第13話 聖女見習いは魔法を開発する

 魔法学校に通い続けて2カ月が経過した。

 マリアンヌ様は自領の学校で高等教育を受けているうえ適性も高いため順調に魔法を習得していったが、わたしは長年触れてきた奇跡に結び付けられる魔法以外はさっぱり習得できないでいた。

 わたしはもともと不器用で覚えも悪い。聖典による基礎教育だけで科学や数学的知識は無い。そのうえ火土属性は習得不可なのでそもそも手を付けていない。無属性以外で習得できたのはルーク様の個人指導で習得した光属性の≪鑑定≫アプレイザルと風属性の≪飛翔≫フライだけだ。その≪飛翔≫も不安定でまっすぐ飛べない。ふよふよ浮かぶので精いっぱいだ。むしろ結界で作ったほうがよほど安定して飛べる。神様にかかわる部分は真面目だけど神様がかかわらない部分は無関心なわたしは、もうこれで十分だよね?と思い始めていた。


 そんなわけで、マリアンヌ様の講義に付き合う以外では、ルーク様の実験に付き合ったり、彼の私生活の改善に注力している。

 術式改良に集中すると食事もろくにとらなくなる彼に、マリアンヌ様から教えてもらった給仕知識をフル活用して作業の邪魔にならないように食事を与えたり、彼が眠っている間に着替え、疲労回復、浄化をかけたり、などなどの介護スキルの方がよほど上達していた。(※しもの世話はマリアンヌに止められた。)


「アリシア、ルーク殿下は王族なのですからそのようなことは専任の側仕えに任せていいのですよ?」

「それはおっしゃる通りですが、ルーク様が邪魔だと追い出してしまうのです。」

「ですが、それは王族の婚約者の仕事ではありません。」

「…考えたこともありませんでした。王族の婚約者はどんなことをするんでしょう?」

「一般的には、王族の妃となるための準備です。ご公務の勉強や手伝いをしたり、殿下のなさることをサポートしたり、外国語を学んだり、貴族たちと交流を図って良い関係を築いたりですね。今のまま婚姻を結ぶと、ご公務に参加できないので周囲からは愛妾と同じに見られますよ?」

「わたしには無理なのでマリアンヌ様もルーク様の婚約者になってください。」

「簡単にあきらめないで!だから言ったでしょう?結婚はよく考えなさいと。」

「ごめんなさい…」


 涙目だ。


「まずは外国語を勉強しましょうね。」

「……はい。」



 ◆



 少々遠回りになってしまったが、ようやく回復系魔法の授業を受けることになった。回復系魔法は需要が高く、どの地域、どの業種でも歓迎される。その代わり習得難易度が高く講義の競争率も高い。1ルーム5人の講義ではマリアンヌ様とわたしの二人分が開くことが無いのだ。やむなく別々に講義を受けることにする。


 講義を受ける場所は魔法学校ではなく近隣の病院で行われる。

 他の講義と異なりピリついた雰囲気だ。講師が回復魔法の説明を板書している傍らで怪我人や病人がひっきりなしに運ばれてくる。助けを求めてやってくる人も多い。


 わたしは【治癒の奇跡】リプイの経験からすぐに術式を理解することができたが、納得がいかない。体内の仕組みを良く知らなくても魔力を通せば自動的に回復する仕組みになっているのだが、怪我を治しても傷跡が残るし、病気を治しても後遺症は残ってしまう。


「質問です。≪大癒≫ハイヒールを使用すると回復した部位が女体化するのはなぜですか?」

≪大癒≫ハイヒールはもともと開発者が自分の恋人を治療するためだけに作成されたからです。」

「改良はできないのですか?」

「身体すべての部位を同じように治療できる術式は極めて難解です。神官が使用する【治癒の奇跡】リプイは身体の構造をすべて理解し想像できる必要があります。習得に何年も要します。それに比べたら、一つの魔法を習得するだけで身体のどの部位でも治療できるのですよ。さらに、魔力消費量が10前後と非常に少なくなっています。これ以上の術式は作れないのですよ。」

「せめて男女別の魔法を作ったほうがよいのではないかと思いますが…。それに、あぁ、そこは治療する前に浄化しないと傷跡が…、その病気は鑑定して必要な部分だけを対処しないと、別の病気に…」


