第15話 聖女見習いは医療を見せる
王都で一番回復系魔法を使っている集団、1位は病院だが先日追い出されて行きづらいので次点の魔獣討伐隊の敷地にお邪魔することにした。
ルーク第三王子殿下の威光は素晴らしく、あっという間に話を聞いてもらえることになった。
「おは、お初にお目にかかります。ま、魔獣討伐隊長のジョージと申します。ル、ルーク殿下におかれましては大変麗しく存じます。ほ、本日はどのような、ご、ご用件でしょうか?」
「査察に来たのではない。楽にしろ。今日は魔法の実験に来たんだ。回復魔法でできた傷跡を治す魔法だ。」
「そのようなことがおできになるのですか?」
「できるように開発した。だが、まだ効果の検証ができていない。協力しろ。」
「それはもちろん。では何人か連れてまいります。」
「全員だ。」
「は?今なんと?」
「関係者全員連れて来い。引退した者もだ。傷跡があるなら家族も連れて来い。」
「まずは、この場にいるものを集めさせます。その後、順に連れてまいりますのでいかがでしょうか。」
「よし。それで頼む。」
一列に並ばせて、ルークが
「ルーク殿下は何という魔力量をお持ちだ。≪痛覚遮断≫は普通、日に10回とできないはずなのにすでに100回以上使っていらっしゃる。」
「まだ、2000程度しか使っておらん。魔力回復量の方が上回っている。このペースならずっとできるぞ。」
この日の当番の隊員が完了し休憩していると、非番の者や隊員の家族、引退者とその家族も集まってきた。現役隊員の家族が多い。逆に引退者は少ない。連絡のつかない者も多いようだ。
≪傷再建≫は隊員よりもその家族の反応が良い。特に女性たちの反応が顕著だ。中には顔の傷が治って涙を流して喜ぶ女性とそれを見て喜ぶ隊員がいる。
わたしはぬか喜びにならないよう、まだ実験中であることを説明し、来月に経過を観察するのでまた来てほしいと依頼する。
次に引退者たち。お年寄りも時折いるが、手足の一部が不自然に細い者が多い。
「ルーク様、彼らの手足が異常に細いようですが…」
「手足を失って
回復系魔法の授業で
「≪大癒≫で回復しても完全には回復しないのですか?」
「≪大癒≫はもともと開発者が恋人を治療するためだけに開発したんだ。だから四肢を回復したら女性の手足が生えてくる。それから、胸の傷を治すと男でも乳房ができる。しばらくしたら
つまり、復帰を目指して訓練→折る→≪大癒≫→女性の体の部分が増える悪循環だ。現役復帰を目指して焦れば焦るほどそうなる。
引退したばかりという元隊員がやってきた。歴戦のムキムキの戦士の右足の部分に、か細い綺麗な足がついている。強く踏み込むだけで折れそうだ。
無性に腹が立ってきた。この程度の治療しかできないのに病院の彼らは医者を名乗っていたのか。戦闘する男の体になんで、どうしてこんなか弱い女の手足を生やすんだ。それで治療したと言えるのか?許せん!
「ご本人にとってショッキングなものを見るので目隠しをして取り押さえてください。」
隊員たちが困惑しながら目隠しをして取り押さえる。本人も困惑しているが特に抵抗はしない。ルークが≪痛覚遮断≫を施す。
「こんな足は、いらーん!!!」
「アリシア!?!?」
ザシュ!結界で切り裂いた。血が派手に飛び散る。隊員たちも驚愕した。
「見ていてください。彼らには本物の治療を見せてあげます。」
左足を参考に正常な右足を思い描く。骨を、軟骨を、筋肉を、神経を、血管を、血液を、リンパ管を、脂肪を、皮膚を、爪を、すね毛を。
白い光が消えるころには、歴戦の戦士らしい筋肉質の足が現れた。
飛び散った血を浄化した後、立ち上がらせる。スクワット、ジャンプ、片足立ち、軽く走ってみてもらう。
「違和感はございませんか?」
「全くない!ありがとう!」
「それはようございました。」
「これいくらだ?」
「今日は実験ですのでお代はいただいておりません。本来なら大銀貨50枚(※500万円)です。」
「なるほど。それ以上の価値がある。」
足を切り落とされるという惨劇を見て腰が引けていた引退者たちも、効果を見て覚悟を決めて集まってきた。
「手足の再生は現役に復帰する方のみ施術いたします。」
「こんなことができると知っていたなら体力を維持していたんだが…」
今日来た引退者のうち一割が復帰した。
裏の目的である薄毛の人は施術を希望してこなかった。カツラの人を探すべきかもしれない。
◆
ルークの研究室にて。
「大変です。噂が広まって手足のやり直しを求める方の問い合わせが増えています。」
回復魔法の傷跡を治す
遺品の返還会で順番待ちをしている人々に加えて、治療のやり直しを求める戦闘職の人々が集まってきた。
「王宮からも問い合わせがあったぞ。『そんなものは無い。』などと返答しようものなら暴動が起きそうだな。」
「何とか作るしかなさそうですね。」
「手足の再生はどうやっていたんだ?」
「もう一方の手足を参考に、同じものを鏡写ししでやっています。」
「ならば
ルークが板書する。本来は文書の複製に使用される魔法だが、苦労して習得した
術式を自力で組み立てる。基本的な考え方は
つじつまを合わせるような形になってしまったが、適当にでっち上げた魔法であっても検証は必要になる。問い合わせが多くなってきたため1カ月後の経過観察に協力できる方限定という条件つきで開催することになった。
◆
生活に変化があった。
