで御者も違和感に気付いて知らせてきた。


「マリアンヌ様、申し訳ございません。敵襲のようです。」


 御者に気付かないふりをしてもらい、二人とも魔法遮断と物理遮断それぞれ2枚づつの4層結界を張る。

 無言で【鑑定の奇跡】ハヴハナを行使して何者か確認する。すごい、マリアンヌ様も詠唱省略して鑑定できている。ノクトレーン国の諜報員ケルン、コードネームはアインス。ほほう、外国からの諜報員の方か。彼の生い立ちも最近の苦労も、彼の目論見も看破した。丁重にオモテナシしなければ。マリアンヌ様は王宮魔法士服のフードを目深にかぶった。馬車を止めてもらい、声をかける。


「あら、ケルン様、魔法発表会ぶりでございますね。我が家に御用ですか?」

「これは、アリシア・タルタ姫殿下、ご機嫌麗しゅう存じます。」


 慇懃に礼をする。


「魔法発表会では守っていただいたそうで、そのお礼を述べさせていただきたく参上しました。それにエルネスタ王国に伺ったのです。せっかくですから観光にでもと。」


 馬車から降りて対応する。


「まあ、そうでしたの。わたくしは裏方としてやるべきことをやっただけですわ。それよりもケルン様の開発した≪大爆風≫モアブ、大変感銘を受けました。わたくしは火と土が使えないので、それ以外の属性の攻撃系魔法があることが喜ばしいのです。是非詳しくお伺いしたいと思っていたのですが。どうぞこちらへ。」


 にっこり。ケルンの通るところだけ離宮の結界に穴をあける。ケルンは笑顔で歩いてきた。すごい、さすがは諜報員。警戒心全開のはずなのに全くそうは見えないし。勉強になるなぁ。ただ、研究者を装っているのに足音を殺しているのはどうかと思う。そのまま応接間に通した。マリアンヌ様は従者っぽく後ろに控えた。

 ケルンをソファーに座るよう促すと、跪いてきた。


「先日は従者ともどもお助けいただき感謝いたします。お礼の印にこちらをお納めください。」


 ケルンは懐から豪華な箱に入れられたご神体を出してきた。


「これは?」

「こちらはただの木の板ではございません。聖銀ミスリルを神の手によって加工されたとされる、いわゆるご神体なのです。また、ご神体はただの聖銀ミスリルではございません。伝承によりますと、奇跡を効率よく行使できるとのこと。」


 あ、うん。それは知ってるんだけどね。


「まあ!貴国にとって重要なものではございませんか。受け取れません。」

「いいえ、わが国には神官がおりません。学術資料として死蔵するよりも、聖女様であらせられるアリシア様にお使いいただいた方がよろしいかと存じます。」

「わたくしはいまだ聖女見習いの身です。聖女様など恐れ多い。」


 すみません。わたしは地獄の拷問官です。聖女様はわたしの後ろにおわしますよ。

 結局ご神体は預かることになった。いったんマリアンヌ様が受け取り、≪鑑定≫アプレイザルを行使して箱や中身に毒物などが塗布されていないか確認する。贈答品を鑑定をする行為は貴族としては礼儀の範疇なので問題なし。まあ、毒物を塗るような罰当たりは八つ裂きだけどね。

 マリアンヌ様からご神体を丁寧に受け取る。

 毒以外の呪法めいたものも付加されているかもしれないので【浄化の奇跡】ティフールを行使して、部屋ごと浄化する。


「あ、あら、失礼しました。本当に奇跡を効率よく行使できるようですね。ほほほ。」


 ケルンは苦笑いだ。

 そして、【鑑定の奇跡】ハヴハナを行使してご神体の経歴を調べる。聖銀ミスリルが鉱山から掘り出されて板として鋳造され、神によって改鋳されてご神体になり、神官に携えられて共に魔王と戦い(いつか見たスタッフの上にご神体をくっつけたスタイルだった)、神官の故郷に持ち帰られ、神殿に二枚目として安置されていたが、神官の死後、地震により神殿が倒壊した際に瓦礫と一緒に捨てられて、偶然拾った子供のままごとのまな板になり、ご神体っぽい小汚い板を探していたケルンに銅貨3枚で買い取られた。ケルンはご神体だという認識が無く、ただの板切れだと思っている。本当にわたしに取り入るための小道具として出してきたようだ。箱が豪華なら中身がゴミでもなにやら由緒正しいものに見えると思ったのかもしれない。他にも箱が豪華なガラス玉なども持っているようだ。


「…銅貨3枚…いえ、ケルン様が見つけ出してくださらなければ、ただの板切れ、おままごとのまな板として使われたあと捨てられていたでしょう。魔王と戦った歴戦のご神体を見つけてくださってありがとう存じます。」


 深々と頭を下げる。

 銅貨3枚とおままごとのキーワードに眉が少しだけ動いた。観念したように息を吐く。


「いやー、そこまでおわかりになるとは。」

「はい。顔や風景しかわかりませんが。」


 ケルンがいまだにただの板切れではないのかと訝しんでいるのもわかるのだが。信じてもらうにも具体的な地名や人名がわからないのが困りものだ。

 あとで聖女就任のお祝いにマリアンヌ様にあげよう。神様に頼んだらワンドに変えてくれるかな?


