第14話 闇属性講師は古傷を治す
傷跡を治す回復魔法を開発するにあたって、2つの魔法を習得する必要が出てきた。闇属性の
両方とも闇属性の専門講師ロイドに当たった。彼は闇属性しか適性は無いが、闇属性魔法の開発数ならば世界でもトップランカーだ。デバフ系魔法のスペシャリストでもある。ただし、彼の講義は非常に不人気だ。誰もが受けたらわかると口をそろえる。
「≪痛覚遮断≫は痛覚の神経伝達信号を脳に届く前に体の外に排出する術式です。術式をいじれば、体の中の別の器官に移し替えることができます。例えば、右手の傷を左手の傷と錯覚させることができるようになりますね。」
術式の説明を聞いているうちに、アリシアはファルスに施された
では実習だ。ロイドが出したのは鞭。
「いまから鞭で打ち付けます。ひどいミミズ腫れになりますが、
スパァン!と打ち鳴らす。先端は音速を超える。心の準備が無ければ腕に当たっても痛みで失神するレベルだ。
他の生徒たちは顔が引きつっている。誰もが受けたらわかると口をそろえる意味を理解した。
アリシアは右腕を腕まくりして意を決して演習台に立つ。
「ロイド講師。お願いします。
「
「え。ちょっと待って。」
ロイドは自分を強化し、彼女の防御力と精神力を下げた。
失神して倒れた時のためにアシスタントがマットを準備する。
他の生徒たちは逃げようか考え始めた。
わたしも恐怖で足が震えはじめた。
スパァン!
「「ヒィ!」」
思わず叫んでしまったが、他の生徒も一緒に叫んだ。
右腕はミミズ腫れどころかボッキリ折れてしまっていた。冷静に右腕を観察する。
「痛みはありませんが、良い気分ではありませんね。」
「≪痛覚遮断≫は完璧ですね。ですが申し訳ございません。≪小癒≫で治せない傷です。」
「問題ありません。
骨折もミミズ腫れも完全に癒えたのだが、ハタと気付いた。
「あっ、傷跡を作りたいのでもう一度お願いします。折れない程度で。」
「≪精神弱化≫を受けてるのに何て精神力だ。」
「普通は針を指に刺すだけなんだよ。」
アシスタントたちはあきれ返っている。ロイドは笑顔だ。
他の生徒たちはトイレに行ってきますと出ていったまま、戻ってくることは無かった。
◆
次は
今回も闇属性の専門講師ロイド。彼の講義は不人気すぎて開催されないことがある。だが、開発している魔法に有益なものが多いため解雇されない。もし解雇されたらどんな犯罪を犯すかわからないため、国としても魔法学校に慰留を頼んでいる。
今日の≪変身≫の講義はマンツーマンだ。
「≪変身≫の術式は典型的な永続魔法の一つです。他の魔法と違って手動部分が含まれるため魔力を込めただけでは発動しません。」
と言いつつ、術式を板書していく。
永続魔法といえば結界がそうだ。そして魔法発動時に想像力が必要とされるところはすべての奇跡に該当する。アリシアにとってはこの系統の魔法は使い慣れている。だが、仕組みが理解できない。
「≪変身≫のポイントは自身の体を魔力で成形した別の生き物としてとらえることです。自分自身がスライムとなって体を形作るイメージですね。」
仕組みは理解できないがやり方はわかった気がする。ロイドの説明は直感的に理解するアリシアにあっている。
演習台に立つ。
「やってみます。
アリシアはネズミに変化した。
「素晴らしい!自分より体積の少ないものに変化するのは難しいはずですが、よくできましたね。」
「あのー、元に戻るにはどうしたら良いでしょうか?」(※高めの声)
「術式に流れる魔力をカットすれば元に戻りますよ。」
「え」
術式を理解しないまま直感で発動させた弊害が出た。魔力をカットする方法がわからない。
あわあわ焦り始める。とっさに浄化で魔法効果を打ち消せるのではないかと思いついた。
「
なんとか元に戻ったようだ。目線もいつもの高さだ。
授業としては合格だが、わたしの目的は≪変身≫を使うことではない。≪変身≫の術式にある半自動の仕組みを理解することだ。ロイド講師に4回同じ講義を受けて、マリアンヌ様にさらに指導を受けてようやく理解できたのだった。
◆
傷跡を治す回復魔法の術式の構成要素をようやく理解できたアリシアは、
