第19話 聖女見習いは真相を暴く

 王宮の会議室にて。

 貴族向けの治癒の経過観察だ。今回のメンバーはロイド、わたし、マリアンヌ様、賓客向けの施療院スタッフ。それからシャルロッテ第一王妃。

 シャルロッテ妃は文官服服だ、マリアンヌは王宮魔法士服、ロイドはとわたし、スタッフは白衣。

 今回は慣例通り身分の高い者から順に確認する。まずはフレデリック前公爵だ。


「しばらくぶりでございます、ご隠居様。御髪おぐしの方はいかがでしょうか。」


 質問したのはフレデリック前公爵の専属医だったスタッフだ。


「うむ。全く問題ない。心まで若返ったようだ。」

「それはようございました。」

「良い魔法を作ったアリシア姫にも感謝する。」

「もったいないお言葉です。」


 少し雑談した後、シャルロッテ妃と挨拶して退出していった。

 他の人も診たが問題無さそうだ。つじつま合わせに開発した≪身体複製≫ボディコピーも役に立ったようだ。開発に至った経緯は墓まで持って行こうと心の中で誓った。


 前回の実験で気になっていた人は三人。そのうちの一人が入ってきた。

 人体実験で首から下が全身マッチョマンになった彼だ。今どうなっているだろう?入ってきた彼は何やらふくよかになった気がする。


「そ、そのー。筋肉が徐々に脂肪に…」

「鍛錬はなさいましたか?」

「自分なりには…」

「もともとの筋肉を持っていた方と同程度の鍛錬でないと維持できませんよ?」

「いや、無理です。一度に100人相手に模擬戦したり、リザードマン相手にわざとスタンピードを引き起こして一昼夜一人で魔獣と戦ったりなんて。」

「そ、そうですか…」


 残念な結果に終わった。

 ロイドが施術の方法を詳しく質問してきた。参考になったようで無駄ではなかったと信じたい。「これは家畜に応用できそうですね。くくくく。」と言っていたから、飢饉になった時の隠し玉としてとっておこう。


 そしてあと二人、全身傷跡だらけのローウェル子爵家姉妹だ。いったん男性は退出して確認する。

 背中には新たにできたと思われる傷ができていた。経験を増やすためアリシアは手伝わず女性スタッフが施術する。魔力量増加の訓練が功を奏して魔力量には支障ないようだ。

 シャルロッテ妃がにっこりしながら二人に声をかけた。


「今日の検診が終わったら、私的なお茶会を開こうと思っていたの。ああ、私的なお茶会だから衣装はそのままでいいわ。良かったら来ない?アリシア、マリアンヌ、貴女たちもよ?」

「「ハイ。ヨロコンデ。」」


 質問形だが命令である。

 その後はイレギュラーもなく経過観察は終了した。結果には満足しているがその後のお茶会に戦々恐々だ。



 ◆



 王宮の庭園、東屋あずまやにて。あいにく天気が悪く暗雲が立ち込めていた。今にも雨が降り出しそうだ。わたしは白衣を脱いで文官服で出席する。

 アリシア達が着いた時には昨日のおじさん、シャルロッテ妃、フレデリック前公爵がいた。人が多すぎるので護衛と侍女はお茶だけおいて下がった。


「お召に従い参上しました。アリシアでございます。」

「お初にお目にかかります、国王陛下。リーゼヴェルト伯爵家四女マリアンヌと申します。」


 おじさんは国王陛下だった。シャルロッテ妃より偉そうな雰囲気があったからそうかなとは思っていたのだが。残りの二人もあいさつした。ローウェル子爵家の長女レイラ様、二女ソフィア様だ。


「うむ。まずはアリシア、先日の魔王の対応ご苦労だった。各国が恐慌している間に収束させたことで、大規模な軍事作戦に発展することが無かったため損害を最小限に抑えられた。感謝する。」

「汗顔の至りです。そもそも祖父の魔力量を見て現地の兵が魔王と誤認したのが発端。魔王を知らぬ愚者が騒いだだけのことでございました。」

「国境守備隊の報告によると、ケルディア王国軍は一人相手に手も足も出なかったそうだ。」

「さすがは大英雄ファルス殿。王都の入場審査では1000万を超えていたとか。大したものだ。」


 フレデリック前公爵の発言にローウェル子爵家の二人も驚いた顔をしている。

 その後、西方ゴルゴラルダの未開地に送り届け、拠点開発を開始したと報告した。


「それでね。今回の褒美にドレスを作る話になったのよ。」

「いえ、褒美など…」

「公式に褒美を授与すると自作自演と勘繰るものがでるのでな、しかし、何もしないわけにはいかぬ。受けてくれ。」

「ありがとうございます。」


 それぞれ近況をたずねる軽い雑談が続いた。会話の中でレイラ、ソフィアは現在魔法学校に在籍しており王都に住んでいるそうだ。


「さて、レイラ、ソフィア、ここからが本題だ。ローウェル子爵領が非常に栄えているようだな。その影響か盗賊も増えている。これを討伐する計画があるのだ。」


 緊張していた二人があからさまにほっとした。全身の傷の件で追及があるのだと思っていたのだろう。


「ご配慮いただきありがとう存じます。」

「なに。ローウェル子爵領は輸出入における重要な輸送路の一つを担っているからな。」

「この場でおっしゃっるということは、当家の当主グレゴリーにも秘密ということでしょうか?」

「うむ。近隣の領と比べて突出して栄えるとやっかみも増える。当初は他領からのいやがらせの線で調査しておったのだが、盗賊の奪った品がローウェル子爵領からばかり出てくるのだ。これは異常なことだ。」