「ところで、≪大爆風≫モアブについて教えていただいてもよろしいかしら?」

「はい。なんなりと。」


 わたしがメモした術式を広げる。


「発表された術式では10個の多重属性強化だと思うのですが、デモンストレーションでは12個あったような気がします。発表した術式と違うものを発動したのではございませんか?」

「良くご覧になっておられたのですね。≪大爆風≫モアブは余計に魔力を込めると属性強化の数を増やせるのです。だだ、助手が観客を喜ばせようと無理をしてしまいまして…」

「なるほど。魔力を込めると属性強化の数を増やせる。すばらしいわ!わたくし≪竜巻≫トルネードを使っても魔力消費量が一般的に100消費するところを10しか消費しないので非常に弱いんですの。これを使えば人並みの≪竜巻≫トルネードが起こせるかしら。」

「いかがでしょう。実際にお試しになっては?」

「やりましょう。突然で申し訳ないけれど、来週でもよろしくて?できれば人目につかない場所が良いので少し遠くなるのですが。」

「もちろんでございます。では来週。」


 時刻を決めて王都外で集合することになった。決戦は来週。せっかくだから全員まとめてやっちゃおう。

 王太子として実績が欲しいイニエスタ第一王子に声をかけようかな。無理ならこっちで処理するけど。



 ◆



「マリアンヌ様、お待たせして申し訳ございません。」

「いいのよ。協力してもらうのはこちらの方だから。」

「っとその前に、【神託の奇跡】ネヴア】」


『神聖で無限なる神よ、わが呼び声にお答えください。ご神体をお預かりしましたので、一つをマリアンヌ様へお預けしたいと存じます。よろしければわたくしが頂いたようなワンド型にしていただけないでしょうか。』

『良いよーん。』


 あいかわらず軽い神様だ。自分の声で聞こえるから自分が神かと勘違いする神官も多かっただろう。

 ケルンが持ち込んだご神体に空間が歪むような膨大な魔力が込められ、ワンド型へ整形された。なんだか持ち手の意匠が私のより高級だ。ふわりと浮かびマリアンヌ様の目の前で止まる。


「遅くなりましたが、マリアンヌ様の聖女就任祝いです。神がワンドを貴女のために作ってくださいました。返却する際は神託で話しかければ元のご神体に戻るはずです。わたしとおそろいですね。」

「偉大なる主よ、お、お預かりします。アリシアもありがとう。ふふ。」


 早速≪魔法強化≫マジックブーストを教えてもらった。≪大爆風≫モアブの属性強化部分の術式よりも単純で理解しやすい。単純だからこそ安全機構も無い。それでは浴室で実験だ。離宮の浴室はやたら広い。手足を伸ばしても30人くらい入れる。いったい何の目的で作られたんだろうか?

 二人ともバスタオル一枚。マリアンヌ様の北半球が眩しい。うなじが眩しい。腕も肩も眩しい。普段見えない太腿も眩しい。つまり全身眩しい。

 わたしもマリアンヌ様の美しさにやられてしまいそうだ。


「ではいきます。≪魔法強化≫マジックブースト≪水瓶≫ウォーター、あばばばばばばばば…」

「成功ね。そのまま維持して。」

「はばばばば、いびびびびび…」


 魔法としては失敗だが、目的としては成功だ。手のひらから水を出す魔法が≪魔法強化≫マジックブーストの魔法陣から反射して私の全身にバシャバシャとかかってくる。人肌の温度で生ぬるい。マリアンヌ様は≪魔法強化≫マジックブーストの魔法陣がどうなっているか上から下から右から左から真剣に観察している。


「どぼぼぼでずがばばばば…」

「もうちょっと!」


 さすがに苦しくなったので顔の前に結界を張って顔に当たる水を受け流した。

 マリアンヌ様は≪鑑定≫アプレイザル【鑑定の奇跡】ハヴハナを駆使して、そして自分の魔力を流して反応を見たりしている。右に左に動くたびに雄大にゆっさゆっさ揺れる胸に負けて、バスタオルがするりと落ちた。彼女は全く気付かないほど真剣に調べている。ここで指摘する野暮は止めてしっかり目に焼き付けよう。


 そういえば映像と音を記録する魔法はあるのかな?≪千里眼≫クレアボヤンスを結界に投影できる。音も≪通信≫テレボイスを使って遠距離に声を送れる。どちらも途中で貯める機構さえあれば…


