第16話 前公爵は髪を取り戻す
引き続き王宮の会議室にて。新型の回復系魔法の実証実験を行う。
闇が深いご家庭が一部あったが、それ以外は順調だ。次は男性に順番が回ってきた。
回復系魔法の小さい傷跡を治す希望者には従者風な男性が多い。噂に惑わされず実験と理解しているようだ。おそらくその貴族には本命が別にいるのだろう。失敗しても叱られないから実験には非常にありがたい存在だ。
それでも多数派はやはり、
マリアンヌ様が
「施術を開始いたします。」
「よろしくお願いします。」
「
「
女性部分の左腕を切り離し、新しい腕を生やしたのだが、回復した側の四肢は切断面に段差ができた。神経と血管もつながっていない。左右を鏡写しにコピーしても綺麗に回復しなかったのだ。利き腕、利き足があるように左右の太さは微妙に違う。腕の内部も左右対称ではないのだ。
とっさにルーク様が術式を組みなおして
「
マリアンヌ様が段差に沿って
「
「≪身体複製≫に
ルークが紙に術式を書きながら魔力消費量を計算した。
「このまま組み合わせで行きましょう。憶える術式は単純なほどみんな習得しやすいですよ。」
属性魔法の習得で苦労した本音が出た。優秀なルーク様やマリアンヌ様には出てきにくい発想だ。
施術後三人が急に不穏な会話を始めたのを見て、被験者が不安そうに見ている。
「あっ、施術は完了です。改善点が見つかったので話し合っていただけですよ。違和感はございませんか?」
「え、ええ。おや?右腕のほくろが左腕にも。」
「正常な部位から複製する術式ですので。」
「なるほど。つまり片方の腕を鍛えて魔法を使えば、もう片方も?」
「そうなりますが、切断面の見た目がよろしくないかと。」
「はは。そううまくは行きませんか。うん。力も入る。ありがとうございました。」
施術した方の手を強く握る。
この後騎士団の訓練場で剣を振ってみるそうだ。施術した部屋の外では、「「おお」」とどよめきが聞こえた。次の人が勇んで入ってくる。
この調子で手足の再生には、≪痛覚遮断≫、≪身体複製≫、【浄化の奇跡】、≪傷再建≫を繰り返す。その都度、思いついたことを話し合う。
「浄化も魔法が必要でしょうか?」
「いや、普及した時は水で洗い流せば十分だ。」
「≪痛覚遮断≫の持続時間は短くできそうだな。」
「痛むのは一瞬だけです。魔力消費を抑えられそうですね。」
「手足を切り落とすのではなく、成長させる術式でもよさそうな気がします。」
「回復魔法に成長させる術式が組み込まれているが、すでに成長済みのものをさらに成長させることはできないんだ。」
その後も乳房が垂れ下がった者、両足が女体化している者、それぞれ深刻な悩みを抱えている人々が現れた。
体格が似ている人を連れてきて、二人の間で複製する挑戦も行われた。ここまで来たら人体改造実験である。バキバキの筋肉質な人物を連れてきて、その体を複製するのだ。
「クックックック」「うへへへへへ」と楽し気に実験するルークとわたしに、マリアンヌ様は「あくまで実験。あくまで実験。」と自分を納得させる。シャルロッテ妃は息がぴったりの二人を見て微笑んでいる。何を考えているかはわからない。
「筋肉は今までの積み重ねで出来上がっています。一時的に強くなっても、日々の鍛錬を怠るとすぐ元に戻りますよ?」
施術を受けて、首から下が全身ムキムキになってテンション爆上がりの被験者に、マリアンヌ様が釘を刺す。
「うえへへへ。ルーク様。豊胸の施術にも応用できそうですよ?」
「需要はありそうだが、すぐに
「
「なるほど、発毛の施術と合わせて、新しい市場が出来そうだな。服飾の商人も巻き込もう。」
「資金が必要ならわたくしが出しますわよ?」
実験の趣旨から脱線しているのを感じてマリアンヌ様が軌道修正を図る。
「次回の平民向けの実験でお声をかけてはいかがですか?商人も多く参加するようですし。さあ、次の方がお待ちですよ。」
「なるほど。効果を知ったうえで商談に臨めばスムーズに運べそうですね。さすがはマリアンヌ様です。」
「さあ、次の方がお待ちですよ。」
「資金も商人が喜んで出しそうだな。」
「さあ、次の方がお待ちですよ。」
「なるほど…三人はこんな関係だったのね?」
「…はい。」
そんなこんなで最後の人になった。
