第7話 聖女見習いは王女になる
護衛は解任されたが清掃メイドとして伯爵邸で働くことになった。午前は清掃、午後は礼儀作法の勉強です。
割り当てられた部屋はアリスと同室だ。アリスの看病をしつつ清掃業務に励む。
清掃業務の際に浄化のの練習のためマリアンヌも一緒である。部屋一つ一つ浄化するのだが、すぐに問題点が見つかった。
マリアンヌ様の魔力量が非常に少ない。3部屋も浄化するとへばってしまう。マリアンヌ様を部屋に返したあとはわたしがすべて片づける。心のない戦闘マシーンのごとく素早く無駄なく浄化する。同僚のメイドたちの評価も上々だ。なにせ掃除もだが重労働の洗濯が一瞬で終わるからだ。残るはアイロンがけだけである。清掃メイドに洗濯業務は含まれていないが、手持無沙汰なので手伝っている。
これはあくまで魔法学校を卒業するまでの一時的な措置となる。そのため既存のメイドが解雇されるようなことは無いのでご心配なく。
ちなみに、おじいちゃんは相変わらず客間である。時々出かけては何かやっているようだ。
◆
そんなこんなで一週間が経過し、リーゼヴェルト伯爵が到着した。
マリアンヌ様、アリス以下護衛全員で出迎える。
「マリアンヌ!無事か!」
「わたくしは無事です。ですが護衛の方が何人も亡くなってしまいました。」
「護衛の選定は私の責任だ。すまぬ。すぐに入れ替えよう。」
「いいえ。現地で雇いましたのでご心配なく。まずは館にお入りください。」
応接間に入り、おじいちゃんとわたしが呼ばれた。おじいちゃんは神官服だがわたしはメイド服だ。
「大英雄ファルス殿、お初にお目にかかります。リーゼヴェルト伯爵家当主エドワードと申します。」
「え」
「この度は祖父に続いて娘の窮地も救っていただき感謝いたします。」
「大英雄など過去の栄光。今はただの神官ファルス。あと、救ったのはほれ、こちらのアリシアじゃ。」
ズイッとわたしを前に出す。
「聖女見習いのアリシアと申します。お目にかかれて光栄です。」
「あ、あぁ、エドワードだ。なんとこの可憐なお嬢さんが盗賊を18人も討ち取ったのか。さすがはファルス殿のお弟子さんだ。マリアンヌ、なぜこのお嬢さんはメイド服を?」
「アリシアはこの度メイドとして雇いました。」
「恩人を働かせているのか!」
「あの、わたしが希望したのでマリアンヌ様をお責めにならないでください。」
その後はアリス含む護衛達による襲撃の詳細報告である。おじいちゃんとわたしも続けて同席する。また、襲撃者側の4人も報告する。
一応、マリアンヌ様の中ではわたしの
本来は貴族を襲撃した者はすべて処刑だからだ。
「ではエリック・オリエンスの差し金で襲撃したと…その方ら、貴族を襲って無事で済むとは思うまいな。」
「はい。いかなる処分も受けるつもりです。」
「裁判では証言台に立ってもらう。それまでは処分を保留とする。」
「ありがとうございます。」
その後はおじいちゃんの旅の話になり、帰る場所が無いとわかるとエドワード様はおじいちゃんを自領の神殿に招こうとしたが辞退した。「これを国王陛下に」と手紙をエドワード様に託す。
「タルタ人に聞き取った内容を書いておる。タルタ人ははっきり言って蛮族じゃ。強い者に優先権がある。どちらが強いかはっきりせん場合は、まず戦ってから交渉に入るのが彼らの流儀。戦いを逃げた者は負けたと判断する。王都民に限らず、どこの国でも致命的に合わんかったじゃろう。」
「つまり働かず迷惑行為を繰り返していたのは、タルタ人としては交渉のため、まず戦おうとしたから。ということでしょうか。」
「そうなるな。王都を追い出された後も、『敗者がなぜ優遇されねばならん、土地の所有権はこちらにあるのに。』という認識じゃ。まあ、そのように仕向けられたといった方が正しいがの。」
「誰が仕向けたかお判りに?」
「人に化けた魔族じゃ。そやつがタルタ人の王に納まっておった。名をマバーナーヤという。」
「地下下水道の討伐にはいなかったのですか?」
「うむ。わしがスラム街で仕留めた。アリシアの浄化で半死半生じゃったから一刻の猶予もなかった。時をかけると王都にスタンピードを起こす恐れがおったからの。」
「魔族は魔物と同じ生態なのですか。」
「魔族は知恵のある魔物じゃ。人間のように言葉を操るが、考え方は魔物そのものじゃ。」
「というわけで、今のタルタ人の王はわしじゃ。やつらを西方ゴルゴラルダへ帰す。」
◆
エドワード様との会見を終えておじいちゃんは王都を離れることになった。見送りにきたわたしのいでたちは、今は聖女服。おじいちゃんに指定された。おじいちゃんが持ってきたのはスタッフ(魔法使いの杖)。そして、スタッフの上にご神体!
