第23話 聖女見習いは王都を守る
王都外の平原にて。
魔法発表会第二部の攻撃系魔法のデモンストレーションが開始される。
すでに城壁には市民が大量に登っており屋台も出ている。完全にお祭り騒ぎだ。領外からも観光客が訪れて今か今かと待ちわびている。ちなみに王都の出入口とは反対側だ。商隊に流れ弾が当たるようなことは無い。
わたしは事故防止のため王都の結界に魔法攻撃と物理攻撃遮断をさらに付加した。
さらに、屋台で酒も振舞われていることから、城壁からの転落防止用に柔らかいマット状の結界を準備している。結界の変化に気付いたのはマリアンヌ様だけ。ロイドは飛び込みの依頼が殺到して施療院に戻っていった。
空中に巨大な結界を作り出し、そこに
「ただ今より、魔法発表会第二部、攻撃系魔法のデモンストレーションを開始します。」
「「うぉぉぉぉおぉぉぉおぉ!!」」パチパチパチパチ
大歓声が上がった。
順番は規模が小さい順である。
画面を二枚出して、発射側と的側の表示させる。
最初の魔法士は火土風属性の複合で音速を超える
ルークが解説する。
「音速を超える攻撃は
「ならば結界が見直されるかもしれませんね。」
「結界といえば、ロイドの
「おそらく可能です。他の弱体系魔法も防げましたので。」
「ロイドは最近熱心に神官と戦う方法を研究していたのでな。少し気になった。」
雑談しながらもデモンストレーションは進んでいく、次は大規模魔法の時間だ。
的の画面を消して発射側だけの画面にする。
「続きまして、オーギュスト・ボマー殿、
「「うおおおおおおお!」」
この人も有名だそうだ。観客にも名を知られている。聞いたところによるとボマー家は代々鉱山で発破の仕事をしているそうだ。
標的に大人の二倍の高さと太さの
「既存の火風属性の理論限界を超え、新たに光属性を加えた。見よ!
空中にいくつもの魔法陣が次々描かれ、見た目も美しい。発動に時間がかかるのはご愛敬だ。
大爆発が見えた。時間差でドン!!と腹の底に響くような地響きがきた。
「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
大喝采だ。衝撃で何人か城壁から落ちた。わたしも皆に合わせて大声を出し拍手する。
土煙が消えると、標的の
「続きまして、ノクトレーン国ケルン殿、
どうやら映し出された発表者ではなく、助手が行使するようだ。
「開発者が使用しなくてもいいのですか?」
「必要な魔力量が莫大だと助手が実行することもある。あるいは複数人で同時に行使したりな。」
「
発表者は土塁に入って結界によく似た障壁を張り出した。相当な威力があるのかもしれない。王都の結界も強めた。
危険を知らせるホイッスルが数度鳴り響き、屋台の店員も観客たちもメルロン(※城壁の凸部分)に隠れながら固唾を飲んで見守る。ホイッスルのルールを知らない観光客も周りの動きを見て同じように隠れた。騒がしかった城壁が一斉に静かになる。状況を理解していない子供が出した「かあちゃんおしっこ!」の声に笑いが起きた。
「
さっきの魔法にこちらも負けじとたくさんの魔法陣が現れた。すべて風属性。魔法を行使した助手はそのまま倒れた。
発表者が土塁から飛び出してきて助手を抱え、足を魔法を撃った場所に向けてその場に伏せた。土塁までは間に合わないと判断したのだろう。
「
「失敗だ!近すぎる!」
発表者と助手を守る半球の結界を張る。ルークがわたしに覆いかぶさった。互いに抱きしめあう形である。すさまじい爆風の竜巻が岩石を振り回して王都の結界にぶつかり、ゴオオオオ!ドゴドゴドゴンドゴン!爆風と地響きを長く打ち鳴らした。空には縦長い雲ができ、その後霧散して静かになった。
「「うわああああああああ!!!」」
大喝采だ。わたしに覆いかぶさっているルークの肩を叩く人がいる。
「よう兄ちゃん。どさくさ紛れに乳繰り合うのはそこまでだ。」
周りの観客にニヤニヤされながら、ルークは慌てて飛び退き、手を差し出してきた。わたしも手を取り引き起こしてもらう。
「すまない。王都の結界を