 懸命に治療に取り組んでいる医師たちに思わずダメ出ししてしまう。


「それだと時間がかかりすぎる。数を捌けない。」

「邪魔をするなら出て行け!」


 講義中に追い出された。



 ◆



 ルークの研究室にて。回復系魔法の講義のグチをしながら≪転移扉≫テレポートドアのさらなる改良に取り組む。

 今日も転移の反復横跳びだ。やり場のない怒りに任せて転移の速度が速い。体を白く光らせている。


「…ってことがあったんですよ。わたし納得できなくて。」

「そんな時は新しい魔法を開発するんだ。その思いが魔法技術発展の原点だから。」

「なら、傷跡を治す回復魔法が欲しいです。」

「現代の回復系魔法では完治済みの傷をさらに治すものは存在しないな。」

「回復系魔法だけじゃなくて縫合したものも治せないそうです。」


 ルーク様が≪小癒≫ヒールの術式を黒板に書いていく。

 わたしのノルマも完了した。魔力消費量をメモする。1回あたり48。最近は改良しても全く消費量が減らない。


【治癒の奇跡】リプイで傷跡は治せるのか?」

「治せません。縫合したものなら治せます。」

「傷跡の部分を切り取ったら治せるのか?」

「すごく痛そうですが治せると思います。」

「痛覚を無効化させる魔法があったと思うが、俺は習得してないな。≪通信≫テレボイス

『ルークだ。痛覚を無効化させる魔法を教えろ。』


 ルーク様が≪転移扉≫を使って闇属性の講師ロイドを連れてきた。


「突然及び立てして申し訳ございません。」

「しばらくぶりでございます。アリシア姫殿下。魔族討伐のとき以来ですね。」

「わたしのことはただのアリシアで構いません。」

「とんでもない!呼び捨てできるのは目上の方か家族のみ。私はただの男爵。呼び捨てなど恐れ多くてできません。」

「あれ?ルーク様、もしかしてルーク殿下とお呼びしたほうが良かったですか?」

「ただのルークでいい。」

「あ、はい。」

「くくくく。仲睦まじいようで大変結構です。して、痛覚を無効化させる魔法をご所望だとか。」


 傷跡を治す回復魔法を開発しようとしている、その際に傷跡を切除して再度回復させるのに必要だと説明した。

 ロイドは顎の傷跡を撫でながら「なるほど。」と黒板に術式を書き加える。


「既存の≪小癒≫ヒールを皮膚だけのものに省略できますね。切除はどのように?」

「これを使います。」


 結界を傷跡に沿わせて切断効果に変化させる術式をアリシアが板書した。≪収納≫ボックスの術式の一部を借りている。


「これは素晴らしい。無属性の攻撃魔法にも応用できますね。風属性より隠蔽性が高い。」

「≪小癒≫の術式のままだと新たな傷跡ができるだけだ。」

【治癒の奇跡】リプイを術式にできればいいんですが…」

「自動回復になっている部分を半自動にしてはいかがでしょうか。≪変身≫イリュージョンの術式から持ってくれば良いですよ。このように。」

「「おお」」


 ルーク様が一つの術式にまとめていく。途中の魔力消費量軽減は≪転移扉≫のノウハウが生きている。ロイドが興味津々だ。「これはどういう効果があるのですか?」いちいち質問が多いがルーク様が丁寧に回答していく。アリシア自身も初めて知った項目が多い。


「では次回の発表会を楽しみにしております。」


 ロイドは≪転移扉≫を通って自分の研究室に帰っていった。


「ルーク様、発表会とは何かあるんですか?」

「ただのルークでいい。」

「プライベートのときだけ呼び捨てにさせてください。"ルーク様" でも変な顔をする人がいますので。」

「わかった。発表会とは年に一度ある新作魔法の発表会だ。次のネタは≪転移扉≫だ。アリシアも傷跡を治す回復魔法を発表するんだ。あと4カ月ある。協力するから完成させてレポートを書け。」

「わたしが発表しても良いんですか?ほとんどルーク…とロイド講師に作っていただいたのに。」

「お前が最初にアイデアを出したんだ。それに、まだ完成しているかどうかわからないし、効果の検証もまだだ。」

「≪転移扉≫の方はよろしいのですか?」

「ああ、完成でいいだろう。魔力消費量が50を切った。理論値に近いしこれ以上の削減は難しい。当初の目標より良い結果になった。感謝する。お前がいなければあと10年はかかっていた。」

「そう言っていただけると私も感無量です。」

「アリシア…」

「ルーク…」


 見つめあう二人。


「ピピー!校内で不埒ふらちな行為は禁止です!」


 マリアンヌが≪転移扉≫を通って突入してきた。


「まだ何もやっていません。」

≪対千里眼≫アンチクレアボヤンスを施すべきだったか。転移封じも開発が必要だな。」

「やるつもりだったのですね?」

「キスくらい良いではありませんか。婚約者なのですから。」

「アリシアは前科があるから信用なりませんわ。」

「前科?」

「お召替えと称してお休み中の殿下を全裸にしたのは?」

「本当にお召替えですよ。何日も同じ服でしたので気になって。それに【治癒の奇跡】リプイを使うのに健康な状態を憶えておくことは重要なんです。マッサージも週に一度くらいしかしません。ちょっとだけですよ、不埒な気分になるのは。」

「あれはいつも助かっている。」

「いつも!?では、殿下がレポートをお書きになっている隙に、机の下に潜り込んで下半身を露出させようとしたのは?」

「おしっこを我慢していらっしゃるようでしたので、尿瓶しびんを差し入れようとしただけです。ちょっとだけですよ、不埒な気分になったのは。」

「そこまではしなくていい。」

「どこから持っていらしたの!?」

「遺品の道具がまだ残っているのです。子爵領でも不要だと言われまして…浄化はしましたよ?」

「マリアンヌ…だったか。イニエスタ兄上のような不埒な行為はしないから信用してくれ。」

「ルークが名前を憶えてくださった!」

「はい…(呼び捨て…本当になにも無かったんでしょうか。)」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る