第5話 おじいちゃんは魔族と戦う

 衛兵から地下下水道の共同探索の依頼が来た。悪魔崇拝の祭壇作成者の追跡だそうだ。

 行くのはおじいちゃんのみ。マリアンヌ様は調べ物。何を調べているかは秘密なんだって。

 わたしは拠点防衛。回復直後は絶好調だった護衛のアリスは、代用していた血液の魔力が尽きて倒れた。重大な危機は脱したので、自力で回復するまで看病も合間にやる。

 伯爵邸に衛兵がロイドという魔法士を伴ってやってきた。頭と顎に深い傷跡がある。魔法学校の講師で、祭壇の調査をしたという。魔法学校の講師!ぜひ話を聞きたい。


「先日の浄化は興味深かったです。是非新しい魔法開発の参考にさせていただきたく。とてつもない魔力が使用されたようでしたが、お体は大丈夫だったのですか?」

「全く問題ありません。むしろその後の尋問で死ぬかと思いました。」

「くくくく。衛兵の尋問はきつかったでしょう。私も以前…」

「ウォッホン!ロイド殿、世間話はそこまでで。本題に入りましょう。」


 話が脱線しそうだったので衛兵が軌道修正を図った。これ以上は聞けなさそうだ。


「そうですね。瘴気作成に使われたと思われる祭壇の素材はすべて灰になっていました。浄化にはそのような効果もあるのですか?」

「瘴気を出し切れば燃え尽きて灰になると言われておる。浄化が原因とは考えにくいの。」


 祭壇作成者の追跡任務そっちのけで【浄化の奇跡】ティフール|のことばかり質問するロイド。未知の探求の方が好きなようだ。


「任務の方は急がなくてよいのか?」

「はい。すでに網を張り終えましたので。不審者の位置はすでに捕捉しております。あとはゆっくり追い詰めるだけです。」

「はっはっはっ。それは楽でいいのぅ。」

「ファルス殿も何かおやりになったのでは?薄膜のような魔力壁がございましたが。」

「結界じゃ。いまは魔獣、魔族、敵意を退けておる。それ以外はすべて通過する。見えるのか。」

「いえ、全く見えませんが触れればわかります。二枚張ってありますね?」

「おぬしも面白いのぅ。」


 両方とも悪人顔をしながら「はっはっはっ」「くくくく」と笑いあう。

 おじいちゃんとロイドは衛兵の事務所へ歩いて行った。いってらっしゃい。

 魔族…わたしも見に行きたかった。


 今のうちに魔法学校についてアリスに話を聞いた。


 魔法学校の受験要綱によると、鑑定、適性検査、魔力量検査のみだ。王国民であれば素行が悪くない限り入学できる。ただし卒業できる保証はない。魔力量と適性、習得したい魔法に応じて思い思いの講座を受けるのだが、大半の人は自分が欲しい魔法を習得したらさっさと退学するそうだ。

 卒業条件は魔法全種を最低一つ以上習得。卒業できると王宮魔法士のエリートコースが待っている。王宮魔法士か。かっこよさそう。うひひ。



 ◆ 魔法学校講師 ロイド・カーベルト視点



 地下下水道の地図を見ながら、私が≪気配感知≫ディテクトで見つけた不審者の現在位置を指し示す。不審者は5人。移動は遅い。

 衛兵たちには狭路での対魔族戦闘を想定して、通常装備のロングソードではなくサーベルと、魔法防御を施したタワーシールドを装備している。弓兵は若干名いるが牽制以上の役割は期待できない。

 これで50人体制で追い込む。


「では、上流から圧迫して、ファルス殿の結界に追い込むという流れで。」

「魔族は知恵のある魔獣じゃ。人に化けるが、膂力は人の域を超えておる。近接戦は不利じゃ。離れると魔法に似た技術を行使してくる。魔法を使えんと遠距離戦も不利じゃ。衛兵の其方らも無理に戦う必要はない。大声を出して追いかけるふりをするだけでよいぞ。」

「下水道は狭い。戦うとなると必然的に一対一になる。防衛線を維持しつつ決して単独で飛び出すな!」

「応!」


 下水道に入った。先日の大規模な浄化のおかげで壁も天井も非常にきれいだ。ネズミも虫もいない。

 衛兵たちはそれぞれの持ち場から侵入し、≪通信≫テレボイスを駆使しながら防衛線の穴をあけないよう慎重に進む。

 本当は不審者の位置を把握している私が地上で指揮を執るのが効率的なのだが、「どうしても魔族と戦いたい!」と必死に主張わがままをごりおした結果、魔族がいると思われる最前線に私がいる。