「い、いえ。庇ってくださってうれしかったです。」
いざとなったら、わたしがルークに覆いかぶさる予定だったのに先を越されてしまった。どうやら発表者も助手も無事らしい。発表者が起き上がろうとしたら頭をぶつけたので結界を解く。土塁にいたスタッフも無事だ。中心部には深いクレーターと石柱が出来ていた。やはり失敗だったのか、本来の標的よりも王都の方が近い。
発表者が助手と一緒に城壁に向かって頭を下げた。拍手で称える。
「最後は、アイリス・ファイアワークス殿、
彼女は第1回からずっとやっているらしい。今回も新作の花火を披露する。光火土属性を組み合わせるそうだ。
真上に魔法をいくつも撃ちあげる。一瞬で消える魔法に美しさを込めた芸術作品に思えた。夜の方が良く見えたかもしれない。それでも拍手喝采だった。
観客も満足して魔法発表会は閉幕となった。
◆ ノクトレーン国から派遣された諜報員視点
エルネスタ王国王都へ間者を送り込む作戦は困難を極めていた。
以前はタルタ人の手引きがあったため侵入も情報収集も容易だったのに、大英雄ファルスが王となってタルタ人を率いて故郷へ帰ってしまった。新たな侵入ルートを確保する必要が出てきたのだ。
置き土産にファルスが張ったと思われる結界が全く消える様子は無い。アリシアという聖女見習いに引き継いだようだ。
結界の性質を検証した結果、従来型の魔物と魔族を排除するだけでなく、間諜目的の侵入が不可能であると判明している。よって不用意に正門を通ることはできない。
対策として、王都の中央を流れる川を遡上し下水道を侵入するルートを使用したが、誰一人生きて帰ってくることは無かった。また下水道の構造も見直しがあったようで、ルートが変わっているのではないかと予想される。“資金を投入して訓練した間者が無駄に消えるのはこれ以上許容されない。”と本国の上司も釘を刺してきた。いままで10人以上は消えただろうか。また一から調査しなおしだというのに頭の痛い話だ。
結界を通過するにはいくつか方法があるが、オーソドックスな方法としては、催眠によって目的を別のものに差し替えて侵入する。侵入したあと手紙を受け取るなどのトリガーで催眠を解除するのだ。
特にエルネスタ王国王都へ入城する目的は簡単に用意できる。数カ月前に国際的に大きく宣伝された
にもかかわらず、報告は途絶えてしまう。結界が二重三重に張られていると思われ、間者が手紙を受け取ったところまでは判明しているのだが、なぜか行方不明になってしまう。
本国からせっつかれているが我々はできることをやるだけだ。衛兵に金を握らせて情報を引き出す作戦はうまくいっている。また、第一王子に実績を積ませたい国王の意向により頻繁に王都から出張しているようだ。付けこむ隙は必ずある。
数カ月にわたる慎重な分析の結果、結界の通過が極めて困難。仮に外側を通過しても内側の結界に阻まれる模様だ。また、王都に結界を張っていると思われるアリシアなる人物を探させると連絡が途絶えてしまい見つからない。王都には神殿が無く神官姿の人物も見かけないという情報だけが得られた。結界を張っている人物の居場所が特定できれば暗殺するなり賄賂を使うなり篭絡するなりやりようはあるのだが。
結局、王宮へ侵入することは結界に阻まれて困難という結論に至った。
表向きの身分は狩人となって、王都の外の森林に拠点を設置し、王都を観察する。
すぐに目に付いたのが外壁を走りながら巡回する集団だ。
本国から新しい任務が下された。『魔法発表会に出席し祖国の魔法技術を知らしめよ』。ただし結界を越えるため間諜は不要だそうだ、この程度で結界が通過できるのだろうか。発表する魔法は
魔法研究者に扮してエントリーするため王都に入った。構成員のツヴァイが俺より魔力量が多いため助手として参加する。入城検査以降、何の
せっかくだ。魔法発表会まで久々の柔らかい布団を堪能するとしよう。
◇
魔法発表会が始まった。
のだが、因縁の男を発見した!奴だ。ロイド・カーベルトというのか。
奴は俺がやられた
自ら実験台になった女魔法士の口を封じ全裸に剝いた。何だこの魔法?強すぎる!
