第6話 伯爵令嬢は奇跡を使う
魔族が発見されたと一気に噂が広がった。
さらにタルタ人が引き込んだのではとの風評が広がったことで、元から最悪だったタルタ人との関係が、さらに排斥の機運が高まり、スラム街の破壊活動に進むのは時間の問題だった。
そんなのわたしには関係ないけどね。
伯爵邸を出た後のために住む拠点と収入の確保を目的に、どこかで住み込みの働き口を探すことにする。
護衛のアリスはもうしばらくは安静が必要、マリアンヌ様は調べ物。何を調べているかはもうちょっと秘密だそうだ。
わたしとおじいちゃんで街に繰り出す。
魔法学校に行くから王都の外に出るような仕事はできない。
街に出るといろんな人に声をかけられた。
「浄化のおかげで部屋がきれいになったわ。ありがとう。」
「たまってた洗濯物がきれいになってたよ。次の浄化はいつやるんだ?」
「スラム街の臭いが無くなって過ごしやすくなったよ。すごく助かった。また頼むよ。」
うーん。
「おじいちゃん。結界いつの間に?」
「浄化したすぐ後じゃ。尋問室から解放されたあと、怪しげな人物が動き回っておったからな。」
「結界といえば、暗殺者みたいな人を警戒してたけど、結局来なかったね。」
「衛兵と共同で下水道を掃除したからの。王都内の魔族は駆除済みじゃ。」
「まだ何人かいる?」
「いるとしたらスラム街じゃな。」
「魔族の人って地下にずっと住んでたの?何を食べて生きてるんだろう。」
「人じゃ。」
「え」
「正確には魔力器官を喰らって生きておる。王都ほど人数がおれば何人か消えてもばれんじゃろう。都合が良いことにスラム街もあることじゃ。国が正確に管理しておらん平民、タルタ人、行商人は良い餌じゃ。」
「噴水の瘴気が無かったらもしかしてばれなかった?」
「その通りじゃ。」
「なんでばれるようなことをしたんだろう。」
「魔族は瘴気を使って魔力を持つ生き物の精神を
「魔族は釣り糸を垂らしてたんだね。」
「アリシアは賢いのう。その通りじゃ。」
「えへへ。」
「まったく、魔族の連中も森の中で魔物を飼育して慎ましく暮らしておればよいものを…」
「もしかして神官がいない街は同じ状況かも。」
「そうとは限らん。小さい街ならば全員が親戚のようなものじゃ。よそ者がいればすぐに噂は広まるし、人がいなくなればすぐに騒ぎになる。いずれにせよ、その土地を管理する者の責任じゃ。アリシアが気にすべきことではないわい。結界どころか瘴気すら見えん不信心者どもを救う手立ては、領主にでもならん限りないな。」
二人して空を見上げる。長年住んでいた街、ローレンスの街の結界の色とは異なる。
魔獣と魔族だけを排除していた結界がほぼ透明な薄い青なのに対して、さらに、王都そのものに敵意を持つ者も追加してあり、わずかに緑色だ。神官ならばだれでもその効果を感覚で理解できる。
「話を戻すが、どこで働くか決めたか?」
「うーん。住み込みの家政婦さんでもやろうかと。」
「そうじゃな、洗濯屋でも掃除屋でも
「えーなんで?需要すごそうだったのに。みんな期待してたよ。」
「男の家に住み込みで働いてみよ。すぐに嫁に来てほしいとか言うに決まっておる。ちょろいお前のことじゃ、見え透いた甘い言葉でもすぐに
「決まっておるって連呼しなくても…まあ、結婚はちょっと。しばらくいいかな。イケメンで金持ちで優しくて浮気しなくて頭が良くて酒癖が悪くなくてわたしが役に立てる人だったら考えるけど。」
「なるほど。アリシアの理想はわしか。」
「訂正します。“若くて”も追加で。」
「ぬぅ。伯爵家の伝手で清掃メイドでもやってみるかの?」
「その手があったか!」
早速伯爵邸へ帰って、調べ物をしていたマリアンヌ様に相談する。
リーゼヴェルト伯爵とあいさつした後は伯爵邸を離れることを伝え、伯爵家の伝手で働き口がもらえないかと聞いてみた。期限は魔法学校卒業か退学までだ。
「ずっと食客の身分でも良かったのですが、では、当家で働いてください。」
「え?良いのですか?」
「もちろんです。でも正式にメイドとして働くには行儀作法の勉強が必要ですね。」
「そ、そうなりますよねぇ。」
「わたくしと侍女が行儀作法を教えますので、代わりに結界と浄化を教えてください。お給金も出しますよ。」
「貴族の行儀作法の相場は、たしか大銀貨50枚(※500万円)だったような。さらにお給金までいただくとなると、結界と浄化だけではわたしが頂きすぎです。」