 単騎で戦えるファルス殿は通信兵を伴って遊撃する。もし防衛線の衛兵と交戦した場合の救援に向かうつもりだ。


 しばらくすると、第一不審者と接触した。

 不審者は怪我をした衛兵のようだ。先頭の衛兵が駆け寄って無事を確認するが火傷がひどい。おかしい。衛兵に行方不明者の報告はなかったはずだ。質問してみる。


「所属はどこだ?なぜここにいる?」

「火魔法を撃たれた。仲間が何人もやられた。救助を要請する。」


 嘘は言ってないと判断して、後方に送り届けようとした。ちょうど様子を見にしたファルス殿が即座に【浄化の奇跡】ティフールを放つ。すさまじい魔力だ。


「ぐぎゃあああああああああ!!!」


 衛兵もどきは光の粒となって消えていった。すばらしい。汚れや臭いだけでなく、魔力体そのものを浄化で消滅できるのか。


「たわけ!魔族は人に化けるとゆうたじゃろうが!しかも隊列を乱しよって。」

「申し訳ございません!」

「あれが魔族…」


 直ちに、『魔族は衛兵の怪我人を装って救助を要請してきた。容姿からは判別不可。衛兵の行方不明者はいない。衛兵で救助を求めてきた場合は誰であろうと拘束せよ。』と情報共有される。

 一体魔族を倒したという報告で士気は上がったものの、その後の情報共有で改めて防衛線を崩さぬよう再度紐帯を締める。戦闘をせずに着実に追い込むのだ。


「残りの4人が移動を始めました。」

「やられたのに気付いたんじゃろう。そのまま追い込むぞい。」


 ここから先は一方的な駆除になった。



 ◆ オリエンス子爵視点



 サージェス男爵から急報が入った。

 サージェス男爵邸で長男エリックが大怪我を負ったらしい。

 マリアンヌ嬢を攫って婚約者に納める計画がどうしてこうなった?詳しく聞かねばならぬ。

 やきもきしながらエリックの帰還を待った。


 その間、王都で異変が起こったらしい。

 王都で大規模な浄化が行われ、タルタ人が所有している毒がすべて無毒化されたのだそうだ。それ以降、王都内の情報は一切入ってこなくなった。城壁に見えない壁が出来て王都内に侵入できないと。意味が分からぬ。おさのマバーナーヤは行方不明。まさか逃亡したか。

 王都の情報をタルタ人に頼り切っていたのが悔やまれる。

 王都から呼び出しがあったようだがそれどころではない。


 かわいそうにエリックがむごい姿で返ってきた。ぐったりした姿で股に血の付いた包帯を巻いている。


「回復魔法で治さんのか。なぜだ?」

「回復魔法ですが≪小癒≫ヒールは傷を塞ぐだけで、切り落とされた部分は回復しません。≪大癒≫ハイヒールを股間に使用すると女性器になります。≪小癒≫ヒールを使用して良いかご裁可を頂きたく存じます。」

≪小癒≫ヒールを使用した後、さらに回復できるか?」

「一度回復魔法で完治した部分はそれ以上治せません。」


 苦しむエリックに心を痛めながら、包帯を解き患部を確認する。


 息子の息子が根元しか無い!


 回復魔法の技術革新を待てばいつか回復する可能性があるのはわかるが、エリックが苦しんでいるのは今だ。

 苦渋の決断で≪小癒≫ヒールを使用する指示を出す。


「いったい何があったのだ?」

「サージェス男爵邸の地下のワイン樽にキラーホーネットがおりました。エリック様がとっさに≪火炎球≫ファイアーボールで迎撃しましたが、股間を噛みちぎられてしまいました。サージェス男爵が命がけでお救いしましたが、男爵も左目と左腕を失う大怪我です。」

「キラーホーネットはその後どうなった?」

「逃しましたが、≪火炎球≫ファイアーボールで瀕死だったのですでに死んでいるかと。」

「地下に他に誰かいなかったか?」

「あとは男爵の使用人くらいですが彼らは無事です。」

「そうか…」


 なぜピンポイントに股間なのだ!?

 マリアンヌ嬢、リーゼヴェルト伯爵が何かやったのか?

 いや、エリックの裏切りに気付いた盗賊どもが腹いせにやったのだろう。許さん。地の果てまで追いかけてでも皆殺しにしてやる。


「盗賊どもを探し出せ!皆殺しにせよ!」

「エリック様がすでに指示をお出しです。」

「では改めて出す。領軍すべて動員して駆逐する。兵を集めよ。」

「はっ」


 エリック。父がかたきを取ってやるからな。

 エリックと医師を子爵邸に残し、鎧を着て出陣に備える。

 遠くの空に黒いもやが現れ、迫ってくるのが見えた。

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