第18話 おじいちゃんは魔王になる
新魔法の公開実験から息をつく暇もなく新事業の立ち上げが始まった。
場所は三か所用意された。一つは平民街の魔獣討伐隊事務所の隣、訓練場の一角に店舗を建設する。ここはずっと忙しくなりそうだ。将来的には出張も視野に入れている。もう一つは貴族街、とある服飾店舗の3階『治療したい傷跡があると知られたくない貴族も多いのでは』の名目であるが、客を呼び寄せる餌であることは明白だ。最後の一つは王宮の一室。医務室の隣だ。賓客向けで稼働率は低いが年中無休の日夜常時稼働を予定している。料金は他の二店舗より高く設定するつもりだ。王都に新しい土地を用意するのは困難なのでこれで良しとする。
それに合わせてスタッフの数も多い。ロイド元講師、学生10人、シャルロッテ第一王妃のひも付き3人、フレデリック前公爵のひも付き3人、商人達からの派遣の皆さん。ロイドを代表とする合計50人体制で開業する。なお、ルーク様は魔法学校で研究を継続、わたしもアシスタントとして働くためこの中に含まれない。
早速訓練が始まった。習得する必要がある魔法は多岐にわたる。
単独で
もちろん≪大癒≫の前提の≪小癒≫もあるが、省略する。
ロイドは闇属性のエキスパートのため、
以降は一緒に講師側に移る。ロイド代表の講義の評判の悪さを知っている学生たちの顔が引きつった。
貴族の派遣組はさすがに優秀だ。
商人の派遣組と学生も負けじと習得した。学生の方が憶えることが多いが吸収も早い。ロイドの講義に当たらないよう必死だ。互いに教えあい、貴族の派遣組に頭を下げて教えを乞うた。
◆
魔法習得の裏で魔力増加法の講義である。ルークが猛反対したため
結界が見えるようにアメス教の教えを説く。
魔法習得とは立場が変わって学生たちはすぐに見えるようになったが、ロイドと派遣組はなかなか見えるようにならない。
『神との契約は絶対である。』という大原則の上で、神と契約し様々な奇跡を授かることができるのだが、人生経験を重ねると、契約や約束というものがいかに脆いものであるかを経験的に知っている。契約の絶対性を信頼する概念に若い世代と大きな隔たりがあるのだ。
聖典の記述を信じるならば、魔族が人を殺した数より、神が人を殺した数の方が圧倒的に多い件も突っ込みどころだ。そのうえ賄賂を推奨するような記述もある。悔い改めることを期待して罪人を魔族に引き渡す記述もある。なんだかんだで魔族とズブズブの関係であることを指摘された。
アメス教と現実との矛盾を冷静に突かれてアリシアは冷汗ダラダラでしどろもどろになる。
結局マリアンヌに泣きついてアリシアも一緒に教えてもらう。文献だけで悟りを開くマリアンヌ派、のちの聖マリアンヌ教の始まりである。アリシアとマリアンヌは後世に巨大な爆弾を投げつけた。
そんなこんなで白く発光した集団が、王都の外周を高速で周回する光景が目撃されるようになった。
ロイドは
「なるほど。結界を使えば信仰のないものは簡単に首を刎ねられるのですね。くくくく。」
「悪用禁止ですよ。」
「もちろん。神官が敵になっても戦う手段は必要ですからね。ところでアリシア姫殿下の魔力量の伸びが他の者より多い原因がわかりました。王都の結界を維持しているからですね?」
「その通りです。他にも離宮や研究室にも敵を捕らえて返さない結界を張っています。マリアンヌ様も伯爵邸に張っていますよ。」
「なるほど。代表としては施療院を守らないといけませんね。」
「頑張ってください。期待していますよ。」
ロイドはルークに追いつくべく猛スピードで魔力量を増やしていった。
逆にルークは、これ以上は必要ないと魔力量増加の訓練はほどほどにして新たな研究に打ち込んでいる。
◆
そんなこんなで1カ月が過ぎ、経過観察の日がきた。
魔獣討伐隊の関係者の皆さんからである。前回は唐突に多くの人を呼び出してしまったので混乱が大きかった。今回は反省を踏まえて予定を先に伝えてある。今回はわたしと施療院のスタッフで対応する。少し早いが公開実験の被験者も呼んだ。
「ジョージ隊長。本日はよろしくお願いいたします。」
「すでに人を集めてある。いつでもいいぞ。」
先月ガチガチだった魔獣討伐隊長のジョージも落ち着いて対応できている。アリシアもスタッフも全員平民だと思っているようだ。
その後は、先月記録した施術部位と比較しながら一人一人確認していく。問題ないようだ。多くの人が感謝を伝えてきた。スタッフたちも戸惑いながらも感謝を受け入れた。怒りに任せて作ってもらった魔法が役に立っているのは微妙な気持ちだが後悔はしていない。自分を導いてくれたルークに感謝した。
「アリシア姫殿下、実験ならばこれほどやる必要はなかったのでは?」
「ルーク様が魔法は1万回実験しろと仰せだったので違和感なかったのですが。」
ルークが指示した1万回の実験は
経過観察は良好。撤収の準備を始めたところで隊長が一人連れてきた。
「すまない。こいつは参加していなかったんだが、連絡がついて戻ってきたんだ。」
「頼む!ねえちゃん。俺も隊に復帰したいんだ!金なら借金してでも払う!」
右腕が無い。
アリシアはロイドに任せることにした。小声で話し合う。
(よろしいのですか?)