「専門家の指導ではありませんよ。奇跡は魔法学校では教えていません。ですがそれほどの価値があると判断します。では、追加で護衛をお願いしても?」
「ではそれでお願いします。」
「契約成立ですね。では早速今日から。」
礼儀作法の時間になった。歩き方(廊下、階段、角の曲がり方、複数人の歩行、狭い廊下のすれ違い方、エスコートありなしなど)、座り方(堅い椅子、柔らかい椅子、座る位置(部屋の種類別)、エスコートありなしなど)、挨拶(言葉遣い、目上、目下、同格、机礼、立礼、座礼、歩行中、馬で移動中、御者台、馬車内、清掃中に客人が通りかかったときなど)、物の持ち方(大小軽重、複数人で保持)、物の受け渡し、物の出し入れ、アリシアが普段まったく気にしていなかった細かい一つ一つの所作を教えてもらう。最終的に全パターン網羅する必要があるとのこと。初日から目が回りそうだ。明日も復習だ。他にも食事と給仕と清掃、さらに護衛の礼儀作法もつくそうだ。アリシアは「清掃なら浄化で一瞬だよね?」なんてのんきに考えていたが、「主人の行動を妨げるような行為は厳禁ですよ?(圧微笑)」と指摘されて「おっしゃる通りでございます」とおとなしくなった。
次は奇跡の勉強だ。今度はアリシアが教師役となる。ファルスは後方保護者面だ。
「
「あっはい。もう結界は見えます。」
「えっ、屋敷の結界が見えるのですか?」
「2枚の薄いオレンジ色です。攻撃、害意、敵意を退ける結界で、一度結界の間に入り込んだら出られなくなる…ですよね?それに王都全体を囲んでいる結界は魔族、魔獣、敵意を退ける結界ですね。」
「おっしゃる通りです。調べ物というのはもしかしてこれですか。」
「はい♪」
「あ、あれ、では実際に結界を作ってみましょう。この形を想像してみてください。」
右手の上に正方形の結界を作る。効果は特にない。
「ではそのまま…」
「【主をほめたたえよ。あなたの神を賛美せよ。主はあなたの城門のかんぬきを堅固にし、あなたの中に住む子らを祝福してくださる。結界よ現出せよ!
「…合格です…もう私に教えられるものはありません…」
「アリシアより才能があるのぅ。」
「で、では
「【これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。穢れを浄化せよ!
「…合格です…もう私に教えられるものはありません…」
「アリシアより才能があるのぅ。」
アリシアはがっくりと膝をついて突っ伏した。
「本当はもっと後に見せてびっくりさせるつもりだったのですよ。まだ聖句を省略できませんから。」
「私は聖句を省略するのに3年くらいかかりました。」
「5年じゃ。嫌々練習するからじゃ。マリアンヌ様は実戦を経験し必要性をお認めになった。早々に聖句省略もおできになるじゃろう。」
「ありがとう存じます。」
「
「いいえ。
「もったいないが仕方ないのぅ。」
それからは護衛も参加させて結界で剣や矢を
これだけできるならば、馬車を襲われても護衛が防御している間に結界を展開できる。そのまま襲撃者や障害物を弾き飛ばして脱出すればいいのだ。二度と同じようなことにはならないだろう。
◆
そしてその夜。お風呂場にて。
「アリシア?入浴中は護衛不要ですよ?」
「いいえ。護衛のために全身を拝見しなければなりません。はぁはぁ。」
「なぜ!?」
「
「なぜそんなに鼻息が荒いの?」
「マリアンヌ様の美しいお姿を拝見するのに緊張しているからです。他意はありません。はぁはぁ。さ、全身隅々まで洗って差し上げます。どうぞ力を抜いて。はぁはぁ。」
本当に他意はないのです。信じてください。マリアンヌ様の美しい体を隅々まで撫でまわしたいだけです。胸の感触を堪能したいだけです。いざという時のためにすべてを拝見させてください。他意はありません。
両手から魔力があふれてくる。
「アリシア?両手からヌルヌルしたものがトローリと垂れていますが。」
「これは魔力で水を出そうと独学で試行錯誤した結果、マッサージ用に使えると判明した液体です。疲れが取れ、お肌もつるつるになりますよ。さぁさぁ。恥ずかしがらないで。大丈夫です、女同士ですから。」
「
「ぎゃああああ!目が!目があああああ!」
「アリシア。貴女を護衛から解任します。」
「そんなぁぁぁぁぁ!」
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