「これから一人でやっていくアリシアにこの杖をやろう。」
「ダサい!恥ずかしい!かっこわるい!」
「なん…じゃと…」
「いらないから持って行ってよ。」
「なんと罰当たりな!ぬうぅぅぅ
ご神体に魔力を込めて神託を発動するおじいちゃん。すぐにスタッフからご神体を引き抜くと、空間が歪むような魔力が込められてご神体はワンド(指揮棒型)になった。ふわりと浮いてわたしの目の前で止まり、思わず手に取った。
「はぁっ。わしの方が叱られた。どうじゃ?神直々に用意してくださったぞ。」
「私が使っていいの?」
「神より下賜されたものじゃ。もうお前にしか使えん。」
「で、では、お預かり致します。」
「お返しするときは神託で呼びかければ、もとのご神体に戻るじゃろう。」
「はい。」
王都城門を出ると、旅支度のタルタ人と衛兵が睨みあっていた。
タルタ人は子供から老人まで男女様々いる。総勢一万人程度の大集団だ。足の弱い者と妊婦は馬車で行くらしい。病人はおじいちゃんがすべて回復させたそうだ。
おじいちゃんがタルタ人の集団の前に行くと、みんな跪いた。
「アリシア、最後の仕上げじゃ。城壁に張り付いておるあばら家を片付けよ。」
アリシアはワンドを振って浄化を発動する。城壁にびっしり張り付いていたスラム街は光に溶けるように消えていった。タルタ人たちも衛兵たちも、どよめいている。
「タルタの民よ!見たか!第一王女のアリシアじゃ!勝てると思うものは前に出よ!」
「(第一王女って何よ?)」
「(わしが王じゃからな。最初が肝心じゃ。)」
筋骨隆々の旅装の男たちが前に出てきた。"戦場に開始の合図は無い" ので即座に結界でバチーンと挟み込む。ワンドのおかげで手加減は完璧だ。怪我もしていない。
「コラァ!敵を前に油断するでない!その程度避けんか、たわけ!アリシアが手加減しなければ死んでおったぞ!」
「ぐぐぐぐ。ま゛い゛り゛ま゛し゛た゛。」
「なるほど!こうやっていたんですね!」
マリアンヌ様は謎が解けて喜んでいる。後で練習するらしい。
結界が見えないタルタ人は、アリシアが軽く動いただけで男たちが動けなくなったのを見て恐れを感じた。次々にひざまずく。おじいちゃんは満足そうに頷いた。
「うむ。」
「おじいちゃん王様頑張ってね。」
「何を
「いや、無理です。」
「ならば次の戦いで負ければよい。強制的に王妃か愛妾になるがな。」
「もっと無理。おじいちゃんが負ければいいんだよ。」
「もし負けたら新しい王の妻はお前じゃ。」
「そんなぁ。」
「巻き込んですまぬ。礼儀作法も学んでおるんじゃ。できるできる。精進せよ。」
おじいちゃんはタルタ人を引き連れて西へ去っていった。
食料はどうするんだろう。行く先々で迷惑かけなきゃいいんだけど。彼らを見送りながら思った。
◆ リーゼヴェルト伯爵家当主エドワード視点
大英雄ファルス殿の手紙を携えて国王陛下と謁見する。
議題はタルタ人の討伐についてだが、タルタ人の情報を提供するという形での参加だ。
執務室には国王陛下、第一王子イニエスタ殿下、宰相アルブレヒト翁、騎士団長ライアン殿そして、タルタ人のスラム街解体を主体的に計画していたアリア第二王妃殿下。
ファルス殿の手紙の内容は丁寧な詫び状だった。
もともとタルタ人の疎開を提案したのはファルス殿だったそうだ。
馬車でたった三日の距離に長年住んでいながら、タルタ人の状況を把握していなかった。すでに帰っていると思っていたそうだ。
そして、タルタ人の現状とファルス殿が王となった経緯が記載されている。
悪魔崇拝の祭壇を作成して瘴気を発していたのはタルタ人の上層部を乗っ取った魔族たち。長年の悪臭は毒を放っていたらしい。王都が広すぎて悪臭以上の効果は無かったようだが。
名前と罪状が事細かに記されている。
魔族は生かすとスタンピードを起こす懸念があるため、すべて討伐済みだそうだ。
また、タルタ人は王城の内部に侵入して情報収集を行っており、その情報を貴族に売り渡して金銭を稼いでいた。
売り渡した情報と価格、貴族の一覧もずらりと載っている。
情報の例として、見せてはもらえなかったが、イニエスタ殿下の醜聞が記載されているそうだ。
国王陛下に睨みつけられるイニエスタ殿下の顔色が悪い。滝のような汗をかいている。アリア妃殿下も視線がきつい。
もしかして噂になっている件か?