(実験じゃないならロイド様が代表ですよ。)
(畏まりました。料金は大銀貨50枚でしたか、そのまま行きますか?)
(それは戦闘中の料金ですから、お任せします。)
「お前は四肢の再生がいくらかかるか知っているか?」
「ああ。仲間に聞いた。大銀貨50枚だな?」
「それは戦闘中の料金だ。平時は大銀貨10枚だ。」
「ありがとう!頼む!」
施術はロイドがやることにした。なお、一度も練習していない。
血が噴き出るため上半身を脱いで長椅子にあおむけにさせる。
「
見た目は治ったが動かない。男が青くなった。慌ててアリシアが
「少し浅かったようです。神経がつながっていません。拳半分ほど深く切ってください。この辺りです。」
もう一度長椅子に寝かせて指で指し示す。
「わかりました。
今度はうまくいった。ロイドが「
◆
ある日の早朝。当直の側仕えからたたき起こされた。
国王陛下から緊急で呼び出しだそうだ。早朝だが≪転移≫で入城して良いとのことで、ルークと合流し
ドレスを持っていないので聖女服で向かう。用件がわからなかったが場所が執務室なのでお茶のお誘いではなさそうだ。初見の金髪のおじさんと老人、シャルロッテ第一王妃、イニエスタ第一王子がいる。
「おはようございます。お召と伺い参上しました。アリシアでございます。」
「おはよう。あら、もう知っているのね?」
「何をでございましょう?」
「すまん。アリシア。服を与えれば良かったな。」
「まさか…ドレスが無いのか?」
「まあ!ルーク!婚約者を働かせるだけ働かせてドレスも贈っていないの?」
「申し訳ございません。」
「まて。本題を先にするぞ。」
おじさんが仕切り直した。
「ケルディア王国より魔王襲来の報が届いた。タルタ人を率いていたという。おそらくファルス王のことだと思われるため、戦闘しているようなら収めてもらいたい。」
「畏まりました。」
「私も行こう。」
「俺も行く。」
イニエスタ殿下とルークが声をかけた。
「
シャルロッテ妃が現地の映像を表示させた。一度しか見ていないのにもう使えるようになっている。彼女も才媛だ。
現地では、猛烈な魔法攻撃の連射を防ぎながら次々と兵士を結界の首輪で宙づりにしているおじいちゃんが見えた。
「私とルークでケルディア王国側に仲裁を申し込む。アリシアはファルス殿を抑えてくれ。」
「はい。
「
◆
わたしはおじいちゃんから少し離れた場所に出てきた。おじいちゃん自身を覆っている球状の結界の中に転移できなかったからだ。
自身を楔形の結界で囲って舞い上がり、神からもらったワンドに魔力を込めてドリル状に回転させながらおじいちゃんに向かって突進する。
超音速の飛翔体は
「あっ。」
下に結界で守られたタルタ人と思しき集団が見えたが、そのままさらに加速してファルスに衝突した。
ファルスに展開されている結界を次々突き破りながら22枚の結界をすべて破って停止した。
「おじいちゃん、元気そうだね。何やってるの?」
「おお、アリシアか。魔王の次元斬より強かったぞ。」
「そお?やった!」
のんきに話している間にケルディア王国の攻撃も止んだ。
「本当に何があったの?」
「奴らが通行税を払えと言ってきたんじゃ。一人大銀貨1枚。」(※十万円)
「馬鹿じゃないの?」
「じゃからタルタの流儀を教えてやっている最中だったんじゃ。」
「こっちはケルディア王国から魔王襲来の急報を受けてきたんだよ。」
「魔王?どこじゃ?」
「おじいちゃん。」
「はっ、魔王を見たこともないひよっこが、わし程度の魔力量にビビッて騒いだんじゃろ。」
「たぶんね。わたしも魔王の生まれ変わりかって聞かれたよ。」
「はっはっはっ!だったらわしは大魔王の生まれ変わりじゃな。」
『アリシア、こっちに来れるか?』
『いま参ります。』
「
「ほう?これは便利じゃのう。」
「でしょ?でしょ?ルーク様が作った未発表の魔法だよ。」
ルークの魔法が褒められてうれしいアリシア。
転移した先にはイニエスタ殿下、ルークがいた。
それから、ケルディア王国の国境部隊長のライアン、エルネスタ王国の国境守備隊のマトックだそうだ。そういえば王宮騎士団長もライアンだったな。
それぞれ名乗り、右手で胸に拳を当てる騎士風の挨拶をする。わたしもこういう時の作法を良く知らなかったのでおじいちゃんの真似をした。
