第20話 伯爵令嬢は聖女になる
調べを進めるうちにローウェル子爵領の盗賊団は、領都の市民ほぼ全員、領内の半数以上がメンバーだったことが判明した。法令に基づき処罰すれば子爵領の廃領は免れないうえ、重要な街道の治安はさらに悪化するだろう。かと言ってお咎めなしとするには商人の被害が少なくない。幸いなのは死者を出していないことか。
マリアンヌ様が秘策を出してきた。
「王族で慶事を行い盗賊たちに恩赦を出すというのはいかがでしょうか。ローウェル子爵領の事情以外にも、市民になりたくてもなれず、生きるために盗賊となった者もいることを知りました。市民として受け入れることで労働力と国全体の治安が改善するなら一考に値するかと。」
「ローウェル子爵領は良いとしても、他の領地が受け入れるとは思えぬ。恩赦が出たからと言って、昨日まで犯罪者だった者の隣人となりたい者はいないだろう。それに慶事と言っても、今からできそうなのは王位の継承か王太子の婚姻くらいにしか恩赦は適用できぬ。過去には戦争終結や和平条約締結による恩赦もあったはずだが。」
国王陛下が却下した。フレデリック前公爵がフォローする。
「特赦という制度がある。領地の継承で特定の人物に限定して減刑できるはずだ。レイラ嬢、領地を継承する意思はあるか?」
「はい。それで領民を守ることができるならば。」
◆
さらに翌日。ローウェル子爵に使者としてやってきたマリアンヌとアリシア、ついでに交渉次第で神官と戦闘になる可能性があると説明したらロイドもついてきた。ロイドはヤル気満々である。
マリアンヌは王宮魔法士の服、アリシアは文官服、ロイドは貴族服だ。
街の結界は門番を通過した先にある。結界に阻まれると別室で事情聴取である。
ロイドは子爵に対して思うところが無いのでそのまま通過した。
アリシアは魔力量に任せて結界に穴をあけて突破した。マリアンヌ様も空いた穴が塞がる前に通過した。
結界が見えない門番たちは、アリシアが一瞬立ち止まったがそのまま歩いて行ったのを見てそのまま見過ごした。
街の神官は結界の異常に気が付いたのだろう。手勢を率いて慌ててやってきた。
ロイドはウキウキで待ち構えている。
「敵襲!!」
バタバタと衛兵も集まって取り囲んできた。
若い神官がゆっくり進み出て睥睨する。
「マリアンヌ様。やっぱりダメみたいですね。」
「そうね。」
「くくくく。」
「何者だ!」
「我々は国王陛下の使者として参りました、私は王宮魔法士のマリアンヌと申します。ローウェル子爵令嬢暴行の件で事情を伺いに参りました。先触れはあったと思いますが?」
「嘘をつくな!領主様を害そうとする大罪人め!我が目は騙されんぞ!【主は天から見渡し、人の子らをひとりひとり御覧になり、御座を置かれた所から、地に住むすべての人に目を留められる。人の心をすべて造られた主は、彼らの業をことごとく見分けられる。鑑定により
何この人。省略できないのかな。
「マリアンヌ様、やっぱりこの人知らないみたいです。」
「そのようね。」
「なあ!あ、あ、あ…」
神官はその場で
「ご無礼をお許しください。慈悲の聖女マリアンヌ様。私はこの地を任されております神殿長のパウロと申します。」
「「え?」」
「わたくしは聖女ではありません。」
「何をおっしゃる!神より授かった称号があるではありませんか!」
アリシアも慌ててマリアンヌを鑑定してみる。
"称号:慈悲の聖女"
"汝の慈悲により多くの魂を救ったゆえ、この称号を授ける"
聖女見習いのアリシアは称号でマリアンヌに追い抜かれた。
「アリシア姫殿下にも称号がありますよ。くくくく。」
「えっ!?」
わたしも聖女に!?期待して自分を鑑定してみる。
"称号:地獄の拷問官"
"汝の無慈悲なる所業により多くの魂を砕いたゆえ、この称号を授ける"
その下に二重取り消し線で別の称号があった。
=== "称号:癒しの聖女" ===
"汝の癒しにより多くの魂を救ったが、それ以上に、魂を砕いたため取り消す。結界に取り込まれた者は救出すべし。"
「あああああああああ!!!」
ガックリと膝をつくアリシア。
神官の方はマリアンヌに完全服従したので、後を任せて王都に飛びかえるアリシアであった。
◆
王都地下下水道にて。
流石に汚くなってきた下水道を浄化しつつ結界の境界にアリシアはひた走る。
たしか30人以上いたはずだ。間者が次々侵入してきたから面倒になって放置していた。