フレデリック・ランベルト前公爵、国王陛下の従兄だ。なにやら新しい回復系魔法がすごいらしいという噂を聞きつけてやってきた。白髪が所々見える初老だが元気だ。聞くと特に傷跡は無いとのこと。本当に様子を見に来ただけのようだ。だが、ルーク様はすぐに気づいた。
「令嬢の治療からずっと見てきたが素晴らしい。正式に発表されたら家臣にも治療を受けさせよう。」
「恐れ入ります、フレデリック殿。では施術を開始する。」
「私は何の傷跡もないが?」
「これです。」
カツラを取り上げる。O字ハゲが現れた。
「あっ、貴様!」
「では、こちらへおかけください。」
「おい!」
「お静かに。
「はい。
王族の血族らしくキラキラふさふさの金髪にしてみた。不自然にならないよう頭髪全体を差し替えている。切除した頭の皮を取り払って手鏡を差し出す。
「なにーーーー!!!」
「あら、見違えましたわ。フレデリック殿。」
「こんな、こんなことができるのか…」
「はい。
フレデリック元公爵はワナワナと震えながら恐る恐る自分の髪の毛に触れてみる。軽く引っ張ってもカツラのように取れることは無い。
「この魔法を秘匿するわけにはいかぬか?政治的価値は計り知れぬ。」
「すでに平民にも貴族にも知れ渡っております。秘匿は困難かと。」とルーク様。
「特定の用途に限って秘匿することは可能かもしれませんが、魔法を習得した者に発見されるのは時間の問題かと存じます。」とマリアンヌ様。
「魔法は世の理不尽に対抗するため発展したと心得ます。今回の実験で使用した魔法は、既存の回復魔法の理不尽に対抗するために開発したものです。秘匿するつもりはございません。」と自信満々に回答するわたし。
「そう…か。」
「その代わりといってはなんですが、魔法の習得難易度は
「既存の病院と競合するのではないか?」
「病院のように数を捌くことはできません。救急医療は今まで通り病院で。命に別条はなくとも生活に支障を来す方々がターゲットです。」
「スタッフの目途はついているのか?」
「完成してから集めようと考えております。今は魔法の完成を急いでおります。」
「それでは遅すぎる。発表と同時に問い合わせ対応で忙殺されるだろう。場所もまだ決めていないのであろう?」
「あらあら、スタッフも場所もわたくしが準備します。」
シャルロッテ妃が割って入った。
「いや、シャルロッテ妃殿下はご多忙でしょう。私に段取りをお任せください。息子に当主を譲ってから暇で暇で。」
「いえいえ、フレデリック殿も領地に縛られずに動き回るために当主をお譲りになったのでは?わたくしよりご多忙でしょう?」
「いやいやいや、私ならばすぐに適任者を用意できる。私が王都にいる間は領地の専属医は仕事が無くてな。放置すると腕が鈍ってしまう。」
「あら、偶然ね。わたくしの領地にいた専属医も王都へ移動中なの。」
フレデリック前公爵とシャルロッテ妃で「フフフフ」「うふふふ」となにやら牽制が始まった。
「スタッフが決まりましたら、こちらから迎えに参りますので領地に留まっていただいたほうがよろしいかと。」
「まだ
「≪転移扉≫とは?」
「次の発表会で公開予定の新型の
「大丈夫なのか?全裸で転移してから二度と使っていないのだが。」
「実際に見てもらったほうが早いだろう。アリシア。」
「
矩形の結界に≪千里眼≫を投影する。
「その通りだが、なんだ?その魔法は。」
「≪千里眼≫です。」
「≪千里眼≫は発動した本人にしか見えぬ魔法だ。」
「≪千里眼≫を投影したのです。≪転移扉≫。移動準備できました。」
そのまま≪転移扉≫を通って領主邸の前に行く。
「通り抜けると会話できないのが難点だな。」
ルーク様も通って来た。フレデリック前公爵も恐る恐る通り抜ける。シャルロッテ妃も護衛を伴ってついてきた。
「≪集団転移≫の魔力消費量は1000を超える。今日一日魔法を使っていたが大丈夫なのか?」
「まだ500も使っておりません。」
「アリシアならば重装兵一万を率いて移動できます。」
「アリシア姫、総魔力量を聞いてもよいか?」
「先日130万になりました。1分で2,000以上回復しますのでご心配には及びません。」
「ひゃく…其方は魔王の生まれ変わりか?」
マリアンヌ様も通ってきた。
「ご歓談中のところ失礼いたします。実験が終わりましたので、文官の皆様を解散ししたいのですが…」
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