早速ライアンが切り出した。
「ファルス王、拘束している兵士を解放していただけないでしょうか。」
「ええぞ。一人大銀貨10枚じゃ。」
「2,000人以上おります。すぐには支払えません。」
「通行税と相殺すればよいではないか。」
「我が国では国境で通行税を取っておりません。せめて下におろしていただきたい。」
「どうやら行き違いがあるようじゃの。まあよかろう。」
宙づりされた兵士たちを地面に降ろした。
「ファルス王、なぜこのような争いになったのですか?」
「ケルディア王国の門番が一人大銀貨1枚の通行税を請求してきたんじゃ。聞けばタルタ人と知ったうえでの要求じゃ。ならば戦うしかあるまい。」
「は?」
ライアンが混乱していたので、わたしがタルタ人の気質についてフォローする。交渉事は戦いで勝者を決した後に交渉するのがタルタ人のやり方だ。門番はそれを知ったうえで請求してきたのだから戦うのが当たり前だ。
「まずは事実関係を確認させていただきたい。先ほど申し上げた通り通行税は存在しません。本当に門番が請求したのですか?」
「下手人どもを連れて来よう。」
おじいちゃんが結界を操作しながら首に結界の輪を付けられた兵士三人を宙づりにして運んできた。ドサリと乱暴に落とす。
「こやつらじゃ。一人大銀貨1枚を請求してきた、たわけは。」
「ぐうぅ。そのようなことは申しておりません。」
「
「……失礼ですが、お身内がかばっているのでは?」
「では俺が鑑定しよう。
ルークがさらに畳みかけるとさすがに信じたようだ。
「我が国は外国からの入国者に鑑定を行いますが、通行税は取っておりません。他の兵士は平にご容赦を。」
「ほう。では組織的な行為ではないと?」
「イニエスタ兄上、門番の部隊は国の方針を無視して伝統的に通行税を取っていたようなので、全員が共犯です。ライアン殿はいかがなさるおつもりか?」
「まずは魔王襲撃が誤報であることを王都へ報告させてください。そのうえで全員処分いたします。」
あとはイニエスタ殿下にお任せだ。ケルディア王国からおじいちゃんに賠償金が支払われ、なんだかんだあって通行できるようになった。まあ、国内の問題はそちらで解決してくださいで済ませることになるだろう。
国境で待機していたタルタ人のところに戻った。
「おじいちゃん。目的地が決まってるなら送ろうか?」
「西ゴルゴラルダのタルタ人の居た地までしか決めておらんが、そこから住める場所を探すことになるのぅ。」
「うむ。ここなら人が住んでおらんし、水も魚がおるし大丈夫そうじゃ。魔獣はこちらで何とかする。」
拠点を作ったうえで故郷を目指す方針に決めた。難点といえば完全に未開の地で道が無いことだが。その辺の整備は徐々にやっていくことになるだろう。
「みなの者、これより街をつくる。一生に一度見れるかどうかの貴重なものじゃ。よく見ておけ。」
軽く周囲の木を伐採しながら街の中心となる大木を決め、そこにご神体を貼り付けた。空間が歪むような魔力を込めて街一つ分の巨大な半球の結界を生み出す。結界は魔獣と魔族を排除する一般的なものだ。その後、地面を結界に沿って円形に
土砂、岩石は結界の外に置かれ、木は結界内に横積みでおかれた。ここまで10分もかかっていない。
「あれ?エルネスタ王国の王都より大きいですね?」
「これからタルタ人の王都となるのだ、ふさわしいサイズにしたのだろう。」
タルタ人から歓声が起こった。
最後に
それぞれ続々とテントを立て始める。しばらくはテント生活をしながら徐々に整備することになるだろう。
「長期の移動で旅慣れんものには心身ともにこたえとった。助かったぞアリシア。」
「うん。落ち着いたらまた来るよ。それまでに魔法憶える人見繕っといて。あ、
わたしがファルスに術式を教える。おじいちゃんはすぐに理解した。神託の接続先を神から個々人に変えるだけだから単純だ。試しに使ってみる。
『おじいちゃん聞こえる?』
『すごいのう、聞こえるぞ。』
『わたしルーク様と婚約した。』
『そうか、距離が近いと思っておったがそこまでとは。』
『反対しないの?』
『洗礼したんじゃろ?アリシアが決めたなら問題ないわい。』
「ありがと。おじいちゃん。」
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