「つまり、当主が盗賊を使って奪わせて領地を富ませている…と?」

「父は少々猜疑心が強いですが、そのようなことはしないはずです。」

「我々も疑っておらぬ。もしそうなら、ここまであからさまに疑われるような真似はすまい。近隣の領が示し合わせているのかもしれない。」

「盗賊がそこまで統制が取れているものなのでしょうか。」

「下手したら領軍が盗賊をはたらいているかと。」


 話を聞いていたアリシアが思いついたように言う。


「なら捕まえて調べましょう。土地を追い出された神官たちが結託しているのかもしれません。」


 一瞬静かになった。


「…貴女からそんな言葉が出るとは思わなかったわ。」


 シャルロッテ妃が目を丸くして驚く。

 レイラが反論する。


「当主は神殿と懇意にしておりますので神官が犯人とは考えにくいかと。」

「そうなのですか?神官と懇意にしている貴族は珍しいですね。」

「当主は神官のパウロを養子にし、神殿長に就任させたそうなので。」

「神官の価値を認めてくださっていることは喜ばしいですね。」

「ま、まあ、神官ならば結界で身を守っているはずなので、見たらわかると思います。」

≪千里眼≫クレアボヤンスで見えるか?」

「はい。やってみましょう。≪千里眼≫クレアボヤンス


 そのまま、矩形の結界に投影する。


「王都が映っているようだが?」

「はい。王都を二重半球状に緑色の結界が張られています。」


 マリアンヌも見えたが沈黙した。ルーク以外の王族に知らせるつもりはない。


「余には見えぬ。」

「せっかくだからローウェル子爵領に続く街道を見ていきましょう。」


 空を飛ぶようにどんどん進めていった。魔獣が多く出る地域なのだろうか、結界が残っている街が所々に見つかる。

 ローウェル子爵領までの街道はめぼしいものは見つからなかった。

 続けて国境までの街道を進む。


「ん?」


 街道で結界が見つかった。貴族の馬車が襲われているようだ。結界は馬車を守っている。


「では事情聴取に向かいましょう。≪転移扉≫テレポートドア

「私も向かう。」


 マリアンヌ様とフレデリック前公爵が剣を抜いてついてきた。


「なるべく殺すな。」

「はい!」


 ワンドを振りかざし、おじいちゃんが国境でやっていた首枷の結界を次々に張っていった。どんどん宙づりにする。

 苦し紛れに投げてきたナイフを結界で弾き全員腕も拘束する。盗賊たちは首を括られながら両手首を無理やり後ろ手に拘束された。


「「ぐあああああ!」」


 一部拘束の仕方がまずかったようだ。ありえない方向に曲がってしまった。戦闘中ゆえ致し方なし。フレデリック前公爵も強い!盗賊たちを次々と気絶させる。マリアンヌ様は自身に結界を施しながら馬車の状況を確認しに行く。

 制圧完了だ。


「結界というのは便利そうだな。自決せぬよう口も拘束できるか?」

「はい!できます。攻撃魔法より手加減が簡単ですよ。」


 盗賊の口に棒状の結界を咥えさせ、襲撃されていた馬車の面々が礼を言う間もなく王城へ連行する。


「イクター!なぜこのようなことを?…まさかお父様の命令で?」


 どうやらレイラ様は盗賊の一人と顔見知りのようだ。子爵家の使用人だそうだ。イクターと呼ばれた男は周囲を見回し答えた。盗賊たちと目配せしたようにも見えた。


「はい。グレゴリーの命令です。」


 他の盗賊たちも当主の命令だと口々に答えた。姉妹たちは目を見開いて驚いている。

 国王陛下たちも予想が外れて渋い顔をした。


「では、詳細な罪状を調べますね。【鑑定の奇跡】ハヴハナ。うーん。嘘ですね。グレゴリー様とはむしろ敵対しています。グレゴリー様に罪をかぶせて処刑させるのが目的で盗賊を働いていました。そのため盗品はすべてローウェル子爵領で売りさばいています。」


 のんきな声で淡々と嘘を暴く。盗賊たちが驚いている。


「アリシア、誰の命令だ?」

「首謀者はそこにいるイクターです。動機はグレゴリー様がレイラ様に対して冤罪をかけて拷問したため。なにやら複雑な事情がありそうですね。街に施されている結界を調べたほうがよさそうです。≪千里眼≫クレアボヤンス