「あのー生きてますか?死んでる…」
ずっとこんな調子だ。
「【わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。 わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。】
故人の魂が神の手に委ねられんことを。残された遺族や友人たちに対して神の慰めがあらんことを。主があなたを祝福し、あなたを守られるように…」
遺体は光になって消えていく。次へダッシュだ。
「あのー生きてますか?だめか…」
「う…」
「ごめんなさい。生きてた。」
浄化して綺麗にしてから砂糖水を飲ませる。鑑定。どこに連れて行こう。下手に病院に連れて行って失踪されたら困る。止めを刺す方が優しさか。どうしよう。
「あなたがケルディア王国の間者であることはわかっています。その任務も。ここで死ぬか、国に帰るか選んでください。」
「(かえりたい…)」
か細い声で反応した。
鑑定からどこに帰りたいかもわかっている。横抱きにして
ケルディア王国の街エリーアレグラの孤児院に着いた。
「すみませーん!どなたかいらっしゃいませんかー!」
しばらくすると女性が出てきた。横抱きにされた男を見て叫ぶ。
「ウィル!」
「カタリナ様ですね?わたしは……地獄の拷問官…アリシア…です…」
女性も泣きそうだったがアリシアも泣きそうだ。神に授けられた称号は必ず名乗らなければならない。
「えっ?」
「そのー、彼はエルネスタ王国王都に間者として侵入しようとして失敗しました。彼には間者の仕事は向いてないのであきらめてくださいとお伝えください。それでは。」
その辺の床に寝かせて
次はルークの研究室に仕掛けた結界だ。
学生が一人引っかかっていたが、見世物になっていたおかげで元気そうだ。
「見学希望なら窓から侵入せず扉から入ってください。それから、研究資料を盗み出そうというなら…」
「あなたの恥ずかしい情報をばらまきます。」と続けようとしてハタと気付いた。こんなことを言ってるから拷問官の称号をもらったのでは?うーん。
「研究資料を盗み出そうというなら、あなたの実家に事情を説明します。二度と帰郷できなくなるでしょう。」
「すみませんでした!二度としません!」
解放することにした。
次は離宮に移動だ。なにやら見覚えのない下働きの格好の男が離宮に侵入しようとしている。見えない壁にぶつかって引き返そうとするが戻れない。今まさに引っかかった。
「あのー、どうかしましたか?」
「あはは。綺麗な離宮だなと思いまして。」
笑ってごまかしているけど、ここの結界は害意を遮断する二枚で構成していて、一度入ると出られない構造だ。
「そうですか。私もそう思います。では。」
にっこり。
「あら。落としましたよ?お返ししますね。」
にっこり。針もろとも全身を浄化して返す。手持ちの毒は無くなったようだ。
アリシアは衛兵を呼ぶことにする。でも呼んでいる間に自決されたら困る。
「あなたのご家族はお元気?妹さんは魔法学校に通っているそうね。
「てめぇ。妹に手を出してみろ。殺すぞ。」
「そう。じゃあそうしようかしら。ちょっと待っててね。」
殺すというからには自決しないだろう。完璧だ。衛兵を呼びに行く。
衛兵を連れて戻ってきたらさらにもう一人かかっていた。どうやら口封じ役らしい。
口封じ役は毒を飲んだようだ。
舌を噛んだ。だがその程度では即死しない。対処法を考える時間をくれて助かる。彼らは経験が少ないようだ。
「うーん困りましたね。死にたくても死ねない体にして差し上げますね。」
手首を切った。回復する。頭を魔法で焼いた。回復する。首を切った。回復する。
いくら傷つけても
「無駄です。首を刎ねて即座に燃え尽きるくらいじゃないと死ねませんよ。」
「おまえは何者だ?」
「…………地獄の拷問官アリシアです。ターゲットをよく調べずに侵入しようとしたんですか?素人臭いですね。それでも暗殺組織ですか?」
泣きそうになりながらも律儀に称号を名乗るアリシア。衛兵もドン引きだ。
この日、暗殺組織が一つ消滅した。
依頼人がシャルロッテ第一王妃の執事だったのは心のうちにしまっておこう。
もしかしたら第三王子妃になるための訓練だったのかもしれないとアリシアは好意的にとらえた。
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