単に武装解除に使うだけでなく、誘拐、強盗、強姦、いくらでも悪用できる。私が毎回全裸にさせられていたのも暗器を懐に忍ばせていたからだと判明した。発表したということは、その対抗策も準備済みということだ。奴は危険すぎる。ただちに本国に報告すべきか、いや、すべてが終わって安全を確保してからだ。
術式を素早く書き留めた。
次々に魔法が発表される。後で思わぬ使い道が判明するかもしれないため、すべて書き留める。
女の名はアリシア・タルタ。タルタの王、大英雄ファルスの孫娘か。暗部とは無縁そうに見える牧歌的な女が、あの悪辣な結界を維持しているというのか?
報告すべきことが多すぎる!
私の出番が回ってきた。我が国の叡智を集めた魔法を披露してやろう。驚くが良い!自信満々に術式を開示し胸を張った。な、なんだ?研究者たちに失笑されている。なぜだ?わかった!奴らには魔力消費量が多すぎて使えないのだ。こんな無駄なものをと思っているのだろう。ふふん。貴様らごとき低魔力量の者どもにはたどり着けぬ遥か高みを第二部で見せつけてやろう。
論壇の脇で裏方をしているアリシアだけが俺の発表を目を輝かせながら小声ですごい!と評価し必死に術式を書き留めていた。見る目があるではないか。
◇
第二部が始まった。はじめは小粒の攻撃系魔法から始まる。我々は土塁の席から城壁を見上げた。城壁には観客がひしめいており、どよめきを起こしたり歓声をあげたり忙しそうだ。
我々の出番になった。目標のミスリル柱の入れ替えの合間、ツヴァイが言う。
「先ほどの魔法陣数は12個ありました。我々は13個出します。」
「なっ、死ぬ気か!?お前の総魔力量ギリギリだろう?」
「そこまでやらねば祖国の魔法技術を知らしめよという任務は果たせないでしょう。」
「続きまして、ケルン殿、
「わかった。死ぬなよ。
土塁に入って障壁を張る。
「発動したらすぐに飛び込め。」
「言われなくても。」
ツヴァイが自身の限界を超える魔法を行使する。予想魔力消費量1,400。奴の総魔力量は1,200。風の適性があるから消費量はギリギリ足りるかもしれない。まさに命懸けだ。
「
魔法陣が空中に重ねて描き出される。1、2、3、・・・・、12枚目が出たときツヴァイは倒れた。土塁を飛び出しツヴァイを運ぼうとしたところで、ダメか、間に合わん。だが歴史的偉業だ。魔法が発動した。ツヴァイを庇って伏せる。そこへ破滅的な破壊を生み出す竜巻が発生した。すぐに吹き飛ばされて俺たちは死ぬだろう。
すさまじい暴風の音と岩石がぶつかる音が聞こえるが、我々の身に風は吹きつけなかった。飛んできた岩石に無駄だと知りつつ身を守るも、目の前の何かに弾かれどこかへ飛んで行った。これは結界か?
城壁の方はどうなっているのか?岩石と砂の嵐で全く見えない。岩石を弾くさまを見ながら結界がありそうなあたりに触れてみる。予想に反してぷよぷよしていた。こんな一見頼りなさそうな結界なのに、巨大な岩石がぶつかれば粉砕しながらはじいてしまう。結界の魔力に触れると術者の優しさと強さを感じた。まるで母のような。まあ、孤児の俺には母など見たこともないのだが。
考え事をしている間に魔法の竜巻が終息した。城壁は無傷。観客はしばらく沈黙したあと、割れんばかりの大喝采が起こった。大喝采に驚いて慌てて立ち上がろうとして結界に頭をぶつけてしまった。結界はすぐに霧散したようで、手に触れていた感触が無くなる。
暗部の人間が民衆の大喝采を受けるなど聞いたことが無い。ツヴァイに肩を貸して、つい頭を下げた。多くの拍手が降り注いできた。
「結界も城壁も破壊できなかったが祖国の魔法技術を知らしめよという任務は達成できたようだな。」
「おろろろろろろろろろ」
「うわ!汚ねぇ離れろ!」
魔法発表会は盛況のうちに終了した。
裏方の立場を使って
「こら!泥棒!」
「え?どこどこ?」
「おまえだ!」
「わたしは魔法発表会の関係者です。ほら。」
腕章を見せる。
「手に持ってる
「回収して学校に持って行くんです。手伝ってください。」
「お、おぅ。」
嘘は言っていません。にっこり。
手伝ってもらって一つ一つ拾っていったが、面倒になったので周囲を結界で掘り出し、土ごと
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