第12話 伯爵令嬢は変身する

 遺品の返還会の反響は非常に大きいそうだ。≪通信≫テレボイスによる問い合わせや速達の手紙も多いし、続々と王都に人が集まってきている。忙しくなる前にオリエンス子爵領に物資を届けることにした。

 一方的に送り付けて逆に迷惑にならないよう、事前に要望は集めてある。

 今回はイニエスタ第一王子の使者としてアリシアだけが向かうことになった。


「先触れは済ませてある。子爵領に代官のラルフがいるからそちらの指示に従ってほしい。」

「畏まりました。」


 せっかくだから≪転移≫の改良版をお披露目するチャンスだ。


≪転移扉≫テレポートドア


 扉を通って歩いて行く。驚くラルフ様の目の前に着く。イニエスタ殿下の驚いた顔が≪転移扉≫越しに見えた。ちなみに≪転移扉≫越しに声は届かない。


「イニエスタ殿下の使者として参りました、アリシアと申します。」

「あっ、は、はい。ようこそいらっしゃいました。」


 ラルフ様はイニエスタ殿下の驚く顔とわたしを見比べながら答えた。

 なにやらイニエスタ殿下がちょいちょいと手招きしている。≪転移扉≫に顔だけ出して返事をした。


「イニエスタ殿下、お呼びでしょうか?」

「これは何だ?≪転移≫と違うようだが。」

「ルーク様が開発した≪転移≫テレポートの改良型、≪転移扉≫テレポートドアです。こちらにいらっしゃいますか?」

「……何人でも行けるのか?」

「もちろんです。」


 イニエスタ殿下はわたしに何か言おうとしたが口を閉じて言い直した。転移の改良型に驚いたんだろうか。

 周りにいた文官や騎士たちも何か言いたげだったがわたしには何か問題があったかわからない。


 ともあれ、イニエスタ殿下は自分の護衛を通らせてみた。問題なさそうだ。ご自身も通ってみる。


「あのスタンピードのとき、この魔法があれば多くの者を救えたんだろうか。」

「次からはお救いできますよ。」

「そうだな。そう思わんとやってられんな。」


 イニエスタ殿下が直々に領地にやってきたとお祭り騒ぎになったものの、物資の供給は滞りなく終了し帰還した。



 ◆



 いよいよ遺品の返還会が始まった。

 魔法学校の休みの日にこの仕事を入れた。文官の制服が支給された。研修中の名札も付いている。

 返還の手順を大まかにまとめると次のとおりだ。


 1.遺族が取り戻したいものの名称、特徴、形、サイズを申請する。

 捜索対象が多すぎるので一時的に発見できない可能性はあらかじめ説明する。


 2.担当者が該当物を探し、有無を回答する。

 武具、宝飾品、服はそれぞれ専門の商人を雇って探させるので素人の文官が探すより効率は良いはずだ。


 3.見つかった場合は、遺族が実物を確認して受け取り手数料を支払う。手数料は査定額の二割だ。

 ここで詐欺師が来た場合は別室送りだ。担当者は来場した人物を≪鑑定≫アプレイザルで本人確認を取りつつ、同時にアリシアは背後から【鑑定の奇跡】ハヴハナでチェックする。問題の有無を≪通信≫テレボイスで送る手筈である。来場者には絶対にわたしに注意が引かれないよう配慮された。研修中の名札付き職員が数人と並んで座る。


 来場者がやってきた。基本的に貴族が優先だ。貴族の遺品は紋章の刻印がある場合がほとんどで遺品を発見しやすい。顔見知りも多いので不正行為はしにくいだろうとの判断である。


 一人目は問題なし、二人目も問題なし、三人目も問題なし。意外とちゃんとしてるんだなとのんきにそう思ったときに現れた。

 男爵家の次男が当主の名代として引き取りに現れた。ルーティン通り≪鑑定≫アプレイザルで本人確認を取りつつ、同時に背後から【鑑定の奇跡】ハヴハナでチェックする。

 当主には見つからなかったと知らせ売り払うつもりのようだ。≪通信≫テレボイスでその旨を伝える。担当者が席を立ち別室へ案内した。

 わたしは少し前まで【鑑定の奇跡】ハヴハナでは実際に行ったことしかわからなかったのだが、神から頂戴したワンドを使っていなくても過去に考えていたことまでわかるようになっていた。魔力増加法で狂ったように【治癒の奇跡】リプイを使いまくった結果だろうか。


 その後も、遺品の入手法をしつこく問いただそうとした人物が現れたり、手数料が高すぎるとごねる貴族が現れたりで応対した担当者もかわいそうだった。彼らも別室に送られた。

