第4話 第五王子は報告する

 初日の王都観光は大半が尋問室の椅子の上だった。

 二日目は昨日の事件に関して王宮に報告だ。

 マリアンヌ様がリーゼヴェルト伯爵の名代として報告に向かう。


 王宮で接見するのはなんと子供!第五王子カリーニン殿下!9歳。神官に鑑定されるのを警戒して、子供を出してきたようだ。なにこの子めちゃくちゃ可愛いんですけど!


「お初にお目にかかります。リーゼヴェルト伯爵の名代として四女マリアンヌが参りました。こちらは神官のファルスとアリシア。昨日の【浄化の奇跡】を行使したものです。突然の光に混乱を招きましたこと大変申し訳ございません。二人は王都にはびこる瘴気を発見し、また、スラム街の臭気に心を痛め善意により祓いましたことをご報告申し上げます。なにとぞ寛大な御沙汰を伏してお願い申し上げます。」

「国王陛下がおっしゃるには、本件を責めるつもりはないそうだ。むしろ感謝するとのことだ。」

「と、おっしゃいますと?」

「スラム街の臭気にはほとほと困らされていたのだ。母上、第二王妃のアリアはスラム街の解体計画を推進していてな、解体計画の進展が無ければ療養と称して実家に帰るとまで言っていたのだ。あの浄化は毎日可能か?」

「我々は流浪の身。一度や二度はできましょうが長くは続けられませぬ。」


 わたしが「できますよ!」と軽く回答しようとしたところをおじいちゃんが制して答えた。


「そうか。旅の目的は?」

「かつての夢の跡を見て回ろうかと。」


「ところで。スラム街の件と関連して急ぎお知らせしたい案件がございます。悪魔崇拝の祭壇の件です。」

「ああ、瘴気の発生源となっていたそうだな。」

「魔族が侵入している可能性がございます。また、潜伏地としてスラム街が使用されていると予想しております。そこで、越権行為とは重々承知ですが、地下下水道とスラム街の探索のご許可を頂きたく存じます。衛兵では人間に化けた魔族を看破できませぬ。目の前の瘴気に気が付かないのが何よりの証拠じゃ。」

「ふむ。持ち帰り検討しよう。」


 その後も流浪の旅をすることになった経緯などを聴かれた。

 いままで母親の機嫌が非常に悪く浄化で良くなったので詳しく聞きたかったそうだ。

 王子の真剣な様子に、昨日もさんざん尋問された【鑑定の奇跡】や【浄化の奇跡】の効果についてさらに詳しく解説した。

 そして帰りの馬車。


「わしの見立てでは魔族が地下に何体もおる。ゆえに夜襲に気をつけよ。」

「あ、結界で捕まえるんだね。タルタ人のスパイもいるんだったよね。」

「ただの人間だと良いがな。今度は殺さぬように。」



 ◆



 その日の午後、全身血で真っ赤に染めた男たちがやってきたとリーゼヴェルト伯爵邸へ連絡が入った。例の盗賊たちである。たどり着いたのはわずか四人。おじいちゃんの予想通り口封じに襲われたそうだ。マリアンヌの前に膝をついて忠誠を誓った。


「マリアンヌ様のご慈悲に感謝し忠誠をつくします!」

「まあ、屋敷の結界を越えてきたんじゃ。問題ないじゃろう。」

「結界は私がやるつもりだったのに。」


 彼らを浄化しつつ傷を回復させる。彼らが盗賊になった経緯を問いただしてみる。


 もともとはオリエンス子爵領の南西の小さな村に住んでいたそうだ。年に一度やってくる徴税官に税を納めて暮らす日々に、『死体運び』と呼ばれる黒鳥が現れた。人の三倍の大きさはある。


「死体運び?」

「死体運びは魔鳥にしては比較的温厚な鳥じゃが、名前通り大人の死体でも運び去ってしまう。葬式の最中に運び去ってしまったり、時々失敗して街に落下させたりする害鳥じゃ。動物に限らずなんでも落下させて遊ぶ習性がある。」


 死体運びの求愛行動は、重いものを何度も持ち上げて自分の力をアピールすることだ。この時は村が標的になった。競争するように持ち上げては落下させる。一羽のメスをめぐって多くの雄が参加したようだ。抵抗した者は家ごと破壊された。頼みの魔物討伐隊は間に合わなかった。戦いの勝者はメスと飛び去り、負けたオスは腹いせに糞をまき散らす。糞にはわずかに瘴気が混じっており、畑にまかれると作物は枯れはて、浄化するか瘴気が霧散するまで芽を出すことは無い。瘴気が自然に霧散するには十年以上かかる。神官がいない領地の彼らは村を捨てるしかなくなった。

