第17話 聖女見習いはプレゼンする
魔法学校の大講義室にて。
実験するのは、回復系魔法の傷跡を治す
今回は平民向けだがすでに実験対象人数は十分確保できたため、人数制限と称して対象を厳選している。目的は商人への新事業のプレゼンだ。
ちなみに発毛事業はフレデリック前公爵の希望により情報を伏せることになった。いわゆる裏メニューである。豊胸事業はシャルロッテ妃から阿漕な商売として苦言を呈された。まあ、胸を傷つけて
というわけで、≪傷再建≫と≪身体複製≫のプレゼン内容はその本来の用途だけが開示される。実験方法も一人一人個室の施術ではなく公開実験だ。必要があれば下着姿になることから女性については腕の傷の人以外ご遠慮願った。
会場には商人だけでなく学生や講師も詰めかけている。ロイド講師の顔も見えた。魔法発表会の直前の公開実験は異例だ。発表会には外国からの有識者も集まってくるため、ある意味、外国に情報を隠した状態での発表となる。政治取引に利用したいフレデリック前公爵、シャルロッテ妃の思惑通りだ。
わたしは論壇に立つ。ルークが
「本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。本日の公開実験は、既存の回復魔法の副作用を修復する回復魔法です。回復魔法の傷跡を治す
「発言よろしいでしょうか。素人質問で恐縮なのですが、既存の回復魔法の代替、つまり病院の役割が無くなるとお考えでしょうか?」
「いいえ。病院は一刻も治療が必要な負傷者、病気の方が対象です。今回の魔法は命に別状は無くとも生活や人生に支障をきたす方が対象です。お互いに補完する関係とお考えいただければと思います。」
これはマリアンヌ様の提案による仕込みだ。病院関係者が偵察に来ることはわかっていたから、彼らの不安を
早速一人目の被験者を招き入れる。
右腕に大きなやけど傷のある女性だ。良く見えるように袖をめくってある。
「実験とは関係ありませんが、その魔法は何ですか?」
「
「なるほど!ありがとうございます。」
講師には簡潔な説明でも理解できる人が多いため説明が楽だ。
「では、公開実験を開始します。
切除したやけど傷の皮を取り払うと、美しい腕が現れた。会場からほうという声が漏れる。
「このように、
「質問です。
「無くても施術可能ですが、痛みを伴うので推奨です。」
「こちらからも質問です。
「
「なるほど。魔力消費量を少なくするためですね。」
ざわざわする中に(刺青も取れそうだな。)という声が聞こえた。
次の人を招き入れる。この人は魔獣討伐隊の実験のときに、現役復帰を望まなかった一人だ。すでに別の仕事に就職しているが、右腕が女性の腕になり物の持ち運びに難儀しているそうだ。
今回は浄化を使わずに水で洗い流すため、桶を置いて長椅子に横たわる。
「
女性の腕がボトンと桶に落ち、新しい腕が現れる。おおというどよめきが上がった。一部キャアという声が聞こえた。腕が切断されるさまにショックを受ける人もいたようだ。
「このように、
病院関係者のために
「質問よろしいでしょうか。
「魔力消費量は12です。」
「
「そうなります。」
「こちらも質問です。
「左右の腕の太さが異なるため調整しました。
被験者におもりを持ってもらい、安静期間なしにすぐに実用可能になる点もアピールする。
さらに質問が来る。
「両腕や両足を失った人はどうなるでしょうか?」
「体格の近い人から写します。次の被験者をご覧ください。」
次の二人を招き入れる。片方は正常な男性、もう片方は上半身は浅黒い筋肉質に白い綺麗な両足が不自然についた被験者。問題なく施術を完了する。
最後の被験者を招き入れる。この人は肋骨を折って
会場内のざわめきが
「いまから乳房を切り落としますので、苦手な方は視線をお外しください。」
魔法を行使し、普通の男性の胸が復活した。乳首もある。
「この施術の料金は想定されていらっしゃいますか?」
商人からだ。
「
「
「もともとは戦闘中即座に戦線復帰できる前提の料金ですので。まあ、そこは状況と需要を見つつご相談ということで。」
周囲がざわつきだす。賛否両論だ。即座に戦線復帰できるメリットは大きいという意見と、魔力消費量が多すぎて助けられる人数が限られるという意見だ。平均総魔力量200強の国だ。いくら有用でも魔力消費量24は重過ぎる。
「本日の公開実験は以上でございます。この魔法を使用した新しい事業を予定しております。ご興味のある方は今しばらくおつきあいください。ありがとうございました。」
講師たちはいそいそと帰っていき、学生たちは半々、商人たちはほとんど残った。予定通り。
「今回新しく立ち上げる事業はシャルロッテ・ヴィ・エルネスタ第一王妃殿下とフレデリック・ランベルト前公爵の後援の元、施療院を立ち上げる計画です。施療院を運営するにあたり、各々からスタッフの提供がございましたが、できれば一部貴族の皆様にご迷惑をおかけしないよう多くの方面からご協力いただけないかご相談する次第です。」
商人が挙手した。
「発言よろしいでしょうか。ありていに言ってしまえば、魔法を習得したスタッフが引き抜かれる可能性があるということでしょうか。」
「当方としてはそれを危惧しております。スタッフの待遇としましては、施療院で必要とされる魔法の教授を想定しておりますので、魔法習得までは徒弟という扱いです。習得後は給与としては医師と同等を想定しております。また、希望する方には魔力増加法を伝授いたします。」