 別室に送られた彼らがどうなったかわたしには知らされていない。

 本当に大変だった。朝から集中して数百人を捌く。昼までトイレ休憩なしだ。午後からも閉館まで休憩なしだ。心のない機械のような訓練モードに入り込めなければすぐに音を上げていただろう。



 ◆



≪変身≫イリュージョンどうですか?アリス。」


 アリスに変身したマリアンヌ様が、自分の姿をアリスに見せた。アリスは微妙な顔をしている。


「マリアンヌ様本当に私で良いので?」

「完璧です!マリアンヌ様」


 めちゃくちゃ楽しい。自分もいつかできるようになりたい。


「アリスには悪いけど、これで声をかける人が減ってくれたらうれしいわ。」

「お役に立てるなら私もうれしく思います。」


 当初は男性の護衛の姿になったが、トイレなどで問題が起きそうなので年齢が近いアリスの格好に変更になったのだ。服もアリスの服を借りている。

 今後、マリアンヌ様はアリスの格好で学校生活を送る。事情は伯爵家当主を通して学校長にも通達済みだ。

 そもそも、講師がマリアンヌ様に対してセクハラ事件を起こしたのだ。反対意見など出ようはずがない。

 これでだめなら老婆の姿など次々に変更する予定だ。


 この日からマリアンヌ様の姿を見かけなくなった生徒たちには噂が拡散した。マリアンヌ様が相次ぐセクハラに耐えかねて退学したというものだ。

 セクハラをした講師はなぜか学校をやめることになり、しつこくナンパしていた生徒もなぜかいなくなったが、そんなことは些細なことだ。唐突な美の天使の退場に絶望する生徒が多かった。


 アリスの容姿は黒髪三白眼で鋭い目つきだ。いつも剣を振り回しているから腕も足も筋肉質でやや太め。物腰が貴族令嬢らしく上品であっても、おとなしそうな声でも、見た目とのギャップで得体のしれない恐ろしい印象を受ける。


 マリアンヌ様は周囲の態度が変わったことに最初混乱していたがすぐに順応した。いまは魔法学校生活を満喫している。せっかくだから全部の魔法を習得するわ。と心の余裕も生まれていた。



 ◆ 魔法学校講師 マックス視点



 先日まで美しい少女が一人で走っていた運動場は、今では別の三人が白く光りながら猛スピードで毎日走っている。一人はルーク講師、一人はアリシア嬢、最後の一人は護衛風の黒髪の女性。走りながら雑談したり≪鑑定≫アプレイザルの結果をメモしたり。何か実験を行っているようだ。


 対抗して私も走り出した。≪筋力強化≫パワーを施して自慢のムキムキの筋肉に鞭を入れる。私の生徒も≪筋力強化≫を施して全力走行だ。


「ルーク講師ぃ!強化魔法の研究ですかぁ!あなたもとうとう筋肉の良さに目覚めたのですね!?」

「強化魔法の講師。あぁ。いいサンプルが来た。≪鑑定≫、一緒に走れ。ペースを上げるぞ。」

「負けませんよぉ!うぉおおおおおおおお!」


 ルーク講師がメモに書き込み、私も含めた4人は残像が見えるほどの速度で加速した。他の生徒はあっという間に周回遅れだ。

 強化魔法の講師として負けるわけにはいかん!だが、いつまで続くのか。授業一コマ分走っていたが、力尽きた。魔力枯渇だ。生徒が慌ててバケツを持ってくる。


「ゼェーゼェー、オロロロロロロロロ、久々に、オロロロロロロ、魔力枯渇、ゼェーゼェー、オロロロ、しました…」

「≪鑑定≫。総魔力571。増加はたったの1か。何回≪筋力強化≫を使った?」

「10回…くらい?ゼェーゼェー。」

「やはりそうか。アリシア、今日はどのくらい上がった?」

「今日は新記録330です。マリアンヌ様は470です。」

「え?総魔力でなく?はぁはぁ、増加量で?」


 私には理解できなかったが、二日で私の総魔力量を上回るようになるらしい。とても信じられん。


「ふむ。この方法は体力が少ない方が効率的なようだな。ということは弱体魔法をかけたほうがよさそうか。≪筋力弱化≫ウイークネス≪体力弱化≫デスタミナ


 3人を黒い靄が包む。


「では、あと100周だ。一周ごとに弱体魔法をかけていくぞ。」

「「はい!」」


 また猛スピードで走り始めた。もうついていけん。


「ふう。新しい強化魔法はすごそうだな…」


 私は新型の魔法に期待を寄せた。

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