「アリシア。集中して。魔法が解けかけてる。」

「はい!すみません。」


 マリアンヌ様の美しさを永遠に保存したい。この時の発想によって、のちに開発されることになる≪記録≫レコードが、聖マリアンヌ教の発展に大きく寄与するのであった。


 マリアンヌ様が夢中で調べている間、≪通信≫テレボイスでルークから連絡が来た。


『アリシア、どこだ?』

『離宮の浴室で実験中です。』

『実験か。今向かう。』


 ≪転移扉≫テレポートドアを通って入ってきた。全裸のマリアンヌ様に目もくれず近づいてくる。


「それは、どんな実験だ?」

≪魔法強化≫マジックブーストを失敗すると魔法を反射するような現象が起こるので、仕組みを調べています。」

「なるほど。それは興味深いな。」

「うーん。増幅するはずの位相が逆転した結果、ベクトルが変わったのかも。…」

「術者の共鳴属性と無共鳴属性で術式の挙動が違うようだな。共鳴属性で失敗が無いのもその関係か。」


 わたしが出した≪水瓶≫ウォーターとマリアンヌ様が出した≪水瓶≫ウォーターを交互に触れながらルークが参加する。


「ええ、それも正反対に反射するのではなく、乱反射しています。それで………」

「それで?」


 マリアンヌ様の全身が真っ赤に染まった。


「きゃああああああああああ!!!!」

「マリアンヌ様、どうしたのですか?」

「どうした、クモでも見つけたか?」

「アリシア姫!いかがなさいました!?」


 侍女も扉をガラッと開けて飛び込んできた。

 ルークの側仕えも走りこんできた!


「ルーク様!いくら婚約者とはいえ浴室に入るのは…」

「いやあああああああああああ!!!!」



 ◆



 お風呂から上がってルークの居室。


「もうお嫁にいけません…」

「大丈夫です。ルークが責任を取ってきさきにしてくださいます。そうだ、一緒にタルタの国に行きましょう。そうすれば国が割れる心配も無いですよ。序列もマリアンヌ様が上で構いませんから。」

「わかった。マリアンヌ、お前も妻になれ。ただし序列はアリシアの方が上だ。」

「…ルーク…」

「家の同意もわたくしの同意もなく進めないでください…」

「マリアンヌ様は前に『王族以外に嫁いだ方が平和』だとかおっしゃいましたが、そうはなりません。外国から狙われるかもしれませんし、家格に任せて望まぬ婚姻を迫られるかもしれません。たとえ望むような婚姻ができたとしても夫の命が狙われる可能性だって。ルークがお相手できないときはわたしがお相手いたしますから。きっと幸せにします。」

「わたくしにそのような趣味はございません。」


 スン。マリアンヌ様が我に返った。

 以前マリアンヌ様を襲わせた子爵の嫡男、何を理由に求婚を断ったんだっけ?家の利益が無いからだったような…

 リーゼヴェルト伯爵領で必要なものといえば…だめだ。妃教育でリーゼヴェルト伯爵領の主要産業は把握しているが、何が必要かわからない。

 こちらから提供できるものといえば、魔力、結界…は伯爵領内に残っている、金銭は…伯爵領全体を潤すほど潤沢というわけでもないな、施療院の誘致、魔法の最新技術、国家間のつながりは…まだ蛮族国扱いだからむしろデメリットか。


「ルーク殿下、求婚は光栄に存じます。ですが、アリシアという婚約者がありながら、わたくしに求婚するのはいかがなものかと存じます。せめて婚姻して嫡男が生まれた後にしてくださいませ。いくら序列でアリシアを上に据えたとしても、アリシアが女児、わたくしが男児を生んだ瞬間に入れ替わってしまいます。国が乱れる原因となるでしょう。アリシアも今後タルタの国を治める女王となるのですから、先を見据えた発言をお願い致します。」

「ハイ…」

「性急だったようだ。求婚はまたの機会にしよう。」

「そうしてくださいませ。お待ちしております。」


 そんなこんなでマリアンヌ様が全裸を見られた件はうやむやのうちに丸く収まった。


「ところでマリアンヌ様、魔法の反射の件はなにかヒントはありましたか?」

「共鳴属性と無共鳴属性で位相が違うことが判明しました。術者の適性が判明しない状態では反射が困難ということです。それに反射したとしても方向が予測できないので集団戦では使えません。先は長そうです。」

「マリアンヌ様が調べている間に思いついたんですが、魔法を貯めることはできないでしょうか。」

「いったん貯めて、再度発動するということですか?」

「そうです。本当は別の目的で使いたいんですが、魔法そのものや魔法効果を貯めることができれば応用の幅も広がるかと。ルーク、≪収納≫ボックスに魔法を撃ったらどうなるかご存じですか?」

「やったことは無い。ふむ。そういえば実験していなかったな。≪転移扉≫テレポートドアに向かって魔法を撃ったらどうなるかも。」

≪転移扉≫テレポートドア!その手がありましたわ!」

「では浴室に戻って試しましょうか。」

「今度は水着を持って参ります。」


 この時の三人は知らない。三人で浴室に入ってなにやらバシャバシャやっていたという噂がたつことを…。

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