「アリシア!魔力増加法は…」
あっ、魔力増加法を公表するのは事前に打ち合わせてなかったな。まずかったかな。
「もともと隠していたものではありませんので。論より証拠で
「待て!俺を鑑定しろ。アリシアに教えてもらった魔力増加法で増やした。もともとは4000だったのだ。アリシアを鑑定すると混乱が広がる。」
商人や学生が思い思いに鑑定する。
「で、では失礼して≪鑑定≫。なっ!」
「14万!いつの間に!実験し放題ではないか。ドラゴンとも単騎で互角に戦える。」
ロイド講師が立ち上がった。まだ帰っていなかったのか。
「アリシアが入学してすぐだからまだ3か月くらいだな。それだけでここまで増えた。ドラゴンならば今なら一撃だ。強力な魔法を習得したからな。だが皆理解しただろう。魔力消費量がたったの24の魔法など、何度使っても魔力回復量の方が上回る。どうだ?給与以上の価値があると思うが。」
ロイド講師が勢いよく手をあげた。
「スタッフ希望します!」
「すぐ退職するような奴はいらん。必要な属性は無、光、闇の3つだ。適性は必須ではない。ついでに水属性もあれば洗浄が楽になる。」
「スタッフ希望します!4つとも習得可能です。闇に適性あり。10年働きます!」
「いいだろう。他にはいないか?女性の施術は女性にしかできないことが多い。他人に泣いて感謝される経験をしたいものは参加しろ。」
ロイド講師はガッツポーズだ。
壁際に固まって座っていた三人組の女子生徒が顔を見合わせて一緒に手を挙げた。
商人たちからも次々に手を挙げた。
「人員と投資もさせていただきたく存じます。」
見切り発車だが施療院の準備が始まった。
◆ エルネスタ王国第一王妃シャルロッテ視点
ルークの婚約者になってしまったアリシア姫。わたくしにはまったく想定外の事態でした。
アリシア姫について調べさせたところ、大英雄ファルス王に養育された聖女見習い、120万を超える強大な魔力、奇跡を用いた戦闘には目を見張るものの、教育レベルは低く、浅慮で勢いで行動する。ルークが気に入る要素は魔力ぐらい。ただの実験動物としてみても、とても研究をサポートできる実力とは思えない。なぜここまでルークが気に入っているのか疑問でした。
どうやらリーゼヴェルト伯爵家の四女マリアンヌ嬢が陰ながらフォローしているらしいとのことです。
そこでアリシア姫の素行をさらに調査させたのです。
マリアンヌ嬢の従者の立場であるにもかかわらず、同じ授業を受けるとマリアンヌ嬢にも教えてもらい、暇さえあればルークの研究室に入りびたり、個人指導で魔法を教えてもらい、やることといえば部屋の掃除と、直接口に突っ込むありえない給仕。側仕えの仕事を気まぐれに取り上げて着替えを手伝うなどやりたい放題。眠っているルークの着替えと称して裸に剝いたルークを長時間眺めて楽しむ。レポートに取り込んでいるルークの机の下にもぐりこんで下半身を露出させようとする。下品極まりない娘です。ルークに恨まれてでもアリシアを排除し、その座をマリアンヌ嬢と入れ替えよう。わたくしは心に誓いました。
新しい回復魔法の実験でルークが久しぶりに王宮に来るそうなので、その自称婚約者アリシアを見に行きました。
新しい回復魔法がどんなものか知りませんが、ルークが付き合うほどです。国家間の政治取引に使えるレベルの魔法に違いありません。
実際、
どうやって開発に至ったのか確認してみると、アリシアが授業態度の悪さから回復系魔法の講義を追い出されたにもかかわらず、納得いかずにルークとロイド講師を動かして開発させたとのこと。たまたまいい結果が出たものの、わたくしも納得できません。悪い方向に向かえばどんな災いが降りかかるか、わかったものではありませんもの。
施術は進んでいき、ローウェル子爵令嬢姉妹がやってきて、男性の人払いを頼まれました。
ルークが出ていくよう指示していましたが、護衛騎士は渋りました。ですがわたくしも退室を指示します。
男性が全員出ていった部屋で、令嬢が意を決して服を脱ぎました。
「ヒッ!」
わたくしはつい悲鳴を上げてしまいました。令嬢の全身のひどい虐待の跡に対してではなく、それを見たアリシアの憎悪の混じった死んだ目と全身に立ち上る魔力の波動に恐怖したのです。慌てて令嬢の方に向き取り繕います。
「これは詮索したほうが良いの?」
「家の恥となりますのでどうかご容赦頂きたく。」
「もうこのようなことをする者はいないの?」
「…」
「シャルロッテ妃殿下。来月も経過観察いたします。その際にでも。」
いままでのほほんとしていたアリシアが別人になったかのように平坦な声でわたくしを窘めました。内心驚いているのを封じ込めて平静を装います。
「そうね。
わたくしは何を言っているのでしょう。助けを求められないからこうなってしまっているのに。動揺しすぎです!
その後はアリシアが目にもとまらぬ速さで施術していきました。まるで今までのアリシアは演技だったかのようです。もしかしてルークはこれを知っている?だから信頼しているのでしょうか。もう一人の令嬢も同じように施術されて帰っていきました。
「終わったか?」
「はい。」
ルークが戻ってきたら、いままでののほほんとしたアリシアになりました。もうどちらが本物かわかりません。
わたくしは護衛の一人にローウェル子爵の内情を調べるよう指示を出しました。
アリシア姫に関してはいったん保留としましょう。
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