 彼らには金も学も手に職もない。どこかの街に移り住むこともできずに、生きるために盗賊に身をやつしたそうだ。


 それから、キラーホーネット入りの樽を持って行ったその後どうなったか聞いてみた。


 彼らは事前の手はず通りオリエンス子爵家の荷馬車が待つ広場まで持って行った。蜂はすでにおとなしくなっており、唸る音はしなくなっていた。

 エリックは樽に近づかずに遠くから見守っており、対応は部下に一任していた。部下がニヤニヤしながら樽をコンコン叩いたので肝を冷やしたそうだ。


 エリック・オリエンスは約束通り市民権をやるそぶりで配下に案内させようとしたところで、いったんアジトに戻ると断り現場を離れた。

 配下はアジトまでついてきたため、盗賊たちの中で意見が分かれたようだ。


 戦闘するか、逃げるか。樽に令嬢が入っていないと気取られないようにするにはどちらが良いか。

 戦闘する場合はこちらから襲い掛かれば気取られるため、先手を許すことになる。逃げ出した場合も気取られるだろう。


 なるべく時間を稼いだうえで戦闘することに決まった。

 一部はアジト正面から出ていく、もう一方は裏口から回り込む。

 エリックの配下はあまりの遅さにイラついてきたのか魔法を撃ってきた。そこからは戦闘になった。


 貴族の護衛は総じて戦闘力が高い。盗賊稼業で戦闘力は上がったものの、一対一どころか二対一でも分が悪い。時間をかけられるなら魔力切れになるまで無駄打ちさせて戦いたい。


 力を合わせて≪土壁≫アースウォールで身を守りながら、≪耕作≫カルティベイト≪散水≫スプリンクルで泥沼を作ったそうだ。


 農耕系魔法!なるほど。雨も降ってないのに馬車が泥だらけだった理由が分かった。

 その後は人数に任せて戦ったが、100人以上いた仲間はいまや4人だけになった。と泣きながら語った。ご、ごめん。わたしも相当殺っちゃったね。



 ◆ エルネスタ王国第五王子カリーニン視点



 王宮の執務室、この場には国王である父上、宰相アルブレヒト翁、第一王子イニエスタがいる。

 四人でソファーに座って話をすることになった。


「噂の大英雄殿はどうであった?」


 大英雄ファルス、神目しんがん神盾しんじゅん、殲滅神官、味方からも恐怖と畏敬の念を持って称えられる、多くの異名を持つ老人だ。

 接見前に、あらかじめ情報を得ていたのだが…


「はい。老獪さは感じましたが、想像していた大英雄というより好々爺という印象を受けました。」

「さすがに御年おんとし80を越えるとそうなるか。」

「実際に浄化を行ったのは聖女見習いの方だろう?そちらはどうなのだ?」

「そちらは、その、…何も考えていないというか…善良な女性だとは思うのですが…」


 おかしな女性だ。私を見て上機嫌だったような気がする。


「王都を鑑定したのだ。何か言っていたか。」

「王都の地下下水道は迷路のように複雑で、瘴気の元を把握するので精いっぱいだった、と。」

「非常脱出路は目に入らなかったようだね。」

「能力を聞く限りでは排除が妥当じゃが、その必要は無いかと。下手にファルス殿を刺激する方が脅威となりましょう。ただ、あの魔力量は魅力的じゃ。どこの貴族も注目しておりまする。」


 アリシアの評価を宰相が総括する。

 アリシアの暗殺は無いようだ。


「マリアンヌ嬢によると、一緒に魔法学校へ入学するそうです。」

「ほう。ならば詳細な適性と魔力量の情報が得られそうだな。」


 ここで奏上する。


「父上、ファルス殿が申すにはこの王都に魔族が侵入している可能性があると。地下下水道とスラム街の探索の許可を頂きたいそうです。」

「スラム街の探索は好きにせよ。だが、地下下水道は衛兵の領分だ。王都防衛のためにも使用される。掃除夫以外の一般人の侵入は認められん。」

「魔族を看破できるのは【鑑定の奇跡】が可能な神官のみ。でしたな。衛兵から協力を依頼させては?それからスラム街の侵入ならば城門の自由通行を許可したほうがやりやすいかと。」


 イニエスタ兄上が助け舟を出してくれた。


「ふむ。城門の自由通行は許可できんが、衛兵隊から協力を仰がせよう。自由通行とまではいかなくても衛兵が便宜を図るだろう。」

「ではそのように連絡いたします。」

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