「廃嫡になりたいのか?イニエスタ。」
「申し訳ございません!」
全力で平身低頭のイニエスタ殿下。娘たちを近づけぬようにせねば。
「本題に戻すぞ。タルタ人の討伐の件だ。アリア、報告ではアリシア姫の浄化によってスラム街はすべて消失したそうだ。それから、ファルス王はタルタ人を引き連れて移動を開始した。おそらく今後スラム街が再建されることはないと思うが、どうする?」
「前回の件も含めアリシア姫には褒美を与えねばなりませんね。今後は城壁外の巡回を行い不審な建物を建設させぬようにしなければなりません。迷宮化している下水道も見直しが必要かと。」
「討伐はせぬのか?」
「首謀者は討伐済み。本来なら賠償を得るべきですが、賠償に足るだけの情報はいただきましたから。」
アリア妃殿下の目が光る。
「だがな、イニエスタの醜聞を
「廃嫡でよろしいではございませんか。このまま王位につけば外国との関係が悪化しかねません。」
下を向くイニエスタ殿下。
ま、まさか、外国の姫にまで手を出したのか!
しかしだ。ライアン殿が反対する。
「タルタ人討伐には私も反対いたします。ファルス王はいまだ魔族を単独で何体も討伐できるほどの実力者です。今から向かっても返り討ちにあう恐れがございます。」
私も付け加える。
「アリシア姫殿下を人質に置いて行きました。敵対する意思は無いと思われます。」
扉がノックされた。3回ノックを3度。
この符丁は緊急だ。陛下が入室を許可する。
「報告します。オリエンス子爵領領都にてスタンピードが発生。領兵が応戦中、救援を求む。」
「あやつら、こちらの呼び出しは無視するくせに何たる言い草か。」
宰相が憤慨する。
オリエンス子爵の名は情報を売り渡した貴族の一覧に記載があった。どうやらお得意様らしい。そういえば、元盗賊が報告していたな。
「そのスタンピードはキラーホーネットか?」
「おっしゃる通りです。」
「リーゼヴェルト卿、なぜわかった?」
「詳細は省きますが、娘が盗賊に襲われました。その盗賊を懐柔しキラーホーネットを持ち帰らせたそうです。」
「つまり令嬢を襲わせたのがオリエンス子爵領の者ということか。」
「そうなるかと。」
「詳しく事情を聴く必要がありそうだな。イニエスタ、スタンピードを見事鎮めて功績を挙げよ。」
「おまちください陛下!キラーホーネットのスタンピードは街の放棄を検討するほどの魔獣災害。ましてや初陣。死ねとおっしゃるか!」
「キラーホーネットのスタンピードですと、重装備兵で魔法士を護衛しながらの戦いとなり、必然的に圧倒的多数対少人数での戦闘になります。苦戦は必至でしょう。生存者を救出次第撤退するのが限界かと。」
アルブレヒト翁の諫言にライアン殿もフォローする。
「イニエスタの醜聞を覆すにはそれほどの功績が必要だ。王家が国を守る姿勢を示さねばならぬ。イニエスタ、行け。それともエルヤードに王位を譲るか?」
エルヤード殿下は第二王子。アリア様の第一子だ。エルヤード殿下は現在留学中だが、非常に優秀で現地での評価も高いらしい。
「陛下!」
「行きます。」
「聞いてしまった以上は私も行くしかありませんな。お手伝いいたします。」
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