 結界にも投影する。街を覆っている結界は赤色だった。


「街には特定の人物に対する悪意を防ぐ結界が施されています。これは…。≪転移扉≫テレポートドア


 結界に触れてすぐに帰ってくる。


「どういうことか説明してくれ。」

「もうしばらくお待ちを。レイラ様、ソフィア様、鑑定をしてもよろしいでしょうか?」

「当主に拷問されたことまでご存じなら、もう隠すことはありません。かまいません。」

「では、【鑑定の奇跡】ハヴハナ。」


 あれ?おとなしく見えるソフィア様の方が実は強情で頑固なのね。


「わかりました。街に施されている結界は、魔獣、魔族の遮断と、グレゴリー様に対する悪意を防いでいます。ここでいう悪意というのは負の感情も含まれます。」


 事件の全容を語る。

 きっかけはグレゴリー様が盗賊に襲撃を受けたこと。神官に依頼してグレゴリー様に対する悪意を防ぐ結界が街全体に施された。

 これがレイラ様とのささいな親子喧嘩で問題が大きくなる。レイラ様が街から出た後、戻れなくなったのだ。これを知ったグレゴリー様がレイラ様に反逆の意思ありと判断して拷問にかけた。レイラ様は領民に慕われており、彼女が拷問にかけられたのを知って、使用人や街の住民も次々に街に入れなくなった。姉が反逆の疑いで拘束されたと知ったソフィア様も留学先から帰ってきて事情を知り同じ状態になった。父に何を言っても聞き入れてもらえずレイラ様よりひどい拷問を受けた。再度侵入を試みたが失敗した。

 イクターと町の住民は共謀して盗賊を始め、グレゴリー様に罪を擦り付けて引退させようと画策した。


「住民が減れば領地は寂れるのではないか?」

「住民同士で連絡を取り合って、街の外に出ないようにしています。それから盗賊稼業で得たものを街で売る条件で商人に格安で流していました。その結果、商人でにぎわうようになり領地の税収がむしろ増えたようです。」


 グレゴリー様を呼び出して事情聴取することになったが、現在は外遊中で領地には不在だそうだ。領地に戻り次第連絡するよう通信員に通達する。

 ≪千里眼≫クレアボヤンスで街の結界を写しながらアリシアは付け加える。


「おそらく、現地の神官は結界の種類とリスクを知らないのだと思われます。盗賊を防ぎたいなら最小限の範囲で害意を防がなければなりません。」

「悪意と害意で特に違いがあるように思えないのだが。」

「結界専用の専門用語と言いますか、一般的に知られている単語とニュアンスが違います。悪意、害意、敵意、遮断の4つがあり、悪意は単に気に入らないや、商売敵など他愛もない負の感情でも該当します。害意は明確な攻撃の意思を持っている場合です。敵意は攻撃の意思はないが具体的な行動を伴う場合です。間者がそうですね。遮断はそのままです。王都の結界は魔獣と魔族の遮断と、王都に対する敵意の侵入を止めています。」

「王都に対する害意も止められないのか?」

「難しいです。たとえば、外から盗人が王都に逃げ込んできた場合、追ってきた兵士が入れなくなります。なので街全体ではなく王城のみ防ぐのが妥当かと。」


 次は盗賊の処遇だ。事情は把握したが盗賊の罪がなくなったわけではない。だが、今日の襲撃に加わっていない盗賊もたくさんいるし、荒事に向いていない元住民や街の住民も盗賊を支援していた。共犯者が多すぎるのだ。法令通りに処罰すると領地の住民の大半がいなくなってしまう。


 まずはこれ以上罪を重ねさせないために、イクターに指揮系統を確認し中止命令が可能か確認した。できない、あるいは指示が届かない場合は実行部隊を拘束することになった。拘束した盗賊はイクターが説得しておとなしくさせる。

 フレデリック前公爵がぼやく。


「まったく愚かな。罪を犯さずとも、住民全員が一斉に街を離れて他領に助けを求めれば王都にも異変は伝わるものを。」

「それはどうでしょう。結界が見える神官がいない状態では、適切な対応ができなかったかもしれません。平民の訴えより貴族の訴えの方が優先されますから。」


 翌日、ローウェル子爵令嬢レイラ様とイクター以下数人の部下に命じて盗賊行為の中止を命令させた。残りの者は収監して人質である。

 目的がローウェル子爵当主グレゴリーを陥れる目的だけならすぐに止まるはずだ。

 その間に≪千里眼≫クレアボヤンスで街道を監視、盗賊を見つけ次第≪転移扉≫テレポートドアで突入して拘束する。


 ちなみに、イクター率いる市民の盗賊団とは無関係な盗賊もついでに捕まえることになったのだが、≪千里眼≫クレアボヤンス≪転移扉≫テレポートドアとの組み合わせの手法が、のちにアリシア法と呼ばれる街道の治安維持のスタンダードになるのであった。

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