魔法名を
仕組みとしては、1.治癒後の状態を想定、2.痛覚遮断、3.患部を切除、4.治癒、の流れだ。
「痛った!」
傷跡の皮がベロンと剥け、腕そのものは綺麗になった。だが、≪痛覚遮断≫の効果が見られない。
ルークが分析する。
「痛覚遮断の効果が患部を切除した後に現れるようだな。順序を変えよう。」
術式を変更し、1.痛覚遮断、2.治癒後の状態を想定、3.患部を切除、4.治癒、に調整する。
ルークの膝の古傷にやってみる。古傷は着替えさせたときに見つけたものだ。
「くっ!」
綺麗になったが痛むらしい。
「痛覚遮断は発動している。おそらくアリシアの治癒の技量が高すぎて、治癒後の状態の想定が痛覚遮断の発動より早く終わるんだ。≪痛覚遮断≫を分離したほうがよさそうだな。むしろ分離したほうが、魔力の分担ができて効率が良い。」
というわけで、≪痛覚遮断≫発動後、痛みがないことを確認してから1.治癒後の状態を想定、2.患部を切除、3.治癒、の流れにする。
実験だ。ほかに傷跡のある人といえば…
「アリシア姫殿下、もう完成したのですか?」
ロイドだ。
「まだ実験中です。せっかくロイド講師には痛覚遮断の術式を教えていただいたのですが、そのまま術式に組み込むと切除の後に発動してしまってうまくいかないのです。なので思い切って分離することにいたしました。」
「なるほど。よくあることです。一つの術式に全部組み込んで魔力消費量が莫大になったり、今回のように順番通りに発動しなかったり。私も以前一度に全部の強化が発動する魔法を考案したのですが、魔力消費量が多すぎる上に一つ一つ発動したほうが作業分担できて結局早いというものが出来上がりまして。」
「それで、ロイド講師の古傷を治す実験をさせていただきたいのですが…」
「よろこんで。おや、そういえばアリシア姫殿下の傷跡がないですね。もう実験済みですか?」
「はい。わたしの時は痛くて散々でした。」
「はは。どうぞお願いいたします。傷跡は全身にいくらでもありますのでご存分に。」
腕、胸、背中、足、顎、服の下には古傷がたくさんある。実験だろうか、それとも戦闘だろうか。
≪痛覚遮断≫を行使後、痛みがないことを確認して施術する。まずは腕の傷の一つ。
「
「おぉ、私の勲章が一つ消えました。」
「も、申し訳ございません!」
「ははっ、冗談です。」
「本当にお嫌でしたらほかの方にお願いしますので。」
「この調子で全部お願いします。この古傷では嫁の来手もありませんので。」
どんどんやっていく。ルークも魔法を使ってみる。問題は顎の傷だ。腕の傷と同様に作業すると、そこの部分だけ髭が生えず余計不自然に見える。集中しないと。顎全体を見渡しながら不自然にならないように。
「
「ほう、顎髭も再現できるのですね?ということは、頭の傷をやっていただいてもよろしいでしょうか。」
「はい。≪傷再建≫。うまくいきましたね。」
「
ロイドは自分の頭を≪千里眼≫で上から確認する。
「素晴らしい!これはとんでもない商売になりますよ!顔や体の傷に悩む女性から、髪の毛に悩む男性まで。」
「ロイド講師の場合は、頭の傷以外のところはフサフサなのでうまくいきましたが、それ以外の方がうまくいくかは実験が必要ですね。」
「待て、数か月で元に戻るようなら変に期待させないほうがいい。経過観察が必要だ。」
「今思いついたのですが、ひどい火傷は筋肉にまで及びます。切除する深さを調整できたほうがいいですね。」
「それだと魔法の難易度が上がります。誰にでも使える魔法にならなくなると思いますが。」
「この魔法の目的は何だったのだ?」
「回復魔法でできた傷跡を治すことです。あっ。」
「ならばそのままで良いな。」
「経過観察が必要なら今のうちに数多くやるべきだな。」
「経過観察するにしても、あと3カ月ちょっとしかありませんよ。」
「数カ月で元に戻るなら2カ月もあれば状況は判明する。」
「うまくいかなかったら
「そこまで責任を負う必要はない。」
良い魔法ができそうだ。
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