マリアンヌ様は魔法学校で学べる魔法をすべて制覇したため、めでたく卒業することになったのだ。次の進路は王宮魔法士である。総魔力量15万、すべての属性に適性あり、魔法学校の魔法全種習得となると王宮魔法士の次期筆頭と目されている。能力と美貌、舞い込んでくる縁談もさぞ多かろうというとそうでもない。ルークとアリシアの婚約に猛反対した噂が広がっており、周囲からは彼女もルークに気があるのだろうと思われている。当主もそう思っている。
アリスの格好をしていたマリアンヌ様は、ようやく
今後は王都のリーゼヴェルト伯爵邸から王宮に通いつつ、領地にいる当主と連携して王宮魔法士として働くことになる。
わたしはマリアンヌ様卒業に併せて魔法学校を退学した。今後はルークが用意させた離宮に移り住む。離宮といってもルークの住居から渡り廊下でつながっている同じ敷地だ。それから王宮から派遣された教師たちから外国語、世界史、地理を勉強することになった。外国語と地理は何とかなるとして歴史といえば創世記しか知らない。一番簡単な方法は、各国王都を鑑定したらいけるんじゃないかと思っているが、正史が真実と異なっていた場合、相手の国を侮辱することになってしまうので、ちゃんと学ぶ必要があるそうだ。
収入としてはルークのアシスタントして雇われ、彼の研究の補助と専属の側仕え業務を行う。公務で離れるときと就寝するときと勉強するとき以外はほぼルークに付きっきりだ。
離宮に移る際、正規の側仕えから謝罪と感謝があった。ルークに着替えや入浴、食事をとらせようとすると邪険にされて追い出されてしまうため、困り果てていたそうだ。掃除は不在時にできるが、着替えもさせてもらえなかったという。就寝中に着替えと入浴を済ませるアリシアのやり方に "その手があったか" と感心していたそうだ。今後は側仕えと連携して私生活を支えることになる。
ルークの生活で一番の変化は食事だ。わたしに出会う前までは、机のわきに置いた袋に入れた焼き菓子を手づかみで食べ、牛乳を飲みそのまま突っ伏して寝ている生活だったそうだが、わたしが入学してからは、食事を直接口に突っ込む作戦で給仕した。そしてわたしが離宮に移ってからは、ちゃんと食事を一緒に取る時間を確保するようになった。それだけ研究の余裕ができたのだそうだ。ルークの役に立てているようでうれしいし、側仕えも喜んでいる。
◆
王宮の会議室にて。
実験するのは、回復系魔法の傷跡を治す
平民と貴族を混ぜて対応すると混乱が起こることは明白なため、今回は貴族限定だ。
事前に1カ月間の経過観察に同意してもらっている。
平民しか所属していない魔獣討伐隊で行った実験の噂が貴族にまで届いたのは、噂を聞いた商人が病院に相次いで問い合わせしたからだ。本来なら病院から魔法学校へ話を投げて終わりのところが、王族案件ということで王宮にも問い合わせがあった。ただの実験が、完成していてお披露目したことになっている。さらに、遠方からやってきた貴族たちの期待度が高い。もはやまだ未完成だとは言えない雰囲気だ。
実験メンバーはアリシア、ルーク、王宮魔法士(研修中)となったマリアンヌ。それから遺品の返還会で顔見知りになった文官たちに頼み込んで書記をお願いしている。
飛び入り参加でシャルロッテ第一王妃もやってきた。結果次第では国家間の政治取引にも使えるとの判断だそうだ。
実験に当たって被験者の順番はルークが決定した。
身分の低い女性から順に、最後は身分の高い男性である。通常の医療現場においては身分の高い者が優先であるが、あくまで実験であり、結果を吟味してもらってから施術を受けるか判断してもらおうという試みだ。第三王子が決定したことであるし、理にかなっているから誰も反対しなかった。
令嬢の治療は傷跡の回復がほとんどだ。
「まあ!やけどの跡がこんなにきれいになるなんて。素晴らしいわ。」
シャルロッテ妃がシャーレに乗った皮を光にかざしながら施術した令嬢の肩と見比べる。
「ルーク殿下。この御恩、決して忘れません。」
「いいや、開発者はアリシアだ。俺は手を貸したにすぎん。」
「アリシア姫。感謝いたします。」
「あのー。経過観察が必要ですので、感謝いただくのはお待ちいただければと。」
入れ替わり立ち代わり次々に治療する。そして次の人が女性に付き添われて入ってきた。
「ルーク殿下。大変ご無礼とは存じますが、男性の退室をお命じ頂けませんでしょうか。」
「わかった。男は一時的に退室だ。アリシア、後は任せる。」
「はい。ルーク様。」
ルークは男性の文官とシャルロッテ妃の男性の護衛も退室させる。すこし押し問答があったがシャルロッテ妃が退室を命じた。最後にルークも出ていく。それを見て意を決して服を脱ぎ傷跡を見せた。
「…!?」
「ヒッ!」
傷の場所を記入する文官たちが悲鳴を上げる。鞭の跡と思われる傷が全身に刻まれていた。火のついた棒を押し付けたような跡もある。シャルロッテ妃も顔をしかめる。
「これは詮索したほうが良いの?」
「家の恥となりますのでどうかご容赦頂きたく。」
「もうこのようなことをする者はいないの?」
「…」
「シャルロッテ妃殿下。来月も経過観察いたします。その際にでも。」
「そうね。
「…はい…」
傷だらけの女性が小さく返事をした。
マリアンヌ様が
アリシアが付き添いの女性にも声をかける。
「あなたは大丈夫ですか?」
「わたくしは大したことはございません。」
「では見せてください。」
にっこり笑って脱ぐよう指示する。女性は観念して脱いで見せた。先ほどの女性よりはひどく無いだけで、他の施術した令嬢よりよほどひどい。
「あなたもですね。」
シャーレに切除した皮が山のように積まれた。
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